第32話:毎週金曜の「定番食」
「うわー、またカレー!!!!」
ある昼食の時間、アネシュカが悲鳴を上げた。
「今日もカレー! 先週もカレー! 先々週もカレー!」
「金曜だからな」
なぜかこの異界航行艦シュプルギーティス。
毎週金曜日の昼か夜はカレーが出るのだ。
変化のない宇宙艦の中で曜日感覚を忘れないためらしいが、アネシュカは飽きてきていた。
「とても美味しい……」
「つってもカレーっしょ!」
「いつも程よく味が違いますよー?」
「つってもカレーっしょ!」
「今日はナンだしいつもと全然違うぞ」
「つってもカレーっしょ!」
「じゃあアネシュカはいらないのか?」
「食べるし」
面倒くさいヤツだ。
「違うのよ。カレーが嫌ってワケじゃないワケ。同じ曜日に同じものを食べる必要性もわかるワケ」
「本当かぁ?」
「でもたまにはカレー以外のカレーっぽいものも食べたいのよ!」
「カレー以外のカレーっぽいものってーと……」
「……シチュー?」
グルルが呟く。
「ソレよソレ! シチューならほぼカレーの材料使いまわせるジャン! 来週はシチューがいーなー。イーンジャン?」
「イーンジャン? とか言われても献立考えてるのはニムハさんだし」
「でもシチュー、食べたいジャン?」
「オレはどっちでもいいけどさ」
「グルルは?」
「出されたものは、食べる」
「っしょ。ならニムハさんに直談判といきましょ!」
「わたしは却下ですねぇー」
アネシュカに異を唱えたのはナっちゃんだった。
「は? ナンで?」
「わたしはカレーが好きなんです! 四年間千四百六十一日カレーでも構いません!」
「まわりくどい言い方ね……」
つまり、閏日である二月二十九日を含めて毎日カレーでもいいということだ。
いや本当まわりくどいな!
「だからわたしとしてはカっちゃんの意見には断固として反対です!」
「ナンですって!?」
また始まったか……。
実はこの二人、割とよくこういう対立を巻き起こす。
この前もお菓子はひのきの林派かひいらぎの村派かで争っていた。
「それならまずは他の人の意見を聞きましょ! ベチュカ!」
「しょーじきどっちでもいい」
「よし、ならアンタはコッチ側!」
「なんでだよ!」
「グっちゃんはわたしの味方だったりしますよねー!」
「え……まぁ、うん」
「やったー!」
グルルも「心底どうでもいい」という表情をしているがナっちゃんは特に気にしない。
「コレで二対二……あー、アーデルハイトがいてくれたら!」
変なところでアーデルハイトの必要性を感じるな。
まぁ、確かに今のムスチテルキ隊は四人。
後一人いればこの問題も決着が――着くわけないけどな。
「仕方ありませんね。他の人に聞きましょう! 幸いここは食堂……他に人なんて腐るほど――いない?」
いない。
オレ達以外誰もいない。
ナっちゃんが意を唱えた時点でその場にいた全員が後の展開を察知しその場を去ったからだ。
これが長い艦内生活で培われたシュプルギーティス隊の連帯力。
どんだけ避けられてるんだお前ら……。
「仕方ないわね。ならば他の人とっ捕まえて本音を聞きだそージャン!」
「そうなりますねー! 行っちゃいましょう」
「はぁ、ったく。リブシェ、艦内全域にNA警報発令」
『またなの!?』
「またなの」
こっそりリブシェに通達。
今日も始まるのだ。
ムスチテルキ隊二大珍獣迎撃戦が。
「まずは無難にブリッジから攻めるっしょ」
「あそこなら確実に人がいますからねー」
やはり案の定最初はブリッジか。
食堂は中層部に位置している。
そこから階段を上がり上層部中央まで行くことになるが……。
「この先メンテナンス中!?」
上層部への最短ルートは隔壁が閉まりそんな表示がされている。
もちろん嘘だ。
そしてその後ろの隔壁も閉まっている。
食堂のある付近のエリアに閉じ込められた形になるな。
「ナンで!?」
「うわ、通知来てますよ! 臨時メンテナンスで一部隔壁を閉鎖! スタッフは担当エリアで待機とかぁー!」
ムスチテルキ隊に担当エリアはないからな。
本当にこういう待機状態になる時は格納庫で待機になるんだが、まぁこの二人は気付かないか。
「コレじゃブリッジに行けないジャン!」
「いやもう、待機が解かれるまで大人しくしとけよ」
「そんなのはダメです! 今が一番極限熱盛なんですから!」
その通り、今が一番HOT。
だからこそ、暫く大人しくさせて熱を冷ましたいのだが……。
「通気口から移動できるんジャン?」
「あ、いーですねぇ。映画みたいです!」
うーん、この行動力……!
ついて行きたくはないけれど、ついて行かないとコイツらを止められない。
止める気がないとしても、
「ベチュカ、ほら、手を出して!」
「えぇ……」
連れて行かれるんだなこれが。
「よし、脱出成功!」
「やったったー!」
無事に抜け出せてしまった。
とは言え、上層部へと登る階段は当然の如く閉鎖されて――
「ん? ここって……」
オレは周囲を見回す。
変な方向に進んでるような気はしたが、普段使っている階段のあるエリアじゃない。
「階段が使えないのは百も承知!」
「こんな時のための非常階段だったりしますよねー」
非常階段はこんな時のために使うものじゃない。
っていうか変なところで頭回るなコイツら。
そしてついに上層部へ辿り着く。
更に非常階段はその性質上、指令室のすぐ近くに繋がっている。
そこまで見越した――というのは考えすぎか。
『十五日ぶりだな……』
『ああ』
指令室に繋がったオレの学生証端末《SLP》からそんな声が漏れてくる。
ゲッコー艦長とリュウガさん楽しんでるのか?
