第45話:踏み込め火星の「勢力圏」
「平和だな……」
目の前でぐつぐつと音を立てる鍋を見て、オレは思わずそう呟く。
「ここ数日戦闘はナシ! だもんねー。あ、肉もらい」
「だからと言って気は抜いていられまい。誰だ玉ねぎを入れたのは」
「……余ってた。玉ねぎ」
「グルルなら仕方ないな」
「ポトフみたいでいいじゃないですかー」
ビオトープの自然の中、ワイワイと声が上がる。
「お姉様、どう?」
「悪くはなくてよ」
オレ達ムスチテルキ隊にアリツェとアデレード。
「ヴラベツ、おかわりどうぞ」
「ツェラちゃん、もっと魚を入れてあげなさい」
「それオレが魚苦手だから言ってるだろ!」
ツェラやばあちゃんもその場にいた。
そして最後に
「というか、ブリーフィング……の筈でしたよね、司令」
ゲッコー艦長も。
そう、今は楽しい団欒タイムではない。
作戦会議の時間、のはずだった。
「てかマジでなんで鍋。誰の発案だよ!」
「えー、作戦会議とか普通にしてもつまらなかったりするじゃないですかー!」
ナっちゃん発か……。
そしてそれを認めたのは――
「ね、お婆さま!」
「その通りです。ということでみんなで仲良く鍋をすることにしました」
ばあちゃんだよなぁ。
「艦長が長時間指令室を空けるのは避けたいのだが」
「いいじゃないですか。リブシェちゃんだって優秀ですよ」
「ええ、彼女の腕は信頼しています。それはそれとしての話です」
「私にはよくわからない感覚ですねぇ」
だろうな……。
このばあちゃん、若い頃から前線バリバリで戦ってきたというし、今でも隙あらば戦おうとする有様だ。
「ってかさー、作戦会議っても今更話すこととかあんの?」
「現状報告。間も無く我々は火星周辺の「侵攻者」、その勢力圏に入る」
アデレード艦隊との交戦後、散発的な「侵攻者」との接触はあれど大きな戦闘は少なくなってきていた。
それは単純に「侵攻者」が拠点とする火星からは離れていたからだ。
「あの辺りで拠点を構えていたのは私たちくらいですもの」
「元々乙女型の数はソコまで多くありまセン。尤モ、新たな乙女型を送り出してこナイとも限りまセンが」
「けれどこれからは単独の「侵攻者」でも十分に行動できる範囲に入る。戦闘は増えるはず」
「それに、より強い「侵攻者」との接触もですわね」
「その通りです!」
ばあちゃんが急に声を張り上げる。
「これから騎使たちには負担も増えるでしょう! ですから先に労うという意味も込めて今回の鍋を承認したんです!」
「わぁ、さすがお婆さま!」
いや絶対今思いついただろ。
「それはそれとして、逆を言えば他の艦隊との連絡も取れるようになる筈だ」
火星を目指すŽIŽKAの艦隊はオレたちシュプルギーティス隊を含めて五つ。
それぞれが別方面からの同時攻撃を仕掛ける。
それが決戦の基本作戦だということは今まで何度も聞いた。
だがそれには各艦隊が無事に火星までたどり着き、そして連絡が取り合えるようにならなくてはならない。
「他艦へのコンタクトはヨロタンくんが進めている。彼女に一任して問題ないだろう」
「へー、ヨロタンにもちゃんと仕事あんだ」
失礼だろ。
「連絡が取れ次第とはなるが決戦の時はそう遠くはないだろう。各自調整を怠るな」
「諒解!」
「そう言えばアーデルハイト、装騎を弄ったんだって?」
「弄ったというか弄られたな」
「ん? パワーアップイベント?」
「……気になる」
「別に大したことありませんわ。アインザムリッター、とか言いましたっけ? それを騎士型の外骨格と融合させた程度でしてよ」
機甲装騎の技術と「侵攻者」の技術を組み合わせたということか。
それをこの数日でやってしまうとは。
「そんなに難しいことではなくてよ。そもそも騎士型の外骨格は貴女方のいう機甲装騎の技術を基にしたもの。それにそちらには「侵攻者」の技術を取り入れた既存兵器がありましたから」
「「侵攻者」の技術を取り入れた既存兵器……?」
それは初耳だ。
つまり、この艦にソレが搭載されている――のか?
