第31話:過労警報で「療養中」
「今日もお疲れさん」
「うん」
異界航行艦シュプルギーティスの格納庫。
オレは偵察任務から戻ってきたグルルに声をかけた。
子機や支援機を操ることのできるグルルは毎日のように周囲の警戒任務についている。
ムスチテルキ隊の中で誰よりも大変なのがグルルだった。
月を目指して気付けばもう半年。
いつかこんな日が来るんじゃないかとは思ってたが案の定。
グルルが倒れた。
「グルル大丈夫か……?」
「……へーき」
いつも通りの平坦な声音だが、それとなく力が入ってないように感じる。
「グルルが倒れたって!?」
部屋に駆け込んできたのはアネシュカ。
また病床に相性悪そうなやつが真っ先に現れたな。
「ダイジョーブ!? ナンのせい!? 宇宙カゼ!?」
「なんだよ宇宙カゼって」
「SF物だとよくあんジャン! 異世界カゼとか異空間カゼってさ」
「よくあるような、ないような……」
「宇宙クジラとか宇宙ウサギとか、ナンでも宇宙って付けときゃいーってモンじゃないと思わない!?」
「話ズレてる! あとうるせぇ!」
「そうですよ。病室ではお静かに」
アネシュカを宥めたのは医療班代表のニムハさん。
「本当すみません。コイツ部屋から引っ張り出すんで」
「心配して急いで来たのに!」
「なら声を抑えろバカ」
なんて話をしてると、更にもう一人部屋に入ってくる。
まぁ、誰が来たかは言わなくてもわかるだろう。
「グっちゃん大丈夫ですかー! まさか宇宙カゼだったりしちゃわないですよふげっ」
「うるせぇ」
オレはナっちゃんの顔面を掴みたしなめた。
「アイアンクローはやめてほしかったり……」
「ネタ被ってんだよ」
全く、なんでムスチテルキ隊にはこううるさいのばかりなのか。
「ニムハさん、グルルは大丈夫なんですか?」
「ええ。ただの宇宙過労よ」
「「やっぱり宇宙!」」
「うるせぇ」
「それは冗談として、疲労が溜まってるだけみたい。休めばすぐよくなるわ」
つまり大事はないらしい。
「……残念無念」
グルルが呟く。
「気にすんなって。今はゆっくりしとけ」
「……うん」
「と、いうことでですねー。グっちゃんがはやく元気になるように会議を設けたワケなんですねぇ」
「イェーイ、パチパチパチー!」
「いや、そっとしておけよ!」
「モチロン、どんちゃん騒ぎをしようってわけじゃないですよー」
「今時どんちゃん騒ぎとか言わねーだろ」
「カっちゃん騒ぎならイーンジャン?」
「カっちゃんだけに?」
「カっちゃんだけにー!」
「「いぇーい」」
ナっちゃんとアネシュカの謎なテンションにもう不安しか感じない。
というか、この閉鎖空間で色々と抑圧され過ぎてテンションがおかしくなってるのか。
特にこの二人はジッとしていられないタイプだろうし。
「じゃあ、体調不良で寝込んでる時、ナニされたら嬉しいか考えよージャン?」
「そーですねぇ。わたしなら動画がバズればうれしいですかねぇ」
「いやそれ寝込んでる時に限らない願望だろ!」
「カっちゃんはどーですか?」
「アタシはまぁね、つめたーいスイーツとかほしいわね」
「あー、なるほど。実利的ですねー。ベっちゃん、どー思います?」
「それくらいならいいんじゃね」
「口うるさいお父さんからお許しがでましたよー!」
「誰がお父さんだ」
まぁだが、スイーツを差し入れる――それくらいなら問題ないか。
それはいいけど……。
「スイーツってどこで調達するんだよ」
「宇宙スーパー……」
「宇宙コンビニ……?」
「ねーよ」
「「ですよねー」」
なんかこの二人変な連携の取れ方をしてきてるな。
それが今後、吉と出るか凶と出るかは置いといて、今の課題はスイーツをどう調達するかか。
「厨房になんかあるっしょ。ソレで作ればいいジャン」
「てか作るのか?」
「作るしかないっしょ」
「というか寧ろ作りたいですねぇ。わたし達の仲間としての気持ちをぎゅっと詰め込んだスイーツを食べて欲しいですよー」
「経験者は?」
沈黙が場を支配する。
うん、知ってた。
誰もいないな。
「よーし、ならばやるしかないっしょ!」
「いやまてまてまてなんでそうなる!?」
「やってみなくちゃわからないっしょ!」
「わからなかったらやってみるんですね!」
「病人への差し入れに変なチャレンジ精神を発揮しなくていい!」
「そーと決まれば厨房行くっしょ!」
「行っちゃいましょう!」
ダメだコイツら、止められねえ!!
