第16話:駆けろ艦内「大走乱」
月に向けてŽIŽKAの中継基地を出発し二週間。
途中、何度かの戦闘と訓練を行いながら目的地を目指す中、
「ヒマー!」
アネシュカがいつものように声を上げた。
「なんか聞いてた話では二週間で月まで行けるってたジャン!」
娯楽の少ない閉鎖された艦内。
狭いと言うほど不自由はなくても、何でもできるわけではないこの場所。
そこで特に自由奔放そうなアネシュカが根を上げるのは大方の予想通りか。
「行くだけならな。現実は「侵攻者」の襲撃やそれに伴う艦のチェックと調整。それに我々の戦闘訓練もある」
「パーっと行って、パーっと倒して帰ればイージャン!」
ま、アネシュカの言うことも尤もだ。
とはいえ――
「しかし、宙域戦闘にしっかり慣れておかなくては。月での作戦、何があるのかわからないからな」
「っても、A.S.I.B.A.で地上みたいに戦えるんしょ? なら、宙域戦闘とか練習しなくたって」
「これはマルクト、いや人類の最初の一大決戦だ。何が起きるかもわからない。だから備えは過剰過ぎるくらいにするべきなんだ」
「まーたやってますねぇー」
ナっちゃんが手に持った情報端末を操作しながら言う。
アネシュカが不満を垂れ流しアーデルハイトがたしなめる。
もはやこの艦内での日常となった光景だ。
「どうせアネシュカは愚痴が言いたいだけなんだし、テキトーに聞き流しとけばいいのにな」
「アーデルハイト、真面目すぎる……」
けれど、そう適当に接することのできない不器用さがアーデルハイトたる所以だ。
「アーデルハイト、もうそっとしておけよ。代わりにオレが相手するからさ」
さすがに見兼ねてオレがアネシュカの側に行く。
というよりも、早くアーデルハイトをアネシュカから引き離した方がいいんだ。
なぜなら――
「わかった。暇なのであれば私にいい考えがある」
「げ、遅かったか……」
「ムスチテルキ隊、全員起立! これより艦内マラソンを始める!」
大抵は、オレ達にとってもろくなことにならないからだ。
「健全な肉体には健全な魂が宿る。狭い艦内だからといって身体を鈍らせてはいけない。幸い軽く走る程度の距離と広さならあるしな」
オレ達が普段過ごす異界航行艦シュプルギーティスの中層。
その大通路は学校の廊下程度の広さは余裕であり、しかもぐるりと一周できるようになっている。
つまりはマラソンには最適な周回路状になっているということだ。
他にも細かい分かれ道や、ブリッジや装騎庫のある上層、倉庫やエンジンルームのある下層へ移動する階段などもあるのだがそういう所は通らない。
邪魔だしな!
「なんでマラソンなのよォ」
「お前がヒマヒマ言うからだろ」
「そりゃソーだケド……違うジャン! こんなんじゃなくてさー」
アネシュカは小声でぶつぶつと何かをつぶやき始める。
今まで騒がしかった雰囲気から一転、静かに考えを張り巡らせているんだ。
コイツがこうマジメな表情を見せた時、やっぱりろくなことにはならない。
今日は厄日か?
「マラソンをするっていうのは、身体を動かして健全な精神を培おうってコトよね」
「そうなんじゃねーの」
「ならば要素をもう一つ加えれば、戦場でも使える判断力を鍛えることができるようになると思うのよ」
「要素をもう一つって……」
「つまりはそう、逃げることよ」
アネシュカの高説は続く。
「逃げて、隠れる。それは戦闘中にも必要とされる能力だし、正しい判断が大切になる」
「誰から逃げんだよ……」
「それは追いかける人を決めればイージャン。追いかける方は追いかける方で敵を追い詰める訓練になるわけだし」
「そうだな――ってつまりソレって……」
「鬼ごっこしよージャン!」
ですよねー。
けどまぁ、そんな事、
「アーデルハイトが許すとは思えないな」
