第13話:宇宙戦での「新技術」
『わっほーい』
『ほーい……』
モニター越しにナっちゃんの装士イーメイレンとグルルの装騎ククルクンの模擬戦を眺める。
騎体がやたらと上下左右に回転しまくっているが、二人は楽しそうだ。
遊園地のアトラクションかなんかだと思ってるんじゃねーか?
「やっぱり最初は苦戦するよなぁ」
「てかさー、宙域だと満足に動けないってわかってるならちゃんと改修とかするべきよねー」
「お前にしてはマトモなこと言うな」
「アタシはいつでもマトモだしー」
こいつがマトモかどうかは置いといても、言ってることはよくわかる。
この宇宙空間での戦闘で機甲装騎の持つ人の姿というのはほぼ無意味だ。
戦車にしろとは言わないが、もっと補助用ブースターみたいなのを付けて宇宙仕様とでもいうのか?
そうしろよって話だ。
『何、問題ない』
オレの疑問に答えたのはアーデルハイトだった。
『ヴラベツ。お前は着衣水泳をしたことがあるか?』
「子どもの頃にな。川とかに落ちた時に平気なようにって学校で」
『この模擬戦はそれと同じだ。宇宙空間で装騎が満足に戦えないことくらいわかっているさ』
「つまり……?」
『待て、ユウ・ナ。行き過ぎだ!』
「自由に遊びまわる子どもに振り回されるお母さんって感じだな……」
「ほんっと、こんなメンバーで大丈夫なのぉ?」
「おめーが一番不安なんだよ」
「アタシの実力はよくわかってるっしょ」
「実力より人格だっつーの」
なんて話していると不意に鳴り響く警報。
『警報か。模擬戦中止だ。ヴラベツ、アネシュカ!』
そうだ。
「「侵攻者」か!!」
オレとアネシュカも装騎に乗り込み宇宙に出る。
「目標は?」
「まだだが――――来るぞ」
アーデルハイトの言う通り、「侵攻者」はすぐに姿を見せた。
大きな傘を広げ、宇宙を漂う――
「海月型か! ま、手慣らしにはちょうどいいかもな!」
海月型「侵攻者」は他の「侵攻者」よりも戦闘能力は低い。
と、思ったんだけど……。
「速いっ!?」
地上ではふわふわと、漂うような動く海月型だがいつもよりも速く感じる。
『「侵攻者」は宇宙の果てから来る存在。重力下での動作はあまり得意ではない。大気圏突入時に消耗もする。逆に言えば――』
「宇宙空間でこそ本領発揮ってことか!」
オレの言葉にツェラが頷いた。
「ってかさー、やっぱうっごきづらいんだケド!」
「落ち着けアネシュカ。指令室、A.S.I.B.A.システムの準備はまだか?」
A.S.I.B.A.システム……?
『申し訳ありません、ただいま初期設定中です。あと数分持ちこたえて頂けませんか?』
やたら丁寧な口調でヨロタンが言う。
「仕方ないか。グルル、こういう状況でも君のFINなら十全に対応できるはずだ。頼むぞ」
「了解」
装騎ククルクンの背後から飛び立つ羽。
独立型の攻撃子機――ウングだ。
「わたしだってやりますよー!」
「お前、地上がないのに結界術使えるのか?」
「もちろんさー! ああ、もちろんさっ」
ダメだ、ウザい!
