<02 超ブラックなんですけど!?>
ーー俺は不条理にも電車に轢かれて・・・その後は・・・死んだ・・・よな・・・?
電車に轢かれて生きていた人間がかつて存在していただろうか。
俺はそんな超人を知らない。
だとしたら、俺はやはり死んだに違いない。
だが、なぜ俺はそんなことを考えていられる?
死んだかどうかを考える脳があるということは、どこかに意識があることに他ならない。
--死んでなかったら、ブラック職場へ逆戻りだな・・・
目が覚めたら病院だった、ってことが仮にもあったら、ブラック企業への復帰は約束される。
どうせなら、生まれ変わって人生をやり直したい。
そんな願望を胸に抱く俺の視界は突然とクリアになっていき、気づけばそこはーーーー
「・・・へ?」
俺はその光景に目を疑った。
そこは天国でも地獄でも駅のホームでもない、ましてや病院のベッドの上でもなかったのだ。
ライトグリーンの草原が風に靡き、辺り一面には建物らしきものが見当たらない。
「ここは・・・?」
ライトグリーンの草原には、何やら珍獣がピョンピョンと跳ねている。
その珍獣の近しいモンスターを上げるとするなら、スライムと言ったところだろうか。
普通の世界線では存在しない珍妙な生き物。
そして、俺の視界に映るのは珍獣だけには収まらなかった。
「ん?なんだこれ?」
何やら鉄の棒らしきものが縦に取り付けてある。
それだけじゃない、その鉄の棒がいくつにもなって並び、部屋一体を囲っている。
気が付けば、俺の周りには同い年ぐらいの人間が何人もいる。
どこか気が抜けた様子に多少の違和感を覚えたが、俺は何も考えないようにした。
そして、次の瞬間ーーーー
ガタン!
俺のいる場所一体が大きく跳ね上がり、思わず驚きの声を上げてしまった。
--一体、何なんだ?
すると俺の声と同時に視界は突然と止まり、進行方向から見知らぬ人が現れる。
鋼をその身一体に包まれている彼を見て、誰も彼の役職に気が付かない奴はいないだろう。
この場にただ一人だけ立っていた俺に向けて兵士は言い放った。
「次騒がしくしてみろ、その時はお前を殺すからな?奴隷だから殺しても問題はないからな?そこらへんちゃんと覚えておけ」
その言葉を最後に兵士は、向かうべき場所の進行方向へと戻って行き、視界は再び動き出す。
初めて見る兵士の迫力に俺は黙って言うことを聞くことしかできなかった。
そして微かに残る、兵士から放たれた言葉。
--奴隷・・・?奴隷・・・奴隷!?
慌てて見渡すと、ようやく自分に置かれた現状を把握した。
みんな揃いも揃って古びた服を着服しており、食事をしっかり取れていないせいか、ガリガリに痩せ切っている。
あざが目立つ人間もいた。
--おいおい、マジかよ・・・
そして俺は一つの結論を導き出した。
それは、現状を捻じ曲げることも目を背けることもできない真実だった。
--どうやら俺は・・・転生して奴隷になったらしい・・・
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--俺は『ブラック企業生活』から『奴隷生活』にジョブチェンジしたらしい
頭を悩ませながら、俺は例の『奴隷生活』について深刻に考えていた。
俺を悩みに追い込む元凶は、大きく分けて二つ。
一つ目は『仕事内容』だった。
ブラック企業の業務内容がほとんど、パソコンの打ち込み作業とかプレゼンの発表だったから、精神的苦痛が大きな要因だったのだが、奴隷と聞いて何を思い浮かべるだろうか。
少なくとも、俺は肉体労働と精神的苦痛を味わうことを強制する、そんな超ブラックな職場だと思い浮かべたわけだが、
「はぁ~、転生しても奴隷とか・・・俺って全然仕事運がないのな」
本当にこの言葉一つに限る。
どうして俺の人生は、お先真っ暗なブラック生活を選んでしまうのだろうか。
転生してもブラックに勤めるとか、それはそれで才能なのかもしれないが。
そう自分に言い聞かせ、俺は兵士に蹴飛ばされながら、鳥籠から身を投げ出す。
すると俺たち奴隷の目先にいたのは、宝石を身に纏った中年太りした富豪だった。
肩手には鞭が装備されており、これを使って奴隷を刺激するつもりなのだろうか。
--いや、あっちの世界よりも大分過激なんですけど!?
