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第28話:アーデルハイトの「置土産」

「ふぅ……」

シミュレーションを終え、オレは一息つく。

母型を振り切ってから暫く、「侵攻者」との接触もなく穏やかな時が過ぎていた。

「ん?」

ふと装騎スパルロヴのディスプレイに新着通知が届いているのに気がつく。

装騎間での通信は基本的に音声でやり取りをするんだが、文字によるメッセージの送受信も可能なんだ。

差出人は――

「アーデル、ハイト……?」

装騎アインザムリッターから。

その日付や時刻から考えると――大鯨型ティプ・ヴォルヴァニから脱出するまさにその最中。

そう、アーデルハイトはこの可能性を考えていたんだ。

大鯨型からの脱出に失敗する可能性を。

オレはそのメッセージを開き、文面に目を通す。

「ヴラベツ。君がこのメッセージに目を通しているということは私はもうそこにいないのだろう。それを覚悟して私はこのメッセージを君に送った」

そんなお約束の文面ではじまるメッセージに、アーデルハイトの声が聞こえてくるようだ。

「戦いの中で死ねるというのならば私にとって本望だ。しかし、二つの心残りがある。君に押し付けてしまうのは申し訳ないができれば頼みを聞いてもらいたい」

アーデルハイトの心残り……?

それが一体どんなものなのか……オレは更に読み進める。

「一つはムスチテルキ隊のことだ。「侵攻者」との戦いはこれからより激しくなるだろう。その戦いを共に戦えないことを無念に思う」

実際、アーデルハイトがいなくなりオレ達の戦力は落ちた。

それでも、ゲッコー艦長も手を貸してくれるしみんなもやる気になっている。

「頑張ってみせるさ」

それにアーデルハイトはまだ死んではいない。

いつか絶対に、取り戻す。

「そしてもう一つ。私が艦内ビオトープの整備を進めていることは知っているだろうが、その――」

突然、艦内に警報が鳴り響く。

「何だ!?」

サブディスプレイに視線を移し、出撃命令が出ていないかを確認。

「出撃――じゃあない。じゃあ何だ? 艦のトラブルか?」

オレの疑問はすぐに晴らさせることとなる。

『暴れ亀です! 艦内に暴れ亀出現! みなさん、気を付けてください!』

響き渡ったリブシェの声。

「暴れ亀ェ!?」

駆けつけたオレの目の前にたしかにそいつはいた。

そびえる巨体。

うっすらと緑みを帯びた身体。

力強い四足の脚で艦内を走り回っている。

あの巨体だ。

速度はそこそこだが身体の大きさから近寄りがたい異様な迫力がある。

「うわ、なんだあの亀!」

「ほうほう、あの亀はオオエンキガメですねぇ。なかなかレアな亀ですよ!」

亀を一目見たナっちゃんがその目を輝かせると写真を撮り始める。

「オオエンキガメ……?」

「基本的には大人しい亀なんですけど、あの凶暴さで有名なキンピカオウギルガメにも匹敵する力を持つんです」

「ナンでアンタそんな知識持ってんの?」

「まるで亀博士……」

「そういえばナっちゃんはトカゲ飼ってたな!」

「サーさんです! でも亀は名前くらいしかわかりません。つまり、止め方とかはさっぱり」

「うーん、肝心なところで役立たねえな!」

「ちょ、コッチ来るッ!!」

咄嗟に身をかわすオレ達四人。

その間をオオエンキガメは走り去った。

『緊急のブリーフィングを開始します。乗組員は近くのモニターまで急行してください』

リブシェの声が響く。

作戦会議ブリーフィングというのは当然あの亀をどうするかということだろう。

それから暫く――ゲッコー艦長の姿がモニターに表示された。

『諸君はすでに知っていると思うが、今現在、本艦は暴れ亀に手を焼いている状態である』

「大体アノ亀なんなの!? 今までドコにいたのよ!」

『えっと、実はですね……』

そう声を上げたのは医療班代表のニムハさん。

『艦上層部の未使用スペース、そこから物音が聞こえて……それで開けたらあの亀が出てきたんです』

「未使用スペース?」

『恐らくはバルクホルン少尉のビオトープ設置予定だった部屋だと思われる』

「アーデルハイトのか……」

ということは、あの亀はアーデルハイトの飼い亀……?

