第9話:星に集う「候補達」
ステラソフィア機甲科のホールにオレはいた。
そこに集まったのは数十人の男女。
そう、今日は特別選抜プログラム――その当日だ。
「なになに……身長測って体重測って診察に……って普通に健康診断じゃねーか!」
気合を入れてきたっていうのに、初っ端からこんな感じだとやる気が下がる。
「健全な技術は健全な肉体に宿る。健康診断も大事なことだよ」
ふとどこかで聞いた覚えのある声がした。
「ビィか」
「やぁ、ヴラベツくん」
インヴェイダーズのフルク・ビィ。
今ステラソフィアに留学で来ている双子の姉弟――その弟の方だ。
「ここにいるってことはまさかお前も――いや、グルルか」
「その通り。僕は付き添いさ」
よく見るとビィの背後に姉グルルの姿もある。
グルルはにこやかに笑みを浮かべながら両手を振った。
「留学来てこんなことまで……いや、まさか」
「ああ、そう。僕たちはこの為に呼ばれたんだよ。インヴェイダーズの代表としてね」
どうりでなんかおかしいと思った。
急に姿を見せた留学生。
それもインヴェイダーズの技術で作られた機甲装騎と一緒にだ。
この双子の目的は最初からこの特別選抜プログラムに参加することだったんだ。
「ŽIŽKAの設立には僕たちインヴェイダーズも大きく関わっているからね。そもそもŽIŽKAの成り立ちは君の祖母であるサエズリ――」
あー、ビィは悪いやつじゃあないんだがこういうところはウザい。
「あとはナっちゃんもいるはずだが……」
「ナっちゃん?」
グルルがオレの視線を追う。
どうやらナっちゃんが気になるみたいだ。
「お、いたいた。ナっちゃん!」
「わぁ、ベっちゃんじゃないですかー!」
「べっちゃん?」
「グルルは呼ぶなよ……?」
「かわいいのにぃ」
「おや、まさか彼女は華國の?」
「ユウ・ナと申します。いわゆるお姫さまですね」
「自分で言うんですね」
ナっちゃんの定番の自己紹介にビィも苦笑気味だ。
「んで、他にも見知ったヤツがいたり……しねーか」
その殆どはオレ達より年上。
それに軍やŠÁRKAと言った機関の制服を身につけている。
当然だが、オレ達みたいなガキは少数ってワケか。
「わたしはお姫さまですよ」
「はいはい」
「口を慎め。学生の集まりじゃないぞ」
不意に聞こえた声。
その言葉を発したのはŽIŽKAの制服を着た女性。
何度も姿を見たからさすがに覚えてる。
「アーデルハイトって言ったっけ」
「ŽIŽKA所属バルクホルン・アーデルハイト少尉だ」
改めて対峙してみると、大人びた雰囲気こそあるもののオレ達とそう歳は変わらない感じがした。
「確かに私は十八だ。だが君よりは年上だぞシュヴィトジトヴァー・ヴラベチュカ」
「分かってますよバルクホルン少尉」
「アーデルハイトでいい。それよりも次のプログラムがはじまる。準備しておけ」
「おう」
ビィと別れ、候補者であるオレ達にはいろいろな課題が出される。
ランニングマシンを走らされたり、よくわからない機械に繋がれたり、水の中に放り込まれたり……なんていうか、そう、色々あった。
ヘトヘトになってきた所で……
「次は座学ですねぇ」
「うっわ……ぜってー寝るわコレ」
不安なオレ。
おもむろにグルルが近づいてくる。
「おきて」
そして、オレの頭に手を乗せた。
「お、おう」
口数が少ないというのもあるが、なんか不思議なやつだ。
装騎の教習ビデオのようなよくわからない映像をしばらく見せられた後、
「ツェラ……?」
ツェラが姿を現した。
その幼い立ち姿に会場がわずかにざわめく。
それもそうだろう。
特殊部隊の選抜会場で小学生が軍服を着て現れたら誰だって動揺する。
「今回は特別選抜プログラムに参加頂きありがとうございます」
ツェラが静かに一礼。
「皆さまご存知かと思われますが、本プログラムは「侵攻者」への一大反攻作戦――その主力となる殲滅部隊の選抜を行うためのものです」
ムニェシーツ・シープ作戦。
「現在、わたしたちの大地は危機に陥っています。不規則的かつ断続的な「侵攻者」の襲撃に住民の疲弊も大きくなってきています」
「侵攻者」との初遭遇から三年。
昼夜問わずの交戦に倒しても倒しても切りのない圧倒的な数量。
個々は大したことなくても、その物量は脅威だ。
「しかし、その終わりのない戦いに一つの光明が見えたことも事実です」
光明――それが今回のムニェシーツ・シープ作戦。
「わたし達ŽIŽKAは独自の調査の結果、「侵攻者」の”巣”とも言える場所を発見しました。今回のムニェシーツ・シープ作戦は月面にある「侵攻者」の巣への攻撃作戦となります」
「月面?」
つまりは――月?
