ヤクザと説明回
タイトル通り説明回です。
目覚めた竜司の視界を占めるのは、知らない天井だった。
「……どこや?」
しかし、この展開も二度目になるためか、幾分か冷静さを保てていた。
「ここはクリオス王国王都、その中枢のクリオス城にございます」
「おわっ! だ、誰やアンタ!?」
保てていなかった。
「私はこの城のメイド長を務めております、セリアと申します。以後お見知りおきを」
メイド服のスカートを両手でつまみ、恭しく礼をするセリアと名乗る女性。
まずどこから尋ねるべきなのか、竜司の脳内は起床早々パンク寸前だ。
「えっと、あの……」
「貴方のご質問にはこの方がお答え致します」
戸惑う彼の心中を的確に察したセリアが、話を引き取る。
彼女が丁寧に指す方には、圧倒的な聖の輝きを放つ女性がいた。
錦糸のようにきらきらと明るい、まさに金の髪が余計にそう思わせる。
例えようのない美貌は、ある種の芸術を連想させた。
まるで住む世界が違う。
「ご機嫌よう、具合はいかがですか?」
「ん? ああ、アンタがここまで運んでくれたんか。助かったわ」
(この女の声、どっかで聞いたような……)
高貴な笑みを向けられなんだか照れ臭くなり、ついぶっきらぼうな返事をしてしまう。
何故かは分からないが、セリアの眼差しが鋭くなったような気がする。
だが、竜司としては気にかかるところがあるのか、それには全く気がつかない。
「やはり黒龍様のご加護のお陰ですね……」
「黒、龍……アンタ、もしかしてあの時に語り掛けてきた……」
「ええ、そうするとやはり貴方様が勇者様ですね!?」
「ユッ、ユウシャ、サマ?」
『黒龍』という響きと、あの空間にいた時の記憶が合致した。
語り掛けてきたあの声は目の前にいる、この崇高なオーラを纏った女性だという。
それが発覚した途端、喜色満面の笑顔で『勇者』という聞きなれない言葉を放つ。
彼の脳は思考を放棄した。
「ここでは何ですから、場所を変えましょうか。起き抜けに申し訳ないのですが」
「ハイ」
ただ機械のごとく従った。
「粗茶にございますが」
「おお、スンマセンな」
連れて来られた場所はこの城の迎賓室でも、最も尊いお方を通す部屋だとか何とか言っていた。
正気に戻ったとは言っても、そういった見る目のない竜司としては全く緊張していないのだが。
セリアが淹れたらしい茶はどこか懐かしい香りがした。
「ん、懐かしい味やな」
「こちらはセン茶という、三百年前に当時の勇者様が我々に下賜して下さった代物なのです」
「セン茶……煎茶か!」
「ええ、なんでも勇者様の祖国の飲料だとかで」
「はあ? それってどういう……」
対面の豪奢な椅子に座し、訳知り顔で茶の解説をしてくれる例の高貴な女性。
煎茶。煎られた茶葉を濾した、日本特有の歴史あるお茶。
ここに来て祖国のものに触れた竜司には何が何だか理解できない。
糖分が足りないってレベルじゃない。
「その説明の前にまずは自己紹介させていただきますわ」
「お、おう」
彼女のやんごとない佇まいは彼に有無を言わせない。
「私はこのクリオス王国の君主、ヘレネーでございます」
「ってことは……姫さんか!?」
「いいえ、王です」
「王!?」
口をついて出た竜司の言葉を、セリアがすかさず訂正する。
王とは男がなるもの。固定観念、というよりほぼ常識とさえ思っていた彼のリアクションは、見ていて面白いくらいだ。
華麗な二段オチである。違うか。
「我が国ではご神託を授かれる巫女が王座に就くのです。勿論、私の母も祖母もそうでした」
「へえぇ、じゃあさっき何か言うとった『黒龍』とかいうのがアンタらの言う神サンなんか?」
「ご理解が早くて助かります」
宗教というものにはあまり興味のない竜司。
初詣には毎年行っていたし、葬式もする。
だが、そこに本気で信仰する気持ちなどはこれっぽっちも持ち合わせていない。
ヘレネーの言葉にも心から信じる気にはなれなかった。
「そして先日、重大なご神託を授かりました」
「はーん、神託をなぁ」
「なんと夢の中で黒龍様の謁見を受けたのです!」
「ふーん、謁見をなぁ」
「黒龍様のお言葉によれば、『その背に傷付いた龍を背負った男が現れる。その者こそがこの世界を救う勇者である』と仰られたのです!」
「ほーん、龍をなぁ……ん?」
話半分に彼女の声に耳を傾けていた。
いかに凄いことが起こったのかを熱弁する彼女に対し、ボケーっとしながら適当に相槌をうつ竜司。
しかし、どうにも引っかかる部分が彼女の話から聞き取れる。
「龍を、背負うたってか……?」
「ええ、勇者様。見せて頂きましたわ、貴方様のお背中」
「もしかして……この刺青のこと言うとんのか!?」
竜司は服を自らはだけさせて、彼女の方に背中を向ける。
露出した彼の背中には、立派な和彫りの『黒龍』が描かれていた。
いわゆる登竜門と呼ばれる図式。
