第八十三話 絶望と希望、希望と絶望
「とにかく死ぬ気で戦ってっ! あれは今の私たちの手に負える敵じゃっ……ひゃっ!?」
アシュレイの必死の叫びは、ナイトロードの取り巻きたちが放った雷の魔法が襲来したことにより、かき消された。
わたしたち目掛けて真っ直ぐ飛んできた雷は、そのまま地面を深く抉り、小さな爆発を起こして消えた。あんなものまともに受けたら……タダじゃ済まないぞ。
とにかく、状況の把握ができるまでは、逃げの一手だ。わたしたちはナイトロードの軍勢から距離を取るように、三人揃って走り出した。
「どういうことっ!? なんで三十層のボスがこんなとこにいるわけ!?」
「私が聞きたいっ!」
必死の形相で、半分は怒りの感情を含めながら、アシュレイが叫んだ。ここは階数で言えば第五層のボスエリア。三十層のボスがこんなところに現れるはずがない。
アシュレイの様子を見る限り、前例もないみたいだ。これが異常な事態であることは明白。ただ、その原因がわからない。
「アシュレイさんっ、あれを知ってるってことは、戦ったこともあるんですよねっ!? 対処法はっ!?」
今度は、お姉ちゃんが走りながら叫んだ。
そうだ。アシュレイは、あれがナイトロードという魔物だということをすぐに見抜いた。ということは、少なくとも、一度はあれと対峙しているはず。ボスエリアはボスを倒さないと出ることができないから、対峙している以上、討伐の経験はあるはずだ。
「あの時はギルドマスターが助けてくれたのっ! 対処法はっ……!」
その言葉を遮るように、わたしたちの前方に黒い雷が落ちた。爆風で土煙が上がり、視界が遮られる。
刹那、土煙の先から、バチバチと、稲妻が走るような音が聞こえた。瞬時に体を捻って回避すると、胸の辺りを、矢のように放たれた雷が掠めた。
……危なかった。あんなのが直撃したら、一発で動けなくなる。
「弾けろ、フレアボム!」
爆発魔法で土煙を晴らす。ナイトロードの軍勢が、ジリジリと距離を詰めてきていた。
……一気に攻めてこないのは、あの魔物の特性か? 最初にデュラハンの姿として現れたのも、油断したわたしたちを……いたぶるため?
だとしたら、ほんとに性格の悪い魔物だ。魔物に性格なんていう概念があるのかは知らないけど。
アシュレイは残留した土煙で咳き込みながらも、少し冷静さを取り戻したのか、奴らの解説を始めてくれた。
「周りの手下たちは『デッドナイト』っていう魔物っ。深部に現れるリビングアーマーの上位種で、リビングアーマーとそれほど動きは変わらないけど……早い段階で馬から叩き落とさないと、ずっと追いかけてくる!」
それはつまり……まず先に、取り巻きたちを倒せってことか。もしくは、馬から叩き落とせと。
「とにかくみんなで、雑魚を片付けよう! 話はそれからっ!」
剣を構え、反撃の準備を整える。じわじわと治癒魔法をかけていたからか、さっきまで骨が折れていた感覚のあった場所からは、既に痛みが消えていた。まだ動ける。マナの残量だって、まだ十分。
やれる。わたしなら、やれる。なんたって、あのアニュエ・ストランダーだぞ。剣聖って呼ばれてたんだ。こんな敵の一体や二体、倒せないでどうする!
「みんな……やるよっ!」
先陣を切るように、駆け抜ける。秘密だなんだと、もう贅沢は言っていられない。邪魔くさい詠唱は無し。追及された時のことは、その時に考えればいい。今はまず、生き残り、そして二人を守ることが最優先だ。
——事象書き換え、魔法構築……アイスバーン
踏み込んだ足を起点として、アシュレイの見せてくれたアイスバーンの魔法を模倣する。凍てついた大地がデッドナイトたちの跨る馬を拘束し、一時的に動きを止めた。そしてさらに、アイスバーンという魔法を書き換え、新たな魔法を構築する。
——事象書き換え、魔法変換……ペネトレイター
アイスバーンで凍らせた大地から、そのまま無数の巨大な氷柱を発生させ、デッドナイトたちを貫く。全ての敵を攻撃できるよう、超広範囲に出現させた氷柱は、ほぼ全てのデッドナイトの馬を貫き、行動不能にさせた。
「今のは、私のっ……いや、それよりも、なんで詠唱も無しに魔法をっ……!?」
「今は細かいこと気にしてないでっ! 今がチャンスだよ!」
やっぱりそこをつっこまれたか、という感想はあるが、今はそれどころじゃない。せっかくデッドナイトたちを地上に叩き落としたんだ。その上、地面から伸びる氷柱で、思うように身動きが取れない状態。殲滅するなら今しかない。
アシュレイとお姉ちゃんが、同時に魔法の詠唱を始める。わたしは、この魔法を維持するためにこの場を動けない。アイスバーンから派生したペネトレイターを解けば、敵が自由になってしまうからだ。
だけど、せめて……今そこで邪魔をしようとしているナイトロードの動きを止めるくらいは!
