01謁見の間
魔王を倒した勇者一行は、国王に褒美をもらって新たな生活へと向かった。
だが、それは平穏な日々と言う訳ではなかった。
ファンタジーっぽいけど、サイエンスフィクションです。
悲しい事に人の世に争いが絶える事はない様だ。
そして、地位向上や勝利の美酒を求めて自ら争いを起こす者が後を絶たない。
殆どの戦いには勝者と敗者があり、時おり英雄と呼ばれる者達が登場する。
優れた采配で勝利に導いた者。
最前線で戦い、敵を倒した者。
だが、この評価は勝者側の一方的な解釈に過ぎず、同じ行動をしても敗者になると独裁者や悪魔と言うレッテルが貼られる。
時には、英雄と称えられた者が後日に悪いレッテルを貼られる事も少なくはない。
これから語られる、この国の、この時代も、そんな争いが絶えない世界だ。
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城の広い謁見の間では、壁際に12人の貴族と、近衛兵が並んでいた。
部屋の中央には若者が四人、片膝をついている。
小さなざわめきが部屋中を満たし、視線が中央の四人に集中していて空気が重い。
幾多の困難を乗り越えてきた彼【勇者】の額にも汗がにじむ。
「国王陛下の御成です」
大臣の声で部屋にいた一同が頭を垂れた。
訪れた静寂の中で、僅かな足音と布が床を滑る音だけが時間の経過を知らせている。
「面をあげよ」
大臣の言葉に顔をあげると、玉座に座る50代の国王の姿が視界に入った。
視線を左右にずらすと、皇太子殿下と姫の姿もある。
勇者と視線が合った瞬間に、姫の表情に笑顔が浮かぶが、周りの視線を気にして直ぐに王家の無表情へと戻った。
勇者の顔にも笑顔が浮かぶが、その様を目で追っている皇太子の視線に気付き、彼はその笑顔を無理矢理に抑え込んだ。
やっと十代になったばかりのはずの皇太子は、二十歳に近い女性に相応しい振舞いの姫とは違い、既に先王並みの風格と所作を身に付けていた。
重い威圧が勇者を襲っている。
勇者は視線を床に戻すと、滴っていた己れの汗に気付く。
「(これが王家と言うものか!)」
王家は後継者以外の子供をもうけることが少ない。
稀にもうけられた歴代の姫は、王家との繋がりを強める為に貴族や豪族などの平民へと嫁ぐ教育だけが成される。
しかし、皇太子は幼少期より政務に係わり、生粋の支配者らしさを醸し出している。
「陛下より【魔王討伐隊】に御言葉がある」
大臣の声に勇者は顔をあげて、国王へと視線を向けた。
「うむ。この度の魔王討伐、誠に大義であった。これにより、我が国は安定と発展を手にいれたと言えるだろう。諸君には実をもって報いたいと思うが、褒賞金の他に特に望みは有るか?」
予期していなかった言葉に、四人は御互いに顔を見合わせ、視線と身振りで話し合う。
当初は、御誉めの言葉と褒賞金を貰うだけだと聞かされていたからだ。
暫くの静かな押し付け合いの結果、一番歳上の法師が最初に口を開く事となった。
「陛下より御言葉をいただき、恐悦至極に御座います。過分な褒美の他にとの事でありますれば、某は教会内での出世に御口添えをいただきたく思います」
法師とは、教会の中でも戦闘特化した者で、古の法具を使って遠距離攻撃を得意とした者だ。
知識と技術とを重視する教会の中では、低く見られて発言力が弱い。
既に40代に入っている法師は、同年代の者より地位が低いのを気にしていた。
続いて剣士が口を開いた。
「拙者は三十路なれど、いまだに修行の身。より多くの剣客との手合わせを望んでおります。願わくば、周辺諸国への通行手形をいただければ未知なる流派にも出会え、修行の助けになると存じます」
国内随一の剣士として召し出された彼だが、国外には様々な剣の流派があると聞いていた。
だが、国は鎖国状態にあり、一部の物流を除いて出入りは無い。
特に人の出入りには厳しい管理がされている。
だが、国王の特使として出入りしている者が居ると聞いた彼は、その特権を手に入れる為に魔王討伐に参加していた。
次に忍者が口を開いた。
彼は十代前半だが、小柄で隠形の技も秀でていたので一族の代表として参加させられていた。
厳密には尖った彼は厄介払いされており、彼も生まれた村を良く思ってはいない。
「僕は、村から出て王都で働きたいです。できれば王家か貴族様に雇っていただけないでしょうか?」
