第八十五話 赤の乱舞
「ブレイズエッジっっ!!」
お母さんの、そして、お姉ちゃんに受け継がれたその魔法を、わたしも同じように模倣する。
炎で形取られた剣を手に、わたしは再び駆けた。痛みなど、もうどうでもいい。この手足が動くのなら、剣を振れるなら、もうなんだっていい。
「はぁぁっ!!」
高く高く、ナイトロードの胸部付近まで飛び上がる。球体からはわたしを狙う雷が放たれていたけれど、最低限死なない程度に防いで、あとは生身で受けた。
そして、その漆黒の鎧目掛けて、剣を振るう。
もちろん、それはあの黒い外套に防がれる。アーティスと同じようにブレイズエッジを掴むと、そのまま地面に叩きつけようと、わたしの体ごと持ち上げる。
ふと、考えることがあった。
無数の兵装を召喚するお母さんのレッドレギオンと、複数の炎剣を召喚するお姉ちゃんのレッドレギオン。
じゃあ、わたしに最適なのは、どんな魔法だろう。
わたしは元々、近接戦闘が得意な魔法剣士だ。お母さんのように遠距離での攻撃手段を増やす魔法ではなく、お姉ちゃんのように対多数戦闘を前提にした魔法でもなく。
たとえば、今みたいに……強大な敵を翻弄するために、色んな武器を扱えたら。敵の不意をつくことができたら。
「レッド……レギオンっ……!!」
魔法で構築したブレイズエッジを……変形させる。イメージするのは、敵に捕らわれず、しなやかにしなる鞭。
掴まれた炎剣は鞭へと変化し、外套の拘束をすり抜ける。逆に、外套に鞭を巻き付け、その上に乗ると、外套を足場にして飛び上がった。
そのまま、ナイトロードの背面へと回り込むと……今度は鞭を巨大なハンマーに変化させ、風の足場を頼りに回転しながら勢いをつける。
「おらぁぁあああっっ!!」
何回転かして、勢いが最高潮になったタイミングで、空中からナイトロードを強襲する。盾のようにそれを防ぐ外套を押し返すために、ハンマーの後方で炎を爆発させ、さらに加速させた。
「はぁあああああっ!!!」
雄叫びをあげ、骨が軋む音を聞きながら、さらに加速するハンマーを押し込む。
やがて、その勢いに負けたのか……外套が、徐々に徐々に押し返されていく。ナイトロードの足元の床が少しずつ砕け散り、また、この一撃を防ぐために全力を込めているからか、いつの間にかあの黒い球体は消えていた。
そして……。
「いっけぇええええ!!!」
最後の一押し。特大の爆発を起こして、ハンマーを振り抜いた。外套は押し返され、ガラ空きになったナイトロードの背中を、炎でできたハンマーが打ち砕いた。
『————————ッッッ!!!』
そこで初めて……ナイトロードが、悲鳴らしい悲鳴をあげる。今までわたしたちをいたぶっていた奴が、ようやく痛みを味わったわけだ。
少し距離を取りながら降下して、着地する。まだまだ、終わらせない。奴は今、怯んでいる。このチャンスを逃せば、次はもうない。
さっきは運良くあの外套を押し返せたものの……外套自体を破壊したわけじゃない。次の攻撃も、また防がれるだろう。
だったら、何度でも何度でも……奴の体が果てるその時まで、何度も何度も、今のような一撃を繰り返せばいい。
「さあ……我慢比べだ。わたしが先にくたばるか、あんたが先にぶっ壊れるかっ!」
次にイメージするのは、大剣。わたしの体と同じくらい、いや、もっと大きな剣。
魔法で作った炎の武器には、重量がない。故に、どれだけ大きな武器だろうと、どれだけ小さな武器だろうと、振り回す労力は同じだ。
炎を圧縮し、作られた大剣。常にマナが吸い取られ続ける、非常に効率の悪い魔法だけど……並大抵の魔物なら、一振りで焼き尽くすことができるだろう。
そんな大剣を手に、ナイトロードとの距離を詰める。わたしを近づけまいと考えたのか、ナイトロードは地面を這うような形で、黒い稲妻を走らせた。
空中に足場を作り、そこに飛び乗って回避する。が、奴が狙っていたのは、地上よりも自由の少ない空中に、わたしを誘き出すことだったみたいだ。
奴の両手に、渦巻くような形の雷が構築されていた。見た感じ、あの追尾してくる雷よりも威力が高そうだ。さすがに、あれを生身で食らえば動けなくなるだろう。
なんとか、奴の雷を無力化できないか……?