「アイスプリズンっ!」
巨大な氷の牢獄で、ナイトロードを閉じ込める。奴の力なら、封じることができるのは数秒程度。だけど、ひとまずはそれでいい。
「ファイアトーネードっ!!」
「アイスブレイカーっ!!」
お姉ちゃんが放った巨大な炎の渦と、アシュレイが放った巨大な氷のハンマー。二つの魔法が、身動きの取れないデッドナイトたちを襲った。
深部に現れる魔物といえど、手加減無し、全力の二人の魔法を受けて、無事でいられるはずがない。上層の魔物相手なら過剰な威力だけど、それはつまり、深部の魔物相手にも通用するということ。
炎の渦が消え、氷の塊が砕け散った時、そこにはもう、デッドナイトの姿はなかった。今の攻撃で、一体残らず倒せたらしい。
良い調子だ。やっぱり、わたしの読みは正しかった。アシュレイもお姉ちゃんも、深部の魔物に対して『攻撃力』は足りているはず。動きを止め、全力を叩き込める状況にさえ持っていけば、決して、戦えない相手じゃない。
少し、希望が持てた。それは、二人も同じだった。この短時間でデッドナイトを全滅させられたことで、二人の表情も明るくなったように見えた。
……が。それは、絶望に染まる前兆だった。
「っ!!」
アイスプリズンが破られ、ナイトロードが自由になる。次の瞬間、奴が妙な構えを取ったかと思うと……また、奴の周囲に黒い雷が落ちた。
「うそ……でしょ……」
誰が呟いたのか。もしかすると、わたしだったのかもしれない。
ナイトロードの周囲に、十体のデッドナイト。必死の思いでデッドナイトを倒したわたしたちに、奴は、なんの躊躇いもなく、再びその軍勢を差し向けた。
「こいつ……無尽蔵に召喚できるわけ……!?」
「そんな……折角、ボスだけになったのにっ……」
こんなんじゃ、雑魚をいくら倒したところで意味がない。ナイトロード本体を倒さない限り、キリがない。
「アシュレイっ、なにか覚えてないのっ!? 奴の倒し方!」
「今思い出そうとしてるっ!」
アシュレイは頭を抱えながら、その場に座り込んでいた。そんなアシュレイに襲いかかる黒い雷を、なんとか弾き、逸らした。
軍勢はすぐそこまで来てる。そう時間はない。
「あの時、ギルドマスターは……お母さんは、どうやってっ……」
少しでも、ギルドマスターが奴を倒した時のことがわかれば、なにかヒントになるかもしれない。倒し方でも、デッドナイトの召喚を止める方法でも、なんでもいい。なにか。
なにか……、
「ただひたすら、傷だらけになりながら……戦ってた、だけ……」
……なにもないのか。対処法なんて、はなからないってわけね。
そうか。あのギルドマスターですら、傷だらけになりながら戦って、ようやく勝つことのできる相手か。今の弱くなったわたしじゃ、厳しいかもな。
「……わたしがやる。わたしが、ナイトロードを倒す」
「アニュエっ!? 何言ってるのっ!?」
お姉ちゃんがわたしの肩を掴み、必死に揺する。けど、恐らく、『勝つ可能性』があるのは、これだけだろう。
「お姉ちゃんとアシュレイは、なんとか、デッドナイトの気を引いて。お願い」
「無理に決まってるっ! アニュエは奴の強さを知らないのっ! 勝てるわけないっ!」
「勝てなきゃ、三人仲良く死ぬだけだよ」
そう言うと、アシュレイは途端に黙りこくってしまった。わかっていたことだとは思うけれど……わたしたちは今、どう足掻いても逃げられない状況にあるんだ。
「勝てる勝てないじゃないの。助けが来ない以上、『勝つしか』ないんだよ、アシュレイ」
「でもっ……!」
でももへったくれもない。わたしは、正しいことを言っているつもりだ。ここで勝たなきゃ、全員仲良くあの世行き。それが嫌なら、戦って、足掻いて、死ぬ気でもがいて、勝つしかないんだ。
「大丈夫。死ぬ気でやれば、案外なんとかなるかもしれないし。勝つことを諦めるのは、負けちゃってからでも遅くはないよ」
「アニュエっ……」
それでもわたしを引き止めようとするアシュレイの肩を、お姉ちゃんが掴んだ。ゆっくりとそちらを振り返るアシュレイに対して、お姉ちゃんは首を横に振る。
「……大丈夫です、アシュレイさん。アニュエなら、きっと、何とかしてくれるから」
「オリビア……?」
「アニュエに何とかできないことなんて、無いんですから。ね、アニュエ?」
おっと、そこで話を振ってくるか。
「そうそう。まあ、大船に乗ったつもりでいてよ」
今度は、わたしの方へと歩いてくるお姉ちゃん。そして、わたしの体を抱き寄せると、ゆっくりと抱きしめた。
「ごめん、ごめんね、アニュエ……頼りないお姉ちゃんで、ごめんねっ……」
耳元で、囁くように、泣きながら謝るお姉ちゃん。まったく、もう。みんなして、わたしが死んじゃうような嘆き方しちゃって、もう。まだ負けるって決まったわけじゃないのに、大袈裟な。
「もう、泣かないでよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんたちには、ちゃんと取り巻きたちを抑えといてもらわないと。わたしが集中して戦えるようにさ」
「うん……うんっ……」
まったく……意外と泣き虫なんだよな、お姉ちゃんって。昔から、気付いたら泣いてばかりいるんだから。
だから、まあ……わたしが、頑張って支えてあげないとね。
「そいじゃまあ、二人とも……頼んだよ。あっちはわたしが、なんとかしてくるからさ」
「うん。お願い、アニュエ」
目を真っ赤に腫らしたままのお姉ちゃんに笑いかけ、奴らの元へ向かおうとする。その背中に、アシュレイも言葉を投げてきた。
「アニュエ、死なないでっ!」
「うん! 死なない程度に頑張るよっ!」
手を振りながら、加速する。目指すは、ナイトロード。『騎士の主』だか『夜の主』だか知らんが、不相応な場所にきてるんだ。倒されても文句は言えないだろ。
「……感動のシーンを律儀に待ってくれるなんて、アランよりも礼儀がある奴だね、魔物のくせに」
にたり、と。頭のない騎士が、不気味な笑みを浮かべた。そんな気がした。




