第八十八話 宴
どたどたどた
階段を勢いよく駆け上がり、二階の一番奥、ケルティの待つ部屋まで一気に駆け抜けた。
そして。
——ダァンッッ
「ケルティ、ただいまっ!」
「はにゃっっ!?」
扉を開けると、ケルティが小動物のように跳ね上がって、なんとも可愛らしい叫び声をあげる。
「……って、アニュエちゃんっ! 皆も!」
「ケルティさん、ただいま!」
「……ただいま」
部屋に入ってバックパックを置き、そのままベッドにダイブする。無駄にふかふかしているせいで、一瞬で眠気がやってきた。
でも、まだ寝ない。やっと帰ってこれたんだ。ケルティのご飯を食べるまでは、寝られない。
「ナハハ……三人とも、お腹空いてるでしょ? すぐに用意するから、ちょっと待っててね。どうせならご馳走にしちゃおっか」
「賛成っ! あ、わたしも手伝うよ!」
ケルティ一人だと大変だろう。わたしは『料理』においては赤ちゃんレベルなんだけど、食材を指定されたサイズに切るくらいのことはできる。あと、水を出したりお湯を沸かしたり、あと火も点けれる。逆に言うとそれくらいしかできないけど、いないよりマシだと思う。きっと。
お姉ちゃんとアシュレイはと言うと、どうやら、一度ギルドに向かうみたいだ。
「私は、素材をギルドに売ってくるね。沢山あるし、場所も取っちゃうから」
「私もギルドマスターに報告がある。二人とも、ご馳走は任せた」
「任された」
「お姉ちゃん、お願いね」
ケルティが親指をぐっと立てる。いつもより気合が入ってる。これは、今日のご飯にはかなり期待ができそうだ。
大量にあった素材を二つの袋に分け、それを担いだお姉ちゃんとアシュレイを見送る。
よし。わたしたちはわたしたちで、晩御飯の支度を急ごう。
「ただいま〜……って、すっごい良い匂いっ!!」
お姉ちゃんが帰ってくるなり、驚きの声をあげながら駆け寄ってきた。アシュレイもその後ろをトコトコと付いてきて、部屋に充満する匂いを嗅いで頬を緩めている。
「おかえり、二人とも」
「お姉さん、今日は頑張っちゃったからね。そうだ、アニュエちゃん。こっちはもう盛り付けだけだし、先に皆で水浴びしてきたら?」
「あー……そうだね。そうしよっか」
わたしには盛り付けの才能がない。もうここから手伝えるのは、洗い物くらいなもんだ。迷宮から帰ってきてそのまま料理を始めたし、先にこの汗を落としてこよう。
お姉ちゃんとアシュレイを引き連れ、一回の水浴び場へ向かう。普通なら井戸で何度も水を汲まなきゃならないが、わたしは魔法使いなのでその手間は必要ないのである。こういう時も便利だよね、水の魔法。
迷宮の中じゃ、濡らした布で体を拭くくらいだったけど、ここなら魔物を警戒する必要もない。三人で服と鎧を脱ぎ捨て、わたしは魔法で水浴び用の水の生成を始めた。
そうだな……ただの水じゃ体が冷えちゃうし、お湯にしようか。面倒だし、一気に大量のお湯を作って、それを小分けにしよう。
……いや、それならいっそ、顔だけが出せるくらいのお湯の球体を作って、その中で寛ぐのはどうだ?
幸い、水浴び場には休憩用のベンチもある。お湯で全身を包んだら、たぶん気持ちいいだろうな。
「それ」
傍にあった桶にお湯を貯め、ざっと体の汗を流す。今度は大量のお湯を一度に生成し、それを三つの球体に分けた。
「アニュエがまた変なことしてる……」
「いつものことですよ、アシュレイさん」
「そんなにいつものことじゃないでしょ」
失礼な。わたしがいつも変なことをしてるみたいに言いやがって。
「ほら。ベンチに座って、こうやってお湯で体を、包め、ば……」
説明しながら、試しにやってみたけど……なんだ、これは。想像以上に、いいな。
こう、全身に温もりを感じるような。疲れた体が癒されていくような。そんな感じ。
「ええ……? そんなに……?」
お姉ちゃんが怪しみながら、お湯の中に身を預ける。次の瞬間、眉を顰めていたお姉ちゃんの表情が、恍惚としたものに変わる。
「……え、すごい……」
「……そんなに?」
アシュレイはまだ疑ってかかっているようだ。こんなに気持ちいいのに怪しむなんて、損してる。
「ほら、アシュレイも座りなよ。気持ちいいよ」
「まあ、折角出してくれたものだし……」
そう言って、お姉ちゃんの隣に座るアシュレイ。
「あっ……」
結果は、言わずもがな。ちなみに、そのあとに入ってきた他の宿泊客に変な目で見られたのも、言わずともわかることだろう。
『かんぱーいっっ!!』
大量のご馳走を囲みながら、それぞれ、飲み物の入ったジョッキをかち合わせた。ケルティとアシュレイはお酒、わたしとお姉ちゃんは果物のジュースだ。
肉に、魚に、野菜に、パン。もう、匂いを嗅ぐだけで涎が止まらなくなるほどのご馳走を前に、わたしたちの空腹度合いは絶頂を迎えていた。
まずは、見事な照り加減を見せる肉にかぶりつく。甘いようで、それでいて、ほんの少し辛味のあるソースが、肉に絡み付いて絶妙な味を醸し出している。これはなんというか、パンが……そう、パンを一緒に食べたくなる味だ。
パンを少し千切り、その甘辛なソースに付けて口に放り込む。甘辛いあの味に、小麦の風味が加えられ、ほんの少しマイルドになる。これはもう……食うしかねえ!!
