第八十九話 呼び出し
——翌朝。
お姉ちゃんも、ケルティも、アシュレイも。三人がまだぐっすり眠っているくらい早い時間に、その人は来た。
「……アニュエ・バースさん」
「あれ、あなたは……」
ギルドで度々お世話になっている、事務官のアダムさんだ。わたしたちがこの宿に泊まっているなんて、誰がバラしたんだ?
しかも、こんな朝早い時間に。わたしはお酒を飲んでないし、空気で酔うこともなかったから、すっきり目が覚めたけど、他の三人はまだ寝てる。まだ日も昇っちゃいない。
「どうしたの、こんな朝早くに? まだ、わたし以外起きてないよ?」
「ギルドマスターから、アニュエさんをお連れするように、と……」
「ギルドマスターに?」
呼び出される心当たりなんて……いや、心当たりはあるな。ありまくりだ。だけど、昨日の今日で、もう話を聞きつけたなんて、いったいどこから……、
……ああ、いや。そういえば、アシュレイが昨日、ギルドマスターに話があるって言って、ギルドへ行ってたな。異例の事態だったし、報告しててもおかしくはない。むしろ、探索者なら報告する義務があるはずだ。
うわぁ。もしかして、わたしが直接報告しにいかなかったから、ギルドマスターぶち切れてるんじゃないの? だとしたら行くのやだなぁ。みんな寝てるしなぁ。
……はぁ。
「……わかった。すぐ準備していくよ」
「お願いします」
ぐだぐだ言ってても、問題が先延ばしになるだけだもんな。これ以上報告をサボってたら、それこそほんとにあの人ぶち切れちゃうし。大人しく、顔を出そう。
三人を起こさないようにそっと着替え、手ぶらでギルドへと向かう。最低限、剣くらいは持っておきたかったけど、残念ながらアーティスは折れてしまって、予備の剣もまだ買ってないんだ。帰りしなにでも買おうかな。さすがに、剣がないのは不便すぎる。『ブレイズエッジ』の魔法は、マナの消費もそこそこ多くて、ずっと維持しておくのは難しいしね。
ギルドの扉を開け、先に帰ってきていたアダムさんの案内で、ギルドマスターの部屋へと通される。死ぬ覚悟だけしておいて、部屋に入ると、そこには予想よりも穏やかな表情のギルドマスターがいた。なんだか拍子抜けだ。
「あの……お呼びだと聞いたんですけど……」
「ああ。まあ、座ってくれ」
「は、はぁい……」
てっきり、開口一番に怒鳴られでもするかと思ったけど、そうでもなかった。
ギルドマスターの対面に座ると、ギルドの職員の人がお茶を淹れて持ってきた。いつもよりも丁寧なもてなし方だ。いったい、なんの話をされるんだ?
「アニュエ」
「は、はい……?」
怒っている、という様子ではない。穏やかな声だ。ギルドマスターは手元の資料を片手に、お茶を飲み始める。
「アシュレイから報告は受けた。原因は不明だが、カストフの大迷宮三十層のボス、ナイトロードが、同迷宮五層に現れた……と。間違いないな?」
「は、はい……わたしはナイトロードって魔物は知りませんけど、アシュレイがそう言っていたので」
それに、売られた素材の取引明細には、確かにナイトロードの名があった。あれがナイトロードという魔物だったことは確かだ。
「そして、これは既に討伐済み。これも正しいな?」
「はい」
力強く頷くと、ギルドマスターは資料とお茶をテーブルに置き、鋭い眼光でわたしを睨みつけてきた。
「あの時の白仮面が、何か関係しているのか?」
ギルドマスターは、わたしに助力するあの謎の調停者に会っている。白仮面ってのは調停者のことだ。
「確証はありませんけど、たぶん、そうです。だから、わたしが迷宮にいない間、同じことが起きる可能性は少ないかと」
考えてみれば、上手く行き過ぎている。わたしたちを、『特例で』一級探索者へと格上げさせた迷宮膨張といい、本来は出現するはずのないボスといい。
そして、そのあとに現れた、前世のわたしの力の一部を蓄えた結晶といい、高純度の精霊石といい。
何より……今のわたしたちの人数にぴったりとあった、あの腕輪といい。