もうこのまま二人をけしかけてもいいような気はしてきた。
とは言え、特にリブシェがストレスで死にそうなので可能な限り止めてみるしかない。
「とは言え、どうするか」
通路を駆け指令室へ向かうアネシュカとナっちゃん。
二人が角を曲がったその瞬間。
「うげっ!?」
「なんですかっ!?」
ずっこけた。
「なんだ?」
オレは二人の後を追いかけ、角から顔を覗かせる。
そこにいたのは――
「ドゥ!」
ビオトープにいるはずのドゥだ!
「お前なんでこんなところに」
なんて言ってるが実はオレが予め手回しをしておいた。
メトロチュカがドゥと仲がいいらしいので、彼女に頼んで邪魔になるようこの場所に運んでもらったのだ。
「よくやった」
オレは小声でドゥを褒める。
「でもここにいると危ないからな。部屋に戻っとけよドゥ。うーん、でも重いなお前。誰か運ぶの手伝ってくれないかなー」
チラチラっと二人に視線を移すが、
「グルル、手伝ってあげて!」
「今は一刻を争うのです!」
なんて言いやがる。
「グルルと二人でも難しいしなー。なぁ、手伝ってくれよ」
「っても、別にココにいるからってそんな危なくないっしょ」
「そうですねー。その巨体なら見えなくて踏まれるとかつまずくなんてことはないですしね」
さっきドゥにつまずいたお前らが言うな。
だがもう一段、手は打ってある!
「ニー」
そんな鳴き声が響き渡る。
「ネチュカ!?」
アネシュカが地面へと視線を向けた。
ドゥのすぐそば、ネチュカが必死にドゥへ身体をすりつけている。
それはまるでドゥを運ぶのを手伝っているかのようだ。
「ネチュカ、手伝ってくれるのか」
「ニー」
飼い主と違ってかわいいやつだ。
「ネチュカ、危ないでちゅよ! もうッ、アタシがやりまちゅからー」
そしてアネシュカはネチュカに弱い!
これで少しは時間が稼げる。
「ほら、ナっちゃんも手伝いなさいよ!」
「えー、そんな義理なかったりするじゃないですかー!」
「もしかしたらネチュカを踏んづけてたカモしれないのよ!? 責任とって!」
「踏んでないのにー」
なんて不満を垂れながらもナっちゃんも手伝う。
四人の力でなんとかビオトープまでドゥを運ぶことができた。
「つっかれたァー」
「重かったですねぇ」
「……大変」
アネシュカにナっちゃん、グルルも息をつく。
「ちょっと一休みしようぜ。確かお菓子があったはず」
「お、気がきくジャン!」
「わーい、おやつタイムですねー!」
「グルルも手伝う」
「おう!」
ここではよく作業もする。
だから、お菓子などのちょっとした食べ物やケトルにインスタントコーヒーなども準備されていた。
ほとんどはアーデルハイトが運び込んだものだが、オレも含めムスチテルキ隊が持ち込んだものがいつの間にかここに集まってきていた。
「やー、ナンだかココも居心地よくなってきたジャン!」
「ですねー。生き物の世話とか畑仕事とか楽しくなってきちゃいました」
「……それな」
いつの間にかアネシュカとナっちゃんの対立も落ち着いたようだ。
今回の作戦は成功と言ったところから。
「コーヒーでも入れるか?」
「お、イージャンコーヒー! 仕事の後は一杯のコーヒー!」
「たまには紅茶淹れましょ。紅茶!」
「は? 紅茶?」
「なんですか」
「アタシは絶対にコーヒー派ね。紅茶なんて甘ちゃんの飲み物よ!」
「なんですってー! コーヒーとか完全にイキりドリンクじゃないですかー」
「言ったわね! ベチュカはもちろんコーヒー派よね!?」
「グっちゃんは紅茶の方が好きだったりしますよねー!」
「「ね!!」」
全く、面倒くさいやつらだ……。
インハリテッドヒストリア
「マルクト30年戦争」
聖暦139年マルクト神国のチェスク共和国への侵攻をきっかけに始まったおよそ30年に及ぶ戦争。
この戦いでマルクト神国の周辺国7つ「チェスク共和国」「スロヴェンキス共和国」「デーネ王国」「ニーデリンク王国」「ベルガイン王国」「ヘルヴェリヒト連邦」「マギア公国」が滅ぼされた。
他国と比べ10年は先を行く超技術の機甲装騎に、スーパーコンピュータ・シャダイを中心としたリアルタイム通信による連携能力で周辺諸国を次々と圧倒。
末期には西のマスティマ連邦、南のロメニア皇国、東のマジャリナ王国の大部分を領地に加え、遥か北東のルシリアーナ帝国本土にもその手を伸ばしていた。
シャダイコンピュータの中継施設建設と駆逐装騎と呼ばれる騎種の登場での足止め戦法による時間稼ぎ。
その間に他国と内通していた国内の反乱組織による革命によって国の政治機能全てを司っていたシャダイコンピュータが破壊され30年戦争はあっけない終わりを迎える。




