第6話:学園正義の「代行者」!?
「キャー!!!」
不意に聞こえた女子生徒の声にオレは思わず走りだしていた。
「どうした!?」
場所はステラソフィア女子サッカークラブの更衣室。
そこで1人の女子生徒が床にへたり込んでいた。
「今、なんか、シャッター音が……っ」
「シャッター音? 盗撮か?」
オレはHMDを下ろし、周囲をスキャンする。
それらしい反応は無い……となれば……
「窓か?」
この更衣室はオレの入ってきた入口以外だと、その正面、2メートルくらいの高さの場所にある小窓があるくらいだ。
窓を見上げる。
「開いてるな」
となれば、犯人はあそこから盗撮をした疑いが高い。
オレは助走をつけてジャンプ。
窓から身を乗り出す。
「アレは……」
何やら奇妙な格好をした人影が走っていくのが見えた。
髪は赤毛――シュピチュカみたいなサイドテールだ。
というと別に奇妙な点はなさそうだが、その服装がなんというか、タイツ……?
まぁアレだ。
漫画の典型的なスーパーヒーローみたいな格好をしている。
なんかマフラーをなびかせてるし……。
「怪し過ぎだろ。スパルロヴ!」
《諒解。追跡プログラムを起動。ナビゲートします》
「よし、行くぜ!」
オレはそのまま、窓から飛び降りた。
スパルロヴのナビもあり、オレはぐんぐん怪しいタイツと距離を詰める。
《到達地点の予測終了。左の小道から先回りできます》
「よっしゃ」
一瞬入った横道。
狭くうねるそこを駆け抜けて、飛び出したその目の前には――
「見つけたぜ!」
「キャッ!?」
タイツの変態!
「捕まえたぜ! 怪しいやつ!」
「何をするのよ!?」
目元を隠す、どこかネコのようにも見えるデザインのマスク。
本当、典型的なヒーローって感じだ。
「さっきサッカークラブの更衣室で盗撮があった。お前が犯人か!?」
「違いますぅ! わたしだってその犯人を追いかけていたのにっ!」
そう言いながらタイツの見つめる先には人影はない。
「ベチ……あなたの所為で逃げられたじゃない!」
「本当かぁ? 逃げるためにウソついてんじゃないよな?」
「大体、わたしのどこが盗撮なんてするように見えますか!?」
怪しいマスク。
怪しいマフラー。
怪しいタイツ。
怪しい。
どう考えても怪しい。
「とりあえずマスクを取ってくれれば信用してやるよ」
「それはダメ」
「なんでだよ」
「マスクはヒーローのアイデンティティなんだから!」
自分のことをヒーローだと思い込んでいる異常者か……。
コイツは重症かもしれない。
「異常者じゃないもん! このマスク、このマフラー、このコスチューム! ステラソフィア生なら一度は聞いたことないの!? ステラソフィアを守る正義のヒーロー、謎のズメチンXの名前を!!」
「知らねー」
「あなたヒーローとか好きそうなのに!」
まぁ、たしかにヒーローとか嫌いじゃないし、なんか王子様になるとか言ってた頃もあったような気がするけど、いやそうじゃなくて。
「知らねー」
「二回も言わなくていいじゃない!」
話してる感じ不思議と悪いやつって感じはしない。
寧ろ、シュピチュカと同じバカの匂いがする。
「じゃあさ、お前がステラソフィアを守るヒーローだって証明してみせろよ。有名なんだろ?」
オレは知らなかったけど。
「いいでしょう!」
ということで一先ず戻ってきたのはさっきの更衣室。
「さっきの子は……あ、いた」
「あ、あなたは!」
サッカークラブの女子生徒の視線が謎のズメチンXに注がれる。
頭の先から足の先までまじまじと見ている。
「きみが今回の被害者かな?」
謎のズメチンXが口を開いた。
女子生徒は何も答えない。
「任せなさい! この謎のズメチンXが来たからには、バッチリ解決してみせましょう!」
瞬間、女子生徒の表情がぱっと明るくなった。
マジか?
