第33話:予感される「大戦闘」
「ヴラベツィー・スヴェトロ!!」
一条の閃光が「侵攻者」を切り裂いた。
『「侵攻者」反応消失。ムスチテルキ隊は帰艦してください』
格納庫に戻り、一息つく。
「最近また「侵攻者」との遭遇が多いな」
「もう月周辺宙域に差し掛かっている。だから」
「そうか、もうそんなに――」
ツェラの言葉から気付けば一年近い旅路を一先ず終えようとしていることを知る。
「月まではあと一週間では帰還できるはず」
「一週間か」
月面侵攻作戦の結果、火星周辺に時空間転移させられたオレたちシュプルギーティス隊。
まさかそこから帰還するために一年近い生活をしなくてはならなくなるとはあの時は思わなかった。
なんとか無事に旅を終えられそうなのも、ツェラが予めこのことを予見していたからか。
「ん? ってことはもしかして今、月ではー」
「そう。まさに行われている。月面侵攻作戦が」
ツェラがディスプレイに月の様子を映し出す。
アズル反応を示す数多の閃光がディスプレイに走った。
瞬間、月表面を焼くような強烈な光。
「今のは――」
月面の「侵攻者」プラントを破壊する為の爆破術式、か!?
「どうやら、決着はついたようね」
「ああ」
「問題はここから」
「ここから?」
「プラントを破壊された「侵攻者」達は撤退を始めるはず。本拠地である火星に向かって」
「ってことはオレ達の方に――向かってくる!?」
冷静に考えたらそりゃそうか。
今、月で戦っているŽIŽKA艦隊も可能な限り迎撃するだろうが、だからと言ってその全てを掃討できるとは思えない。
「ポジティブに考えるなら、オレ達と他のŽIŽKA艦隊で挟み撃ちにできる――な」
「圧倒的な戦力差と誤射の可能性を考えなければ」
「だよなぁ」
きっと今頃、向こうではオレ達は爆発に巻き込まれて消失したばかり。
そんなオレ達が「侵攻者」の逃げる方向からやってくるなんて予測できるだろうか。
そうじゃなくても、異界航行艦シュプルギーティスとムスチテルキ隊、残されたわずかな無人機では「侵攻者」を留めておけるだけの力とはならないだろう。
「でも、どちらにせよ接敵は免れない。ここからはまたヴラベツに――ムスチテルキ隊に頑張ってもらうことになる。大丈夫?」
「当然だろ」
それよりも個人的に一番気がかりなのは――。
「ツェラの方が大丈夫か? 無理せず休んだ方がいいぞ」
「……大丈夫」
「「侵攻者」との接触までどれくらいありそうか?」
「散発的な戦闘は今すぐにでも起こりうる。大きな戦闘は2、3日後かも」
「それなら今日くらいは休んどけ。何かあってもオレ達がなんとかするしさ」
「でも……」
「そうだ。ちょっとビオトープ来るか? わりといい感じになってるんだぜ」
オレはそのままツェラの手を引きビオトープ部屋へ進む。
無機質な艦内とは明らかに異色な一室。
人工池には小魚が泳ぎ、その側ではドゥとネチュカがくつろいでいた。
「……すごい」
「だろ?」
ツェラが興奮するように周囲を見回した。
「わたし、この光景が見たかった……気がする」
「そうだな」
ツェラにはアーデルハイトの記憶が入っている。
つまり、この部屋の完成を見ずに爆発の中へ消えたアーデルハイトの記憶が。
「でもおかしいよな。一ヶ月程度の船旅なのにこんな手の込んだ部屋を作ろうとするなんて」
「確かに。アーデルハイトはちょっとヘン、だから」
「基本はマジメなんだけどなぁ。まっ、結果的に一年間、暇を潰せたからいいけどな」
「うん。わたしも、見れてよかった」
「ベンチもあるぜ」
いつも休憩に使っているベンチに二人並んで腰掛ける。
人工太陽光ライトの独特な照明、適度な暖かさに眠気がさした。
不意に僅かな体重がオレの肩にかかる。
さすがにこの居心地の良さに折れたらしく、ツェラが静かに眠りに落ちた。
「やっぱり、疲れてたのか」
なんて言ってると、オレも眠たくなってくる。
少しだけなら、ここでのんびりしてもいいかもしれない。
アネシュカとかうるさいヤツが入ってこないことを祈るだけだな。
目が覚める。
今は何時だ……?