「まーた厄介な置き土産をしていったわねアイツ」

『今のところ被害は無いが、あれだけの巨体と力だ。重要な機器に触れれば破壊する恐れは高い』

実際、オオエンキガメの通った後には傷痕や壁のへこみなどの損傷が見て取れる。

もしあんなのが司令室の各種情報機器に触れでもしたら……もしくは下層部の重要な機器に触れでもしたら。

『最悪の場合、本艦の航行が不可能になりかねん』

「「侵攻者」じゃなくて亀にとどめを刺されるとか御免ですねぇ」

「……「侵攻者」にでも、嫌」

「まったくジャン」

「ま、何にせよあの亀をどうにかするしかないってわけだな」

『可能ならば捕獲が最善だが――最悪の場合は』

「てか、やっちゃうにしてもあんなのどーしろってのよ!」

『殺してしまって構わないのなら俺が出るが』

リュウガさんが横目に画面を見ながらそう呟いた。

自信満々な口調からも彼に任せればあっさりとオオエンキガメを始末してくれることだろう。

けれど、そんなことはオレが許さない。

「捕獲すればいいんだろ? なんとかやってみっか」

「ゲ、マジで?」

「マジだよ。ムスチテルキ隊、DO BOJE(ド ボイェ)!」

「はいはい、ド・ボイェド・ボイェ」

『目標オオエンキガメは現在中層部居住ブロックを移動中』

「ってもさー。あんなんどーしろってのよ」

「ナっちゃん、何かヒントとかないのか?」

「えー、と言っても亀は専門外ですしぃ」

「難題……」

「とりまワイヤーとか用意してみたけど……イケるかねぇ」

そう言いながらアネシュカがワイヤーを構える。

「なんでそんなの持ってるんだよ」

「ウチの会社ではよく使うの」

だが、丈夫そうなワイヤーだ。

上手く使えれば捕獲の役には立ちそうだった。

「あ、でも、あまり暴れるようならヤバいかもねー」

「だな。使い所と使い方はよく考えねーとな」

できるだけ無傷で捕獲したい。

アーデルハイトの残した大切なペットだしな。

「とりあえずだ、最初は真っ当に捕獲を試してみるか!」

「真っ当にって……」

「行くぜ!」

オレはオオエンキガメに背後から飛びかかり、思いっきりその身体を引っ張る。

「ちょ、動くな動くな!」

襲われたと感じて驚いたのかオオエンキガメはスピードを上げ、オレから逃げようとした。

それを必死に止めようとするが、その巨体とそのパワー……当然ながら容易には引き止められない。

「ベチュカ、ストーップ! あまりやり過ぎたらヤバいって!」

「あの身体と力なら、怪我をするのはベっちゃんですしねぇ」

「カムバック」

実際問題、オレ程度の力ではどうしようもない。

言う通り下手に手を出せばあの強力そうな脚を出され怪我をしそうだし。

オレは諦めて一旦オオエンキガメと距離を取った。

「てか思ったんだケド、あの亀捕まえなくてよくない?」

「は?」

「いや、てか進む方向をなんとか変えて最初いた部屋に連れて行けばイージャン」

アネシュカのいうことは一理ある。

問題は――

「ですけど、もともといた部屋って上層部ですよねぇ。階段登れるんですかアレ」

「あーたしかに」

階段を降りてこのフロアまで来ているオオエンキガメ。

降りるだけならまだどうとでもなりそうだが登らせるとなると骨が折れそうだ。

「物資搬入用のエレベーターとか無いの!?」

『上層部への物資は格納庫で装騎を使って運んでます』

「装騎がエレベーター代わりってワケね」

格納庫は艦下層部にあるが機甲を格納、整備、部品の保存という点から三階層を突き抜けるようにスペースを使用していた。

オレ達が普段出撃用に使っているスペースは中層部にあるわけだし。

「じゃあこのまま装騎搭乗口まで誘導して装騎で上層に上げるべきか」

「そーと決まったら誘導ジャン!」

「リブシェ、艦内に通達頼む! 搭乗口以外のルートを塞いで欲しい!」

『諒解。各員に通達――』

リブシェの操作でいくつかの非常用隔壁が閉鎖される。

