第20話:月面工場「大爆発」
「ムスチテルキ隊の侵入を確認。作戦は順調です」
リブシェの言葉にゲッコー艦長が静かに頷く。
「後は彼女達が戻ってくるまで持ちこたえるだけだな」
順調に行けばだが――そう出かかった言葉をゲッコー艦長は飲み込んだ。
余計なことを口に出す必要はない。
もっとも、言わずとも誰もがそんな気持ちはあるだろうが。
「鳥型、鯨型、接近してきます!」
「迎撃態勢! グルル、そっちも手一杯だと思うが――いけるか?」
『問題ない』
「僕もサポートするよ姉さん!」
「リュウガ!」
「ビィ、タイミングを合わせろ」
リュウガの的確な射撃が鯨型を撃ち抜く。
護衛艦プラーステフも技呪術砲の砲撃で鯨型を迎え撃った。
そしてフチェラによる援護攻撃も開始する。
装騎ククルクンを操りながら、これだけ大量の無人機を操るグルルの能力にゲッコー艦長は感心するしかない。
「だが負担も多い筈だ。早く間に合ってくれるといいが……」
「艦長! 工場内からも「侵攻者」が!」
「来たな……」
ムスチテルキ隊が工場の奥へ進んだことで討ち漏らした「侵攻者」や、ムスチテルキ隊の侵攻ルート外の「侵攻者」が迎撃に現れたのだ。
「凌げそうか!?」
「何とか、するさ……」
リュウガが静かにそう答えるが、艦砲のコントロールに手一杯なのが目に見えてわかる。
「私もサポートします!」
「頼んだリブシェ」
「はいっ!!」
「ムスチテルキ隊への指示は私が行います。――さぁ、やるっすよ!」
「素が出てるわよ」
「霊子防護壁の出力を上げろ。近付いてきた「侵攻者」はそれで押し潰せ!」
「その場合、暫くはアズル充填の為に出力を落とさないといけなくなりますが……」
「構わん!」
強力な霊子防護壁はその斥力を利用し周囲の「侵攻者」を押し潰す。
だがそれは異界航行艦シュプルギーティスの使用可能な多くのアズルを消費してしまうことに等しい。
アズルの特性上、巨大で尚且つ非人型の兵器を動かすのは難しいからだ。
加えて、自然由来の霊子の利用も殆ど不可能。
この、生命が存在しづらい宇宙空間では……。
(それでも、周囲の敵を一層できれば――)
アズルの再充填まで多少の時間が稼げる筈だ。
「ムスチテルキ隊の様子は?」
「はい。起爆術式の設置状況40%」
つまり、五人の内二人は設置を完了させたということだ。
他の三人はいまだ侵攻中。
「60%……早くするっすよ……っ」
「艦長、鯨型の増援――いえ、コレは……?」
「どうした」
「ッ! 大出力の霊子反応――砲撃来ます!」
「この状況でか!?」
不意に強烈な閃光が走る。
視界を遮る鯨型を焼き払った一撃。
「違う、これは!」
リブシェの声が一気に明るくなった。
その声音でゲッコー艦長は察する。
「味方の増援か!」
「はい。シュプルギーティス級二番艦パッセル、三番艦モワノーです!」
そしてその二隻に付随するように護衛艦プラーステフも数隻姿を見せた。
「艦長、霊子出力が急上昇してます!」
「ムスチテルキ隊が起爆術式の設置を完了いたしました。後は帰還を待つだけです」
「この感じ、術式に何か仕込んでたんだね」
『そう。支援用の結界術いれといた。できる女』
「さすが姉さん」
『けれど……帰還、時間かかりそう』
「この感じは――」
「どうした、アーデルハイト」
「来る……っ」
通信から聞こえるアーデルハイトの声。
短いその言葉からオレは察する。
「まさか、騎士型か!?」
瞬間、装騎アインザムリッターが交戦状態に入った。
「アーデルハイト!」
オレはすぐに装騎アインザムリッターの居場所を確認する。
「見つけた……すぐに向かうぜ!」
そして、装騎スパルロヴを跳躍させた。
「グルル、ナっちゃん、アネシュカ!」
「うん、行く」
「まかせてください!」
「りっ!」
「侵攻者」を蹴散らし、隔壁を破壊しながら最短距離で装騎アインザムリッターの元へと跳ぶ。
そこで――いた!
