知らない天井
「どこや、ここ……?」
無。
竜司が今いる場所はそうとしか言いようがないところだ。
明るさも暗さも感じない。
自らの肉体の感覚すらも掴めないただただ何もない場所。
「これがあの世なんか? 淋しいとこやなぁ」
感覚がないだけでその機能が失われた訳ではないようだ。
視界には自分の体が映っているし、話すことも出来る。そして、その声を聞くことも出来た。
ただいかんせん本当に何もない。
「こりゃ地獄なんかのぅ……」
これもある意味責め苦だろう。
案外、苛烈な痛みを与え続けるよりも何もしない何もさせない方が苦痛だったりする。
竜司はその事を知っていた。
経験則として。
「このまんまやったら心が参ってまうわ……」
『…………+¬……;¢&……#@●£*¥△%』
「何や!?」
竜司が目を閉じた、つもりでいたところに突然声が聞こえてきた。
その声の主が何を伝えたいのかは毛ほども分からない。
その言語自体が彼にとって未知だったからだ。
『◎★=£>¥#-▼□』
「何を言うとんのや!? 自分!」
何を言っているのかは全く理解出来ない。
しかし、竜司の声に応えるつもりはなさそうだ。
その何者かの声の居場所は掴めない。
遠くから聞こえるような気もするし、耳元で囁かれているような気もする。何なら脳内に直接入り込んでくるような気持ち悪さもあった。
『我々%◆は現@、£+$瀕し¬<%ます』
声は徐々に明瞭な発音を伴い変質してくる。
相変わらずその意図は掴めないが、彼に何かを語りかけているようだった。
『ど■かお力:お貸し下Ψ』
「何かを頼んでんのか……?」
詳しい事情は分からないものの、その声には何かを懇願するようなニュアンスが含まれていた。
『我らに黒龍様の導きあれ』
「だ、誰やお前!?」
完全にその声が理解できるまでになった途端、目の前に一人の少女の姿がぼうっと浮かび上がった。
まるでホログラムのような現れ方だった。
少女は竜司の方を向き、跪いて両手を合わせている。
それは竜司を拝んでいるかのような構図だ。
拝まれている当の本人は突如として出現した少女に目を剥いて驚いていた。
「あ、ちょっ、待てや!」
少女の形をとっていた光はスウッと雲散し、またさっきと同じ無がそこに戻ってきた。
彼女がいた場所に手を伸ばす竜司。
散った光の欠片にその手が触れた瞬間、無が広がる空間を灼けんばかりの光が呑み込む。
あまりの眩さに咄嗟に腕で目を覆い隠す。
「痛ッ――」
僅かな時間とはいえ、強烈な光を直視してしまった眼球は強い痛みに襲われた。
網膜に残る光の残像は瞼の裏をスクリーンにその存在を激しく主張する。
「目が、目がぁあぁぁっ!」
どこぞの滅びの呪文を受けた某大佐のようにのたうち回る竜司。
痛みは視神経を伝い、脳にまで達する。
脳自体に痛覚はないとは言うものの、内部から破裂するのではないかというほどの割れるような痛みが鼓動とともに走る。
ついには眼孔から血がどろりと流れ出してくる始末。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいぃぃいぃッ!!」
「はあっ、はぁっ、うごぉぉおぉ……お、おさま、った…………」
数十分ほど経ってようやく痛みが去った。
それでもまだじんじんとした痛みに似た疼きが眼の奥でさまよっているが。
とにかく再起できるぐらいにはマシになっていた。
確かめるようにゆっくりと瞼を開いていく。
「あ、あれ?」
竜司は混乱した。
そうなっても仕方ないだろう。
さっきから自分を取り巻く目まぐるしい環境の変化、そして痛み。
適応しろ、という方がどだい困難な話だ。
今、竜司が目にしているのは、さっきまでの無の空間でも、あの強烈な光でもない。
それは――
「どこやここ?」
――知らない天井だった。
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