第23話:定められていた「大損失」
「なんだこれ?」
大鯨型の体内に侵入したオレ達ムスチテルキ隊。
侵入者を迎撃しようと現れる「侵攻者」を倒しながら進むとそこに辿り着いた。
位置的には大鯨型の胸鰭――その裏あたりか。
「ふむ……「侵攻者」の脱出艇か?」
たまたま居合わせたアーデルハイトがそれを見て呟いた。
たしかにSF映画に出てくる宇宙戦艦の脱出艇のように見える。
それよりはりもっと生物的でなんか脈を打ってるような気はするけれど、人が乗れそうなスペースもあった。
乗りたくないけど。
「見た目だけならば魚みたいだな」
「倒すか?」
「……いや、見たところ動きが無い。自律型の「侵攻者」ではないのだろう」
確かにこの魚型はピクリともしない。
そう言えば、部隊選抜後のオリエンテーションでこんな話を聞いた覚えがある。
「侵攻者」の中には自律型と非自律型の二種類がいると。
前者は自分である程度の判断能力を持つ「侵攻者」で、今まで何度となく戦っている多くの「侵攻者」がそれだ。
後者は「侵攻者」の扱う道具として造られたもので恐らくはこの魚型がそうなんだろう。
巨人型も、あの巨大な鎧自体は非自律型の「侵攻者」でありその内部には鎧を操る自律型「侵攻者」がいるとか。
「ん? てことはもしかして騎士型も……」
「一先ず先に進もう。ここから道が分かれてる――また二手に分かれよう」
「おう!」
そこから、たまに見かけた「侵攻者」を撃破しながら一気に駆け抜ける。
「まっ、こんなもんか」
ふと、オレの目の端に奇妙な緑色の光が差したことに気付いた。
今までは薄暗くてここまで目立つ光なんて入っては来なかった。
「確認しとくか……」
その光は目の前の坂道――その奥から差している。
「こんなところがあるのか……」
長く続いた通路。
そこには部屋のようなものがいくつもあり、その光は部屋の中から漏れていた。
オレは部屋の中を覗き込む。
「よく見えないな……スパルロヴ、スキャンモード!」
装騎スパルロヴがカメラアイから取得した情報を解析した。
その部屋の中には――
「人影……?」
よくは見えないけれど、確かに人型のナニカがいる。
光の中に髪の毛のようなものが漂い、その隙間から僅かに閉じた瞼だけが見えた。
雰囲気的には人間の少女――だろうか。
その顔にオレは見覚えがあるような……ないような。
なんて考えていると、その少女が静かに目を開けた。
「ツェラ……?」
その少女は似ていた。
とても、そう、ツェラに。
少女が小さく口を動かすのが見えた。
何て、言ってる?
オレは思わずその扉を破壊してしまっていた。
「大丈夫か!?」
装騎越しに呼びかける。
少女はどこか怯えたような様子だったが、静かに首を縦にふった。
その姿はまさにツェラと瓜二つ。
「ヴラベツ、艦に戻るぞ」
その時、アーデルハイトから通信が届いた。
グルルとナっちゃんが準備していた術式というものが完成したのだろう。
「けど……」
オレは他の部屋からも"少女達"を外に出しながら考えていた。
この子たちをどうにか助けることができないかを。
「何があった、ヴラベツ」
「それが……」
オレの話を聞いたアーデルハイトはすぐに駆け付けてくれた。
「この辺り、シュプルギーティスと通信が繋がらないな」
そうか、だからオレの所まで連絡がちゃんと届いてなかったのか。
なんて考えてる場合じゃない。
「艦長達にはもう伝えてある。今から五分でシュプルギーティスは技呪術霊子砲を撃つ予定だ。それまでに出来る限り彼女達を避難させる」
さすがはアーデルハイトだ。
オレの話を聞き、その位置を把握してからすぐにプランを考えたのだろう。
それに恐らく、ここから艦には通信が届かないことも予測したからこそ予め伝えたんだ。
「だがヴラベツ。全員を助けられるとは思うな。それに彼女達は恐らく……」