全てが上手く行き過ぎている。物事は普通、こう簡単には進まないもんだ。ここまで順調に進むってことは、そこに誰かの介入があった疑いがあるってこと。
あの時言われた、『わたしの望むものが大迷宮で見つかる』って言葉もそうだ。今回の件は、ほぼ確実に、あの調停者が絡んでいる。
逆に言えば、わたし以外の探索者が迷宮に潜っても、あんなことは起こらないだろう。調停者にもそこまでのことをする理由はないはずだ。
それを聞いたギルドマスターは、安堵のため息をこぼす。
「そうか。それを聞いて安心した……前例のないことだったからな。ギルドとしても、調査する義務があったのだ。すまないな、朝早くに」
「いえ……でも、それだけですか?」
前例のないことだから、本人から直接話を聞きたい。その理由は理解できた。
でも、このギルドマスターなら、わざわざそれだけの理由で、朝早くに呼び出したりしないと思う。わたしなら、呼ばなくてもギルドに来るってことくらい、想像できるだろうし。
「……言おうか言うまいか、迷ったのだが」
見抜かれていることを察したのか、渋々、ギルドマスターがそう言った。
「昨日、アシュレイから打診を受けた」
「なんの?」
「この町を離れ、お前たちの旅についていきたいそうだ」
「……っ!」
ギルドマスターへ報告しにいくって言って、出ていったタイミングで、そんな話をしてたのか。
アシュレイ……まさか、ほんとにその気になってくれるとは思ってなかったけど。本気で、わたしたちの旅についてくる気か?
もちろん、わたしとしては大歓迎だ。お姉ちゃんもケルティも、歓迎するだろう。
でも、わたしたちの旅の目的は復讐のためで。アシュレイにはまだ詳しいことを話してないし、決めるのはそれからでも遅くはないって思ってたんだけど。
「勿論、止めたがな。お前たちの旅の目的が、観光なら止めはしなかったが……そうでは、ないだろう?」
「……そう、ですね」
ギルドマスターにも話してはいなかったけど……どうやら、見抜かれていたみたいだ。この人、体全部が筋肉でできてるような見た目をしてるのに、人を見る目と洞察力はあるし、頭もキレるし、ちょっとおかしいよな。
「改めて聞かせてくれ、アニュエ。お前たちは、何故旅をしている? この町に来た目的は何だ?」
……ここまでくれば下手に嘘をつくのも良くないな。ギルドマスターからすれば、一人娘を預けるか預けまいか、その瀬戸際だ。ここで嘘をつけば、ギルドマスターからの信用を失うことになる。
かといって、どこから話せばいいものか……話せば、長くなるけど。まあ、時間はたっぷりあるもんな。
「……わたしたちの母親は、ラタニア・バースといいます。結婚する前の姓は、オッグフィールド」
ラタニア・オッグフィールド。その名を何度か繰り返し、唱えるように呟くギルドマスター。やがて、『そのこと』に気が付いたのか、思い切りテーブルを叩いて、怒鳴るように声をあげた。
「ラタニア・オッグフィールド……まさかっ、『煉獄の花姫』かっ!?」
「はい」
煉獄の花姫の名は、リットモールじゃ知らない人がいないくらいには有名だ。いかんせん古い話だから、わたしやお姉ちゃんの顔を見てすぐにそうだと気づく人は少ないようだけど。
「母は、既に故人です。一ヶ月前、あの白仮面と、ある男の手によって殺されました」
そう言うと、ギルドマスターの表情が青ざめ、暗くなり、さっきの勢いがどこかに消えてしまったかのように、肩を落とした。
「わたしたちの旅の目的は、強くなって、奴らに復讐すること。そのために、この町に来たんです」
「道理で、その歳にしては強すぎると思った……そうか、あの英雄の娘か……」
さっき叩きつけた衝撃で、ギルドマスターのお茶のカップは倒れ、資料がお茶で濡れている。が、わたしたちは二人とも、そんなことは気にしていなかった。
「アシュレイには、まだこのことは話してません。この町を離れるときに話そうとは思ってましたけど」