装騎アインザムリッターと刃を交える騎士型「侵攻者」。
「加勢するぜ!」
そう意気込んではみたものの、さすがに騎士型は強い。
この狭い場所なら相手の機動力を削ぎ落とせる――と思っていたのだが、逆にこちらの機動力が削ぎ落とされた。
この狭い中でもその動きは健在。
驚くべき判断能力で単騎ながら装騎スパルロヴとアインザムリッターの連携をいなす。
「アタシが、来た!」
そこに姿を見せる装騎イフリータ。
助けに来てくれたのは嬉しいが……
「すまん、邪魔!」
「ナンデッ!?」
二騎でもこれだけ動き辛いのに三騎に増えたら……
「やっぱ邪魔だったりしますー?」
「狭い……」
全員来たな!
「だが少なくともこれで相手を逃がすことはない筈だ。騎士型の能力は脅威――ならばここで片をつける」
瞬間、騎士型からアズルが迸る。
と同時に激しい振動――騎士型が通路の天井を突き破った。
「逃がすことはないってぇ?」
「アーデルハイト、追撃するか?」
「いや、艦に戻ろう。下手に追い掛ければ各個撃破される可能性が高い」
確かに騎士型の穿った穴は装騎一騎ずつしか入り込めなさそうだ。
その先で騎士型が待ち受けているなら、一対一の状況に持ち込まれる――となるとこっちが不利だ。
「穴広げてみんなでいけばイージャン」
「この向こうがそれだけ広いとも限らないだろう。それに――」
周囲の雰囲気が揺らぐ。
奇妙な重圧。
これは……
「あー、まずいですねー。術式にトラブル発生でーす」
「トラブルって?」
「いやー、失敗できない作戦でしたからねぇ。最悪の状況の為にちょっとした機能を持たせてたんですよー」
「ユウ・ナ、なんだそれは」
「つまりですね。起爆用フチェラに何か――例えばダメージや敵の接近があった時に自動的に起爆術式を起動させるっていうですねー」
グルルも静かに頷く。
「そして今、自動起動した。つまり……どっかん」
「それを早く言えよ! アーデルハイト、退こう!」
「ああ。急ぐぞ」
『工場内でアズル反応! これは……起爆術式の初期起動を確認!』
『ムスチテルキ隊はまだか!?』
『もう既に近くまで来ているようですが……』
「まーったく、何をしているんですの!?」
「アーニャお姉様、助けに行きますか?」
『君たちは――』
「異界航行艦パッセル装騎隊所属ジェミニのアーニャよ」
「妹のマーニャです」
姿を見せたのは選抜試験にも参加していた双子の姉妹。
霊子砲スパノヴァによる砲撃戦闘を得意とする装騎ポルックスとその騎使アーニャ。
そしてシャワー短機関銃による銃撃戦を得意とする装騎カストルとその騎使マーニャ。
さらにその双子率いるスネーク隊と呼ばれる三騎の機甲装騎隊だ。
「護衛艦に無人機。それにモワノーの装騎隊もいらっしゃるし、わたくし達はシュプルギーティス隊の援護に向かってもよろしいでしょう」
「そうですね……それが本来の装騎隊の役割、ですからね」
「さすがはわたくしの妹そう来なくては」
「行きましょう、アーニャお姉様っ」
「スネーク隊は艦の護衛を。シュプルギーティス隊への援護はわたくし達が」
『諒解!』
A.S.I.B.A.を利用した加速で一気に月面の異界航行艦シュプルギーティスへと距離を詰める。
「爆発まであとどれくらいですの?」
『恐らくは10分ほど……』
「余裕ですね、お姉様」
「あら、言うようになったじゃない」
装騎ポルックスとカストルは素早く工場内へと侵入、ヨロタンからの情報を頼りにムスチテルキ隊との合流を目指した。
瞬間、天井から衝撃。
アズルの奔流が通路に流れ込んでくる。
「なんですの?」
「この反応……「侵攻者」、それも噂の」