「ほらほら、三人とも、そんなにがっつかないの。まだ沢山あるんだから」
空腹にこの味は、効く。犯罪的だ。ケルティめ、それをわかっていながら、わざとこの味付けにしたな? 結婚してほしい。ぜひとも、わたしのために毎日この料理を作ってほしいところだ。
それから、宴は夜が深まるまで続いた。話題に尽きることはなく、常に笑い声の溢れる宴。だけど、一つ困ったのは……。
「アニュエ。あの詠唱を使わない魔法、一体何?」
「それ、ずっと前から私も気になってたんだよね。触れないようにしてたけど」
「そうそう。アニュエちゃんってば、そこら辺は全然話してくれないもんね」
……これである。ケルティとアシュレイの二人は、少し酒が回って厄介になっているし、お姉ちゃんは飲んでもいないのにこの空気で酔ってしまっている。
なんか、上手いこと誤魔化せるかなって思ってたけど……ダメか。アシュレイ、その辺細かそうだもんな。死なないために必死だったとはいえ、オルタスフィア式の魔法を使ったし、アシュレイの『アイスバーン』も真似したし。
氷の盾を作るような簡単なものならともかく、地面を凍り付かせて相手の動きを封じる魔法なんて、そう簡単に真似されちゃ困るもんな。
「あれはね、えっと……努力の賜物?」
「嘘。アニュエ、嘘つく時目が泳ぐんだよね」
「えっ、嘘っ!?」
「嘘。図星だったみたいだね」
くぅぅ、お姉ちゃんめっ……! 今まで追及してこなかったから油断してたけど、そういえばお姉ちゃんもこういうことにはうるさい性格だったな……!
かといって、『実は前世の記憶が残ってて』なんて言えないし。説明しないんじゃなくて、説明できないんだよね。どう誤魔化せばいいのかもわかんないんだもん。
さて、どうやって話したもんか。
「実は……」
『実は?』
三人が、わたしの言葉に耳を傾ける。もうここは、しらを切るしかない。
「実は……わたしにもよくわかんないんだよね。昔から、なんでかわかんないけど使えた、っていうか」
なんでかよくわかんないけど、なんか使える。なんでかよくわかんないけど。
思いっきり嘘だけど、下手に理由をあれこれと付け加えるよりシンプルで、矛盾が発生しにくい。あとはこの嘘を貫き通せばいいだけだ。
「……本当に?」
「ほんとだよ。自分でもどうやって使ってるのかわかんないもん」
三人全員が、怪しむような目で見てくる。
やめろ。そんな目でわたしを見るんじゃない。罪悪感が出てくるじゃないか。
「普段詠唱してるのは?」
「こういうことになるからだよ……?」
すっとぼけたように言ったアシュレイ。こうなるのがわかってるから、普段はネヴェルカナン式の魔法を使っているんだ。詠唱の手間があるし、相手に魔法の内容もバレちゃうし、殆どメリットないんだよ、この世界の魔法。
貫き通した嘘は、やがて真実とほぼ同等の力を持つ嘘になる。そこまでいけば、嘘は嘘だと見抜かれない。もうこのまま押し通してしまえ。
「ま……アニュエならあり得るね」
「うん。出会って数日だけど、アニュエのことは大体分かった」
「私、もう何言われても驚かないもん」
「わたしのこと、なんだと思ってるの……?」
……嘘を信じ込ませるのには成功したけど、なにか、人として大事なものというか、そんなものを少し失った気がする。なんでだろう?