「話して……どうするつもりだ?」
「復讐するその時が来るまで、アシュレイには一緒にいてほしい。それが本音です」
アシュレイが思っている以上に、わたしたちの旅は暗くて、どろついたものになるだろう。だから、このことを話しても尚、アシュレイがついてくると言うのなら一緒にいてほしいし、やっぱりやめた、って言うんなら、それはそれで構わない。
せっかく仲良くなったんだし、あの実力だ。できれば、仲間に加わってほしい。その気持ちは強いけれど、無理強いはできない。これがただの観光なら、無理言ってでも誘うんだけど。そうでもないからな。
「そうか……」
カップを取ろうとして、それが倒れていることに気がついたギルドマスター。その手が空を切り、虚しそうに、頬を掻いた。
「私とて、アシュレイの意思は尊重したい。お前たちは、あの子が初めて心を開いた者たちだからな」
「はい」
「だが……お前たちの敵は、あの煉獄の花姫をも超える実力者だろう? 何者だ?」
なんと、答えるべきだろう。一人は調停者で、もう一人はクレインだ。だけど、名前を言ったところでわかるはずもないし……帝国の上級騎士だと言えば、伝わるだろうか。
「一人は、さっきも言った通り、あの白仮面のうち、わたしに敵対している方。もう一人は、帝国の上級騎士の、クレイン・ダートフォートって男です」
わたしはギルドマスターにもわかりやすいように、そう言った。特にこれといった反応を期待していたわけでもないけど……、
……ギルドマスターの反応は、わたしが思っていたものとは、真反対のものだった。
「……待て。今、何と言った?」
まるで親の仇の名を聞いた時のように、目を見開いて、声を震わせながら言うギルドマスター。
「帝国の上級騎士の……クレイン・ダートフォートっていう男が、母の仇です」
その反応に不信感を抱きつつも、わたしは再び、クレインの名を口にした。
聞き間違いではない。そう確信したギルドマスターの顔が、どんどん青くなっていく。
「クレイン……だと……!?」
この反応……間違いない。ギルドマスターは、クレインを知っている……? でも、なぜ?
「まさか……奴を知ってるんですかっ!?」
「知っているも何も、あの男はっ……」
取り乱し、またテーブルを叩きつけそうになったところで、冷静になるギルドマスター。赤毛が普段よりも逆立っているように見えるのは、気のせいではないと思う。
息を荒くしながら、平静を取り戻そうと努めるギルドマスターは、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……アニュエ。お前になら、話してもいいかもしれん」
「……何をです?」
改まったように、そう言う。クレインに関係のあることだとは思うけれど、いったいそれがなんなのか、皆目見当もつかない。
「アシュレイは、あの子がまだ一歳にも満たない時に流行り病で死んだ、私の友人から託された子だ。ここまでは話したな?」
「はい、初めて会った時に……」
アシュレイは義理の娘であり、似ても似つかないのはそのせいだ。その話は、アシュレイとの模擬戦を終え、呼び出されたあの時に聞いた。
まさか、アシュレイとクレインになにか関係性があるのか?
……いや、まさか、な。
アシュレイの姓はラングウェー。だけど、ギルドマスターが同じ姓を名乗ってるってことは、その姓は本当の両親のものではなく、ギルドマスターの姓だということになる。
いや、まさか。そんなことがあるはずないだろ? そんな偶然が……。
「ラングウェーというのは、私の姓だ。あの子の本当の名は……」
ギルドマスターが、ゆっくりとその名を告げる。耳を塞ぎたい気持ちと、聞かなければならないという両方の気持ち。予想が、外れていてほしかった。
「……アシュレイ・ダートフォート。クレインは、あの子の叔父にあたる男だ」
……予想もしていなかった事実に、わたしは目を見開いたまま、動けなくなってしまった。