厨房に走る二人の背を見て、オレは考える。
この事態、どうすれば収拾がつくのか。
オレが手伝う?
いや、オレだって料理はからっきしだ。
そんなオレが手伝ったところで焼け石に水ってヤツだ。
まぁ、とりあえず――
「オウボクさんに相談するしかねーか」
調理班代表ホウ・オウボク。
これは彼女に助けてもらうしかない。
助けて、料理のプロ!!
「ということで今日はウナギのゼリー寄せを作ってみたいと思います」
「まてまてまてまて!!」
オウボクさんに応援要請をしたのは良いが、どういうワケかこういう状況になってしまった。
「なんでウナギ!? なんでゼリー!?」
「とりあえず、食べやすいものがいいかなーってコトでゼリーっしょ?」
うん、それは分かる。
スイーツって言ってたしな。
ゼリーは無難だろう。
「それでですね。栄養を考えた結果、ウナギを入れようってなっちゃったんですよー」
おかしいだろ!
ていうかこの船にウナギとか載ってるのか!?
「ウナギとは言ったけどさすがに無かったから鯖缶とか突っ込んでみようということになったわね」
「正確には鯖缶のゼリー寄せってなっちゃうんですねー」
鯖缶とか突っ込んでみようじゃねーよ。
そんな軽いノリで作るな!
そもそも元になった料理の時点でヤバそうなのに、変なアレンジを加えるな!
「オウボクさんがついててなんでこーなったんですか!?」
「いやー、私エヴロパの慣習には疎くてですねー。そういうものじゃないんですか?」
「そういうものじゃないんです! ってか冷静に考えて生臭そうだし嫌でしょこんな料理!」
「あー、鯖缶じゃなくて鶏肉とかの方がよかったですかねー。ゼリーにコンソメ混ぜて」
「「あ、それいいー!」」
「じゃあ鶏肉のゼリー寄せでー」
「まず色んな意味で間違ってるぞ!?」
まさかの行き当たりばったりで、作ろうと準備を始めた今の時点でメニューがどんどん揺らいでいく。
こんなの完成した頃にはどんな料理が出来上がっていることか……。
というかこんな人が料理長でよく今まで大丈夫だったなこの艦内!
「すみませーん。人の希望は無下にできない質でして」
ということは毎日料理をリクエストしている人がよほど優秀なのだろう。
いや料理をリクエストしている人ってなんだよ。
「ニムハさんが献立は考えてますね。栄養士の資格もあるみたいで」
ニムハさんこの艦の女神だったのか……。
「それではさっそく、ゼリーを作っていきたいとおもっちゃいまーす!」
なんて考えてる間に、ナっちゃんが先導を始める。
そして始まる地獄のクッキングタイム!
「先生! ゼリーを作るには何が必要なんですかー!」
元気よく質問するアネシュカ。
コイツら本当楽しそうだな!
そんな声を背にオレは必死に冷蔵庫や戸棚を漁る。
さすがにアレがあるはずだ!
「手っ取り早くゼラチンを使いましょう」
「それで? ゼラチンの中にもしかして~コンソメの素をぉ~?」
「させるかオラァ!!」
咄嗟にオレはソレをアネシュカに投げつける。
アネシュカがその手にコンソメを構えて待っていたからだ。
「いった!? ちょ、ナニすんのよ!!」
「うるせえ!」
オレが投げたのは――
「これでも食らえ! フルーツポンチ缶だ!!」
そうフルーツポンチの缶詰!
それをすぐに開けて容器の中にぶっこむ!
少なくとも、これで変なゼリーができることはないはずだ!!