「その通り! だから、ほらコッソリと……」
少しずつペースを落としていくアネシュカ。
アーデルハイトはそれに気付かず黙々と前へと進んでいく。
「グルルんとユウナんもほら!」
「ほらじゃねーよ。ぜってー怒られるって!」
グルルとナっちゃんは二人で顔を見合わせた。
どうしようか考えているらしい。
が、すぐに頷きあうとアネシュカのペースに合わせる。
それはつまり……
「参加しましょう!」
「やっちゃお」
「マジかよ」
「いや、やっぱ走ってるだけだとつまらないしー。最悪アネシュカさん一人のせいにすればいいじゃないですか?」
後半はオレとグルルだけに聞こえるよう、声をさらに潜めて言う。
そしてグルルも小刻みに首を縦に振っている。
この二人、意外と……
「ワルだな……」
「そんじゃ、鬼決めー」
『ジャンケンポンっ』
「オレが鬼か……」
「そんじゃ、十秒数えてからねー。はじめー」
蜘蛛の子を散らしたようにアネシュカ、グルル、ナっちゃんの三人は姿を消す。
気づけばアーデルハイトの姿は遠くに。
「ま、いっか」
オレは十秒数え、一先ず脇にある通路に進んだ。
「この鬼ごっこ、割と面倒かもな」
メインの大通路はシンプルだが脇道にそれるとそれなりに複雑な作りになってくる。
それが上中下の三階層に分かれていて、中層のメイン通路はアーデルハイトがマラソン中だ。
つまり、アーデルハイトにみつからないようにこの三フロアを走り回り、逃げた三人を捕まえないといけない。
「ま、アーデルハイトに見つかったらヤバいのは三人も同じか」
となると、まずは別の階層に逃げるのがベター。
そもそもアーデルハイトに捕まらないことが最重要なのだから。
それを逆手にとってこの階層……というのもありえるが、探すのは後からでもいいだろう。
ということで一先ず下層部に降りることにした。
上と比べるとやや薄暗い部屋。
ブーンとアズルリアクターの駆動音が響き渡る。
「誰かいるか……?」
オレは静かに耳を澄ませた。
人の気配はする。
カツンカツンと何人かの足音……これは整備スタッフか。
「あ、ヴラベツちゃん」
にこやかに手を振るのは整備班代表メトロチュカ。
「艦の点検っすか?」
「そ。私は整備班の代表だし、ちゃんと仕事をこなさないとね」
メトロチュカの専門は装騎だと思っていたけど、こういう艦船の面倒も見れるんだな。
「一通りは勉強もしたしね。細かいところはともかく、動力機関は装騎とそう変わらないし」
「さすがだなぁ。やっぱロコおばさんの孫か……」
「でも珍しいね。騎使が二人も降りてきてるなんて。技術者でもなければ面白いところじゃないのに」
「二人……もう一人いたのか。誰が?」
「えっと華國の――ユウ・ナさん。なんかコソコソしながら走ってたけど……」
「ナっちゃんか」
「かくれんぼでもしてるの?」
「ま、そんなとこ。ありがとメトロチュカ!」
オレはメトロチュカに手を振り奥に進む。
少なくともナっちゃんはこの階層にいるらしい。
「さて、見つけてやるか!」
なんて気合を入れてすぐ。
「ギャー!」
なんか悲鳴が聞こえてきた。
今の声、間違いなくナっちゃんの声だ!
「ギャーってなんだよ」
とりあえず声がした方に走る。
まさかアーデルハイトに見つかったのか?
それとも……もっと別の、ナニか?
とりあえず、不用意には動けない。
気配や物音を辿り、ナっちゃんがいるだろう場所へと向かう。
「次の曲がり角を右に……」
そこにナっちゃんがいるはずだ。
オレは身を低くし、そっと曲がり角から顔を出す。
いた。
「ちょ、だ、だれかたすけてー!」
様々な機材や動力パイプが邪魔をしてよく見えない。
けれど、ナっちゃんの黒い長髪が何かに引っ張られているように伸びていた。
誰かに……掴まれている!?
