第4話:問題外な「警備員」
「見て見てベチュカ! 今こーいうのが流行ってるんだってー」
「ふーん」
マルクト共和国首都カナン。
オレはシュピチュカに連れられてカナン駅前まで来ていた。
日曜だけあって賑わう人々。
うんざりしそうな人混みを掻き分け、オレはシュピチュカのショッピングに付き合う。
正直、オレはこういうのどうでもいいタイプなんだが、シュピチュカは流行り物とか好きらしい。
「女の子、それも女子高生ともなれば普通でしょ!」
「つまりはオレが普通じゃないと」
「たしかにベチュカは普通じゃないよね。自分のことを”オレ”って言ってたり、女子なのに男子の制服着てたり」
「うるせー」
人から見てどうかはわからないけど、オレにとってはこれが”普通”だ。
「ほんとは無理してるくせに」
「別に……」
無理なんてしてない――とは言い切れなかった。
「ベチュカは無理と無茶しかしないから」
「ふん」
瞬間、鳴り響く警報。
これは――
「「侵攻者」か!」
「ベチュカ!?」
オレはすぐに装騎スパルロヴの輸送申請を行う。
このマルクト共和国は地下に装騎を輸送する為のルートが張り巡らされている。
ネットに接続できる情報端末――例えばこの学生証端末なんかを使って申請を出すことで自分の装騎を呼び出すことができるんだ。
「もう、すぐそれなんだから!」
そう言いながらシュピチュカも装騎イツェナの申請を始めた。
「わざわざ付き合わなくてもいいんだぜ」
「今日付き合ってもらったんだから、次はわたしが付き合う番でしょ!」
ったく、コイツは子どもの頃からこんなんだ。
コイツだって無理と無茶しかしない。
「似た者同士だもんね!」
「……かもな」
だからオレたち2人は今までずっと一緒にいられた……ってワケね。
「シュヴィトジット・ヴラベツ。スパルロヴ、出るぜ!」
「アマリエ・シュピチュカはイツェナで出ます!」
「スパルロヴ、敵は!?」
《降下してきます》
オレは空を見上げる。
その「侵攻者」は傘のようなものを広げ、ゆっくりと降下してきた。
あれは……
《データベースと照合。海月型の「侵攻者」です》
「クラゲね」
たしかにあの傘のようなものと、そこから伸びた触手はまさにクラゲだ。
海月型「侵攻者」は触手を1つの建物へと伸ばすと、その一部をもぎ取る。
「何してんだ……?」
《海月型「侵攻者」は「侵攻者」の手とも言える存在だと推測される。海月型による誘拐、盗難事件が多数報告あり》
つまりは物を取って大元へと持って帰る為の「侵攻者」!
「ドロボーってわけだね。やっつけないと!」
「当然だ! 大人しくアレもコレも持って行かせるわけには――いかねーんだよ!」
オレは両使短剣イージークを構える。
そして――
「ヴラベツィー・ジェザチュカ!」
一閃――――いや!
オレの一撃が命中する直前、目の前の海月型「侵攻者」が切断された。
「なんだ!?」
オレの目の前には何もない。
周囲にも……いや、違う。
《正面、異常性反応あり》
異常性反応……?
