プロポーズのタイミングおかしくない?
別の短編と関連はありますが、単体で読んでも問題ありません。ほぼ会話のみです。
「僕の妻にならないか」
いつもと変わらない表情で、何気なく言われたその言葉に、私は「は?」と間抜けな返事をした。
その反応が気に入らなかったらしい。
室長はちょっとだけ眉を寄せて、書類に落としていた視線をこちらに向けてくる。
「聞こえなかったのか?」
「いえ、聞こえましたけど」
「ならきちんと返事をしろ」
「ええと」
私はとりあえず、室長に届けるために両手いっぱいに抱え込んだ書類を彼の仕事机に乗せてから、さっきの言葉を思い出す。
妻にならないか、と言われたような気がする。
「あの、さっきまでラングリット様が巨大蜘蛛を討伐した件について話してましたよね…?」
「そうだな」
「研究所で調査する予定の遺跡に住み着いてて困ってたら『任せろ』って」
「王太子の護衛であるあいつの仕事じゃないんだけどな」
「お昼休憩の間にちょっと抜け出して倒してきてくれたとか」
「先日騎士団の小隊が討伐に失敗して逃げ帰ってきたような相手なんだがな」
「すごいですねぇ、ラングリット様は」
「すごいというか、あいつはおかしい」
そう、さっきもこんな話の流れだった。
あいつはおかしい、のあと、同じ調子で「ところで」と室長は言った。
仕事をしながら、書類に目を落としたまま。
ところで、「僕の妻にならないか」。
会話の流れおかしくない?
「嫌なのか?」
「へ?」
「僕の妻になること」
「え、あ、いや、ええと」
整った顔にじっと、軽く睨まれる。
冗談を言う人ではないし、なんかタイミングおかしいけどプロポーズされているのは間違いないらしい。
しかし突然そんな事言われても、頭の中がうまく整理できない。
「…妻っていうと、あれですか。一緒に住んで、死んだら同じ墓に入る」
「同じ家で暮らして、同じメシを食べて、同じベッドで寝る」
「私、掃除と料理が苦手でイビキかきますけど」
「僕は掃除も料理も得意だし、騒音の中でも一瞬で眠れるのが特技だ」
室長の執務室は、確かにいつも綺麗に整理整頓されている。
研究室の私のデスクなんて本と書類と研究用の素材なんかがごちゃごちゃになっていて、先輩や同僚からは週に一度は「片付けろ」と言われる。
「室長ってモテるじゃないですか」
「僕が?」
「室長だし、かっこいいし、その上綺麗好きで料理が得意」
「まあ、結婚を勧められる機会は多いが」
「私はまだ入所して3年目の下っ端で、研究者としての知識も実績も、あと腕っぷしも無ければ傾国の美女でもなく…」
「知識と実績は今後も僕の下で仕事をしていけばいいだけの事で、腕っぷしと傾国の美女の2つは無い方が良い」
「…」
わからない。
この人、何考えてるのかさっぱりわからない。
貴族が通う王立学園の卒業生がほとんどを占めるこの王立研究所では、家柄が出世に絶大な影響を及ぼす。
そんな中で彼、ヘルムート・クラークは、平民ながら実力で王立研究所の室長にまでなったすごいお人である。通常、平民出の研究者は役職に就く事なんてほぼ無い。
しかも、整った顔立ちのなかなかの美青年なので、貴族様から婿に来てくれと打診がたくさんあるらしいと噂できこえてくる。
実力と家柄が合わされば出世を阻むものは何も無い。
研究所のトップである所長にもなれるだろう。
ちなみに私は一応男爵令嬢ではあるが、実家は領主である父自ら狩りや畑仕事をしたりするような、とても裕福とは言えない名前だけの貴族で、家柄での出世は見込めない。
