第41話:狭間で揺れる「乙女型」
「ヴラベツィー・スヴェトロ!」
一条の閃光が近衛型を狙い走る。
「かわされたかっ!」
その一撃をかわした近衛型は手に持った剣を構えると、アズルの輝きを纏った。
この体勢――それはまさしく、
「ヴラベツィー・スヴェトロか!? パクんなオイ!」
閃光がオレのそばを通り過ぎる。
狙いは甘いが順調に学習してきているらしい。
この真似っこ「侵攻者」どもは!
「ったく、厄介ね! ベチュカ、連携!」
「おう!」
オレは両使短剣イージークを近衛型に振りかざす。
その一撃は当たらない――が、本当の目的は、
「Aを捉えた……そこだ!」
アネシュカの装騎イフリータと戦っている近衛型、通称A!
「そっちの”V”はアタシが!」
そしてオレの戦っていた近衛型――通称Vを装騎イフリータが相手をする。
急に相手が代わり二体の近衛型に動揺が見えた。
「これくらいでひるんでちゃ、戦えないぜ!」
「待って……G、そっちに向かった」
「グルルのヤツか!」
瞬間、鳥型が装騎スパルロヴと装騎イフリータのいる場所へなだれ込んでくる。
「チッ、コイツ、Gが操ってるやつか!?」
「数、桁違い。たいへん……っ」
基本的な物量としては「侵攻者」の方が圧倒的。
いくら鳥型が雑魚と言っても、数で攻め込まれれば苦戦は必至だ。
いや、一番懸念すべきなのは……。
「ヤツら、シュプルギーティスを狙ってるのか!」
「トーゼンっちゃトーゼンね。母艦が落ちればアタシらにはなす術がないッ!」
「させませんよー!!」
「ナっちゃん!」
装士イーメイレンが一気に駆け出し、シュプルギーティスを目指す。
「チッ、野郎!」
その背後から追いかけるのは近衛型N。
どう考えても装士イーメイレンを妨害するつもりだ。
「ムスチテルキ隊!」
「り!」
「……まって」
その援護に向かおうとするが、目の前に近衛型のV、A、Gの三体が立ちはだかる。
「艦長」
『ああ。わかっている』
シュプルギーティスも霊子砲を撃ち放ち「侵攻者」を迎撃する。
さらにその前へ装士イーメイレンが華式直刀を放り投げた。
「焼火結界・得維場阿!」
魔力の結界が赤く燃え上がり、シュプルギーティスに向かう鳥型を捕らえ、焼き払う。
そこに近衛型Nが結界の内側へその手に持つ直刀を五振り投擲した。
「これは……っ!?」
ナっちゃんが驚きの声を上げる。
その理由はすぐにわかった。
魔力の流れが歪み、ナっちゃんの結界が揺らぎ始めたからだ。
「ナっちゃん、コレは!?」
「結界の魔力の流れを――ピンポイントに塞いできちゃいました!」
ナっちゃんの結界魔術は均等に配置した華式直刀を基点に魔力の陣を編み込み、その魔力の流れで様々な効果を発揮するというものだ。
その弱点として、今までも基点となる華式直刀を弾き飛ばされることで効果を遮られることは多々あった。
だが、今回はそんな単純なものではない。
あの「侵攻者」――ナっちゃんの戦い方を学習した近衛型Nは結界の"要点"を把握し、そこを遮ることで結界魔術の効果を恐ろしく減衰させたのだ。
結界魔術のキモは魔力の脈――その脈を抑えられたことで効果が減少してしまった!
みたいなことを超早口でナっちゃんが解説してくれるのをよそに、オレは装騎スパルロヴをシュプルギーティスに走らせていた。
何故なら、ナっちゃんの結界魔術が突破された以上、シュプルギーティスを守る他の手段が必要になるからだ。
「チッ、邪魔くせえ!!」
もちろん「侵攻者」たちもそれを理解している。
だから近衛型を始めとしてオレ達を妨害する。
その間に次々とシュプルギーティスに向かって特攻していく鳥型の群れ。
「ったく、数が多いのをいいことに自爆攻撃とかさ!」
『霊子防壁良好。まだこの程度なら――あっ』
通信から聞こえるリブシェの声。
それは新たな敵の到来を知らせるものだった。
『超高速で接近中の「侵攻者」あり――来ました。き、騎士型です!」
「!!」
一体、その姿を見たのはいつぶりだろうか。
見間違えることは無いその佇まい。
その圧倒的な存在感は近衛型とは桁が違う。
「アーデルハイト!!」
オレの声は騎士型へは届かない。
騎士型の狙うのはただ一つ。
異界航行艦シュプルギーティスーーその撃破。
「アネシュカ!」
「ちょまっ!」
「グルルは!?」
「むぅ……」
「ナっちゃん!」
「交戦中でーす!」
味方は誰も動けない。
オレも近衛型Vが行く手を阻み進めない。
「クソッ、オレの動きを知ってるかのようにッ」
実際わかっているのだ。
目の前にいる近衛型Vは――!