いや、違う。
「何してんだお前」
「べっちゃーん!!!」
機械に髪の毛が絡まり動けなくなっていた。
「ほどくの手伝ってくださぁーい!」
「はいはい。その前に」
オレはベシッとナっちゃんの頭を叩く。
「タッチ。次はナっちゃんの鬼な」
「この状態でソレやります!?」
「そんな長髪でこんなトコくんのが間違ってんだよ」
「えー」
不満そうなナっちゃんをよそに、オレは髪の毛をほどくのを手伝った。
しばらくの拘束から解放され、ナっちゃんが身体をうんと伸ばす。
「ということでタッチです!」
「へ?」
お返しと言うように頭をはたかれた。
と同時に一目散に逃げ始める。
「鬼になったら十秒数えて追いかけるルールだろ!」
「わたしが鬼になってからとっくに十秒経ってますしー!」
「アレはお前の髪をほど――――チッ、逃げやがったか」
今度アイツの髪が絡まってる時は絶対に無視しよう。
そう決意と共にオレは駆けだした。
「だが下には誰もいなさそうだな……とりあえず上に登ってみるか」
ということ下層から一気に上層へ。
下とは違い、明るい雰囲気の上層部はブリッジや装騎庫もあることから様々なスタッフが忙しく歩き回っていた。
これだけ人がいれば、誰かしらの目には留まるだろう。
ということは誰かに話しを聞けばすぐにでも他のヤツらを見つけられるとは思うのだが……。
「まぁ、話しかけられる雰囲気じゃあねーよな」
そんな中、整備班の制服を着た一人の女性とすれ違った。
帽子を目深に被り顔は見えない。
ただ、綺麗な銀髪がなびいている。
なんだろう。
そのスタッフはどこか異質な感じがした。
「あんなスタッフいたっけか」
もちろん、この艦内にいるスタッフ全員の顔を覚えているわけはない。
それでも、一通り挨拶をしに行ったのだ。
あれだけ目を引く銀髪なら印象に残っていてもおかしくない。
というか、銀髪か……この艦で銀髪って言ったら…………。
「ここにはいねーのかなぁ。仕方ねーか、あまり行きたくねーけど下に戻るか」
なんて言いながら、気配を殺してそっとそのスタッフに近づく。
なびく銀髪はよく見ると僅かに"クセ"が付いていた。
これは普段は髪を結んでいるからだ。
それに歩き方もよく見覚えがある。
身長も身体つきも同じくらい……そうだ、間違いない。
コイツは――
「タッチ」
オレは銀髪のスタッフの肩に手を置いた。
ビクッと身体を震わせ、ソイツがこちらを振り向く。
その顔は間違いなく――
「やっぱりアネシュカか」
「チッ、バレたかー!」
「アネシュカの鬼な。ちゃんと十秒数えるんだぜ」
「はいはい。いーち」
よし、今度は順調だ。
変な屁理屈つけられたりせずアネシュカを鬼にすることができた。
「さて、どこに逃げるかな」
なんて考えていたら、ふと背後から凄まじい音が響いてくる。
それは、なんと形容したらいいだろうか?
打ち上げられた魚が床を跳ね回っているような音、とでもいうか。
「なんだこの音!?」
おぞましい気配に背後を振り返る。
と、同時に反射的にだが身をかわしていた。
「ベチュカぁ、逃がさないわよぉ!」
そこにいたのはアネシュカ!
十秒数えてこの一瞬でここまで距離を詰めたというのか!?
「っていうか、怖ッ!」
さっきの音がアネシュカの発するものだったのであれば。凄まじい動きでここまで来たんだろう。
ボサボサに銀髪を振り乱し、バケモノのように本気の度を越した表情でそこに立っていた。
「やられたらやり返す! コレがアタシの信条よ!」
「鬼ごっこだろ!?」
「鬼は誰を狙っても自由!」
「そうだけど!」
「と言うわけで、お命取らせて頂くわ!」
「命は取るなよ!?」
さすがに言葉自体は冗談だと思うけれど、アネシュカの纏う気迫は本物。
少なくとも殺す気では来るつもりだ!
だからと言って、大人しく殺されるわけにはいかない!
当然ここは――
「逃げるッ!」
「まぁてぇー!!!」
オレは全力で走る。
それに付かず離れず、絶妙な距離で追いかけてくるアネシュカ。
時に横道に入り、フェイントをかけ、必死にまこうとするが全然まけない!
時折、伸びるアネシュカの手を避けながら兎に角夢中で走る。
「なんでオレ、こんな本気で鬼ごっこしてんだ!?」
そんな疑問が思わず過るが、だからと言って脚を止められない。
だって捕まったら殺されそうだし!
無我夢中で走り、気付けば――
「どこだここ!?」
アネシュカの姿も気配もない。
とりあえず、助かったということは確かだろう。
「しっかし、薄暗いなここ……艦の底に戻って来たか?」
今までを思い出してみると、何度か階段を降りたら登ったりした覚えがあった。
ならば、また下層部に来ていてもおかしくはないだろう。
コツン……。
不意にそんな音が響いた。
誰かの足音?
それか、たまたま何かが落ちたとか、ぶつかったとか、そういう音?
けれど周囲に人がいる気配はないし、物があるようにも見えない。
そもそも薄暗すぎる!
コツン……。
「アズルリアクターの駆動音、とかでもないよな」
そうじゃなくても、この艦内には様々な設備がある。
その内のどれかがこんな音をたてているのかもしれない。
コツン……。
「近づいて来てる?」
いや、まさか。
思わず背後を振り返るが、何も見えない。
感じない。
コツン……。
けれど、音は確実に大きくなっていってる。
え、何これ怖い。
コツン……。
瞬間、今まで気付かなかった人の気配。
それはオレの背後から!
背後を振り向くそこには――
「うわっ、アネシュカ!?」
銀色の長髪を振り乱したアネシュカが立っていた。
いや、違う!