「あなたが、あの、噂の謎のズメチンXさん!! ま、まさか会うことができるなんて! お願いしますズメチンXさん、犯人を捕まえてください!」
「当然です!」
どうやら彼女が有名人というのは嘘ではなさそうだった。
「だから言ったでしょ? 」
「信じらんねぇ……」
とは言え、道を歩いているとファンと思しき生徒達から声を掛けられる。
マジのマジみたいだ。
「ということでわたしは盗撮事件の犯人を探るけれど――もちろんヴラベツくんも協力してくれるわよね!」
「は?」
「大体、さっき犯人を追いかけてたのにヴラベツくんの邪魔で逃げられたんです! だからわたしを手伝うべきなのです!」
オレの所為で逃げられたというのなら一理ある。
とはいえ――
「じゃあ、なんか手がかりとかあんのかよ」
「さっき盗撮してたと思しき犯人……機甲科の女子制服をきていたわ」
「機甲科か……ということは犯人は機甲科の中に? それも女子?」
「ええ。わたし達を除く126人。その中に犯人がいるはずよ」
「……お前機甲科なのか?」
「…………さぁ、張り切って犯人探しにいきましょー!」
容疑者は126人。
まだまだ骨の折れる数だが、並みの地方都市を遥かに超えた規模のステラソフィア学園都市。
その中からそれだけ絞れたというのは大きい。
「機甲科の制服は機甲科生じゃないと入手も難しいし、縦にも横にも繋がりが強いから部外者がなりすませばすぐに足がつくわ」
「となると犯人が機甲科を装ったという線も薄いってわけか」
「そ、ステラソフィア情報網にも不審者情報はないしね」
「そんじゃ、情報収集パートいってみっか」
ということで書き込みだ。
カメラを持った怪しい機甲科生徒か……。
「それって新聞部じゃない?」
「新聞部?」
聞き込み一発目。
あっさりとそんな答えが返ってきた。
「有名だよー。ステラソフィア新聞部の悪名は」
なんでも新聞のネタの為なら手段を選ばず、盗撮、過剰な演出、やらせは日常茶飯事だとか。
少なくともそんな伝統が半世紀は続いているとか。
いやもう潰れろよその新聞部!
「昔の上等科新聞部からそのまま来てるから機甲科生も多いしね」
今では完全に廃れた概念だが、機甲科、技術科、士官科、教職科の少人数学科を上等科、大人数の進学科を下等科として上下の区別をしていたことがあったらしい。
つまり、進学科生徒NGの新聞部――その流れを組むステラソフィア新聞部には機甲科生も多いということだった。
「なるほどねー。カメラ、機甲科、それに新聞部の悪名……となると、新聞部の機甲科生が怪しいってことか」
「ありがとな! んじゃ、部活の名簿でも探ってみるか! スパルロヴ!」
《検索済み。一覧を表示します》
ざっと名前に目を通す。
ステラソフィア新聞部の数は30人ほど。
その内、女子機甲科生は9人。
そして……
「チーム・グートルーネが4人全員所属してるな」
「チーム名と縁起がいいからって新聞部に入る生徒が代々多いみたいだしね」
「縁起いいのか?」
「良い文字が書けるってね」
実際、そういうことに興味を見出しやすい生徒が集められてるチームでもあるんだろう。
アイアンガールズが実験バカばっかりとか、ジャスティホッパーがヒーロー好きばっかりとかヴァイスシュベールトが痛いやつばっかとかそういう傾向があるのと同じようなもんだ。
「新聞部の部長もグートルーネの四年生みたいだな。まずソイツに話を聞いてみるか」
ということでオレたちはチーム・グートルーネの寮室を訪ねることにした。
「え、えー、と、盗撮ですかー!?」
オレたちの話を聞いたチーム・グートルーネ四年生ギービヒ・グニアは驚いたような声を上げる。
っていうか目が泳ぎ過ぎだ。
どっからどう考えてもコイツ絶対何かしら関与してるだろ!
「ダメだよヴラベツくん。すぐ疑ってかかっちゃ」
「つってもよ」
「ギービヒ・グニアさん、あなたはこの盗撮騒ぎに関与してない、と」
「し、ししししししてるわけないじゃないですかー!」
いやいやいやいや、どう考えても怪しいだろ!!
とか思ってた時だ。
「せんぱーい! 運動部のムフフな写真、いっぱいゲットしてきましたー!」
部屋に女子生徒が駆け込んでくる。
確かチーム・グートルーネの一年、タタミ・トミカだっけか。
そのトミカはオレを見て、ズメチンXを見て、グニア先輩へと目を向けた。
部屋を包む静寂。
グニア先輩の顔には大量の脂汗が流れている。
なんだこの空気。
オレ、なんか喋った方がいいのか?
とか思っていると、きっとこの空気から何があったのか読み取ったのだろう。
「わたしがやりました…………」
トミカがそっと両腕を差し出した。
「だめだめだめ! トミカちゃん、ここはしらばっくれるのよ! 罪を認めちゃだめです!」
しらばっくれるとか言っんぞ。
コレは完全に黒だろ。
「まだわからないよ。もしかしたらそういうボケかも」
「お前はあらゆる可能性を考え過ぎだ」
「しらばっくれる……はっ、そうでした! 別に今、運動部の更衣室を盗撮してまわってきたところとかじゃありません! このカメラにお宝データが眠ってたりしません!」
「ヘタクソか」
「わからないよ。もしかしたらそういうボケかも」
「そーいうテメーがボケてんじゃねーか」
「まぁ、どっちにしろそのカメラはちょっと確認させてもらいます! いいですね?」
グニア先輩とトミカの顔が青ざめた。
物凄い勢いで瞬きをしながら互いに顔を見合わせている。
「カメラをこっちに」
「わ、わかりました。カメラッセイ!!!」
瞬間、奇妙な掛け声と共にグニア先輩とトミカが寮室から逃げ出した。
「追うわよ!」
「はいはい」
「せんぱい、追いかけてきますよー!」
「わかってる! でもここを凌いで新聞の発行まで逃げ切れれば!」
「新聞部の天下! で、どう逃げます?」
「それはもちろん、ステラソフィアらしいやり方で!」
「なるほどー!」
瞬間、微かな地響きが鳴り響く。
「この音は……」
機甲装騎搬出を示すビープ音。
それはきっと、あの二人が!