「わかってる」
きっと彼女達は「侵攻者」だ。
なぜツェラと同じ容姿をしているのか、それは分からないけれど。
もしかしたら、ツェラが何が知っている――のかもしれない。
それは一先ず戻ってからだ。
「さっきあった脱出艇のようなもの。使えるか?」
「問題……ない。扱える」
一人の少女がそう呟き、他の少女達も頷く。
「喋れるのか」
「思い、だした」
その言葉の意味を考えるのは置いておこう。
あの脱出艇のようなものが使えるらしいならそうするのが一番だ。
まさか一人一人運び出すなんて難しいし、そんな時間はない。
「よっしゃ、それじゃあ急ぐぜ!」
とは言え、ここからあの脱出艇があった所まではそれなりに距離がある。
この人数を、それも未だに「侵攻者」達が迎撃してくる状況で時間内に誘導するのはかなりシビアだった。
「次の角を右。その先、敵の気配がある」
そんな中、アーデルハイトの指示はとても役に立つ。
暫定的とは言えムスチテルキ隊のリーダーを務めているだけはあった。
それから何とが脱出艇のある場所まで辿り着けたが――問題はそこからだ。
「ギリギリか……」
アーデルハイトが呟く。
瞬間激しい衝撃。
異界航行艦シュプルギーティスのシャマンスキー・オドストジェルが放たれたのだ。
時間ピッタリか。
「彼女達の脱出が終わるまで待っている余裕はない。すぐに離脱するぞ」
「……っ、おう!」
多少の心残りはある。
けど……少女が一人、オレの――正確には装騎スパルロヴのカメラアイをじっと見つめながら、頷いた。
それは「大丈夫だ」と言っているように。
「くっ、行くぞアーデルハイト!」
オレは装騎スパルロヴを駆け、装騎アインザムリッターに続く。
「私達の居場所と脱出ルートは伝えてある。だからまだ多少の猶予はあるはずだ」
アーデルハイトはそういうが、それでもギリギリではあるだろう。
この巨大な「侵攻者」だからこそなんとか絞り出せた僅かな余裕なのだから。
オレ達は走る。
スパルロヴの警告が響いた。
シャマンスキー・オドストジェルの強力なアズルの反応を感知したんだ。
背中に熱を感じたような気がする。
それは気のせいかもしれないが、実際に爆発に巻き込まれるのは時間の問題。
「正面から敵か――厄介な」
「すぐにぶっ飛ばして脱出するぜ!」
こんな一分一秒を争う時に敵が出てくるなんて。
一体どれだけの敵がこの「侵攻者」内に潜んでるんだ!?
どれだけの、数が――
「キリが、無いッ!」
「これだけの数がまだ残っていたのか。いや、今までの間で休眠状態だった「侵攻者」が起き出したのか?」
瞬間、オレ達の背後の通路で爆発の閃光が走った。
装騎のカメラアイがエネルギーの奔流を爆発として認識したんだ。
「このペースだと間に合わねーぞ!」
「いや、間に合わせる。この通路の突き当たりまで一気に進むぞ」
「どうやって!?」
装騎アインザムリッターが静かに手を差し出す。
「弾丸だ」
「そうか――!」
装騎スパルロヴの背後に装騎アインザムリッターがついた。
そして、両肩のブースターを全開にする。
オレも全身のヤークトイェーガーに光を灯した。
「いけるなヴラベツ!」
「おう!」
装騎スパルロヴが装騎アインザムリッターに押し出される。
オレ達のアズルが共鳴し、より大きな力になる。
そしてそのまま、弾丸のように一気に跳んだ。
強烈なアズルの圧で「侵攻者」達を切り裂き、押し退ける。
強力な突破方法だが、そう長くも持たない。
だが、なんとかアーデルハイトの言っていた突き当たりまでは――
「持たせるッ!!」
「そのまま隔壁を突き破れ。この威力なら破れる!」
「それで、外に出られるんだな! スパルロヴ!!」
オレの意思の高まりに呼応するように装騎スパルロヴのアズルが激しく燃える。
不意に装騎スパルロヴが何かに押されてさらに加速をつけた。
アーデルハイト?