しかも掃除洗濯炊事は苦手だし、研究に没頭すると寝食も忘れてしまうし、化粧はしない、髪はいつも適当にまとめるだけ、親からはもう結婚を諦められている。そんな女だ。
そんな姿に幻滅されることはあったとしても、好かれるような事をした覚えはない。
そんな女を妻にとは、どういう狙いがあるのか、さっぱりわからない。
そりゃあ、私からしたら、何の後ろ盾もない行き遅れ独身女が、室長という高い地位の人に求婚されるなんて願っても無い事だ。
研究の事になると妥協を許さない完璧主義者で厳しい人だけど、家柄じゃなく実力で公正に判断してくれる信頼できる上司だし、私から断る理由なんて通常あるはずがない。
けど。
「室長は、力のある貴族のご令嬢と結婚して出世したいとか思わないんですか?」
「僕は今のままで充分。好きな研究も出来るし出世は望まない」
「でも、貴族のご令嬢は綺麗だしおしとやかだし」
「綺麗さやおしとやかさを妻に求めていない」
「…」
「あとは?」
室長は読み途中の書類を机の端に片付けながら言った。
「他にまだあるか?僕の求婚を断る理由」
室長は不機嫌そうに頬杖をついて私を見る。
…わからない。
学園では、自立して少しでもいい就職をするために必死で勉強をした。
研究所に入ってからは、室長に認めてもらいたくて夢中で研究に取り組んだ。
色んな文献を読み、数々の博識者と話し、それなりに知識は蓄えてきたけど。
男女間の事柄は分野外だ。さっぱりわからない。
何故、この人が私を妻にと望むのか。
「どこがいいんですか?」
「どことは?」
「私のどこが良くて妻にしようと思ったんですか?」
わからないのでストレートに問うと、室長が目を瞬かせた。
そんなに意外な質問をしたつもりはなかったけど、こんなに驚かれると間抜けな事を聞いてしまったようでなんとなく気まずい。
でも、聞く権利はあるはずだ。
妻になれと言われてるんだから、理由は知りたい。
「目、だな」
「…目?」
「まっすぐ見つめ返してくるだろう、お前」
「…そうですかね?」
室長がそんな事を言うもんだから、なんだかとても落ち着かない気持ちになって視線を落とした。
室長の形のいい唇が弧を描いて、意地悪そうに笑った。
「他にも聞きたいか?」
「え?」
「お前の良いところ」
答える前に室長が立ち上がって私の横をすりぬけ、棚からティーセットを取り出し始める。
お茶を入れるらしい。私も手伝うために室長の横に並んだ。
「ありがとう。これを運んでくれ。それ以外の事は僕がやる」
「はい」
「また前みたいに火傷されたら困るからな」
「う・・・すみません」
研究所に入ったばかりのころ、下っ端らしくお茶汲みをしてみたところ、お約束のようにお湯をこぼして手にかけてしまった事があった。
室長は私以上に驚いて、あわてて洗い場まで連れていかれた。
たいした火傷じゃなかったのに、室長に腕を掴まれたまま、流水で長い間冷やすことになった。
「お前の綺麗な手に痕が残ったら大変だからな」
「き、きれい!?」
意外すぎる事を言われてびっくりする。
さすがにティーセットを落とすような真似はしなかったけど。
「お前の手は良い。色も白く、指も長い」
「そ、そんな事ないです!」
「それから不器用なりに一生懸命なところもいい」
「は?」
「あと、そうだな。顔の作りも悪くないと思う。傾国の美女は困るが」
「え?えっと、何ですか?何の話ですか?」
茶葉を入れながら、室長は怪訝そうな顔をする。
「何を言っているんだ。そっちから聞いてきたんだろう」
――私のどこがよくて妻にしようと思ったんですか?
