第15話:神速の敵「騎士型」
「ヴラベツィー・ジェザチュカ!」
オレの放った斬撃。
だがその一撃は――
「かわされた!?」
「この敵――今までの巨人型と比べて練度が高い。やはり学習しているのか」
とは言え、この程度の一撃――普通の装騎戦なら当たらない方が普通なのだ。
「その通りだ。「侵攻者」としての練度は高いが、"知的生命体"としての練度はまだ低い」
そう言いながらフェイントを加えた一撃で巨人型を一体切り裂くアーデルハイトの装騎アインザムリッター。
「つまり、わたしたちならまだまだ倒せるってことですね!」
「だが油断するな。それと――」
「あまり多く手を見せるな、か」
「そうだ」
「侵攻者」の成長自体は緩やかだ。
けれど着実に技術を向上させていっているのも確か。
ツェラは「侵攻者」には学習能力と共有能力があると言っていた。
戦った相手を逃がすなとも。
もしも、オレ達の戦い方を学んだ「侵攻者」を逃がしてしまえば……
『そう。その情報は「侵攻者」に共有され、更なる脅威になる』
「でも、今まで戦った相手は逃がしてないはずなのにあの巨人型はベっちゃんの攻撃避けましたよー!」
『「侵攻者」は遠隔での共有もできる。もっとも、正確性の薄い曖昧としたものにはなるけれど』
「ってことは戦えば戦うほど強くなるってのは変わらねーのか」
同じ事柄に対する情報の一つ一つが曖昧でもたくさんの情報を集め、組み合わされば鮮明になっていく。
一つ一つのぼやけた噂話をたくさん集めれば、一つの詳細な物語にできるように。
僅かな証拠から犯人を推理するように。
『それでも、直接共有よりはマシ』
「百聞は一見にしかずってヤツだな!」
「オーケー、つまり一見させなければいーんでしょ!」
不意に、目の前の巨人型が引き裂かれた。
「アネシュカか!」
そこに姿は見えない。
けれど、それがアネシュカの装騎イフリータの能力だ。
「だがアネシュカ。透過も多用は禁物だぞ」
「原理を知られなければいーんしょ!」
『発動、解除のタイミングと弱点を知られないようには気を付けて』
「りょーかい! お姫様っ」
「姫はわたしなんですがー!」
「アンタ姫ってガラじゃあないジャン!」
「えー!」
「おしゃべり、ストップ」
「グルル?」
サブディスプレイに映るグルルが眉をひそめている。
オレ達の雑談に気を悪くした――わけじゃあなさそうだ。
「外郭のフチェラに損害が出ている。新手。それも――強い」
「新手だって!?」
『リブシェ……』
『はい! 照合中――反応的には巨人型に似ています。けれど――この動き、速すぎる!』
『まさか……巨人型の、進化種……』
ツェラの言葉にはどこか重い響きがある。
ふと目の端に光が見えた。
それはフチェラが破壊された閃光。
そして、その"進化種"が姿を見せた。
巨人型よりも鋭さを増した黒い装甲とその隙間から漏れ出す赤い光。
背から翼が生えるように大型のブースターを背負い、その手には大剣とも突撃槍ともつかない武器を構えている。
『巨人型とは、あまりにも違いますね』
『対象を騎士型としてデータベースに登録を』
騎士型か。
たしかに騎士と言えなくもない。
まぁ、騎士は騎士でも暗黒騎士ってところか。
その騎士型は隻眼であるように左に寄った真紅の眼をオレ――装騎スパルロヴに向ける。
『――――――』
水を張ったグラスの縁をなぞった時のような音が響いた――気がした。
瞬間、背から強烈な閃光と共に加速したその「侵攻者」は突撃剣を構え、神速とも思えるスピードでオレに襲いかかってきた。
「いや、違うっ!」
なぜなのか、その「侵攻者」は一番位置が近いはずのオレを無視。
ヤツの狙いは――
「アーデルハイト!」
「判っている!」
装騎アインザムリッターは素早く盾を構えると、身体を傾ける。
「巧いっ」
あの勢いづいた一撃を、盾があるとは言え正面から受け止めるのは危険。
それを僅かに盾をそらすことで、衝撃を受け流したのだ。
そしてその隙を狙い装騎アインザムリッターは片手剣シュヴェルトを閃かせる。
しかし騎士型は長く伸びた柄を使い剣の腹を抑えた。
「なんだこの動きは! それに超振動武器の特性を理解しているのか!?」
今までの「侵攻者」とは明らかに違う人間らしい――いや、人間離れした動き。
「くっ、片手剣では軽すぎるかっ!」
装騎アインザムリッターは一度距離を開けると片手剣シュヴェルトを放り投げた。
何をするのかと思う間も無く、その柄に盾の先端を突き立てる。
瞬間、盾と剣が合体し巨大な剣のような姿になった。
「両手大剣ッ!」
そして、騎士型の持つ突撃剣とぶつかり合う。
「援護を……」
グルルの指示でフチェラが数基、装騎アインザムリッターの元へと向かう。
しかし、動かない。
いや、動けない!