いや、違う。
「爆発が――!!」
「背後は気にするな。あと少しだ!」
「頼む、行ってくれ! スパルロヴ!!」
激しい衝撃。
爆発に騎体が押し出される。
だが、生きてる。
無事だ。
脱出は成功ッ!
「何とか、間に合っ――」
強烈すぎる閃光に、思わず装騎の演出機能をオフにした。
その時にオレは気付く。
沈みゆく大鯨型「侵攻者」。
闇の中に漂う装騎スパルロヴ。
遠くには異界航行艦シュプルギーティスと、その目の前で円陣を組むフチェラがある。
けど――
「アーデルハイト?」
装騎アインザムリッターの姿がない。
『スパルロヴ、応答してください。ヴラベツ!』
「リブシェか……」
『速やかに帰還を! 敵の反応が近づいてます!』
「アーデルハイトは……!」
『っ……』
リブシェが言葉に詰まった。
つまりそれは――そういうことだった。
「装騎スパルロヴ、帰還する……ッ!!」
それから暫く、異界航行艦シュプルギーティスはなんとか「侵攻者」の追跡を振り切ることができた。
アーデルハイトという犠牲が出てしまったが。
「オレの――せいだ」
「あなたのせいじゃない」
オレの呟きに答えたのはツェラだった。
「あれは決まっていたことだから」
それは励まし、なのだろうか?
いや、それとは何か違うニュアンスを秘めている。
「あなたの行動は、多くの人を救うことになる。ううん、救うことにならないといけない。あなたの為、アーデルハイトのため」
どこか決意を秘めたような表情。
いや、初めて会った時からその瞳には強い決意が宿っていたような気がする。
「この後ブリッジに集合。全てを話す。なぜわたしが"ここ"にいるのかを」
インハリテッドネイション集
「マルクト共和国」
エヴロパ大陸に存在する国家。
首都はほぼ中央部に存在する都市カナン。
エヴロパ大陸に存在する国家の中でも技術が発達しており、特に装騎技術は異様な高さを誇る。
エヴロパ連合や国家連合の中でも主要な立ち位置の国だが、かつての所業からいまだ不審に思っている国もある。
国家の成り立ちは陽光の女神の伝説に記される大戦と呼ばれる戦いの後にあるという。
大戦により国家という枠組みが崩れ、人々は共同体と呼ばれる集まりを形成して暮らしていた。
その内の一つに賢人と呼ばれる男性マルクトが現れた。
賢人マルクトの叡智によりマルクト共同体は発展を遂げ、やがて王国となった。
賢き良い王の統治で国は繁栄続けたが、どうしても避けきれない時がやってくる。
賢人マルクトの死である。
先導者である賢人マルクトの死を――だが人々は許さなかった。
賢人マルクトの教えを受けた学者たちと共に、マルクトの脳を元にしたコンピューターを生み出す。
スーパーコンピュータ・シャダイと名付けられたそれは賢人マルクト亡きあとも絶対の王として国を統治した。
やがてシャダイを神と崇めた人々によって王国はマルクト神国という名へ改め、更にはシャダイの統治による絶対平和を掲げ侵略戦争を始める。
それがマルクト30年戦争の始まりだった。
他国と比べ10年は先を行く装騎技術、そして数百年は先を行くような通信技術、ネット技術を利用し着実に周辺国家を領地に加えたが最終的に悪魔派と呼ばれる反シャダイ派の革命により国家は崩壊した。
その悪魔派を率いた男性コンラッド・モウドールにより共和制の国家となったのが今日まで続くマルクト共和国なのである。




