第八十四話 死闘
……さて。大見得を切ったのはいいものの、どうするか。
作戦もなにも考えちゃいない。勝てる確証もない。
ただ、ここで勝たなきゃ、すべてが終わる。
(攻撃さえ当たれば、なんとか……)
威力が足りずに倒せない、ってことはないと思う。攻撃が当たりさえすれば、勝機はあるはずだ。
厄介なのは、ナイトロードの背中から生えている、翼のような、マントのような、あの黒い外套。わたしの渾身の一撃を防いだことから考えても、あれの耐久力はかなりのものだ。それも、ナイトロードの意思で自在に動かせるか、もしくは、自動で攻撃を防ぐような能力がある。
あれをなんとかしない限り、わたしの攻撃は奴に届かない。無力化する方法か、一時的に動きを止めるか、なにか方法を考えなくちゃ。
だけど、まずは検証から入ろう。あれがどの程度まで攻撃を防ぐのか……それを試さないことには、作戦の立てようもない。
——事象書き換え、魔法構築……アイシクルランス
——魔法複製……アイシクルランス、六連
六本の氷の槍が、それぞれ異なる軌道を描きながら、ナイトロードを襲う。さあ、どうやって叩き落とす?
ナイトロードはその場を一歩も動くことなく。あの黒い外套だけがひとりでに動き、飛来する氷の槍を次々と叩き落としていく。
三本、四本、五本……。
最後の一本。六本目の槍を、マントのようなそれが掴むと、わたしに見せつけるように、砕いてみせた。
……ダメか。ただ軌道が複雑なだけの魔法じゃ、叩き落とされるのが関の山。もっと複雑な魔法か、叩き落とすことができないような魔法を。
「グラウンド……フレイムっ」
左手を地面につき、その左手を起点として、炎が地面を這い、覆い尽くす。本来は敵の足止め用の魔法だけど、アイスバーンからペネトレイターへ派生させたように、魔法の式を少し弄ってやれば。
——魔法変換……ボルケーノ
お姉ちゃんの『ファイアトーネード』を、わたしなりにアレンジしたものだ。グラウンドフレイムで覆った地面から、高威力の炎の柱を発生させる。範囲はファイアトーネードよりも狭いけれど、上手く敵を包み込むことができれば、威力はあちらよりも高い。
発生した巨大な炎の柱は、ナイトロードの体を丸ごと包み込んでしまう。並大抵の敵なら、これで燃え尽きるはずだ。
……並大抵の敵なら、だけど。
「……無敵かよ」
魔法が終了し、炎が霧散する。柱の中から現れたのは、黒い塊。炎が消えるのと同時に、その黒い塊は例の武装に戻っていた。
あのマントみたいなやつで、全身を覆っていたのか。あの火力にも耐えられるとか……あれを破壊する手はダメだな。これだけやって傷一つ付いていないなんて、ちょっと想定外だ。
——戯れはここまでか?
そう言っているかのように、ナイトロードの周囲に無数の黒い球が現れる。
「ちっ……!!」
あれはまずい。見た目からして、さっきの追尾する雷と同じ魔法だけど、数がおかしい。あれ全部から雷が発射されれば、盾で防いでいる余裕なんてない。
かと言って、避け切れるか……? 軽く十を超えるその魔法を、避け切れるのか?
バチバチと音を立て。黒い球が怪しく光り輝き、そして、無数にあるその球体から、同時に雷が放たれた。
速度はそれほど速くもない。が、数が桁違いすぎる。あれが全て追尾性能を持っているっていうんなら、とてもじゃないけど避け切れない。
「アイスウォール……!」
できる限り堅牢に。マナを多めに込めて、強固にした氷の壁を生み出した。
放たれた雷はその氷の壁に阻まれ、消滅するが……こちらの被害も甚大だ。今の一度を防いだだけで、強固に作ったはずの氷の壁は半壊。あと一度耐えられるかどうかも怪しい。
防御面だけでなく、魔法の威力も、数も、段違いに強くなっている。話にならない。こんなもの、どうやって倒せって言うんだ。
せめて……せめて、前世の力をほんの少しでも使えたら。継承された記憶だけじゃなく、前世のあの力を使うことができれば、なんとかなるかもしれないのに。
(……まあ、無い物ねだりか)
力がないなら、頭を使え。どうにかして、あいつの絶対防御を突破するんだ。
いや、まずは。
「あれをどうにかするところからかっ……!!!」
再びすべての球体から雷が放たれ、今度は防ぎ切ることができず、召喚した氷の壁が破壊される。その破片で、頬や腕に血が滲んだ。
やっぱり威力がバカにならない。だけど、弱点もある。ナイトロードの召喚したあの黒い球体は、デュラハンの時と違って、連発ができないらしい。一度魔法を放つと、そのあと少しの間だけ充電期間がある。
威力と引き換えに、連射性能を捨てたのか。だったら、その隙に色々試し……てぇっっっ!?