それは、見る者の目を奪う美麗さと荘厳さに溢れている。
しかし、それを差し置いて最も目につくのは、彼の背中を覆う無数の刃傷だった。
まさに『傷付いた龍』がいた。
「でもこんなもん珍しくもなんとも……」
「ええ、そうかもしれませんね。しかし、貴方様には魔力がありません。それもまた『勇者』としての素質です」
「ま、まりょ?」
魔力などという言葉、初耳である。
任侠一筋でサブカルチャーのサの字も知らない彼にとっては馴染みのない単語。
せいぜいが、九と四分の三番線から発着する某魔法学校が舞台の映画を途中まで見たことがある程度だ。
コマーシャルの最中に寝た。
「魔力です。魔力とは、この世界の全生物が共通して持つ生命の根源となるエネルギーです」
「人間も持っとるんか?」
「はい、例外ではございません。そして、魔力は魔術を運用する際には必要不可欠となるのですが……」
「が?」
「魔力は歳月を経ると共に徐々に減少していくのです」
「へえー。ほな、完全に無くなったらどうなんねや?」
「魔力の消失、それは死を意味します」
「し、死んでまうってかぁ~……」
「一説によれば、この世界の人間の原罪に対する罰だと言われています」
魔力=生命力。
予備知識など全くない竜司だが、彼なりの理解で等式を立てる。
魔法や魔術といったものに関しての知識が非常に乏しい彼のイメージは、それらはもっと華やかなものだと勝手に想像していた。
しかし、そんなものはただの幻想。
それらは罰なのだとさえ知った。
「ですが、貴方様にはその魔力がございませんでした」
「なかった? 生き物には皆あるもんなんちゃうんか?」
「それは貴方様が異世界から来られた勇者様だからです」
「異世界?」
「はい。読んで字の如く異なる世界のことです」
「ここは俺が元々いた世界じゃない、と?」
「はい」
突然のカミングアウト。
しかし、竜司は今までほどは驚かなかった。
何となくそんな気はしていた。
彼が知る世界とはおおよそかけ離れたものばかり見せられ続けたのだから。
「異世界から来られた勇者様には魔力がありません。その代わりに特別な能力を天から与えられるそうです」
「特別な……」
特別な能力。
彼にはその言葉に、一つ心当たりがあった。
「もしかしてあのデッカいイノシシぶっ飛ばしたのも……」
「ええ、現場を見たわけではございませんが、恐らくそうかと」
あの時、不思議なくらいに体に力が漲ったのはその特別な能力とやらなのだろうと納得する。
「ん? というか何でアンタがそれを?」
「以前から魔猪にはほとほと困らされておりました」
「魔猪……ああ、あのイノシシのことか」
「それを見事討伐した方がいるとあの村に駐在してる兵から聞きましたので、お礼も兼ねてこの城で治療を施させて頂きました」
「ほお、せやったんか。そりゃ助かりましたわ」
「いえ、それが勇者様だったというのはこちらとしましても幸運でしたので」
「そうか……」
前の世界でもこちらの世界でも、『守れた』ということに彼の義勇は浮かばれる。
しかしその充足感も束の間、漠然とした不安に襲われた。
ここは自分の居場所ではない。そしてもう帰れはしないのだ、と。
自覚した途端、強烈な孤独感が彼の胸の内を占めた。
「なあ、なんで俺はこの世界に呼ばれたんや……?」
「魔王を……征伐していただく為です」
「魔王?」
パッと目を丸くしてヘレネーの顔を見つめる。
彼女の顔は、さっきまでの穏やかな笑みを浮かべた表情から一転、真剣な眼差しを伴った深刻な面持ちに変化していた。
「魔王の力は筆舌に尽くしがたいほど強力です。私達が今こうして生活を営めているのも、魔王の気まぐれに過ぎません……」
「そんなにかいな……」
「そこで、何の関係もなかったはずの貴方様に救っていただきたいのです。この世界を」
「世界を救うて、んな無茶な……」
「厚かましい頼みであることは重々承知です。しかし、我々は守って頂かねばならないほどに脆弱で……」
椅子に坐したままではあるものの、どこの馬の骨とも知れない一介のヤクザに頭を下げる。
いくら竜司が無知であるとはいえ、その行為がどれほどの覚悟を以てのことかは理解できた。
膝に置いた両手をぐっと握りしめる。
「俺はこの世界のこと何も知らん。どんな生き物がいて、どんな文化があるんかも」
「はい……」
「だからさ……教えてくれへんか? この世界のこと、そんで魔王のことも」
「ッ! はいっ、喜んで!」
期せずして訪れた二度目の人生。
一度目の人生同様に、自分を必要としてくれている人がいる。
今はそれで十分だ。
「ではお茶のお代わりを用意致します」
「ありがとう、セリア」
この世界についてのレクチャーは、竜司の尿意が限界になるまで続いた。
方言補足
「せやったんか」→「そうだったのか」
「~かいな」→「~なのか」、特に意味を持たないただの語尾