第29話:なんてことない「平常日」
「ヒマー。チョーヒマー」
もはやムスチテルキ隊専用ルームとなったレクリエーションルーム。
そこで溶けかけのアイスのような何かがいた。
いや違う、あれはアネシュカだ。
「そんなにヒマか?」
「ったり前ジャン! この閉鎖された宇宙艦の中……ナニか起こるハズもなく……」
「ま、そだな」
なんだかんだアネシュカの言うことはよくわかる。
火星に跳ばされてからどれだけ経っただろうか?
一先ずの目標である月までどれくらいだろうか?
そんなことを考えたくなくなる程度には、この生活はヒマだった。
特に奔放なアネシュカが根をあげるのはわかりきったことだ。
「こんな娯楽も少ない閉鎖空間だもんな。癒しの一つ二つは欲しいよな」
「そーそー」
「そんなアネシュカに朗報だ。実はこの艦内にも温もり溢れる癒しのスペースがあるんだぜ」
「そんなんあるの!?」
「おう。アネシュカも一緒にどうだ?」
「なんか怪しいコトじゃないわよね」
「ちょっとした触れ合いみたいなもんだ。癒されるぞ」
「…………アンタ亀の面倒みる手伝いさせる気っしょ」
「チッ、バレたか」
あの巨体を一人でどうこうするのは大変だから手伝ってもらいたかったが、まぁ、素直に頼んだところで引き受けてもらえるとは思わない。
「てか、亀ならナっちゃんとかに頼めばイージャン」
「ナっちゃんはアレでも色々大変そうなんだよな」
「グルルは?」
「グルルはフチェラの整備とか手伝ってるし」
そう、実はこの艦内、明確にヒマそうなのはアネシュカだけだったりする。
もちろん、艦長を初めとしたブリッジクルーは言うに及ばず、他の乗組員も艦や装騎の調査に整備と走り回っている。
もしも何かのトラブルで艦が動かなくなればセラドニウムの棺桶ができあがってしまうしな。
「でも却下ー。アンタを手伝う理由はない!」
「ふーん。でもネチュカは手伝いたがってるけどなー」
「ニー」
「ネチュカ!?」
オレに抱かれた子猫を見てアネシュカが声を上げた。
「アンタ、部屋から出てきたの!?」
「らしいな。さっきそこにいた」
「んまぁ、部屋にいてもヒマだしねェ。でも、またこの前みたいなことがあったら危ないでちゅよー」
オオエンキガメのドゥが暴れた時の話だろう。
あの時ネチュカはドゥに狙われたからな。
「平気だって。コイツ、あの時のこと気にしてないみたいだしさ」
「ナニよ。ネチュカの言ってることがわかんの?」
「なんとなくな」
「は?」
アネシュカが本気でバカにしたような視線を向けてくる。
わかってたけどよ。
オレがこう言うと大抵のヤツはそんな顔をするから。
「いや、うちのばあちゃんがよく猫に話しかけててよ。それ見てたらなんとなくわかるようになったというかだな」
「スズメさんが?」
「そ。なんかよく説教してた」
「猫に?」
「猫に」
改めて口にすると最高にバカバカしいエピソードだなこれ。
だが、うちのばあちゃんは猫の言葉がわかるんじゃないかというレベルで巧みにコミニュケーションをとってたものだ。
「うおっ」
不意にネチュカがオレの腕を振り払い、地面に降り立つ。
そしてレクリエーションルームの扉を叩いた。
「外に出たい」と言ってるんだ。
「とりあえず、散歩くらいさせてやろうぜ」
「ったく、仕方ないわね」
オレとアネシュカは先を行くネチュカを後から追いかける。
そしてたどり着いた先は――
「な?」
「えー」
例のビオトープ設置予定地だった。
「でもこの部屋いいぞ」
「うーん、まぁ、確かに他の部屋と違って空気もいいけど」
アーデルハイトが色々と手を加えていたのだろう。
壁面や天井も自然の色に彩られ、不思議な開放感があった。
部屋の狭さや艦内という息苦しさをあまり感じないような一室。
「アネシュカみたいな動いてないと気のすまないタイプにはピッタリだぜ」
「うわー、なんか心惹かれはじめてる自分が憎いッ」
「実は魚とかもいるぞー。癒されるぞー」
「うわぁぁぁあああ」
にしても、本当アーデルハイトはよくもまぁこれだけのものを持ち込んだもんだ。
それも几帳面に世話の仕方や整備の仕方をノートに書き込んでくれていたお陰でオレでもなんとかなっているという。
それもそうだが、人工太陽光照射機だとか浄水機だとかよくもまぁ揃えたもんだ。
「あー、それはわたしが頼まれて造ったんですよ」
不意に聞こえた声。
「メトロチュカか」
整備班のフニーズド・メトロチュカ。
まぁ、そうだな。
実際この艦に乗ってる中でああいう頭がおかしいハイテク機械を作ったり整備できるのは彼女くらいか。
「という訳で定期点検に参りましたー!」
「ん? ってことはメトロチュカは前から知ってたのか。ここのこと」
「はい。アーデルハイトさんには日頃から御贔屓にさせてもらってましたから。今回も艦にこういうのが欲しいとご要望をいただいてました!」
思わぬところで変なつながりがあるもんだ。
なんて思ってると、また誰かが部屋に入ってくる。
「はい。というわけでここが我が艦の誇るビオトープ――の設置予定ばしょだったりしまーす!」
「何してんだナっちゃん」
情報端末を片手に何やら周囲を見回している。
動画でも撮ってるのか?