オレは目を凝らす。
瞬間、空間が揺らいだ。
「ステルス騎か!」
周囲の光を屈折させ姿を消すことのできるステルス機能。
強そうな機能だけれど一般的にはあまり使われていない。
それには弱点があるからだ。
まず単純に消費するアズルの量が半端じゃない。
ステルス状態で使用できる武装はギミック無しの格闘武器くらいだ。
そしてもう1つ。
《肯定。周囲視認用の小型カメラを発見》
光を屈折させ透過すると相手からコチラの姿は見えなくなる。
と同時にコチラから周囲の様子も確認できない。
だから透過にわずかな"穴"を開け、そこから周囲を確認する。
その不完全な透過によって空間に揺らぎが視えたり、異常性反応として存在が知れたりする。
「それにしたって誰が……」
《「侵攻者」のものである可能性は限りなく低いです》
「ってことは人間――「侵攻者」の迎撃に出た民間人か」
「民間人はアンタっしょ!」
瞬間、人型の揺らぎに色がつく。
薄い黒色の装甲、浅葱のラインが胸部に走り、鮮やかな青色のカメラアイが特徴的だ。
その左肩に見覚えのあるマークが見える。
黒い羽の上にオレンジの羽を重ねたようなマーク。
「ピトフーイ警備保障……警備員か!?」
「よく知ってんジャン! って当然か」
そうだピトフーイ警備保障――マルクトに住んでいてその名前を知らない人間はいない。
やたら耳につくCMソングに若き日の社長自ら出演しているやたら古臭いCM映像。
今もちょっと目を逸らせば、社長が20代ごろに撮ったという顔写真の入った看板が目に入る。
「民間軍事会社紛いの警備会社がこんなとこで何してんだ」
「詳しいジャン。ま、軍事会社紛いだからこそ、こういう「侵攻者」退治に駆り出されるってワケよ」
なるほどな。
いくら国民全てが「侵攻者」の迎撃をできるとは言え、そういう危険を避けたい人はいる。
ピトフーイ警備保障は設立者が元傭兵でそのノウハウを生かした実戦派の警備会社。
となれば、こういう"実戦"はお手の物ってわけか。
「そーいうワケ!」
ピトフーイ警備の装騎は鎌のように刃が湾曲した剣――鎌剣ドラコビイツェを振り払う。
その一撃で海月型「侵攻者」が一体、刈り取られた。
「負けていられるか!」
オレも両使短剣イージークを振り払い、海月型を一体斬り裂く。
「浅黄の装甲、獣脚型装騎に左肩のスパローエンブレム……もしかしてアンタ」
不意に鎌剣ドラコビイツェが怪しく光を照り返す。
白銀の閃きは――オレを狙ったものだ!
「っぶねーな、何しやがる!?」
「アンタ、名前は?」
「ヴラベツ。シュヴィトジット・ヴラベツ!」
「アタシはコソヴェツ=ショウパールチーオヴァー・アネシュカ!」
両手の鎌剣ドラコビイツェを大きく広げ、威嚇するような、カッコつけているようなポーズをとる。
その視線は依然オレの装騎スパルロヴに向けられていた。
「そしてこの装騎は――イフリータ! シュヴィトジット・ヴラベツ、そして装騎スパロー!」
「スパルロヴだ!」
「なんでもいーけど、勝負しなさい!」
ヴァールチュカだって!?
この状況で? 正気か!?
「ベチュカ、大丈夫!?」
さすがにシュピチュカも心配になったらしくそんな声を上げる。
「わりーけど、お断りだぜ!」
「お断りって言われて大人しく引き下がるワケないっしょ!」
問答無用と斬りかかる装騎イフリータ。
その一撃を回避した瞬間、オレの背後にいた海月型「侵攻者」が一体、斬り裂かれた。
オレを助けた――――なんて殊勝な感じじゃあ、ぜってーにねーな!!
「悪いシュピチュカ、「侵攻者」はなんとか抑えてくれ――オレはコイツを、ぶっ倒す!」
「そんな!」
どう足掻いても相手は逃がしてくれない。
それに――コイツと戦いながらだって「侵攻者」の相手はできる――――筈だ!
「猛りなさいドラコビイツェ――相手は子雀、だけど竜を狩るように……」
「誰が子雀だって!?」
「ドラコビイツェ・パジャート!」
大きく広げた二振りの鎌剣ドラコビイツェ。
それを装騎イフリータは、交差させるように振り払う。
瞬間、その刃が――――飛び出してきた!?
「ワイヤードソード!」
柄と刃の間にワイヤーが仕込まれており、刃の部分を相手に向かって飛ばすことのできるタイプの武装。
有線だから装騎と距離が離れても超振動状態を維持できる。
どういう意味かと言うと――――
《切れ味はバツグンです。ご注意を》
「わかってる!」
一本は何とか回避できた。
もう一本は――
「イージーク!」
両使短剣イージークで受け止める!
「いや、違う!」
気付けば装騎イフリータの姿が無い。
ステルス機能で透過したのか!
「異常性反応は?」
《ありません》
完全透過か?