「アデレード。それは国家機密」
嗜めるようにツェラが口を開く。
「けれど、隠す理由もない。結論から言う。インヴェイダーズの持つ技呪術――それは「侵攻者」の技術を基にしたものだった」
「あー、だから渡航者も「侵攻者」も名前が似てたってワケね」
「それはたまたま」
この部隊で運用されているインヴェイダーズの技呪術を応用したものと言えば、護衛艦や無人子機、それにグルルの装騎ククルクンがそれにあたるか。
「シュプルギーティスもビィが操縦できるように改造されている」
「その操縦技術も我々と似通ってるところですわ。私たち指揮官級の「侵攻者」が他の「侵攻者」に指示を出す為の感応波と似たものを使いますから」
「グルルたちは知ってたのか?」
「そうじゃないかとはいわれてた。インヴェイダーズの神話でそういう話があるから」
そもそもインヴェイダーズは空からの脅威――つまり「侵攻者」の襲来に遥か昔から備えていたという。
「そう。神話にある空からの使者。それが伝えた。遥か未来
空から敵が来ることを」
「恐らくは過去にこの星に来た「侵攻者」でしょうね。どのような理由で人類に肩入れしたのかはわかりませんが」
アデレードの推測にツェラが頷いた。
「実際、乙女型と思しき残骸を新大陸近くの北極圏に確認している。過去に新大陸民と接触、それをきっかけに「侵攻者」としての使命を破棄した存在と考えられる」
「つまり、過去にも「侵攻者」と分かり合った人間がいるってことだよな」
「そう。彼女は凍結を望んだ。それ以外に人と共存する術がなかったから」
けれどもし違った方法で「侵攻者」と――アデレードやアリツェ達とも共存できるのなら。
「それはわかりませんけれど、何にしても戦いは避けられなくてよ」
「その通りデス。戦う必要はないハズ、そう思うのも人の可能性デスが……」
「恐らく氷漬けの「侵攻者」は何かしらのイレギュラーがあったからのもの。もう既に成熟した母型相手に説得は難しいはずですわ」
「それでもできる限りはやってみるさ」
アデレードとアリツェが揃ってため息を吐く。
その表情には「そういうと思った」とでも言いたそうな色が映っていた。
「ナニしてんの? アーデルハイト」
「いや、何も」
口元を両手で覆いながら目を泳がせるアーデルハイト。
お前もか。
もしやツェラも――
「もう慣れた」
なんかやたらと慈愛の篭った笑みを浮かべていた。
そんな日々から間も無く、戦いは始まる。
『大型の「侵攻者」反応あり! これは……乙女型、ですか!?』
『波長は寸分違わず同じで御座います。間違いはありません』
リブシェはどこか疑惑の様子だがヨロタンは断定した。
早速現れたか――新たな乙女型「侵攻者」!
「宣戦とかないの?」
『あれは私たち新乙女型とは違いますわ』
アデレードの声が通信の向こうから聞こえて来る。
『そう。あれは本当の乙女型……真乙女型とでもいうべきモノ』
『旧乙女型ですわ!』
ツェラの言葉をアデレードが訂正した。
個人的にこだわりがあるらしい。
『じゃあそれでいい』
『わかった。対象を旧乙女型と呼称! 戦闘に入るぞ!』
『諒解。ムスチテルキ隊、発進してください』
「ムスチテルキ隊!」
『DO BOJE!!』
声を揃え五騎の機甲装騎が異界航行艦シュプルギーティスから飛び出す。
「それが新しいアインザムリッターか?」
「そうだ」
姿形はそこまでアインザムリッターと変わらない。
一番大きな変更点は操縦系と伝達系だと言っていたはずだし。
けれど確かに所々「侵攻者」の持つ有機的なデザインを残していた。
「名前はどうしちゃうんですかー?」
「名前? アインザムリッターだが……」
「かー、分かってないわね! そこはなんかカッコよくなるように変えるべきっしょ」
「そうなのか?」
「そう」
「グルルまで……」
もうすでに交戦は始まっているのだが、このノリ。
ムスチテルキ隊らしいではある。
「なら、アインザムリッター――」
「「「アインザムリッター?」」」
「つ、ツヴァイ」
「「「ツヴァイ!!!」」」
「いいじゃないですかー。かっくいーです」
「やっぱナンか付けなくちゃね!」
「そう」
ただ名前の後ろに2とついただけだけどな!
『フチェラ、発艦します!』
『こちらも行きますわ。お行きなさいヴォサ達!』
護衛艦から現れるフチェラに混じり、見たことのない無人機が姿を見せた。
それはアデレード艦から発進する鳥型「侵攻者」を更に鋭くしたような見た目の――恐らくは「侵攻者」。
『雀蜂型ですわ!』
鳥型と違いフチェラと同じような黄色をしている。
アデレードがオレ達と共闘するために新たに作り上げた「侵攻者」――それが雀蜂型「侵攻者」!