オレは思わず天井を見上げる。
もちろん、ここは屋内だから月どころか空さえ見えないが……。
周囲の人々がざわめいた。
それもそうだ。
「空を超えた更にその先――月に行く! 前人未到ですねー」
ナっちゃんの言葉にグルルも静かに頷く。
「この三年間。わたし達ŽIŽKAは「侵攻者」の拠点を突き止めると同時に、大気圏外――宇宙空間での人体の影響を調査してきました。それと同時に造艦技術と装騎技術の向上を目指してきました」
ツェラは言った。
「そして、その技術の粋をあつめたのがこの異界航行艦シュプルギーティス――あなた達が乗ることになるかもしれない艦です」
シュプルギーティス……確かその名はインヴェイダーズ戦争時に活躍した船の名前だったはずだ。
ばあちゃんが艦長を務めた艦――その名にあやかったのが異界航行艦シュプルギーティス。
「それでは特別選抜プログラム――最後のプログラムを始めましょう」
最後のプログラム?
「この場にいる三十二人による生き残り戦を」
来た。
今回の大本命!
まさかサバイバル戦だとは思わなかったが、まぁ大して変わらないだろう。
「戦場は機甲科の屋内演習場。地形設定は熱帯気候の密林。ルールは無用。上位五名が最終選考へと進むことになる」
「なるほどです。あくまで最終選考への切符ってわけなんですねー」
「つまり、勝ち抜けば選ばれる訳じゃないってことか?」
「その通り」
ツェラが言った。
「この試合内容で適正を見る。その結果いかんでは上位五名全ての落選も考えられる」
「全員落ちたら意味ないんじゃないですかー?」
「そうならないように健闘を期待する」
何にせよ、この中から残り五人まで勝ち残る。
それができないことにはどうしようもない。
「さて、どーすっか……」
こういうサバイバル戦、派手に動いたり孤立するのは避けるべきだ。
生き残った五人が最終選考ということは――
「最大五人! チームを組めば生存率も上がるし悪いことは無いってわけですね!」
「聡明」
「そういうことだ! さぁ、行くぜサバイバル戦!!」
サバイバル戦はランダムで決められた地点からスタートし、生き残り人数が五人以下になったところで試合終了となる。
試合が始まりしばらく、運良くオレはグルル、ナっちゃんと合流することができた。
「幸先のいいスタートだぜ」
ついでに言うなら――――
「君達が危害を加えないというのなら私から仕掛けるのはやめておこう。だが、協力する気はさらさらない」
アーデルハイトもすぐ近くにいたり……。
悠々と密林地帯を進むアーデルハイトの装騎アインザムリッター。
まさに騎士と言った姿で、武装も片手剣に盾と分かりやすい。
やや肥大化した両肩に加速用のブースターが見える。
「なんかムカつく態度ですねー。背後からやっちゃいます?」
「……やめんさい」
「とりあえず、ついて行ってみようぜ。隠れる気もないみてーだし、アイツを狙ってきた相手を――」
「なるほど不意打ち! 闇討ち! 滅多打ち! ベっちゃんもワルですねぇ」
「そうだけど、ちょっと言い方ってやつ考えような?」
「いただきます」
「ごちそうさまでしたー!」
「あーもう、なんだコイツら!」
ふざけたノリで装騎アインザムリッターの後をつけてみたが、これまたアーデルハイトは強かった。
