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第36話:帰りを待つ者の「葛藤戦」

火星にある「侵攻者」本拠地への襲撃作戦。

それまでの準備期間としてオレ達に一週間の休暇が与えられた。

そんな貴重な休暇でオレがどうするかと言うと――

「お、ヴラベツ! 久しぶりだなー!」

「あらあら。今日は御馳走を作らないといけませんねぇ」

「フッ、任せろ。金ならある!」

そう。

オレはステラソフィア機甲学園へと足を運んでいた。

「三か月ぶり……くらいか?」

カケル先輩がそう言うが、オレにとっては一年とそれくらいぶりになるのか。

何ていうか――

「全く変わらないな。ここは」

「ですけど、ヴラベツちゃんがいなくて寂しかったのですわ」

アーラ先輩が抱きついてくる。

ちょ、待って、苦しい!

「ヴラベツロボとか作ろうかと思っていた所だ!」

何ていうカルラ先輩だが、この人なら本当に作りかねないのが嫌だ。

「あら?」

不意に寮室の扉が勢いよく開けられる。

この勢い、そして――

「ベチュカァァアアアアアア!!!!」

この声は……。

激しい衝撃がオレの身体を襲った。

「シュピチュカっ!!」

なんとか受け身を取るけれど――急にあぶねえな!!

「ベチュカベチュカよかったベチュカァ!」

「ベチュカベチュカ言うな!」

じゃれる子犬――というかタックル攻撃を仕掛けてくるドラゴンみたいな勢い。

「よかった……生きてたぁ。ベチュカぁ」

「勝手に殺すな!」

「でもでも、わたし聞いたんだよ!? ベチュカ達の乗ってた船が爆発に巻き込まれたとか!!」

「誰から聞いたんだよ。ばあちゃんか?」

「ベチュカ、もう危ないことしないよね!? 「侵攻者」の基地、壊したんでしょ……?」

「……来週、火星への侵攻作戦がある。オレはそれに参加する」

シュピチュカが項垂れる。

コッチに体重をかけるな。

重い……。

「どうしてもベチュカが行かないとダメなの……?」

「そうじゃないけど――オレが行きたいんだ」

その思いはこの一年で特に強くなっていた。

ただ勢いに任せるように選抜試験に挑んだ最初の頃と違って、今では色々と背負ったものもある。

オレ達がツェラを救ったこと、アーデルハイトのこと、仲間たちのこと……。

「なんでベチュカはいつも危ないことばっかりするの……」

「なんでだろうな……」

本当、なんでだろうか。

昔は別にそんなことは無かったと思うのに。

いつからだろうか、こんな突っ走るようになったのは。

母さんやばあちゃんが言うには、昔はとても大人しい子だったという。

よく「お姫さま」なんて言われてたとか。

自分でいうのもなんだが、今のオレからは想像もつかない。

そんなオレが今みたいになった理由――強いて言うのなら。

「ヴラステンカになりたい、から、なのかな」

「それは……」

ヴラステンカ――それはこの国で人気のあるスーパーヒーローの名前。

思えば、子どもの頃シュピチュカはオレにとってヒーローだった。

活発でどんなことにも挑戦していて臆病だったオレにはすごいやつに見えた。

そう、臆病なんだオレは。

"オレ"だとか男口調で強がってヒーローになりたいなんて臆病な自分を隠す為の戯言だ。

「わたしの所為、なの……?」

「それは……」

そうとも言えるしそうじゃないとも言える。

確かにきっかけはシュピチュカだったのかもしれない。

けど、違う。

オレがこの戦いに身を投じるのは必然だったような気がする。

それこそ、オレがばあちゃん家の地下でスパローに出会った時から。

「そうか……ベチュカもやっぱりスズメさんの孫なんだ」

オレがヒーローにそこはかとない憧れを持つのはシュピチュカの影響。

だけど、シュピチュカがヒーローに憧れるきっかけはオレのばあちゃんだった。

ばあちゃんはこのマルクトではある種の英雄。

それが事実であれ脚色されたものであれ、そう考える人は少なくない。

特にシュピチュカは幼いころからばあちゃんにべったりで色んな話を聞いていた。

もしかしたらオレ以上にばあちゃんの過去の話を知っているかもしれない。

だから察した。

オレを止めることはできないと。

「ベチュカ……一生に三度までのお願い」

「シュピチュカ?」

それは幼いころに交わした約束。

最初のお願いは――何だったか。

確か……一緒にヴラステンカごっこをしてほしい――とかだった気がする。

本当、馬鹿馬鹿しい話だ。

もっと馬鹿馬鹿しいのは、それがきっかけで今のオレがいるということか……。

思えば、シュピチュカの存在は常にオレに何かしら重要なきっかけを与えてくれる。

はじめてスパローをみつけたのもシュピチュカとかくれんぼをしていた時だったし……。

特に何かが得られたわけじゃない購買戦争(二度目のお願い)は別として。

「これが本当に最後。本当の一生に一度のお願い」

もし、ここでシュピチュカが「行かないで」とでも言うのなら……オレは……。

「行かないで――」

オレは――どうしたらいい?