「よろしいですかべっちゃんくん。わたしの結界術はこの直刀を魔術陣に見立て――」
「わかったからさっさとやれ!」
「はいはい。吼暴結界・投手武!」
装士イーメイレンが投げた四本の華式直刀は綺麗な正方形を描くように宙を走る。
その四本が一体の海月型「侵攻者」の側を通り過ぎようとした瞬間――陣が宙空に描かれた。
その陣に海月型が捕らえられ、動きを止める。
「そぉいっ!」
装士イーメイレンは何かを引き寄せるように右手を思いっきり振った。
その動きで海月型が一気に引き寄せられる。
「やっちゃってください!」
「ヴラベツィー・ジェザチュカ!」
オレの斬撃で海月型は動きを止めた。
「コッチだって、ヘイタクシー!」
「タクシー?」
「いいから一個ソレ寄越しなさい!」
装騎イフリータが近くにいたウングを一体掴み取る。
「……あとで、請求する」
不満そうなグルルの呟きにも構わず、ウングの推進力を利用し宙を駆けた。
「ドラコビイツェ・ストジェット! これで一体!」
「思ったよりはやれてるな」
『「侵攻者」反応あり。海月型に近い反応――ですが、速度が速いです』
「新手か」
アーデルハイトが呟いた瞬間、まるで暴風が通り過ぎたかのように騎体を衝撃が襲った。
「なんだ今の!?」
三体の「侵攻者」が編隊を組むように等間隔で宙を走る。
その姿は傘と触手――まさに海月型、だが。
「今の、緋くなかった!?」
アネシュカの言う通り、たしかに今すれ違った海月型は緋かった。
そして、普通の海月型の三倍は速い!
『海月型の進化種……』
「そんなんいるのか!?」
『「侵攻者」の性質に環境や状況に合わせた急速進化、急速変態がある。恐らくは、それの一種』
「A.S.I.B.A.システムは!?」
『少々お待ちください』
「グルル、FINでの攻撃を続けろ!」
「わかってる……けど、」
ウングが宙を駆け、緋海月型を追いかける。
そして技呪術砲を放つが、空気や水の流れを感知し身をかわす生物のようにひらりと身をかわした。
水も空気も無いはずだが――霊力のようなものを感知しているのか?
実際、オレも両使短剣イージークの霊子砲で支援をするが当たらない。
「こちらのフィールドに引きずり込むしかないか」
「こちらのフィールドってなんだ?」
「わたしらの国に突き落としちゃいますかー?」
「いや……」
『終わったー!!! あ、いえ、ごめんなさい。A.S.I.B.A.システム調整完了。起動します!』
感極まったようなリブシェの声。
それと同時に異界航行艦シュプルギーティスを中心に、アズルの波が走った。
『設定軸は本艦艦底部。重力再現数値は1G。装騎イフリータは危険なので降りてきてください!』
「危険って?」
瞬間、オレ達の騎体が"落下"した!
「ギャー!? グルルん助けてー!」
「グルルん……?」
ウングに捕まり飛行していた装騎イフリータには特に影響が大きい。
仕方ないというように、装騎ククルクンが三基のウングを援護に向かわせ落下を緩やかにする。
「ビビったァ! てか、ナニコレ! 宇宙に、足場が出来てるッ」
両足で交互にステップを踏む装騎イフリータ。
いや、足場だけじゃない。
重力の重みも感じる。
そうか、コレは……
『そう。アズルホログラムの擬似重力を更に応用したもの。宇宙空間で装騎の性能を100%近くまで発揮するためのシステム』
Adaptace Spěšná Imitace Bojová Aréna――環境適応用急造型戦闘領域。
そうか、それが――
「A.S.I.B.A.システム!」
その影響はオレ達のだけじゃない。
緋海月型の「侵攻者」もその突然の重みを感じたのだろう。
飛行のバランスを崩し、"地上"スレスレまで高度を下げた。
「チャンスか!」
「任せてくださいっ。重戸結界・印縛土!」
アズルの大地に突き刺さった華式直刀が、陣を組み重圧を放つ結界魔術を発動させる。
「アインザムシュナイダー」
「光輝刃……」
動きが止まったその瞬間――装騎アインザムリッターの鋭い斬撃が、装騎ククルクンのウングに灯った光の刃の一撃が二体の緋海月型を引き裂き、貫いた。
「最後の一体、アタシにチョーダイ!」
装騎イフリータは両手を大きく広げ見栄を張る。
「いいからさっさと――」
やりやがれ!
そう言う前に、緋海月型は触手を大きく伸ばすと華式直刀を一本薙ぎ払った。
と、いうことは……
「うわっ、わたしの結界が!」
解けるということか!