「騎士型! なぜここに? まさか、シュプルギーティスを狙ってッ」
「アーニャお姉様、来ます!」
間髪入れずに距離を詰めてくる騎士型に霊子砲スパノヴァの銃口を向けるが大型で取り回しの悪い霊子砲では分が悪い。
「ならば、わたしがっ」
装騎カストルはシャワー短機関銃を構え、そして撃つ。
騎士型はその弾丸を突撃剣で防ぎ、薙ぎ払いながらも近付いてきた。
「チッ、シュプルギーティス隊はこんなヤツ相手に戦ってたというの!?」
「早――過ぎますっ。きゃっ!」
「マーニャ!」
不意に騎士型がその手に持った突撃剣を装騎カストルに投げつける。
その衝撃で怯んだ一瞬で更に距離を詰め――投げつけた突撃剣を回収した。
そして一閃。
「させませんわ!」
装騎ポルックスが装騎カストルを押し退けると霊子砲スパノヴァを霊子剣状態にし一撃を受け止める。
「まるでどこぞの騎使みたいな戦い方をしてくれるわね!」
アーニャ――装騎ポルックスはチラリと騎士型の背後、その先へと目を向けた。
そして静かに笑みを浮かべる。
「カモン・スネーク!」
騎士型が何かを察したように背後へと目を向けた。
その瞬間――
「ヴラベツィー・クラヂヴォ!」
天井に開けられた穴から衝撃が走る。
両手を固め、槌のように振り落とされた装騎スパルロヴの一撃。
「やるじゃない」
「Díky!」
「ヴラベツ、無事に追い付けたようだな」
「おう! 騎士型に一発、打ち込ませてもらったぜ」
そして追い付いてきたムスチテルキ隊。
「今度こそ追い詰められた、か?」
「どうやらそう簡単にはいきそうになくってよ」
不意に騎士型が全身からアズルを放出した。
それは瞬間的に強烈なアズルの波を周囲に起こすアズルバーストという技術。
この技で相手を怯ませられるのは一瞬。
だが、神速ともいえる身のこなしを見せる騎士型にとっては一瞬でも十分。
一先ず態勢を立て直し、距離を取ることくらいはできる。
それだけじゃない。
一瞬、奇妙な重圧がその場にいる全員を襲った。
「この感じは――」
「時間切れなのですわ!」
「その通りですねぇ。もう、爆発しちゃいまーす」
どこか気の抜けるテンションでユウ・ナがそう口にした瞬間、強烈なアズルがムスチテルキ隊のいる廊下を走る。
「うわっ、爆発か!?」
「ちょっと爆発のアズルが漏れ出してますねぇー。ま、火力は過剰に込めてるので大丈夫です!」
「何でお前そんなに余裕そうなんだよ!」
「だってどうしようもないじゃないですかー」
『とりあえず艦に戻って』
「ツェラか!」
『シュプルギーティスなら耐えられる。グルルの技呪術も使えば』
「えー、ほんとですかぁー?」
疑わしそうなユウ・ナだが、ここはツェラの言葉を信じるしかない。
だが、信じる信じない以前に……。
「って言ってもなぁ……」
目の前の騎士型はこの状況を理解しているのかいないのか、ただ立ちはだかるだけ。
「ジェミニの双子、君たちは自分の母艦へ帰れ」
「何をおっしゃってますの、神速の」
「もうすでに帰還命令は出ているはずだ。君達はそれに従え。軍人としてな」
「貴女達は――」
「我々も使命を全うするさ。ここを突破しシュプルギーティスと合流する」
アーニャの胸の内はここに残って戦いたい――そう感じていた。
けれど、それ以上にアーデルハイトの言いたいことはよくわかっていた。
「わかったわ。行くわよマーニャ」
「は、はい。お姉様!」
(わたくしは軍人として、そして最悪の事態の為にここから退くのですわ……ですが、願わくば)
「お姉様……あの方たちは大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫も大丈夫じゃないも、彼女達が艦に戻らなければ意味の無いことなのですわ」