激しく舞い、戦う装騎アインザムリッターと騎士型「侵攻者」。
目まぐるしくポジションが変わり、高速の戦いが行われる中ヘタな手出しはできない。
「ナっちゃん、アネシュカ、どうにか援護できないか!?」
「アレはムリですねぇ。試しに一本、剣を投げてみましたが上手に弾かれましたしぃ」
「アタシもアレには手を出せそうにナイわ。寧ろ、戦闘スタイルが真っ直ぐなアンタの方が援護に向いてんじゃないの?」
「だよな……コッチの巨人型を頼む!」
オレは目の前にいる巨人型に蹴りを一発、食らわしてやる。
そして、両使短剣イージークを構えると騎士型を正面へと見据えた。
「あの暴風みたいな戦闘に突っ込むとか自殺行為だろ」
そう呟いてから思う。
全く、オレってこんなに自信がなかったんだなと。
不意にサブディスプレイにアーデルハイトの顔が映る。
あの戦いの中、オレに通信を送ったんだ。
言葉はない。
そんな暇はない。
ただ集中して騎士型と戦っているだけ。
そんな中、一瞬アーデルハイトがオレを見た。
「ヴラベツィー……」
言葉はいらない。
アーデルハイトはそう"言って"いる。
全身にアズルを灯す。
ヤークトイェーガーのブースターも全開だ。
そして一気に――
「レータヴィツェ!」
加速する!
瞬間、装騎アインザムリッターが騎士型の背後に回り込む。
つまりは、オレの装騎スパルロヴと装騎アインザムリッターで挟撃する形になる!
『――――――』
騎士型が不意にその突撃剣をアズルの地面に突き立てた。
「避けやがった!」
突撃剣で地面を突いた勢いで、宙に舞い上がったんだ。
このままだと装騎アインザムリッターとぶつかる!
が、それくらいなら、予想済みだ。
「ヴラベツ、やれるな!」
「おうよ!」
勢いはそのまま、ただ、少し体勢をうまく整えて――脚から装騎アインザムリッターとぶつかる!
装騎アインザムリッターも両手大剣を斜めに構えて準備をしている。
その剣を蹴り、一気に方向転換!
目標は、宙を舞う騎士型「侵攻者」!
「ヴラベツィー・ジェザチュカ!」
『――――!!』
オレの一撃が騎士型を捉える瞬間、突撃剣の切っ先をオレへと向ける。
そしてその正面からアズルの波を放った。
激しい衝撃が装騎スパルロヴを襲う。
それでもダメージは微小。
というより、この一撃の本命はオレを迎え撃つことではなくて――
「チッ、浅いか!」
オレの一撃のダメージを減らすためのもの!
アズル衝撃で装騎スパルロヴの加速を阻み、さらにその反動で距離を開かせる。
つまりは、オレの一撃での致命傷を避けた!
「ヤークトイェーガー!!」
ならば第三の手!
全身のヤークトイェーガーにアズルを灯し、加速を付けると同時に分離。
加速がついたヤークトイェーガー装甲は、つぶてとなって騎士型に襲いかかる。
「どうだ!」
追加装甲は分離して敵にぶつけるためにある!