やっぱりそうなんだ、と認識したとたん、急に動機が激しくなってきた。
顔が少し熱い。
室長が、カップを並べる私の手の動きを目で追っていて、なんでだかものすごく緊張する。
美しいなんて言われたの初めてなんですけど。
「他には」
「もっ、もういいです!」
「もういいのか?」
「充分です!わかりました!」
確かに聞いたのは私だけど。
人からこんな事を言われたのは初めてで、どうしていいかわからなくなる。
ゆっくりと注がれたお茶の湯気が立ち上って、室長の姿がうっすらと隠される。
とても熱そうなので、少し冷めるまで待った方が良さそうだ。
室長も、お茶に口をつける気配が無い。
湯気を挟んで、こわいくらい真剣な表情の室長と目が合う。
「他に、聞きたいことは?お前の気が済むまでどんな質問にも答える」
目を見つめられると落ち着かなくて、私は下を向いた。
「…私は室長の助けになるような特別な才は持っていません」
「…」
「それに、コネも無いですし美人でもないですしガサツですし」
言いながら、自分はやはり室長にふさわしい人間だとは思えないと感じた。
私は平民と変わらないくらいの家柄の下級貴族の娘で、特別賢いわけでも美人なわけでも性格が良いわけでもなく、室長の助けになるような事は何も出来ない。
「もっと家柄の良い、若くて美しい方を妻にした方が室長のためになるのでは…」
ずっと黙って聞いていた室長が、はあ、と深く息を吐いた。
顔を上げると、呆れた顔の室長が口を開いた。
「僕は、妻に特別なものは求めていない」
室長は目の前のカップを脇に寄せると、私の手をとった。
「僕は、お前を妻にしたいと思った。だから、妻にならないかと言った。それだけだ」
「で、ですが」
「余計な事はいい。僕の妻になってやってもいいかどうかだけで答えてくれ」
室長はじっと私の目を見たまま、答えを待っている。
どう答えていいのかわからず、頭の中が混乱する。
「で、でも、急な話すぎて、突然妻と言われても、なんと言っていいのか…」
「全然、急な話じゃない」
「きゅ、急ですよ。ラングリット様の蜘蛛退治の話から、なんで突然…」
「ラングリットが婚約した話は知っているか」
「え?は、はい」
先日、ラングリット様本人から婚約者を紹介された。
とても可愛らしいご令嬢で、学園の1年生だと言っていた。
結婚は彼女の卒業後にするとか。
ラングリット様は野生の巨大熊のような風貌だから、リスのような小さくて可愛らしい彼女と並ぶと違和感がものすごかった。
…それはともかく、ラングリット様の婚約と、何の関係が…
「あ、もしや、ラングリット様に触発されたんですか?」
「触発?」
「ラングリット様が可愛らしい婚約者と一緒にいるのを見て、『いいなぁ、僕も結婚したいなぁ』と思って、たまたま近くにいた私にプロポあいたたたたたた!」
室長が私の手のツボを思いっきり押してきて、万年寝不足不健康な私はその痛みに悶絶する。
「な、なにするんですか!!痛いです!」
「お前が見当はずれな事を言うからだろう」
「それならラングリット様とプロポーズになんの関係があるんですか」
室長は不機嫌そうに舌打ちをして、紅茶に口をつけた。
話していて喉が渇いたので、私も紅茶をいただく。
何でも完璧にこなす室長はお茶を入れるのもうまい。
紅茶を飲みながら室長の方をちらりと見ると、まだ不機嫌そうに眉を寄せていた。
そういえば、ラングリット様の話をするとき室長はいつも不機嫌そうな顔をする。
さっき蜘蛛退治の話をしたときもそうだし、学生時代に同じ授業をとっていたラングリット様とペアになって研究発表したという話をしたときも、ラングリット様の家のお茶会に呼ばれた話をしたときもそうだ。
室長とラングリット様は昔からの知り合いだと聞いているけど、もしかしてあんまり仲良くないのだろうか。
そんな事を考えていたら、紅茶のおかわりを注ぎながら室長が口を開いた。
「お前はラングリットと学生時代から仲が良いんだろう」
「え?あー、まぁ、そうですかね…?」
「ラングリットと普通に話せる女性は俺が知る中で奴の妹達か王太子妃かお前だけだ」
「まあ、ラングリット様はあんな感じですから、ご令嬢方は近寄りがたいんでしょうかね…?」
私は深窓のご令嬢ではないし、それどころか実家の男爵領は野生動物がたくさんいる森と荒野が領地の殆どを占めるサバイバルな場所だった。
だから、ラングリット様の見た目が凶暴な野生熊のようだからといって特に恐くはない。
「婚約者だと思っていた」
「婚約者?」
「ラングリットとお前だ」
「どうしてですか!?」
「だから、奴と親しくしているのがお前だけだったからだ」
室長が、紅茶をぐいぐい飲む。熱いだろうに、そんなに喉が渇いてたのだろうか。
紅茶を一気飲みした室長は、カップを置いて私を見る。
「だが、ラングリットが別の令嬢と婚約したと聞いてお前がフリーだとわかったから、妻にならないかと言った。だから急な話じゃない」
「え、ええ…?」
ラングリット様と私が婚約してないとわかったから、プロポーズした?