「お、起きた」
「アネシュカ?」
「そろそろ夕飯だって。食堂行こージャン」
ふと隣に視線を移す。
目をこすり、オレと同じく寝起きらしいツェラの姿があった。
「もしかして、とても寝てた……?」
「らしいな……。もう夕飯だってさ」
「「侵攻者」との接敵は……?」
「二人が寝てる間に数回ね。ま、雑魚だったケド」
「戦闘があったのか!? 全然気付かなかった……」
「わたしも」
「まーね。ここだけ警報切っちゃったんでねー」
「お前さぁ……」
なるほど、アネシュカなりの気遣いということか。
「艦長の許可も取ってるしねー」
「艦長……はぁ」
ツェラもため息をついてしまう始末。
「ま、こんな景観の良いところで二人仲良くお昼寝してたらね、さすがのアタシだって起こさないって!」
「本当か? グルル辺りが静止したんじゃねーの?」
「まぁ、そのとーりナンだケド」
「だろうな。お前なら即叩き起こすだろ」
「ったり前ジャン。そんな見せつけてくれちゃったら妬けるっしょ」
「はぁ?」
「ナンでもないわよ」
なんて話していると不意に鳴り響く電子音。
アネシュカの持つ情報端末からだ。
「接敵?」
『そうよ。月面プラントから離脱中の「侵攻者」の一部がこちらに向かってきている。ムスチテルキ隊、出動して!』
「数は?」
『さっきの倍以上』
「なら楽勝ジャン」
『そんなこと言ってると、足元すくわれるわよ』
「ハイハーイ――ってコトでムスチテルキ隊出撃よ。ベチュカも来るっしょ?」
「当然! いつまでも休んでられないからな」
「休んでた分、しっかり働きなさいよ」
「おう。ムスチテルキ隊DO BOJE!!」
「わたしも指令室に向かう。ヴラベツ……無理はしないで」
「おう。ツェラも無理すんなよ!」
「やっぱ妬ける」
宇宙空間に飛び出る。
『A.S.I.B.A.起動します』
重力が再現された霊子の領域。
そこに足を降ろし、虚空を睨んだ。
「数は?」
「……種子型が一、巨人型六、その他鳥型多数」
「まぁまぁか」
「お、言いますねぇ~! さすがベっちゃん!」
「んじゃ、ガンガン行くわよベチュカ!」
「おう!」
グルルの装騎ククルクンが全身に紋様を走らせる。
それに応え、異界航行艦シュプルギーティスから数機の無人機と、装騎ククルクンの持つ遠隔子機が飛び出した。
そして霊子砲撃。
それが開戦の合図だ。
「グルル、敵をコッチのフィールドに引きずり込んでやれ!」
「諒解」
「ナっちゃん、結界で敵を拘束! アネシュカ、二人で一気に巨人型を叩くぞ!」
『我々の敵は種子型だ。リュウガ、砲撃準備』
『承知した』
そして一気に戦場に光が走る。
眩い閃光、魔電霊子の熱線が「侵攻者」を焼き払った。
「行くぜ、アネシュカ! スパルロヴ!」
「り! イフリータ!」
アネシュカの装騎イフリータが鎌剣ドラコビイツェを大きく振り回し、敵を吸い寄せる竜巻を起こす。
そこにオレは両使短剣イージークの魔電霊子砲を撃ちこんだ。
アネシュカの竜巻とオレの嵐が絡み合い、強大な一撃になる。
「「ニチヴァー・カラミタ!!」」
この破壊のアズルで数体の巨人型は撃破――生き残った巨人型もダメージは深い。
ここで一気に畳みかけ、片付ける!
「わたしだって暴れちゃいたーい! ってことで、波塊結界・汰威風宇矛!」
結界に新たな陣が刻まれ、その中心から回転する破壊の風を纏った巨大な魔力の矛が突き出した。
その風に巻かれ、そして魔力に貫かれ巨人型は機能を停止した。
『「侵攻者」反応消失。一先ずは帰還を』
リブシェの指示にオレ達は艦へと戻る。
すぐにメトロチュカ率いる整備班がオレ達の装騎に駆け寄るとメンテナンスを始めた。
次またいつ襲ってくるのかわからない「侵攻者」。
それまでに最低限でも整備を終わらせなければ戦闘中どんな不具合が起きるかもわからない。
「これだけ味方との位置は近いっていうのに――合流はまだできないのか」
「何でも通信用のアンテナがブッ壊れてるンだってさ」
「初耳だぞ」
「そりゃそーよ。味方と通信を試みるなんてここまで戻ってきてやっと試そうとしたコトなんだから」
今までは味方なんて全くいない孤立した状態で戦ってきた。
となれば、そういうダメージが発見されるのが遅れても仕方ないのか。
「ま、仕方ないで済む話でもないケドねー」
「そう言うなって。てか、直すよりはオレ達ががんばって戦って合流した方が早いかもな」
「ですねぇ~。今の戦闘の光も向こうから見えたでしょうし」
「……違いない」
「ワァオ、やる気マンマン。イージャン、やったロージャン」
なんて話をしながら暫く休憩している間に、再び鳴り響く警報。
「やれやれ、さっそくがんばらないといけねーのか!」
「がんばって合流するって言ったのはアンタっしょ。うだうだ言ってないで行くわよ!」
「あーもう、あと五分休ませてー」
「遅刻する。遅刻ダメ」
「お母さーん!」
「ムスチテルキ隊、DO BOJEだ!!」