「乙女型ってなんか弱点とかないのか?」
『強いて言うなら中央のコアですわね。そこで配下の「侵攻者」を統率してるのですわ』
「コアか――勝手はアデレードの要塞と同じような感じでいいのか?」
『そうなりますわね。外壁に穴を開けないといけませんが――』
『総員、射線上より待避せよ。シャマンスキー・オドストジェル、発射!!』
霊子の閃光が宇宙を走る。
強烈な一撃は旧乙女型の表面を焼いた。
『やはり破壊は無理か』
「だけど今ので――穴が空いた!」
『私達との戦闘経験が役に立ちましたわね』
旧乙女型の姿や、アデレード要塞へ潜入した時のデータを元に脆い部分を割り出し、そこに主砲をぶつける。
それで穴を穿った!
「中にはオレが行く! アーデルハイトは指揮を頼む!」
「わかった」
そして一気に旧乙女型の内部に飛び込んだ。
『お供をさせてもらいますわよ!』
その後をついてくる雀蜂型。
さすがは同じ乙女型であるアデレードだ。
周辺の施設の用途を理解して、「侵攻者」の増援が姿を見せる前に潰していく。
『どこからどのように敵が現れるのかのパターンを知る。それがシューティングゲームの基本ですわ!』
誰だコイツにシューティングゲームさせたのは!
助かるけど!
雀蜂型の支援もありすぐに旧乙女型のコアへとたどり着く。
そこはアデレード要塞の中央にあった部屋とよく似ていた。
けれど、蠢く巨大な柱のようなものが聳え立っているのが違いか……。
そしてアレが――
『ええ、乙女型本体ですわ』
「そしてコレをぶっ壊せば――」
『待つのですわ!』
アデレードが何か違和感を覚えたらしい。
装騎スパルロヴのサブディスプレイに何やら周囲の解析画像のようなものが表示される。
もしかしてオレの装騎のコンピューターを勝手に使ってるな!?
『それよりも早く逃げた方がよろしくてよ!』
「逃げる!?」
『時空間転移装置が臨界点に近づいてきてますわ。霊子反応も増大――自爆するつもりですわ!?』
「はぁ!?」
オレはとっさに踵を返し、装騎スパルロヴを跳躍させる。
「自爆ってそんなんアリか!?」
『普通は致しませんけれど――』
だろうな!
『それにこの自爆――想像より危険でしてよ』
「爆発の危険度に想像以上とか以下とかあんのか!?」
『単なる動力機関の暴走による自爆でしたら高出力の霊子バリアで耐えることができる可能性がありますわ。ですがこれは時空間転移装置を利用した爆発……』
「似たようなやつなら何度も体験してるぜ。なんだ? また一年前に跳ぶのか!?」
『かもしれませんし、時空の彼方へ跳ばされるかもしれません。圧縮されてぺったんこになる、内部から爆発する、急激な風化が始まる――さしずめパルプンテですわね』
誰だよコイツにゲームさせてるやつ!
『個人的にはヴラベツがどうなるのか楽しみではありますけれどそうも言ってはいられませんわね』
コイツ意外とSなのか!?
『そこを真っ直ぐ! そのまま突っ切るのですわ!』
「諒解!」
必死で加速に加速を重ねる。
光がオレの装騎スパルロヴを包み込んでいく。
間に合うか!?
『もっと速く!』
「つってもよ!」
アデレードの声に微妙な焦りが見えた。
冷淡なジョークはそれを隠すためのものか。
つまり――アデレードの計算ではオレは――――間に合わないっ!!
光が視界を覆う。
耳鳴りがする。
『ヴ――ベツ!』
『司令――――進! ――護を!』
半ば無意識的にアズルを全開に――装騎スパルロヴを包み込むように。
「そう! ーーまま、手をーー!」
おぼろげに聞こえる聴き馴染んだ声にオレは手を伸ばした。
ステラペディア
「通信士って何してんの?」
インハリテッドだとやたら登場頻度の低い通信士のヨロタン。
ムスチテルキ隊へのオペレートや艦内放送はリブシェのやってることが多いのでなおさらである。
基本的な職務は他部隊との連絡や本部とのやり取り。
また内部でも細かい部署との連絡などはヨロタンが行っている。
早急に発令が必要な場合はリブシェによる艦内放送。
そうでない場合はヨロタンによるメッセージ配信や直接通話というイメージ。
また「侵攻者」の出す特殊な信号(今回触れた感応波だろうか)について研究してたりもする。
作品内で表立って活躍してないならいなくてもよかったのでは? 感はあるが、基本その場その場の思い付きで進行してるので今後役に立たないとも限らないし……。
※出番があるとは言ってない