「……一か八かだ」
毎回毎回、壊されてダメージを受けることを前提で防壁を貼るのは効率が悪い。なにか良い方法がないかと考えた結果、一つだけ、思い浮かんだ策がある。
『————ッ!』
「ウォーターシェルっ!」
雷を放つべく、両手を突き出したナイトロードの、その両腕を、大量に生成した水で覆い尽くす。これで上手くいけばっ……!
『——ッッ!?』
ナイトロードの悲痛な声……音が鳴り響いた。奴の放った雷は、わたしの生成した水の中で虚しく光り輝き、こちらへ飛んでくることはなかった。
……成功だ。雷が落ちても水の中にいれば比較的安全だし、もしかすると、これで封じ込められるんじゃないかと思ったんだけど。まさか、こうも上手くいくとは。
いける、いけるぞ。このやり方なら、奴の雷もある程度は抑えられる。あの外套だけに集中できる。ようやく、光明が見えてきた。
「はぁぁっ!!」
大剣を振り上げ、再び上空から攻撃する。このまま倒せたら楽だ、けど……!
ハンマーではトドメを刺しきれなかった。それは恐らく、使い慣れていない武器だからだろう。手応えはあったが、思っていたよりもダメージは少なく、致命傷にもならなかった。
だから、今度は剣を使って、同じ状況を作り出したいわけだけど……中々、厳しい。奴も同じ手には引っかからないか。
外套を、押し切れない。奴も警戒してか、外套でこちらの武器を掴んでくる真似はしなくなったから、その点は楽になったと言えるだろう。
そのまま弾き返され、空中で一回転する。弾かれても構わない。このまま、攻撃し続ける。
「ボル、ケーノっ!」
奴に攻撃の隙を与えないため、威嚇目的のボルケーノを放つ。外套が伸び、奴の全体を覆って、炎から身を守っているようだった。
「その外套……引っ剥がしてやるっ……!」
ボルケーノを解除し、外套で身を覆ったままのナイトロードに、全力で斬りかかった。刃が外套に触れ、またも弾かれる。
……が、その時、奇妙なことが起こった。
——ピシッ
「っっ!?」
弾かれたことよりも、その思いもよらない事態に驚いて、思わず着地に失敗してしまう。そこへ、速度を重視した雷が落ちてくるが、その場で転がって、当たる寸前に回避する。
急いで立ち上がり、今起こった出来事を頭の中で整理しながら、いったいどういうことなのか……頭の中で、ぐるぐると思考を張り巡らせた。
(今のは……間違いない……奴の外套に、ヒビが……?)
そうだ。大剣で思い切り斬りかかった、あの時。初めは、わたしの体の、どこかの骨が軋んだ音かなにかとも思ったけど……違った。確かに、大剣で斬りかかった箇所に、ヒビが入っていた。
でも、なんで? 今まで絶対的な防御力を誇っていたあの外套に、なんでいまさらヒビが? 今までの攻撃でダメージが蓄積してたのか?
(いや、そんなんじゃない気がする……もっと、なにか……?)
状況を思い出せ。あの時、奴は……ボルケーノの炎から身を守るため、外套を拡げ全身を覆っていた。わたしが攻撃した時も、まだその状態だったはずだ。
(……待てよ……)
奴の外套は普段、マントのような、翼のような、そんな見た目をして背中から生えている。大きさでいえば、とてもじゃないけれど、全身を覆えるほど大きくはない。
それが、全身を覆ってるのか? そもそもの前提が、おかしくないか?