彼は戦闘力は低いが偵察や情報収集に特化しており、毒の混入などもできて、魔王討伐にも目覚ましい活躍をしたのだった。
最後に勇者が残った。
彼は散々悩んだあげく、その望みを口にする。
「教会に居る母と、田舎で暮らす許可をいただきたく思います」
勇者とは、教会で生まれ育った特別な存在だ。
あくまで常人の域を出ない他の三人とは違い、知覚は数十倍。
体力と持久力は数百倍、反応速度も数百倍で高度な自己再生能力を持つ身は、人の領域を逸脱していると言える。
だが、彼の能力が無ければ魔王を倒す事などできなかっただろう。
そんな特異な彼だが、教会内で育った為に性格は素直で温厚な青年だ。
彼も姫同様に二十代になろうとしている。
勇者の言葉に姫は大きく目を見開き、開いた口を押さえて視線が小刻みに震えた。
彼女と同じく玉座の後で立っていた皇太子が、それを不快な顔で睨んでいる。
国王はと見れば、玉座で顔を横に向け、横目で彼女を見て口角を上げている。
「ほう?勇者は姫を娶りたいと申すと思うていたが・・」
「いいえ。私の様な下賎な者が、王家に連なるなど畏れ多い事でございます」
国王の問いに、勇者は深々と頭を下げて答えた。
勇者からは見えなかったが、姫の目には涙が浮かび、唇の周りが白く見えるほど強く噛み締めていた。
実は勇者自身も、褒美に姫が娶れるのならば、それを望もうと思っていた。
そしてソレは、強ち不可能な事でも無い様だった。
彼が調べた範囲でも、過去に王家の姫が商人へと嫁いだ記録が複数ある。
しかし、ある二人の者に言われた言葉が、彼に其の望みを言わせなかった。
『死にたくなかったら身を隠せ』
勇者は片膝をついたまま胸に手を当てて、そこに有る物の存在を確かめていた。
首から下げた鎖の先端にあるソレは、勇者の胸に食い込んで存在感を主張している。
「ふんっ!まぁ良い。善きに計らえ」
国王は、少し興醒めした顔をして玉座を立った。
一同が頭を垂れるのを確認して、国王は袖幕へと消えていく。
勇者は頭を垂れていても、その秀でた能力で、涙を浮かべ彼を睨みながら場を去る姫の視線を感じていた。
「(申し訳ありません。姫!)」
勇者は心の中で、彼女に詫びた。
魔王討伐が決まってから、同行者を選抜するまでの一年間。勇者は城に滞在していた。
そして、その間に休憩中の姫と時を共にする事が多かったのだ。
主に教会内で学ぶ事ばかりの勇者にとって、彼の話を楽しそうに聞いてくれた姫は特別な人であったし、姫の笑顔は教会で見た、どの笑顔よりも輝いて見えた。
更には、綺麗に着飾った女性など、彼には初めての存在だった。
恐らく、彼の抱いた感情は【初恋】だったのだろう。
姫と一緒に居る事が生きている目的と言えるほどに、勇者の中で彼女の存在は大きくなっていた。
『死にたくなかったら、王家と教会から身を隠せ』
王家が相手でも、教会が相手でも、例え千の軍勢に命を狙われても、勇者は姫を守って生き抜く自信があった。
だが、それは姫が王家を、身内を敵に回す事になる。
それは姫を幸せにできるか?
大切に思うが故に身を引くと言う事が、男には有る。
「(いざとなったら、国王達は姫も犠牲にするかも知れない)」
姫は王国の血を引いてはいるが、【高貴な存在】ではないらしい。
勇者は聞いて知っていた。
この国には【高貴な存在】と呼ばれる者達が居て、世界を支配していると。
自分達の為なら、他の全てを犠牲にする者達。
その目印は後頭部を覆う様な衣装であると。
国王と皇太子、上位貴族と教会の司祭以上の者は、男女関係なく、その様な衣装を着ているが、姫が着ているのは首もとが全て露出している普通のドレスだ。
「(一緒に居ない事が、姫の安全に繋がるなら・・・)」
勇者はチラリと他の三人を見る。
短い間とは言え、共に苦楽を共にしてきた者達。
「(彼等も巻き込みたくはないな)」
王家の退出後、貴族達が退出するまでの間に、勇者は無言の自問自答を続けた。
仲間達は、王命により各自の望みが叶う事に興奮しているのが判る。
「御待たせしました。皆様も控え室へどうぞ」
近衛兵が扉を開けて、勇者達へと声をかけてきた。
勇者達四人は目配せだけで立ち上り、近衛兵が見守る中を静かに退出していった。
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