<01ブラック・プロローグ>
皆さんは『ブラック企業』についてどのようなイメージを持たれているでしょうか?
多くの方は、このようなことを連想すると思います。
一、長時間労働や過重労働が多い。
二、休日が少なく、有給が取れない。
三、残業代が出ない
--などのような事を思い浮かべるでしょう。
はい、全くその通りです。
無理難題な量の仕事を押し付けてくるわ、一日前に告知されるプレゼン発表会の準備やらで、一種のいじめといっても過言ではないだろう。
それを全て完璧にこなしても、もちろん残業代は出ない。
全く、この世界はどうしてしまったのだろうか。
「さて、今日も一日ブラック気分で出社しますか」
ブラック企業を恨めしく思いながらも、俺は清々しいほどに玄関から外に飛び出した。
そんなブラック企業で働いている俺の名前は、内海太陽。今年入社したばかりの新米社員という。
『太陽』の名に恥じないように、どんなに暗い気分でも表向きでは明るく接待しているのだが、すでに精神状態はズタボロだ。
だからこそ、ブラック気分な時でも正反対の行動を取ることができるという、新たなスキルを獲得したわけだが、
「あー!今日は新商品のプレゼンの発表日だ!まあ?一日前に告知されたんだから多少ミスしても平気、平気!」
口ではそう言っているが、失敗は許されないとしっかり自覚していた。
なんせ、そのプレゼン発表の場に取引先の社員の方がくるのだから、余計に失敗できないのだ。
「あーあー!今日やることは全部で十項目かー!全部切り捨ててゴミ箱にぶち込んでやりたいぜ!」
そんなことをすれば『解雇』一直線だろう。
まあ、それはそれで一つの解放プランにはなるのだが、もっと深刻な問題があった。
「でもなー、俺まだ入社して一年も経ってねーんだよなー」
先ほども言った通り、俺はまだ新米社員だ。
ここで早期退職なんてしてみろ?世間体が必ず悪くなるのは目に見える。
だから、ここは歯を食いしばり、ゴミ箱に書類をぶち込む込みたい気持ちを抑えないといけないわけだが、
「さーて、今日は何回ガミガミと怒られるのかなー?」
新米社員あるあるである。
仕事がまだ慣れていないから、上司の方に容赦なく説教を食らう。
その光景自体は、どの会社でも同じだろうが、やはりブラックなだけあってやり方も陰湿なのである。
やってもない仕事でミスを摘発したり、とっても些細なことで怒られるなど、やりたい放題だ。
「せめて一年は頑張ろうかな?そしたら颯爽と退職届けを出して逃げてやるぜー!」
常に前向きなポジティブ思考を持ち、今日も一日出社しようと電車に乗り込んだ。
満員電車に揺られながら、俺は見てしまった。
俺を毎日ブラックのどん底に陥れる悪の所業の姿を。
しかもーーーー
--アイツ、奥さんいるのに女子高生に痴漢なんてしてるのかよ・・・
だが、これは弱みを握る絶好のチャンスだ。
変態上司に痴漢されている女子高生には悪いが、もう少し耐えてくれ。
俺はすぐさま自前のスマートフォンを取り出し、上司の姿を一ミリ足りともぶれることなくしっかりと撮影する。
--グフフ、これでこいつの人生は終わりだ・・・
この動画を社長にでも見せようものなら、この変態上司の人生はどん底まっしぐらだ。
散々こき使われたり、理不尽な言葉の暴力をしてきたのだから、当然の報いと言えよう。
不敵な笑みを浮かべながら、俺は最寄り駅で電車から降りた。
今日はなぜだか人が多く、駅のホームにはスペースらしきものはなかった。
痴漢という大罪を犯した変態上司は何事もなかったかのように、改札口へと向かって行くが、俺はその後をついて行くことができない。
--ちょ、人多すぎ・・・
あまりの人混みの多さに、俺は片手で持っていたスマートフォンを誰かに蹴られたのか、駅のホームへと落としてしまった。
人が多いせいでスマートフォンは幾度となく蹴られ続け、最終的には駅の黄色の点字ブロックへと流れ込んでいった。
黄色の点字ブロックが本来とはかけ離れた効果を発揮し、スマートフォンを取ろうとしゃがんだ時にはすでに遅かった。
--え・・・?
人混みのせいで、誰かの足か何かにぶつかったのだろうか。
気が付けば線路は目の前で、上体が前のめりになっている。
俺は頭から線路に墜落しているようだった。
不幸の連鎖はまだ続き、そのタイミングを見計らっていたかのように、下り電車が姿を現す。
--・・・あ、やば・・・
ブラック企業で働いた僅かな思い出が『走馬灯』として俺の脳に執着する。
--ろくでもない人生だったな・・・こんな終わり方するなら、上司の痴漢を公表したかったぜ・・・
スマートフォンも俺の体と共に落下しているため、電車に踏みつぶされてデータは吹っ飛ぶだろう。
だが、復讐できなかった悔しさよりも、後悔の感情の方が勝っていた。
--ああ、あの十項目の資料だけでも切り裂いてゴミ箱にぶち込みたかったな・・・
そして、電車のブレーキ音と共に俺の意識は、観衆の悲鳴声を聞くことなくこの世から消え去った。