子どもの頃に交わしたバカげた約束。

でも、約束は約束だ。

それにオレにとってシュピチュカは――そう、また違った特別な存在で。

「シュピチュカ、それは――」

「そうお願いしたい……けど、」

「シュピチュカ?」

「でもわかってる。ベチュカとずっと一緒にいたから。ベチュカが好きだからそんなことはお願いできないって」

シュピチュカの身体が重なる。

胸元で項垂れるようなシュピチュカ。

その手が震えているのが見えた。

きっとその一言はシュピチュカにとっても苦しい言葉なのかもしれない。

オレはそっとシュピチュカの手に自分の手を添える。

「だから――絶対生きて帰ってきて!」

必死に絞り出したような声。

それがシュピチュカの最大限の譲歩。

最大限の信頼。

「当たり前だろ。オレが死ぬと思うか?」

「バカ! バカベチュカ!!」

それにしても、帰ってきて早々これじゃ明日以降一緒に居づらいな……。

なんて思った翌日。

「ベチュカ、今日は土曜日だよ! やったね!」

すぐコレだ……。

「いや、購買戦争なら――」

いかねーぞ。

といつものように言いそうになって、ふと昨日のことが頭に過る。

全く、仕方ないな。

「特別だぞ」

「やった! ベチュカ大好き!!」

「くっつくな!」

コイツ、こんな積極的だったか?

いや、違う。

本当は怖いのを勢いでごまかしてるんだ。

なんだかんだで、オレと一緒か。

似た者同士なのは今更だけどな。

「と言うことでスパルロヴ! 道案内頼むぜ!!」

《諒解》

「ってことは――ひ、ひやぁああああああああ!!!!」

「そっ、このまま飛び降りる!!」

オレの常套手段だぜ!

「お、張り切ってんジャン!」

不意に聞き覚えのある声がする。

いや、この声、いや……まさかな。

「ちょっとナンで目を背けんのよ!」

「なんでここにいるんだよ……お前ステラソフィア生じゃないだろ!」

「イージャン! ナンか美味しい弁当食べられるんしょ?」

そうアネシュカがなぜかここにいた。

「あ、あの人! 嫌味な警備員!!」

そう言えばシュピチュカも会ったことがあったか。

「ベチュカ、アイツとどういう関係なの!?」

「えーっと、同じ部隊……」

「ええー!?」

「てかマジなんでここにいんだよ!」

「ヒマだったし。あ、他の二人も来てるよ?」

他って……。

「あ、いたいた! ベチュカ、そこから跳ぶっしょ!」

「ベチュカとか言ったぁ!! それはわたし達だけしか呼ぶのが許されてないのに!!」

「あーもう、いいから!」

オレはアネシュカの言う通り飛び降りる。

その先には――

「ナっちゃんか!?」

「はいはーい。あれ~、シュっちゃん久しぶりですねー!」

「わー! ナっちゃん久しぶり~!」

「グルルもいるよ」

「わー、グルルちゃん久しぶり~!」

「よっ」

「まさかのムスチテルキ隊全員集合かよ! もしかして全員――」

「モチ!」

「弁当をっ」

「いただく……」

ヒマかよコイツら!

けど、

「ついてるなシュピチュカ」

「何が?」

「コイツらがいれば無敵だぜ!」

「そんな気はする!」

「殴り込みだ! ムスチテルキ隊」

「「「DO BOJE!!」」」

「何そのわたしの知らないノリ!!」

まぁ、それからどうなったかは言わずもがな。

弁当を食べながら他愛のない話をした。

挿絵(By みてみん)

ステラペディア

「ヴラステンカ」

本名はハヌショヴァー・シャールカ。

マルクト30年戦争によるマルクト神国から共和国へ変わったばかりの頃ハヴランコミックから発行されたヒーローコミックの主人公。

マルクト神国の超兵計画によって生み出された強化人間であり、当初はマルクト神国の理念に基づいて活動していた。

しかしマルクト神国に潜む悪に気付き革命軍に加担、マルクト共和国建国と戦後の復興に尽力した。

跳躍ブーツや電磁短刀を使った高速戦闘が得意。

モデルはサエズリ・スズメであり、コミック刊行から7年後の実写映画では実際にスズメがヴラステンカ役を務めた。

その熱演から一時期世間ではサエズリ・スズメは女優だという認識だったこともある。


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