予想通り、目の前に現れたのは二騎の機甲装騎。
グニア先輩とトミカは素早く乗り込んだ。
「スパルロヴ!」
《申請済み。出します》
「有能!」
さすがはスパルロヴだ。
オレは素早く装騎スパルロヴに乗り込み、起動させる。
「げっ、せんぱーい!」
「まだよ。邪魔をするなら、どけるだけ!」
「装騎戦、開始だ!」
グニア先輩の装騎グンター、そしてトミカの装騎トリコロール。
相手の装騎は二騎とも情報支援が得意な機甲装騎だった。
とは言っても、武装がないわけじゃない。
「大スクープは先手必勝! いきます!」
黒槍ミステルを構え、一気に駆けてくる。
「援護します!」
そう言いながら構えるのは、テレビカメラのような形をしたヘビーマシンガン・ソリッド。
「カメラワークと共に鍛えた銃撃能力、みせますっ!」
相手は思ったよりもやり手。
ステラソフィアの機甲科だから当然と言えば当然だが、易々と突破はできない。
だが、もう少しだ。
もう少しで……来た!
「ニャオニック……」
謎のズメチンXの装騎――名前はズメニャンガーか。
「ズメキーック!!!」
「きゃっ」
ふざけた技名の飛び蹴りがトミカの装騎タカラを襲う。
その不意打ちに装騎トリコロールの手元が狂った。
「うおっ、あっぶね!」
オレは咄嗟に装騎グンターの影に隠れる。
「トミカちゃん当たってるぅ!」
「す、すみませ――」
装騎ズメニャンガーの不意打ち、それによる混乱。
その機に乗じて――
「ヴラベツィー……」
「ニャオニック……」
オレとズメチンXは構えた。
「ジェザチュカ!!」
「ズメパンチ!!」
その一撃で装騎グンターと装騎トリコロールは機能を停止させた。
「はい、ということでカメラのデータは消しますからね」
「ぐぬぬ……」
悔しそうな表情をするグニア先輩。
けど、さっきまで見せていた動揺が少し収まっているように感じる。
なんだ、この余裕は。
「スパルロヴ」
《スキャンします》
HMDを下ろし、カメラやグニア先輩とトミカ、それにその装騎を解析。
「なるほどな」
「ヴラベツくん?」
「いや、大丈夫だ。データは消したんだろ? なら事件解決だな!」
「うん、そうです!」
そうだデータは消した。
あの二人の表情から、オレがデータを消したことは気づいていないようだが……。
「一応助言しとくけどな」
「ん?」
「今時はネット通信でバックアップ取れるんだぜ」
「……クラウドとか?」
「次からは気を付けろよ。未熟なヒーローさんよ」
「な、なんで未熟ってわかったの!?」
「知り合いのバカに似てたからな」
「バッ……おほん、まぁ大事な助言として受け取っておくわよ。あなたの協力もあって解決したわけだしね」
そう言いながらも口許がぴくぴくと引きつり怒りが抑えきれてない。
本当、まだまだ未熟みたいだな。
「とか言ってヴラベツくんだってまだまだな癖にっ!」
「何が?」
「いいもんっ!」
拗ねたように走り出すズメチンX。
あんなのにステラソフィアの平和を任せていいのかは――まぁ、わからないが。
「がんばれよ。一応、応援はしとくからな!」
正直、ああいうヤツは嫌いじゃない。
そして、ヒーローってやつもな。
「シュピチュカに聞かれたら笑われるな、ぜってー」
インハリテッドキャラクター名鑑
「謎のズメチンX」
ステラソフィア機甲学園を守る正義のヒロイン。
かなり古くからその名が継がれており、普段はマジカル☆ロリポップと言う相棒と活動する。
今代のズメチンXは、先代からその名とコスチュームを受け継いだばかりの一年生だが、正義を思う熱い心は歴代のズメチンXにも劣らない。
髪型とか色とかどっからどう見てもどこかの幼馴染なのではないかとか言ってはいけない。
名前の由来はタイプムーンの謎のヒロインXとメダロットの宇宙メダロッターX、それに別作品主人公のサエズリ・スズメの愛称である「ズメちん」。
コスチュームのデザインとポーズはキャプテン・マーベルが漠然と元ネタだったりする。
初代及び二代目ズメチンXのコスチュームがミズ・マーベルモデルだったことからある意味正統進化した感。