「艦長!」
騎士型がシュプルギーティスの真上に陣取る。
その位置は正確に指令室がある場所――その上だ。
オレは叫んだ。
最後の切り札――準備はしているはずだ。
『今、司令が――いや、違う!?』
シュプルギーティスの出撃ハッチが開く。
そこから姿を現したのは――
「魚型!?」
ということはまさか――
「出撃……全力を尽くしマス!」
「アリツェ!!」
一瞬騎士型が動揺したように見えた。
その瞬間、激しくぶつかり合った魚型と騎士型。
アリツェが体当たりを仕掛けたんだ。
「サエズリ・スズメ、スパロー。行き――」
それと同時に出撃を始めるばあちゃんの装騎スパロー。
――だったのだが。
『あー、作戦失敗! 撤退撤退! 全軍てったーい!!』
アデレードの一声で一気に「侵攻者」は撤退態勢にはいる。
「待ってくれ、アーデルハイト!!」
オレは必死に騎士型を追いかけようとするが逃走の手口は鮮やか。
鳥型の物量をいかんなく目くらましとして発揮し距離を取っていく。
『折角の切り札だったのだけれど失敗してしまいましたわ。ですが、かなりのショックは与えられたんじゃあないですかぁ?』
「やっぱり騎士型はお前たちのとこに……!」
『当然。そうしないと"ムスチテルキ隊"にならないでしょう?』
「テメェ!」
『では今回はご機嫌よう人間たち。そして"出来損ない"の「侵攻者」』
「…………」
アリツェが息をのむ音が聞こえた気がした。
『いずれまた、良き再開のあらんことを』
「アリツェ、大丈夫か!?」
「平気デス」
アリツェはそういうがどこか足取りがおぼつかないようにも思える。
「体当たりとか無茶しやがって」
けれどアリツェのお陰で助かった。
騎士型の強襲――それをなんとか防ぐことが出来たのだから。
「でもよく許可したな。アリツェが出るの」
「出たそうにウズウズしてましたからね。私が行かせたんですよ」
「だろうな」
そういうことさせるのは大抵ばあちゃんだ。
「ありがとなアリツェ」
オレはアリツェの手を握る。
その手が震えているように見えたからだ。
「怖かったか?」
「ハイ……デスが、みなさんのお役に、たてまシタ」
「そうだな」
アリツェの様子が落ち着くまで彼女のそばにいよう。
「ヴラベツさん」
「どうした?」
「みなさんはイツもコンな思いをしながら戦っテいるのデスか?」
「そうだな……確かに怖いと思うことはたくさんあるぜ。きっと他のみんなも一緒だ」
「ソレならナゼ、戦うのデス?」
「もちろんみんなを守りたいからな。この艦の仲間たち、マルクトで待ってる仲間たち……みんなを守りたいから怖くても戦えるんだ」
とかカッコつけて言ってみたが、なんだか恥ずかしくなって顔が熱くなった。
何言ってんだ本当。
「でも、ほら、アリツェだって一緒じゃないのか? さっき騎士型に体当たりした時」
「ソウ、なのでしょうか?」
「アリツェは何であんなことしたんだ?」
「……イテもタッテもいられなかったのデス。わたしが動かないとイケナイ。そんな気がシタのデス」
「オレも一緒だ。だからここにいる。アリツェもオレたちといっしょだな」
「いっしょ……」
顔を俯かせるアリツェ。
その顔は喜びとも悲しみともつかない妙な表情を浮かべていた。
「アリツェ?」
「デモ、わたしは「侵攻者」デス」
「それはツェラも一緒だろ?」
「違うのデス。わたし達乙女型と娘型デハ」
その言葉に込められた奇妙な重さ。
彼女はオレ達とは一緒にいられない――そう思っているのかもしれない。
そしてその夜。
アリツェはツェラを攫い姿を消した。