けど、それなら相手からもこっちが見えないはずじゃ……。
「っ!!」
何もない虚空から、鎌剣ドラコビイツェの刃だけが飛び出してきた。
「こっちの姿が見えるのか!?」
《今までのデータから推測。相手はこちらが見えてはいません》
「見えて"は"ってなんだよ見えて"は"って」
《視認不可能の状態でこちらの大まかな位置を把握。攻撃を行っているのかと思われます》
「んなバカな。それでこの精度とかそんなんステラソフィアの上位クラス――それか、」
それ以上か!
「どうする……どうやってヤツを捉える!?」
《一先ずの退避をおすすめします》
きっとあのアネシュカとかいう警備員はオレの、装騎スパルロヴの駆動音を頼りにこちらの位置を把握している。
退避するにも普通に走って引いたんじゃ意味がない。
ならば……
「行くぜ、ヴラベツィー・スヴェトロ!」
両使短剣イージークを展開。
魔電霊子砲の一撃で、宙を漂う海月型「侵攻者」を地面に叩き落とす。
と同時に跳躍!
オレの装騎スパルロヴは跳躍能力が他の装騎と比べてズバ抜けて高い。
この一度の跳躍で、周囲のビルを軽々と飛び越えた。
「さらにもういっちょ!」
ビルの壁面を何度か蹴り、落下スピードを緩やかにしていく。
それと同時に海月型「侵攻者」を何体か撃ち、斬り裂き、地面に叩きつける。
そして最後、着地する瞬間に全く違う方向へとヴラベツィー・スヴェトロを撃ち込んだ。
アズルの閃きが地面を抉り、強烈な音を響かせる。
全ての目的は装騎スパルロヴが着地した位置を誤魔化すためだ。
「かかった!」
虚空から鎌剣ドラコビイツェが伸びる。
狙うのは――オレがアズル砲を撃ち込んだまさにその場所!
「そして、わかった!」
鎌剣ドラコビイツェのワイヤーを辿った先――そこに装騎イフリータが隠れているのは当然。
オレは装騎スパルロヴの姿勢を思いっきり沈みこませる。
「跳べ、スパルロヴ!!」
装騎スパルロヴが弾けた。
「イージーク!」
とった!
「いや……っ!」
目の前に突如として鎌剣ドラコビイツェが現れる。
バレてた!?
いや――違う。
装騎イフリータがいると思しき場所――そこを中心にニ振りの鎌剣ドラコビイツェが渦を巻いてる。
最初の一撃――それが空振りだと気付いてすぐに攻撃方法を切り替えたのか。
背後からの奇襲にも対応できるように!
「隠れてないで、出てきやがれ!」
《ヴラベツィー・スヴェトロ、拡散モードでの使用を推奨》
「ヴラベツィー・スヴェトロ!」
広範囲に広がるアズルの輝き。
威力はかなり落ちるが――
「いったぁ!?」
一矢報えるなら!
装騎イフリータのステルス機能が解除される。
「ま、小手先の機能じゃこんなもんか! ならば次は、真剣勝負と行きますか!」
「真剣勝負? お前が正々堂々戦えるんだか!」
「それもそうね。ピトフーイ警備保障のモットーは死んでも生きる! しつこさだけなら天下一よ!」
装騎イフリータの鎌剣ドラコビイツェが閃く。
両使短剣イージークで受け止めた瞬間、もう片方の鎌剣ドラコビイツェがオレを狙ってきた。
「コッチはニ本、アンタは一本。明確な数の差をご存知なくて!?」
「そっちはニ本? はんっ、ならばこっちは十一本だ! 駆逐形態!」
左腕から刃が伸びる。
そしてその刃で、もう一本の鎌剣ドラコビイツェを受け止めた。
「これは……追加装甲!」
両腕、両肩、両膝に両爪先、背部と頭部――そこに装備された追加装甲から刃が伸びる。
そしてその全てが超振動――全身を刃にする装騎スパルロヴのスチーハチュ形態だ!