攻撃を仕掛けてきた相手装騎を一瞬のうちに制圧。
その動きはまさに神速。
相手の間合いを即座に判断――紙一重の回避行動と防御行動から反撃に転じ――撃破。
「つぇえ……」
「さすがですねー。後ろから撃ってみたいですー」
「ソワソワすんな」
謎の衝動に掻き立てられてるナっちゃんを制しながら進むと、目の前に一騎の機甲装騎が姿を現した。
参加者名簿から装騎の名称が参照され、画面に表示される。
「装騎カストルか」
周囲をキョロキョロと見回しながら、どこか怯えているような動き。
「なんだアイツ」
とりあえずオレ達は草むらに隠れて様子を見る。
「あ、あの……」
装騎カストルがアーデルハイトに呼び掛けた。
装騎の動きと同じように、どこか怯えたような少女の声。
「なんだ」
アーデルハイトは普段通り淡白にそう返事をする。
「た、単刀直入に言います! わ、わたしを助けてくださいっ!」
「断る」
アーデルハイトは即答。
「私は誰かと手を組むつもりはない。それが気に食わないというのなら攻撃をしてくるといい。君が手を出さない限り私も手は出さない」
呆然とした様子の装騎カストルをよそに、装騎アインザムリッターは密林を更に進んでいく。
瞬間、装騎カストルの側の木々が一気にざわめいた。
「なんだ!?」
「あぁら、妹のかわいい誘いを無下に断るだなんて感心しませんわね!」
そこから飛び出したのはもう一騎の機甲装騎!
データ照合――装騎ポルックスだ。
装騎ポルックスは両手で抱えた霊子砲スパノヴァを装騎アインザムリッターへ撃ち放つ。
それは背後からの完全な不意打ち!
「相手になろうって訳だね」
けれどその一撃は装騎アインザムリッターには当たらない。
瞬時の判断で身を翻し回避。
さらに反転し、装騎ポルックスを正面に捉えた。
「マーニャ、迎撃準備よ」
「は、はいっ」
装騎カストルも二丁のシャワー短機関銃を構える。
そして、射撃。
相手の動きを牽制するシャワー短機関銃の射撃に、隙を狙い放たれる霊子砲スパノヴァの強烈な一撃。
二騎の手慣れた連携攻撃――それに装騎ポルックスはカストルを妹と言っていた――これが姉妹の力か。
「たすける?」
「面白そうなのでもう少し見ときましょう!」
「ひでーな!」
と言いつつも、オレも少し楽しくなってきていた。
実際、二対一のこの状況でも装騎アインザムリッターは一歩も引かず、そして負けそうな雰囲気が全くなかったかるだ。
「わずらわしい」
装騎アインザムリッターが左手の盾を放り投げる。
その一撃は
「きゃあっ」
シャワー短機関銃をばら撒く装騎カストルに命中。
短機関銃による支援射撃の雨が止んだ一瞬、両肩の加速ブースターに光がともり装騎アインザムリッターは装騎ポルックスとの距離を一瞬でつめた。
「なっ、速いですわっ」
そして閃く片手剣の一撃を――だが、装騎ポルックスは受け止めていた。
霊子砲スパノヴァの先で固定されたアズルの光。
霊子砲だけじゃなく、霊子剣としても使えるらしい。
対する装騎アインザムリッターの片手剣もアズルの光を纏い、全く押し負けていない。
「ちっ、段階C! 来なさい、奴隷達!」
瞬間、装騎アインザムリッターの背後の茂みが激しく揺れた。