いや、それにしても急じゃないかと思う。
だって室長と私はついさっきまでただの上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもなく…
「…まさかとは思うんですが、室長って、私のこと好きなんですか?」
「当然だろ」
おそるおそる探るように聞いた私に、室長は迷い無く答えた。
「ほ、本当ですか」
「だから、そう言ってる」
「全然気付かなかったですけど」
「何でだよ。お前がいるから学園の教員の誘いを断ったって前に言ったろ」
「はい?」
確かに半年前くらいに、王立学園から誘いを受けてるけど断ったという話は聞いた。
今佳境に入っている研究も抜けたくないし、私から目が離せないから、と…
「…私が失敗ばかりで心配だからという意味ではなく…?」
「お前の事が好きだから目が離せないという意味以外に何かあるのか?」
「いや、わかりませんよ!私、そういうの鈍いんですから」
「そうだな。ここまで鈍いとは予想外だった。本当に研究一筋で男に興味が無いんだな」
室長が腕を組んで天を仰いだ。
呆れられている。
でも、男に興味がないというのはそうかもしれない。
いままでイケメンと言われる男性と交流はしてきたものの、恋とか愛とかそういう感情らしきものが芽生えた事が無かった。
まぁ、交流してきた男性といっても、実家近くは歳の近い若者はほとんどいなかったし、学園ではラングリット様やそのご友人ぐらいとしか話さなかったから数は少ないけど…
就職してからも室長か、研究に打ち込みすぎて睡眠不足でゾンビみたいになった同僚しかいないから恋愛する空気じゃないし…
「というか、今までの人生で家族以外で一番交流を持った男性って室長だし…人生で一番尊敬している男性も室長だし…男に興味湧く隙が無かったというか…」
「は?」
「私いま考えてみたんですけど、室長と同僚以外と会う機会ってほぼ無いので、私が研究一筋になるのも当然というか」
「ほー、それはつまり、僕は男じゃないという事か?」
「いやー、室長はすごい人過ぎてそういう対象じゃなかったというか…」
「すごいか?僕が?」
「すごいですよ。だって室長ですよ。頭良いですし、偉いですし、10歳以上年上ですし」
「僕は今、「おじさんはお断りだ」とふられている最中なのか?」
「いえいえ、ふるなんてとんでもないですよ!私ごときが!」
「それなら結婚してくれ」
「い、いやあ、急に言われても…」
私が濁すと、室長は「仕方が無い」と言いながら真顔で立ち上がり、向かいに座る私の真横まで歩いてきた。
一体何事かと身構えていると、室長がそのまま床に膝をついて…いや、正座をして、私を見上げてきた。
「作戦を変える」
「何ですか作戦て」
「僕はお前の上司であり、人生の先輩であり、優位な立場だと勘違いしていたようだ」
「いや、勘違いじゃないですよ。全てにおいて上ですよ」
「僕が結婚を申し込めば、フリーのお前は普通にOKすると思っていた。侮っていた」
「な、なんですか?なんの前振りですか?というか床に正座って、前にも見た事があるんですけど、まさか、アレじゃないですよね?室長…」
おろおろする私に構わず、室長は床に手をつき、頭を床すれすれまで下げて言った。
「どうか僕と結婚してもらえないだろうか。この通り、お願いします」
土下座である。
余談であるが、私は土下座をされるのは人生で二度目である。
学園の3年生のとき、化学の単位がやばいラングリット様が、研究課題でペアになってくださいと土下座してきたのが一度目だ。
当時化学の成績がトップだった私と組めばなんとかなると思ったかららしい。