「でも、数だけ多くったって、意味ないわよ!」
装騎イフリータは一歩引くと、
「ドラコビイツェ・ボウジェ!」
アズルの風を乗せた鎌剣ドラコビイツェによる嵐のような一撃を仕掛けた。
二本の鎌剣ドラコビイツェを交互に、そして巧みに連続で休みなく打ち付ける技。
「チッ」
全身の刃で装騎イフリータの猛攻を防ぐが、なかなか突破口が見つからない。
「コレくらいの嵐、切り抜けてみなさい!」
《装騎の跳躍力を活かすことを提案。推奨する必殺技は――》
「ムーンサルト――」
オレは装騎スパルロヴを跳躍させる。
目指すは装騎イフリータの頭上――そして、その背後。
「頭上を飛び越えて!」
「ストライク!」
一撃はたしかに入った。
でもまだ浅いっ!
しつこさだけなら天下一とはよく言ったもんだ。
土壇場でムーンサルト・ストライクに対応して、そして致命傷を避けるなんて。
「綺麗なムーンサルト・ストライク――けど、違う。なんか違うわね」
「何がどう違うってんだ」
「なんてゆーのかなぁ……アンタの性格と今の技は合ってないってのかなぁ」
「お前にオレの何がわかるってんだ!」
「そうそうそういうトコ! さっきの技にはそういう荒々しさがないのよ。半自動操縦みたい」
「っ!!」
「もしかして図星ィ? 装騎の性能に頼って戦ってるカンジィ?」
「うるさいッ! オレの力、見せてやるよ!! スパルロヴ、アシストオフ」
《諒解》
大丈夫だ。
今まで何度も練習してきた、何度も使ってきた技だ。
「電光!」
オレは脚を踏み込む。
その動きを増幅し装騎スパルロヴが駆けた。
「一閃!」
加速に加速を重ね、装騎スパルロヴは疾風になる。
その加速はやがて稲妻に――ジグザグに大地を抉りそして正面に捉えるのは装騎イフリータ。
「烈風!」
装騎スパルロヴと装騎イフリータが交差する瞬間――オレは装騎スパルロヴを跳躍させた。
これがオレの必殺技!
「銀風――」
相手を逃がさない刃の檻。
八方向からアスタリスクを描くような斬撃を一瞬で決める必殺技。
「星叉!!」
「ドラコビイツェ……ポレ」
瞬間、激しい金属音が鳴り響く。
1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ。
地面を抉ったオレの一撃と――――無傷の装騎イフリータ。
「そんなっ」
「この程度? やっぱ騎体がスゴくったって騎使がダメじゃあねェ。"ホンモノ"には程遠いっかー」
装騎イフリータは構えを解くと、無造作に鎌剣ドラコビイツェを振り払った。
2本の鎌剣ドラコビイツェは2体の海月型「侵攻者」を斬り裂く。
「これで終わり。さって、お仕事終了~」
「な、お前……っ! まだ勝負は――」
「するまでもないっしょ。それに――」
そう言いながら装騎から1人の女性が飛び降りた。
銀髪を振り乱し、黒い戦闘服に身を包んでいる。
アイツが、アネシュカ。
「アタシは時間にキッチリしてるタイプなんでね。ネーシャ、休憩入りまーす」
そういうと装騎を地下に収納し、さっさとどこかへ言ってしまった。
「ベチュカ大丈夫だった!?」
「ああ……シュピチュカは?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
ったく、一体何だったんだアイツは…………。
インハリテッドキャラクター名鑑
「コソヴェツ=ショウパールチーオヴァー・アネシュカ(Kosovec šoupálčíová Anežka」
ピトフーイ警備保障に所属する警備員。
これでも歳は16ほどでヴラベツよりも1個上程度。
身寄りがないところをピトフーイ警備保障の社長であるピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタに拾われた。
細かいことは気にしない、流行りものには雑に手を出す若干ギャルっぽい性格。
その割に実力はガチで、かつて死毒鳥と呼ばれ恐れられた社長の技術や性質を受け継いでいる。
愛称はネーシャ(Néža)。
名前の由来はピトフーイのように毒を持つ鳥の一種ズアオチメドリ(Kosovec šoupálčí)
装騎の名前イフリータもズアオチメドリの学名Ifrita kowaldiより。
余談だが、つい最近キンプリを見直したのでヴラベツvsアネシュカ戦ではずっと頭の中がEZ DO DANCEしてた。