さらに装騎イフリータの攻撃は空振り。
緋海月型は一気に宙へと舞い上がる。
「今の動き……迷いが無かったな。まるで、あの結界の仕組みを知っているようだった」
『「侵攻者」はある程度の学習能力と共有能力を持つ……学んだの。あの「侵攻者」は』
「学習、か……っ」
緋海月型はしばらくオレ達を見つめるように宙に静止し、身を翻した。
「逃げるのか!」
『逃したら、ダメ。追いかけて』
「っても!」
「任せろ」
装騎アインザムリッターが一歩前に出る。
「A.S.I.B.A.システムの基本的な使い方はわかったな? 次は応用編だ」
「応用って」
そんなこと言ってる場合か。
このままだと――
「擬似重力を停止。任意発現に切り替え。アーデルハイト、行くぞ」
装騎アインザムリッターがふわりと宙に浮き上がる。
まるでアインザムリッターだけ重力から解き放たれたように。
「いや、まるで……じゃあねぇな」
その通りなんだ。
A.S.I.B.A.システムの発生させる擬似重力を自分の周囲だけオフにした。
そして、地面を踏み込むように装騎アインザムリッターは片脚で虚空を蹴る。
瞬間、アズルの閃光が走り装騎アインザムリッターは宙へ飛び出した。
「A.S.I.B.A.システムは母艦で設定した座標を基準として、母艦、装騎、互いのアズルによる干渉で擬似重力を発生させている」
さらに虚空を蹴り、蹴り、蹴る。
その度にアズルが奔り装騎アインザムリッターの加速を手伝った。
「逆に言えば、装騎側からの設定で擬似重力を無効にしたり、自由自在に霊子場を発生させることができるんだ。こんな風にな」
そうか、オレ達が立っているこのアズルで出来た"地面"。
それを宙で発生させることで方向転換や加速のための足場として利用しているのか。
「そして――決めるぞ」
緋海月型と装騎アインザムリッターの距離が一気に縮まった。
「アインザム……」
装騎アインザムリッターの持つ片手剣が閃く。
だが、当たらない。
風になびく凧のようにヒラリとかわした。
「当たってないジャン!」
「いや……っ」
装騎アインザムリッターの足元に作られたアズルの道。
その道を滑るように半円を描き緋海月型の背後へとまわり込む。
「……ゲシュペンスト」
最初の一撃はフェイク。
その隙にA.S.I.B.A.システムを利用したスライダーで背後にまわり切り裂く。
緋海月型はその一撃で動きを止めた。
「A.S.I.B.A.システムは圏内であれば母艦からの補助で自由に使える。上手く活用することだ」
「んじゃ、圏内離れちゃったらー?」
「母艦圏外だとアズルの消費が著しくなる。多用はオーバーディスチャージの元になるから気をつけろ」
これがオレ達がこの宇宙で戦うための技術A.S.I.B.A.システム。
「艦に戻ったら特訓かなぁ……」
「アンタ、割と殊勝よねェ」
「うっせー」
インハリテッドキャラクター名鑑
「ドヴォジャーコヴァー・ニムハ(Dvořáková Nimha」(左
異界航行艦シュプルギーティスの医療班代表者。
本来はŠÁRKA系列の病院に勤務していた。
優し気な雰囲気で乗組員の癒し的な存在。
作中でも言及があったようにヴラベツの母親チャイカとは先輩後輩の関係。
「機甲女学園ステラソフィア」に登場したドヴォジャーコヴァー・ニスイの娘? 孫? 親戚か?
名前の由来は音楽家アントニーン・ドヴォジャークとニッケル水素充電池(Ni-MH)。
「フニーズド・メトロチュカ(Hnízdo Metročka」(右
異界航行艦シュプルギーティス整備班の代表。
祖母が営むフニーズド工房という装騎ショップで働いていた。
元気いっぱいで装騎大好きな少女。
一応、ヴラベツよりは年上で成人済み。
作中で触れたように、ヴラベツの祖母スズメの幼馴染ロコヴィシュカの孫。
装騎に対する情熱と整備、開発の腕は祖母譲り。
名前の由来は巣を意味するフニーズドと、地下鉄を意味するメトロ。
メトロなのは単に祖母であるロコからの連想だったりはする。(ロコの綴りはRokoでLocoじゃないが