ばあちゃんもよく使っていた手だ。
そしてその一撃は、騎士型の四肢を貫き、怯ませた。
「アーデルハイト!」
「スツィンティリーレン――!」
装騎アインザムリッターは両肩にアズルを灯す。
そして勢いよく飛び上がり――騎士型を貫いた。
「ダメか」
「何だって!?」
それは確かに貫いたように見えた。
けれど違う。
両手大剣ツヴァイヘンダーによる鋭い突きの一撃は、脇に挟み込むように防がれていた。
装騎アイザムリッターの持つ両手大剣の間合いや、その一撃の威力、アーデルハイトの力量を見切ったかのような紙一重の防御。
そしてそのまま、見るからに激しい蹴りを装騎アインザムリッターに叩きつけた。
「往生際がわりーぞ!」
なんてオレが叫んだって何の意にも介さないだろう。
そのまま一気に装騎アインザムリッターに近づくと、突撃剣を閃かせた。
斬撃で装騎アインザムリッターの手足が吹き飛ぶ。
必死にもがくその姿から、アーデルハイトが辛うじて致命傷だけは避けているのが分かった。
けれどもう、動けない。
騎士型は突撃剣にアズルを集中させると、巨大な霊子剣を出現させる。
『――――――!!!!』
騎士型が声を上げたような気がした。
まるでトドメの一撃を敵に入れるときキメのセリフを叫ぶように。
アズルを纏い加速を付けた神速の一撃は、まだダメージの残る装騎アインザムリッターを確実に貫くだろう。
だがコイツは一つ、忘れていることがある。
それは――――
「オレだって、いるんだぜ!!」
思いっ切り装騎スパルロヴを加速させた。
A.S.I.B.A.システムの応用――アーデルハイトから教わったソレを実践する。
装騎スパルロヴにかかる疑似重力をオフに。
更に踏み込んだ右足にA.S.I.B.A.の反発力を発生させる。
重力も摩擦もない宇宙空間での機動を取り戻し、そこに加速を加えた。
そのまま装騎アインザムリッターの正面に立ち、盾になるか?
いや――
「そのまま一発、ぶった斬る!」
『――!?』
まだ見込みが甘い。
オレの一撃は騎士型の持つ突撃剣を掠っただけ。
だがソレだけで騎士型が放つ攻撃の軌道は逸れた!
そのままオレは再びA.S.I.B.A.を発生させ、装騎スパルロヴを急停止。
いや、そのアズルの壁を蹴った勢いで再び騎士型に斬りかかる!
「もう一撃だ!」
装騎スパルロヴの持つ最大の特徴である跳躍力。
例えば市街地であればビルなどの建物を連続で蹴り加速を付けることができる。
そしてあらゆる方向から高速の奇襲をかける――それが跳躍戦闘の真骨頂。
オレにはそこまでのセンスはない――けれど、障害物が全くない――それでいてどこにでも壁を作り出せるこの宇宙空間ならば、
「ばあちゃんの真似事くらいはできるかなッ!」
回避されてもしつこく壁を作り、方向を変える。
連続で跳躍し、敵に休む暇を与えない。
「これで――どうだッ!」
『――――』
オレの一撃。
それを騎士型は正面から受け止めた。
「読まれてたのか!?」
激しくアズルが舞い散る。
オレはふと視線を感じた。
騎士型がジッとこちらを見ているような、そんな感じ。
「お前は……」
瞬間、騎士型は一気にオレと距離を離した。
そして、背を向ける。
まさか――
「逃げる気か!」
「逃がすな、ヴラベツっ」
「わかってる!」
オレは騎士型を追いかけようとするが、相手は――――速いッ。
『ヴラベツ――もう、追わなくていい』
通信からツェラの声が聞こえてくる。
「だけどッ」
『これ以上先に行かれると、艦の指揮圏内から外れる。戻って』
オレは背後を振り返った。
ツェラの言う通り、異界航行艦シュプルギーティスは遥か後方。
望遠機能を使って辛うじて確認できる程遠くなっていた。
『騎士型以外の殲滅を確認。戦闘は終了』
オレは思わず両手を強く握りしめていた。
そうか――もしかしてコレは――――
「実質、負けか……」
インハリテッドメカニカル名鑑
「装騎スパルロヴ(Sparrow」
騎使:シュヴィトジトヴァー・ヴラベチュカ
主武装:両使短剣イージーク、ヤークトイェーガー装甲
操縦系:オーバーシンクロナイズ、神経接続操縦
動力:ハイドレンジアリアクター(A3:M1)
アズル容量:15.000Azl
アズル出力:アズル9.000Azl/s マーダー3.000Azl/s
常態消費アズル:3.500Azl
装甲C 格闘A 射撃C 機動S 霊子EX
ヴラベツが乗る浅黄色の機甲装騎。
大きな特徴は獣脚型になった脚部と支援用AIによる補助機能。
40年は前に製造された装騎ハラリエル2を基としており、祖母スズメが学生時代に使用していたもの。
しかし、今のスパルロヴはスズメによる魔改造で中身は別物。
現行騎以上の性能が出るようにチューンが施されている。
今はヴラベツの力量に合わせてリミッターが掛けられているようだが……。
名前の由来はスズメ(スパロー)であり、Sparrowを幼いヴラベツが読み間違えたのがきっかけ。