「その通りです!」
「ナニよアンタ。ヒマそージャン」
半分はナっちゃんの代わりみたいな感じで連れ出されたせいだろうな。
アネシュカが不満そうな声を上げた。
「いえいえいえ。これもちゃんとした職務なんですよ」
「職務ぅ~?」
「記録係ですよ記録係ぃ。艦での日常を記録しちゃったりしてるんです」
「ナニソレ必要~?」
「大事です! ŽIŽKAにも提出しないといけなかったりしちゃったりするんです!」
イマイチ重要性を理解できてなさそうなアネシュカ。
だが、今オレ達の置かれている状況がわりと特殊な状況だということを忘れてはいけない。
こんな状況じゃなければオレは今必死に亀を水浴びさせたりしていないだろう。
なんて話してると例によってまた開かれる扉。
なんかやけに人が集まってくるな――と思ったら、入って来たのは人じゃなかった。
「ん? フチェラ?」
それはフチェラによく似ている。
浮遊しながら何かを探るように周囲を見回して(?)た。
「感度良好。カメラ機能もバッチリ」
その後に部屋へ入って来たのはグルルだ。
「カメラ? 今、カメラって言いましたぁ!?」
「言った」
「もしかしてソレって……」
「フチェラ型カメラ。艦内記録、もっと楽になる」
「へぇー、すげーな」
思わず感心してしまう傍で、ナっちゃんの表情が青ざめる。
どうしたんだ?
「艦内の記録をコレでするってことは――あの、わたしの仕事は」
「もうなくなる」
「ガガーン!?」
いつの時代のリアクションだ。
「なんでですかー! わたし今まで動画配信者として頑張って来たのに!」
「その頑張りいらない。変な煽りとか、テロップとか……いらない」
確かにそうだ。
公的な記録なのにそんな配信動画みたいな編集されても困る。
っていうかそんなことしてたのかアイツ。
いや、ナっちゃんならするな。
「今日から記録はコレでつける。いうなれば、お前はクビ」
「機械に職を取られる……これが新しい世の社会問題なんですね……」
「でもやったジャン! ナっちゃんが動画取らなくていーなら、亀の世話手伝わせられるっしょ!」
何これで自分はやらなくていいみたいな表情してるんだ。
今日ですら全く手を出してもない癖に!
「まぁ、ヒマ過ぎて死ぬのはアネシュカだから関係ねーけどな」
「うー」
「ま、でもそですねー。オオエンキガメはかなりレア中のレアな亀。動画に撮るのもよさげだったりします!」
よし、これで戦力一つ確保だ。
「ありがと、グルル」
「いたしまして」
まぁ、グルルもオレを助けるためにこんなことをしたわけではないだろうが。
「動物との触れ合いはいいぞー。アネシュカだってネチュカ飼ってるんだからわかるだろ?」
「飼ってるってか、勝手についてきたってか……」
「手伝ってくれればアレだぜ? ネチュカの遊び場所だって作れるぜ」
実際、ネチュカはこの部屋が気に入ったようでとてもリラックスしている。
「わたしも生き物を飼ってるということから助言させてもらうと、特にこの閉鎖空間では癒しになるのは大切です!」
なんてことをナっちゃんが言い出す。
「同意。グルルも、たまには顔出す。癒されたい」
グルルまでだ。
三人でアネシュカに生き物の良さを語り始める形になった。
息苦しい艦内はストレスもたまるだろうし、ネチュカのためにもアネシュカが手伝ってくれれば心強いのだ。
なんてそれらしいこと言ってたら、
「あー!」
アネシュカが悲鳴を上げる。
「わかったわよ! 手伝えばいーんしょ!!」
「どうせやることねーんだろ?」
「ないもんね! ベチュカの口車にのせられたみたいでシャクだけど!」
「じゃ、約束だぜ!」
「これでフル戦力ですねー!」
「攻略完了……」
思わずハイタッチをするオレ達三人。
「ってちょっと待ちなさいよ。もしかして、アンタら三人でアタシをハメた!?」
「「「はめてないよ」」」
「ナンでハモったのよ! もしかして今までの全部演技――」
「んなわけないじゃないですかー! なんですか記録係クビって初聞きなんですけどぉー!」
ナっちゃんが本当に悔しそうに叫ぶ。
「わたしのアイデンティティなんですよ! これじゃアイデンティティ崩壊しちゃいますー」
かなり簡単に壊れるアイデンティティだな。
「じゃあナニよアンタらのチームワーク。あとさっきのセリフ!」
「計画がたまたま早まっただけだ」
「揃った。運良く」
「わたしはよくなかったりするんですがー!」
「んもー、アンタら嫌い!」
アネシュカはなんだかんだ言いながらも、その後はオレ達を手伝ってくれた。
インハリテッドオーガナイゼーション集
「ŠÁRKA(シャールカ」
Štít Aby Rozdrtil Křivá Autorita
「歪んだ権威を叩き潰す為の盾」
世界教団事件で活躍した民間防衛組織を元に発足された特殊部隊。
主な業務は「特殊事案への対策」と「各公的機関への監視」の2つ。
特殊事案とは主にŠÁRKA発足のきっかけとなった世界教団関係や、神国派と呼ばれる旧マルクト神国の心棒者関係の事件への対処である。
両者ともマルクト共和国中枢に潜り込んでいる為、国からは独立した一個の組織として成り立っている。
現在、マルクト共和国内に置いてマルクト国軍、諜報団MaTyS、特殊部隊ŠÁRKAの3つの勢力が互いにけん制し合った状態となっている。