あのわずかなやりとりを見ただけでアーニャは察していた。
「それよりもわたくし達こそ急ぐべきですわよ。爆発に巻き込まれればどう足掻いても生きては帰れないのですから!」
(それでも、彼女達よりは生存する可能性は高いのかもしれないのだけど)
「んでよ、双子を逃がしたは良いがどーするよ」
「言った通りだ。ここを突破する。ユウ・ナ、爆発の様子は」
「まだ完全に起爆は――あ、しましたねぇ」
「猶予はあるか!?」
「実はちょっとだけ。基点から徐々にアズルが広がっていってるので、全体が消滅するまでちょっと時間ありますよー。シュプルギーティスは丁度基点のド真ん中ですしねー」
「なるほどな」
つまり、シュプルギーティスを中心にどんどん周囲のエリアが狭まっていってるイメージだ。
サブディスプレイにその爆発範囲を疑似的に表示したマップが表示される。
異界航行艦シュプルギーティスのヨロタン辺りが計算し、表示させているのだろう。
「焦らしてくれるぜ」
なんて言いながら騎士型と刃を交えるが、突破は難しい。
「グルル、ここは私達に任せろ。君だけでも先に帰還するんだ」
「……それは、できない」
「いや、するんだ。君だけでも艦に戻れれば少なくともシュプルギーティスは助かる」
「…………」
アーデルハイトの言うことは分かる。
ツェラの口ぶりからすれば異界航行艦シュプルギーティスがこの爆発に耐えるにはグルルの類い稀な技呪術の才能によってようやくと言ったところだろう。
ならば、先に彼女だけでも帰還させることで異界航行艦シュプルギーティスだけでも生き抜かせるべきだ。
「それに、君が待っていればすぐに防護態勢に入れるだろう。私達がギリギリでもな」
「何か手があるな。アーデルハイト」
「手、と言えるものではないな」
きっとそれは博打。
それでも今は、その博打を打つしかない。
そしてグルルが先に艦に戻るというのはその博打の成功率を上げる為のものだということか。
「わかった」
グルルもすぐに理解する。
どんな手なのかは聞かない。
聞く時間もない。
それはオレ達も一緒だ。
「よし。一先ず装騎ククルカンの離脱の援護を優先的に。同時に防戦しながら我々も帰還を目指す」
『諒解!』
インハリテッドメカニカル名鑑
「異界航行艦シュプルギーティス(Spourgitis」
艦長:ヒノキ・ゲッコウ
動力:アズルリアクター
武装:技呪術霊子砲×1、魔電霊子砲×10、電磁誘導投射砲×5、迎撃用拡散霊子砲×14(上部7、下部7)、無人攻撃機フチェラ×72
その他:魔電霊子防護壁、技呪術防護壁
対「侵攻者」との戦いに備えて用意された宇宙空間航行用の艦。
異常地帯での正常な航行の為に技術的、魔術的、技呪術的なありとあらゆる防護を備えていることから「異界航行艦」の名を与えられている。
基本的にはインヴェイダーズ戦争で使用された異"海"航行艦シュプルギーティスを作り直しレベルで改修したもの。
本来の用途としては潜攻艦(強襲揚陸潜水艦に近い)だったのを宇宙艦にしているが、むしろゼロから作った方がマシなんじゃないかとか言ってはいけない。
アクアマリンシステムと言う周囲から霊力を吸収しアズルを生成する機能もあるが宇宙空間ではほぼ使用は不可能。
普段は多数いる搭乗員から霊力を吸収しアズルを生成している。
両刃剣のようなデザインと言われるが、結局のところフルメタル・パニックのトゥアハー・デ・ダナンのようなイメージ。
作中で登場した二番艦パッセル、三番艦モワノー以外にも四、五番艦の二隻の建造がほぼ終了している。