「っっぶなっ!?」
その場に倒れ込むようにして、飛んできた雷を回避する。続け様に三発、同じく雷が飛来した。今度は一斉にではなく、個々に制御して撃ってきてる。
くっそ……そりゃそうか。別に、全部一度に使う必要はないもんな。威力が上がって連射速度が下がったのを、数を増やして誤魔化してるってわけか。ちくしょうめ。
……とにかく、こっちから仕掛けないことにはなにも変わらない。多少のダメージは覚悟の上だ。死ななけりゃ、治癒魔法である程度は治る。ギルドマスターだってダメージ受けながら倒したみたいだし、無傷で、なんて都合良くはいかないだろう。
剣を強く握り締め、駆け抜ける。装填が終わった球体から、次々に雷が放たれるが、それを必要最低限の防御と回避で対処していく。
「アイスシールドっ!」
頭上から迫っていた雷を、氷の盾を上空に展開することで防ごうとした。一発目は防げたが、その直後に迫っていた二発目に気づけず、半壊した盾で防げなかった雷が、わたしを直撃した。
「ぐぁっ……くぅぅっっ……!!!」
痛い。剣で斬られたり、骨を折られたり、そういう痛みとはまた別の痛み。全身が痙攣しそうなほどの激痛に悶え苦しみそうになって、その場に伏しそうになるのを、気力だけで堪えた。
倒れちゃダメだ。二人が雑魚たちを抑えてくれてる。わたしがこいつを倒して、二人を守らなきゃダメなんだ。こんなところで倒れたら……お母さんに、なんて言われるかわかんないだろ。
耐えろ、わたし。痛みには慣れてる。今までだって、散々戦ってきただろ。強敵とも、難敵とも戦ってきた。今回は少し、相手が悪いだけ。ただ、それだけだろう。
「まだ……まだぁっ……!」
地面を蹴って駆け抜ける。ナイトロードはもう目の前にいる。一撃でもいい。一撃でも与えられれば、なにかが変わるはず。
剣を大きく振りかぶり、奴の足を薙ぎ払った。姿勢を崩せ。膝をつけ。せめて、せめてこの一撃だけでも。
——キィン……
薙ぎ払った剣は……またもや、あの黒いなにかに掴まれていた。押しても、引いても、動かない。剣を手放さねば、一歩たりとも動けそうになかった。
「くっ……そっ!!」
刹那の逡巡。わたしは剣を……おじいちゃんに貰った最初のプレゼントである『アーティス』を、手放した。
すぐさま距離を取ると、そこへ無数の雷が押し寄せた。回避も防御も間に合わない。数を減らせば、生身で受けても死にはしない。
自分を丸く包み込むように、分厚い氷の壁を作り出す。雷が着弾するたびにヒビが走り、何発か着弾したところで、完全に砕け散ってしまった。
残った雷は二発。もうなにをしても間に合わず、眼前に迫るそれを、わたしはこの身で受け止めた。
「ぐっ、ぅぅうっっっ……!!!」
痛みに加え、全身が焼かれるような感覚もあった。皮膚がボロボロになり、空気が触れるたびに全身に激痛が走る。
「はっ……はぁっ……」
肺が焼けているのか、息をするたびに体の内側がズキズキと痛んだ。急いで治癒魔法をかけないと、ほんとに、死ぬっ……!
全力で治癒魔法を行使し、とにかく内臓系の再生を急いだ。外の痛みは耐えればいいけど、内臓の痛みは戦闘に支障が出る。
息を切らしながら見上げると、ナイトロードが、こちらを見下ろしていた。やはり、頭はないのに……わたしを、弱い者だと、嘲笑っているように見えた。
そして、その手にはアーティスがある。奴の手に収まれば、アーティスはとても小さな、おもちゃのように見える。
「ま、待ってよ……なに、するつもりっ……!?」
奴はそれを、ゆっくりと握り締め……そして、手に雷を纏って。
「やめっっ……!!」
————思い切り、握り潰した。
開いた手から、ぱらぱらと、アーティス『だった』ものがこぼれ落ちていく。ここまで旅を共にしてきた相棒が、その魂まで、完全に砕かれた瞬間だった。
「あっ……あぁっ……」
おじいちゃんに、初めて貰ったプレゼントだった。せっかく、おじいちゃんが打ってくれた剣だった。
奴の足元に転がった、見るも無惨な姿になったアーティスに、追い討ちをかけるように、奴は踏み締めた。虫を踏み潰すように足を動かし、再び姿を見せたアーティスは……もう、ただのチリと化していた。
「おま、えは……!」
魔法で作り出した氷の杖を頼りに、立ち上がる。まだ体中が痛む。油断すれば気を失ってしまいそうだった。
だけど、こいつを倒さなくちゃならない理由が、一つ増えた。
「どこまで、人を嘲笑えば気が済むんだっっ……!!」
こいつは、わたしの宝物を壊したんだ。その罪は、こいつ自身の死で償ってもらわなくちゃならない。