「あー、いいもの見つけましたね」
「オウボクさん、他のはいらないからコレで頼むぞ!」
「えー、いいんですか?」
「ちょっとベチュカ!」
「うわぁ、ベっちゃーん!」
「うるせえ!!」
明らかに不満そうな二人(なんで不満なんだよ!)に飛び掛かり、口を塞ぐ。
「それでゼリーを作ってくれ! グルルの為に!」
「わかりましたー」
わりと簡単に承諾してくれたオウボクさん。
なんというか――なんというかだ。
「後は冷えれば完成ですよー」
冷蔵庫にそっと入れられるゼリーになるはずのもの。
もうこれ以上は手を出すことはできないだろう。
オレはそう思っていた。
それから数分後――人気のない厨房の中。
「さて、どーしましょうかカっちゃん」
「パンチが足りないわよねぇ。フルーツの味を生かしてパンチを足す……」
「フルーツパンチですねぇ」
「お、上手いこと言った」
ひそひそ話をする二つの人影。
なんだパンチって。
お前ら病人に出すデザートに何を求めているんだ。
「でもちゃんと考えないと。グルルがすぐ元気になれるようにってね」
「そうですねぇ。エナジードリンクでも入れます?」
「そもそも艦内にエナジードリンクはないっしょ」
「となるとやっぱり何かしらのエキス……」
「ナニかしらねぇ。体力がつきそうなのは――すっぽんのエキス、とか……?」
「すっぽん……カメ…………」
とりあえずこの会話で分かったことは、信じられないことにコイツらの所業は100%善意だということ。
予想通り誰もいなくなったのを見計らって何かやらかそうとしていたこと。
そして、ヘタするとドゥの命が危ういことだ。
「よしわかった。気付けとして花椒まぶそう!」
「わ、花椒とかあるんですねー!」
「なんでも鎮痛作用があるとか!」
「わー、よさげですねー」
いや、過労に鎮痛は意味ねーだろ!
別に頭痛とか怪我とかしてるワケでもないし!
「身体の為にたんぱく質も混ぜちゃいましょう! プロテインとかないんですかねぇ」
厨房にプロテインってなんだよ。
「薬って飲むの嫌だし、ゼリーに混ぜちゃえばよさそうよね」
「オブラートってやつですねー」
グルルは風邪じゃねーぞ!
「「ということで」」
「させるか」
「ゼリー……おいしい」
「そうか。それならよかった」
グルルが微笑む。
よかった。
この笑顔を守れたことに安堵する。
「これ、ヴラベツがつくった……?」
「そんな感じ、かなぁ……」
「そんな感じですよー」
オウボクさんがにこにこしながらその様子を眺める。
「オウボクさん、変なの入れたりしてませんよね……」
「してないですよー」
「それならいいですけど……」
ニムハさんの言葉からオウボクさんのあの感じはいつものことらしい。
「好奇心が旺盛だったりマイペースだったり捉えどころのない人ですからね」
それを御しているニムハさんや他の調理スタッフ――やはり神か……。
「ところで、ほかのみんなは?」
「アネシュカもナっちゃんも疲れてるみたいでな。休んでもらってる」
まぁ、オレが無理矢理ベッドに縛り付けたんだけどな!!
とは言え、アイツらだってきっと疲れてたからあんなよくわからない精神状態になってたんだ。
何とか発散させないと危ない。
「みんな元気になったらなんかテキトーにレクでもしようか」
「……うん、それがいい」
絶対にろくなことにはならないが、覚悟を決めた一日だった。
インハリテッドオーガナイゼーション集
「ピトフーイ警備保障」
マルクト共和国首都カナン周辺を中心に活動する警備会社。
社長はマルクト30年戦争で死毒鳥として名をはせた傭兵ピシュテツ・チェルノフラヴィー・アルジュビェタ。
傭兵時代に培った各種技能が警備に生かせるんじゃないかと言うことで立ち上げた。
やたら耳に残るテレビCMや、創業当時の社長の顔がデカデカと乗った看板などでよくも悪くも有名。
施設警備だけでなく民間軍事会社としての役割も持っており、過去のインヴェイダーズ戦争などでも軍やŠÁRKAに人員を派遣している。
社長のビェトカとŽIŽKA司令官のスズメは昔馴染み。
アネシュカがシュプルギーティス隊に配属されたのもその繋がり。