生前世界のブラックっぷりが可愛く思えてくるほどに、この世界のブラックっぷりはとても過激だった。
そして中年富豪が鞭を振り上げ、俺は叩かれる覚悟をした。・・・だが、
「ほら!さっさと歩かんか!でないとうっかり殺しちまうぞ!?」
鞭を地面へと幾度となく叩きつけながら、中年富豪は俺たち奴隷に早く歩くことを強制した。
俺も他の奴隷と同様に、命令されるがままに先頭の後に続いた。
さっさとこの場から離れたかったのが一番の理由だった。
--あー、さっさとこの場から離れないとな・・・
俺がそう思っていた矢先、悩みに追い込む二つ目の出来事が現実に起こった。
それこそ『理不尽』という三文字だ。
訳も分からず、俺はいきなり中年富豪に胸ぐらを掴まれ、鞭ではなく拳で殴られたのだ。
--いや、鞭使わないの!?って言ってる場合じゃなくて、何で俺殴られた!?
分からずじまいの俺に、中年太りの男からは罵倒は繰り出される。
「どうして前の奴にしっかりついて行かないんだ!?貴様一人のせいで全ての都合が合わなく何だろうが!」
こうしている時間もすでに無駄にしている気もするのだが、俺は奴隷でこいつは恐らく貴族。
目下の者は立場をわきまえなければならないという常識は、この世界でも健在のようだった。
俺はゆっくりとその場から立ち上がり、すぐさま奴隷の列へと戻っていった。
--この世界、向こうの世界よりもブラックじゃないか・・・?
些細なことで殴られ、明らかに自分のせいでタイムロスしているというのにも関わらずに俺の責任だと擦り付けられる。
ブラックはブラックでも、生前のブラックの方がよほど生易しかった。
俺は、こんな超ブラックな世界で暮らしていけるのだろうか。
--あー、そういえば上司の痴漢を社長に密告すれば、俺は世紀の英雄になれたというのに。
一度手放してしまった英雄への道は、死んでしまったせいで二度と戻ることはない。
そもそも、社長の権利で隠滅される可能性だってあったわけなのだが、それでもーーーー
--あー、有給使いてぇーなー
そんな有給制度が異世界の、ましてや奴隷に存在しているはずもなく、今日から俺のブラック生活は再び稼働し始めたのだ。
カウンターから業務内容が掛かれた紙を受け取り、業務内容の確認をする。
どうやらこの世界は日本語が共通語になっているらしい。
そして、告げられずとも与えられた仕事は肉体労働を主とした仕事だった。
初めての業務内容はと言うとーーーー
「グレムニル鉱石の採集・・・か」
どんなものかは絵で説明されただけであって、実物はどんなものか分からなかった。
採集仕事なら、奴隷生活でも良いと思いがちだが、そんな都合の良い話が奴隷に転がり込んでくるはずがない。
俺たち一部の奴隷に与えられた採集仕事の達成条件は、あまりにも過酷なものだった。
「十万個納品って・・・普通に考えてアホじゃね?」
怒涛のツッコミを入れずに、俺は冷静にツッコミを入れる。
これほどの数を一日で採取しろというのだ。
どう考えても、一日で終えられるはずがない。
家に帰りたい気持ちを必死に抑えながら、一緒の業務内容を与えられた集団の方へと足を運んでいく。
大体十人くらいなのだが、男女の比率は五分五分だった。
そして俺は一人の女性に目を奪われてしまった。
黄金に輝く金髪の長髪に、毛先の一部だけが銀色に染まっている。
さらに言えば、碧眼のその眼は他のどの女性よりも逸脱して輝いて見えた。
俺ぐらいのレベルの男から見ても圧倒的美女。
当然、他の男も黙っているはずがない----いや、黙っていた。
ここへきて完全に忘れていた、どいつもこいつも奴隷だということを。
当たり前のように、気になる彼女も。
--どうして、奴隷になんかになったんだろうか・・・
俺にそんなことを考える余裕を与えてもらえずに、見知らぬ兵士二人が俺たち奴隷の先陣に立ち、奴隷に向けて一言告げた。
「今日中に達成できなかったら晩飯は抜きだからな?しっかりと肝に銘じておくように」
「マジかよ・・・」
そして兵士達に連れて行かれるまま、俺たち総員十人の奴隷は『グレムニル鉱石』十万個の採集に向けて出発したのだった。