それでも十分じゃない場合は手の開いたシュプルギーティスクルーがコンテナやクッションなどで通路を塞ぎ、装騎搭乗口のある一方へ誘導するようにした。

「……順調快調絶好調」

このまま進めば――

「搭乗口だ! ナっちゃん!」

「はいほーい!」

先回りし準備をしていたのはナっちゃん。

装士イーメイレンが両手を差し出しオオエンキガメを迎え待つ。

「捕獲完了! 上層部へお返ししまーす!」

「アネシュカ!」

「問題なし! 搬入用扉、閉めて!」

「ポチッとな……」

グルルがスイッチを押し、上層部搬入用の扉を閉める。

「よし、オレたちも上に行くぞ!」

後は同じ要領で艦後部にある未使用スペースへと誘導だ。

そこまでは順調にいけたのだが……。

「カメさん全然落ち着かなーい!」

ナっちゃんが悲鳴を上げる。

なんとかビオトープ設置予定まで連れ帰ることができたが、オオエンキガメは部屋中を動き回り動きを止める気配がない。

「何か……訴えかけてる?」

「グルル、何かをって……?」

「腹でも減ったんじゃナイ?」

「わたしもそう思ったんですけどねー。食べないんですよねー」

瞬間、オオエンキガメが何かを見つけた。

「どうした?」

視線の先には――何か、何かいる!

その何かに向かってオオエンキガメは駆け出す。

そこにいたのは――

「げっ、ネチュカ!?」

アネシュカが声を上げた。

ネチュカっていうと――前に名前は聞いたことあったような気がするけど。

咄嗟にアネシュカは手に持っていたワイヤーを鞭のようにしならせる。

そして、オオエンキガメの狙う何かを手元に引き寄せた。

「にぃ……」

アネシュカの手に収まったのは――子猫だ。

そう言えばアネシュカについてきた猫がいたと聞いた覚えがある。

そいつか!

「もう何で勝手に部屋から出てきたんでちゅか! じゃなくて出てきたのよ!」

アネシュカとネチュカの普段のやり取りがよくわかるワンシーンだ……。

「お前さぁ……」

「べ、別にイージャン! どんな口調でネチュカとお喋てても!」

「むぅ……負けてられませんね。わたしもサーさんを……」

「連れてこんでいい!」

「アネシュカ……危険」

オオエンキガメがアネシュカに向かって走る。

いや、その腕に抱かれたネチュカを狙ってか?

「もしかして、ネチュカを食べようとしてるぅ!?」

「ありえますねぇ」

「そんな呑気に言わないでッ!」

愛猫が狙われて気が気じゃないアネシュカ。

部屋の外に逃げ出すが、オオエンキガメは諦めない。

閉まった扉の前で必死に身体をジタバタさせる。

「何とかしてー!」

扉の向こうから聞こえるアネシュカの悲鳴。

「こんな時アーデルハイトがいてくれれば……」

今までずっと我慢していた言葉。

だが、どうしても口に出てしまう。

そうだ、アーデルハイトがいてくれれば……。

「そう言えば」

オレはふと思い出した。

そう、アーデルハイトから送られてきたメッセージのことだ。

確かあのメッセージにはビオトープについて何か書かれていた。

もしかしたらそこに――

「そんなのもらってたんですかぁ。ずるいじゃないですかー」

「確蟹」

「後で読ませてやるから! その前に――スパルロヴ!」

オレは学生証端末を手に取ると、装騎スパルロヴとの同期を始める。

メッセージ一通の同期だ。

時間は一瞬。

さっき読みかけだったアーデルハイトからのメッセージに目を通す。

「あった、これだ! えっと…… ビオトープの整備を進めていることは知っているだろうが、その――」

その一文に続く言葉はこうだ。

「手入れをお願いしたい。非常に身勝手なことだとは分かっている。だから、可能ならばの話だが」

違う。

今知りたいのはそのことじゃない。

さらに文を読み進めると――あった。

「特に私の相棒であるドゥの世話には手を焼くかもしれない。ドゥとは――」

これか!