そのおかげで課題発表で優秀賞をとり、ラングリット様は無事単位を取得、私は研究所への推薦を取得、と素晴らしい結果となった。
そのせいだろうか。
その後、ラングリット様のまわりではここぞというときの頼み事や、到底許されない事をしたときの謝罪などで土下座が流行ったと言う。
…まさか、プロポーズで土下座されるとは思っていなかったけど。
「し、室長、頭を上げて下さい!」
「結婚してくれるというまで上げない」
「ちょっ、作戦てこれですか?罪悪感に訴えかける的な」
「なんとでも言うといい。僕は手段を選ばない男だ」
「頭下げたままかっこいいっぽいセリフ吐かないで下さいよ!室ちょ…」
「室長ッ!!ラングリット様の討伐した蜘蛛の…」
バァン!とノックも無しに執務室のドアが開けられ、慌てた様子の研究員、ロバートが入ってきた。
その時ロバートが見た光景。
土下座する室長と、室長を見下ろす私である。
「お取り込み中かな…?」
なんで土下座?と混乱しているロバートに、室長が頭を下げたまま答える。
「そうだ。いま結婚を申し込んでる最中だ。後にしてくれ」
「ちょ、室長!」
「結婚!?失礼しました!ではまたあとで!」
「ちょ、ロバート先輩ー!!」
ロバート・トラムドレ(28歳、侯爵家三男、恋人募集中)は聞き分けよくドアを素早く閉めて去っていった。
執務室には気まずい沈黙が流れる。
なんだかもう、ここ数分の間に色々と情報が流れ込んできてパンクしそうだ。
ラングリット様は蜘蛛を討伐し、婚約し、
室長は私がフリーだと知って求婚し、土下座し、
私は室長の気持ちを知り、土下座で求婚され。
結婚なんて縁が無いと思っていたからどう答えればいいかわからないけど、結婚を承諾しないと室長はずっとこのままで、ロバート先輩はドアの外で聞き耳をたてて待機してるだろうし、一体私はどうしたら…
考え込むと長い私がようやく答えを捻り出し、室長が頭を上げたのは10分以上経ってからだった。
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「そもそも、室長がちゃんと順を追って愛を告白してからプロポーズしてくれたら良かったのでは」
「お前は愛の告白とかスルーするだろ絶対。「好きだ」と言っても「あ、どうも」くらいだろ」
「確かにそうですけど」
「否定しないのか」
「それにしてもあのタイミングは変じゃないですか?話変わりすぎじゃないですか」
「僕はあの日いつ言おうか朝からずっとタイミングを計って焦ってたんだ。クオリティを求めるな」
「なんであの日だったんですか。ラングリット様から婚約聞いたの結構前ですよね」
「あの日の朝にロバートがお前の事を可愛いと言っていたんだ。ぼやぼやしてたら取られるだろ」
「可愛い…?そんな事言われたっけ…」
研究所の食堂で室長お手製のお弁当を食べながらそんな話をしていたら、ちょうど通りかかったロバートが口を挟んできた。
「それあれですか?レーネの髪に寝癖がついてて蛾の触角みたいで可愛いって言ってたやつ」
「それだ」
「それ全く褒めてないですよね」
「どうしてだい?蛾は可愛いじゃないか。ねえ、室長」
「そうだな。蝶のようにギラギラしていないところがいい」
「えぇー…」
私は、独特の美的感覚を持つ2人の男を見て「だからこの人達、美形なのに独身なんだな」と納得した。
お読みいただきありがとうございました。
一応登場人物紹介的なものを…
レーネ・ストーン(21)名前を出しそびれた主人公
勉強と研究が趣味の男爵令嬢。鈍感。
ヘルムート・クラーク(35)こじらせ中年
平民では異例の出世をした優秀な男。家事が得意。
ロバート・トラムドレ(28)虫オタク
侯爵家三男。虫を共に愛でてくれる恋人募集中。