ヒビが入ったことから考えて、あれが魔法の産物ではなく、『物理的な』ものだとして……全身を覆えるのは、あれ自体が伸縮性を持つからだと仮定しよう。
「……そうか。この仮定が正しいなら……」
もしかすると、あの外套を破壊できるかもしれない。そうすれば、攻撃を防がれる心配もなくなる。
仮に、この予想が間違っていたとしても……デメリットはない。試す価値はある。
「……よし」
構築するのは、再び、ボルケーノの魔法だ。別に魔法自体はなんでもいいけど、奴の全身を覆える、もしくは、奴の全身を巻き込むほどの広範囲な魔法でなければならない。
構築が完了し、奴の体が炎の柱に包まれる。外套が全身を覆い、身を守っていた。
わたしの予想が正しいのなら。
「今だっっ!!」
ボルケーノを解除することなく、わたしは、その炎の柱の中へ自らも突入した。風の魔法で体の周りに防壁を貼り、直接炎が触れないようにはしているけれど……それでも、息をすればその熱で肺が焼かれてしまう。
チャンスはそう多くない。マナ残量だって減ってきているし、わたしがあれの対処法に気がついたことを奴に悟られれば、奴も迂闊な真似はしなくなるだろう。
だから、ここで壊す。絶対に、壊してやる。
「ぶっ……壊れろぉおおっ!!!」
今出せる、最高で、最大の一撃。それを、外套を身に纏ったナイトロードに向け、放った。
炎剣が外套に命中し、ぎりぎりと音を立てる。普段なら、ここで弾かれておしまいだ。だけど、恐らく、今の奴は……。
——ピシッ……ピシッ……
これで倒れてもいいというくらいに、全身の力を込め、剣を押し込むと、外套のそこかしこにヒビが走り始めた。
そりゃあ、そうだ。元々全身を覆うほどの大きさがない外套を拡げ、身に纏っているんだ。その分薄くなって、一点突破の攻撃には脆くなっちまうだろう。
が……壊しきれない。これじゃ、ダメだ。威力はあるけど、破壊力がない。もっと、一点の突破に特化した武器を。
「レッドレギオン……!!」
左手に、破城槌を思わせるような巨大な槍を召喚する。右手に持った大剣をハンマーに変化させ、破城槌を、奴の外套に突き立てた。
「あぁぁぁあああっっっ!!」
小さなヒビ目掛けて、槍をハンマーで打ち込んだ。何度も何度も、ハンマーを爆発で加速させ、その加速させたハンマーで槍を叩き込む。
初めは小さかったヒビが、次第に大きく広がり……そして。
『————ッッッッ!?!?』
——貫いた。巨大な槍は外套を破壊し、貫き、そのままナイトロードの胸部へ深く突き刺さった。
……いや、終わりじゃない。ここで、確実にトドメを刺す。じゃなけりゃ……ここで終わったら、わたしはもう、指一本動かせなくなるっ!
動け、動かせ。ここまで保たせた気力を、あと少し引き延ばせばいいだけだ。わたしにしかできないことなんだ。わたしにしか、みんなを守る力はないんだっ!
ボルケーノを解除し、再び大剣に持ち替える。さっきのよりも、もっと巨大で、強大な剣を。残るすべてのマナを注ぎ込み、ナイトロードの身の丈をも超える、そんな剣を。
「これでっ……終わりだぁぁああああっ!!!」
本体が露出し、怯んでいるナイトロードの体を……両断した。頭から股まで、真っ直ぐに。
『————ッ、ッッ——』
奴の体が真っ二つになり、そのまま、左右に倒れ込む。爆発にも似た音を轟かせ、地面を砕き、土煙をあげながら……奴の肉体が、確かに、地に伏したんだ。
「やっ……た……?」
ナイトロードの鎧が、端の方から光に変わって消滅していく。
倒した。この手で。
それがわかった途端に、全身から力が抜け、バランスを崩してしまった。もう、治癒魔法をかけるほどのマナも残っちゃいない。その場に立つことすらままならない。目を開けているのさえ、つらくてしんどい。
空中にいたわたしは、寒気がするほどの浮遊感に襲われた。落ちてる。このまま地面に叩きつけられたら……もしかすると、それで死んじゃうかもしれない。
……ああ、でも、大丈夫。きっと、二人なら……。
『アニュエッッ!!!』
重なった二人の声が聞こえる。訪れるはずの痛みと衝撃は訪れず、代わりに、柔らかいなにかに包まれるような、そんな感触があった。
「は、は……だめ、もう、げんか、い……」
二人がわたしを呼んでいるのがわかる。
が。
もう限界だ。目を開けているのも、意識を覚醒させているのも、もう限界。暗闇がわたしを手招きしている。
それに抗えず、わたしは……そのまま、意識を失った。