アイツの名前はドゥっていうのか……。

「オオエンキガメという種類のカメで非常に大型な――」

知ってる!

「普段は大人しいいい子なのだが、お腹を空かせると少々気が荒くなることがある」

やはりお腹が空いているらしい。

「多少なら問題ないが、長期間空腹状態だと暴れはじめることがあるのだ。その状態では差し出された餌を口にしない」

また厄介な性質の亀だ……。

これは種としての性質というよりは個人――いや、個亀の性質だろうが。

「そうなった場合、食べてはならないものを狙いはじめる場合もある」

今回の場合はネチュカのことだな。

「そういう時はまず、ドゥの背後に回り込み両脚に蹴りを入れる」

荒い!!

「いーからヤって!」

「わかったわかった!」

オレは一気に駆け出すとオオエンキガメの背後から両脚めがけて蹴りを入れた。

「すると甲羅の中に手足を引っ込める。そこで甲羅と地面の隙間に足を入れ思いっきりひっくり返すんだ」

ひっくり返す!?

ダメ元でやってみるが、思ったよりはすんなりとひっくり返った。

なんというか、相手ドゥもやられ慣れてる感というか。

「それから暫くすると首を伸ばすはずだ。それで大抵は大人しくなる」

アーデルハイトの言付けどおり、ドゥが落ち着いたように首を伸ばす。

更に手足を伸ばして起き上がろうとするのを助けると、今まで暴れていたのが嘘のように大人しくなった。

「ちなみにこの流れはドゥ以外の亀にはやらないように。特にアネシュカ辺りには言いつけておいてくれ」

「やらないて!」

扉を少し開け、隙間からアネシュカが顔を覗かせた。

首を伸ばす姿は亀みたいだな。

「ほっとけ! じゃなくて亀ェ!」

「大丈夫みたいだ。大人しくなった」

「お、餌も食べてますよー」

「めでたし……」

騒動はあったがなんとか事態を収集することができたか。

「しっかし……」

オレは餌を貪るオオエンキガメのドゥを見て思わずため息をつく。

これからコイツの世話もしないといけないのか。

「頼むわよリーダー!」

「そうなるよなぁ……」

挿絵(By みてみん)

インハリテッドオーガナイゼーション集

「ŽIŽKA(ジシュカ」

Živelně(ジヴェルニェ) Invazní(インヴァズニー) Živočich(ジヴォチフ) Katastrofa(カタストロファ) Analytičky(アナリチチュキ)

「必然的な侵略的生命体災害の調査者組織」とも訳される対「侵攻者」組織。

ヴラベツの祖母サエズリ・スズメによるŽIŽKA計画を元に発足された組織である。

ŽIŽKA計画とは「星が墜ちる日」と呼称されるある種の「予言の日」に向けた対策計画。

予てより計画は世界連合に提出されていたのだが、「侵攻者」の出現で実現に辿り着く。

組織としてのŽIŽKAは各専門機関からの出向という形で構成員を集めており、実質総司令官となるサエズリ・スズメ以外は別組織の所属ということになっている。

主にŽIŽKAに協力しているのは、同じくサエズリ・スズメが発足させた特殊事案対策組織ŠÁRKA、サエズリ・スズメに縁があるマルクト代表諜報団MaTyS、そして同じく「空からの脅威」を予見していたインヴェイダーズの3組織。

発足後はマルクト共和国軍を中心に、世界連合所属の各国から人員が送られている。


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