「ヴラベツ、ここで何をしているのかな?」
澄ました声の中に、奇妙な重圧を感じる。
アネシュカは誰かに首を掴まれて引きずられていた。
そして誰がアネシュカを引きずっているのか――は、言うまでもないだろう。
「え、えっと、ちょっと道に――迷っちゃって。た、助けに来てくれた?」
「そうだな。何故道に迷ったのか、しっかり話を聞いておこうか」
「わ、わぁーい。ありがとうアーデルハイトー」
やはり下層部。
それもかなり入り組んだ所まで来てたみたいで、階段を上がり中層部へと戻ってくる。
階段を上がりきったその所で、
「た、たすけてくださぁい」
ナっちゃんが階段の手すりに髪を絡ませ――いや、恐らくはアーデルハイトにされたのだろう、縛られ身動きがとれなくなっていた。
髪の毛を結んで拘束とか酷くないか!?
「髪は乙女の命なのにー!」
「知らん」
やはり表情はいつも通りのすまし顔だがアーデルハイトは確実に怒ってる。
「マラソンをサボり、艦の中でドタバタと。怒って当然だ」
「でもでも、ほら、やっぱタダ走るだけじゃつまらないジャン!」
意識を取り戻したアネシュカがアーデルハイトに言った。
「つまらないってのは敵なのよ! そこにちょっと一工夫するだけで得るものも多くなる。戦場では工夫も大事ジャン?」
「ちょっと一工夫するだけで得るものが増えるか。たしかにアネシュカにしては真っ当な意見だ」
「でしょ?」
アーデルハイトは感心したようにしきりに首を縦に振る。
「なら、私も一工夫してみようか」
そう言いながらアーデルハイトがオレ達の目の前に放り投げたのは短めの紐。
「これで互いの脚を結ぶんだ。息を合わせなくてはちゃんと走れない。この一工夫でチームワークは間違いなく向上だな」
「え、えっとォ。確かに、一工夫だケド……」
「わかったらさっさと脚を結べ。私の気がすむまで走るぞ!」
「まぢかー」
オレ、アネシュカ、ナっちゃんの三人で横並びになり脚を結ぶ。
つまりは三人四脚の形だな。
それから四苦八苦しながらなんとかスロースペースだが走れるようになったころ。
「あれ、ていうか一人忘れて…………」
オレは気づく。
中層部の大通路――そこに奇妙なポーズをつけて立っているグルルの姿に。
「えっと、グルル……?」
「……やっと気付いた」
「なにやってんだ?」
「置物の真似」
置物の真似って……つまり、そこら辺にある人形かなんかだと思わせてスルーさせる作戦か。
「もしかしてだが、ずっとここにいたのか?」
「いた」
「鬼ごっこ始まってからずっと!?」
「いた」
「私がここをランニングしている間もか……」
「五回スルーされた」
「…………」
グルルの思わぬステルス能力にオレも含めて全員が絶句する。
「まさか、目の前にいるのに全く気付かなかったとは……私もまだまだ訓練が足りないということか」
そう勝手に打ちひしがれながら、オレの脚と自分の脚を結び始めた。
「行くぞみんな、力を合わせて!」
「ちょ待って! グルルんへのお咎めは!?」
「先ずは右脚から! イチ、ニ!」
首をかしげるグルルを背に、オレ達の四人五脚マラソンがはじまったのだった。
「……がんばっ。みんなっ」
一人、罰を逃れたグルルは静かに手を振り応援を続けるのだった。
インハリテッドメカニカル名鑑
「装騎アインザムリッター(Einsamritter」
騎士:バルクホルン・アーデルハイト
主武装:片手剣シュヴェルト、盾シルト
操縦系:オーバーシンクロナイズ
動力:アズルリアクター
アズル容量:12.000Azl
アズル出力:12.000Azl/s
常態消費アズル:2.900Azl
装甲B 格闘S 射撃E 機動A 霊子C
アーデルハイトが乗るまさに騎士と言った佇まいの装騎。
肥大化したような両肩が特徴的であり、そこには加速用のブースターが取り付けられている。
マルクト共和国軍では一般的なジークフリート型装騎に独自の調整を施したもの。
メイン武装の片手剣シュヴェルトと盾シルトは盾の先端に剣の柄を収納することで両手大剣ツヴァイヘンダーモードになる。
この二つの武装はアーデルハイトの特注品であり名前も自分でつけた。
いや、つけてないけど(シュヴェルトは剣、シルトは盾って意味なので)
名前の由来は孤独を意味するEinsamと騎士を意味するRitter。
アーデルハイト「騎士……では寂しいな。孤高の騎使とかにするか?」とか考えてるの想像したら割とかわいい。