第八十一話 ボス攻略会議
「おっ」
思わず、声が出てしまう。その原因は、扉を開いた先に、下の階層への階段が見えたからだ。
現在、第五層。つまり、この先にあるのはカストフの大迷宮、最初のボスエリアだ。
「やっと見つけた……アシュレイ、次はボスエリアだよね?」
「うん。どの迷宮も、最初のボスエリアは五層の次で共通だから」
次のボスからは、迷宮によって階層が違うらしい。
今までの階段よりも照明が弱く、少し薄暗い階段を降りていく。その最中に、ボスエリアの説明をアシュレイから受けていた。
「カストフの大迷宮の最初のボスは、三種類いるうちのどれか一体。どれが出るかは、実際にボスエリアに入るまで分からない」
「どんな敵が出るんですか?」
「首のない騎士、デュラハン。三つ首の番犬、ケルベロス。それから、無慈悲な拷問官、ハンマーヘッド」
アシュレイが、指を三本立てながら説明する。
デュラハンと、ケルベロスと、ハンマーヘッド。ハンマーヘッドという魔物は聞いたことがないけど、デュラハンとケルベロスなら有名な奴だ。
首のない騎士、デュラハンはリビングアーマーの上位種の魔物であり、その大きな違いは、頭がないこと。リビングアーマーよりも一回りも二回りも大きく、個体によってはサイクロプスほどのサイズのものもいるらしい。鎧を纏った馬に跨っていることもある。
三つ首の番犬、ケルベロスはその名の通り、三つの頭部を持つ巨大な犬だ。オルタスフィアにおけるケルベロスは、それぞれの首が炎、氷、雷の属性魔法を操る、中々の難敵だった。
無慈悲な拷問官、ハンマーヘッドとやらの名前は聞いたことがないけど、似たような魔物なら知っている。トーメンターという魔物だ。巨大なノコギリやハサミを武器として扱う魔物で、その見た目や戦い方から『拷問官』という意味での名前がつけられた。
「この中で一番強敵なのは、デュラハン。単純な戦闘力が高い上に、一定時間ごとに手下のリビングアーマーを召喚してくる。雷魔法を使ってくるけど、範囲が広くて厄介」
「……聞くだけで嫌になりますね」
お姉ちゃんが、『うぇっ』といって苦い顔をする。
親玉と、それが召喚する雑魚の集団。超シンプルに考えるなら、とてつもなく強化されたホブゴブリンだという認識でいい。
「その次にケルベロス。三つの首が、それぞれ違う属性の魔法を使う。何を使うのかは個体によって違うけれど、ボス以外の雑魚はいないし、動きもそれほど速くはないから、強敵ではあるけど難敵ではない」
オルタスフィアでは炎、氷、雷で固定だったけど、こっちじゃ属性はランダムなのか。場合によっては厄介になり得る敵だな。
「ハンマーヘッドは?」
「ハンマーヘッドが出たらラッキーだと思っていい。攻撃の範囲は広いけど、動きは遅いし図体もでかいから、遠くから魔法を撃つだけで倒せる」
なるほど。魔法使いがいるなら苦労もなく倒せるのか。
うぅん……訓練という意味でならデュラハンが来てほしいところだけど、大迷宮のボスがどのくらい強いのかがわからないから、なんとも言えないな。あまりにも強すぎて、訓練どころの話じゃない、ってなっても困るし。
「ちなみにアシュレイ、一人で全部倒せる?」
「ハンマーヘッドなら一人で倒せるけど、ケルベロスとデュラハンは厳しい。いつも、ボスエリアだけを攻略する即席のパーティーを組むの」
「へえ、そんなのもあるんですね」
アシュレイみたいに、一人で迷宮に潜る人間は珍しいけれど、それでもいないというわけじゃない。ただ、そういう探索者でも、ボス攻略だけはボスエリア前の安全地帯でメンバーを募って、即席のパーティーを組んで行うらしい。
即席のパーティーなんて、相手の人となりもわからないし、連携もろくにできないしで良いことなんて一つもないけど、そうでもしなけりゃ、あのアシュレイでもボス攻略は難しいのか。
「そもそも、大迷宮のボスは一人で攻略する難易度じゃない。最低でも三人は欲しい」
「まあ、一人でやろうなんていう物好きは、アニュエくらいじゃない?」
「え? いやいや、お姉ちゃんなに言ってるの。わたしもさすがに、無謀な戦いはしないって」
『ほんとにぃ?』と疑ってかかるお姉ちゃん……と、アシュレイ。わたしをなんだと思ってるんだ。一応、安全重視で戦うんだよ。危険だと思ったらすぐに離脱するし。そういう状況が少なかっただけで。
そうこう言っているうちに、階段の終わりが見えてくる。ボスエリア前の安全地帯に人はいない。
「じゃあ、休憩がてら、少し作戦会議してから挑もっか」
作戦を立てるのは、主にデュラハンとケルベロスが出てきた時のため。ハンマーヘッドは、作戦を立てるほどでもない、ってアシュレイが言い出したので、その場でなんとか切り抜けることにする。
デュラハンは、ホブゴブリンと一緒で、一定時間ごとに複数体の手下を召喚する。デュラハンだけでも厄介なのに、そこにリビングアーマーまで加わられると難易度は跳ね上がってしまう。それが、一人でデュラハンの攻略が難しい所以らしい。
「だから、誰か一人は、手下のリビングアーマーを引きつけて戦った方がいい」
「そうだね。それが無難かな」
あとは、誰がデュラハンを、誰がリビングアーマーを担当するかという話だけど。
「リビングアーマーは一定時間ごとにしか召喚されないから、再召喚前に全滅させてしまえば、デュラハン側の応援にも入れる。それを考えれば、リビングアーマーの対処は、オリビアが適任だと思う」
「えっ、私ですか?」
アシュレイは、雑魚の対処はお姉ちゃんが適任だと言う。
わたしもその意見には賛成だ。お姉ちゃんは慣れてこそいないものの、その戦闘スタイルは実に『対多数戦闘』向きのものだ。それでいて、三体のリビングアーマーを一撃で葬るほどの威力もある。
ここまで、お姉ちゃんには対多数戦闘の練習をしてきてもらったわけだけど、その成果を発揮する場面だと考えても、デュラハン戦は適役だ。
「ここまで後ろで見てきたけど、アニュエは性格上、複数体の敵と戦うよりもボスと戦う方がいい。私は複数体との戦闘には慣れてるけど、攻撃力という面で言えば、オリビアよりも劣る」
「そうだねぇ。一番忙しい役割だし、無理してこっちの応援に入れとは言わないけど、安定してリビングアーマーを引きつけられるのは、お姉ちゃんだと思う」
「そ、そうかなぁ……?」
きょとんと、首を傾げるお姉ちゃん。あまり自覚はないみたいだ。
……というか、『わたしは性格上ボスと戦う方がいい』ってそれ、ちょっと貶してない……? 確かに、わたしは複数体の雑魚と戦うよりも、ボス一体と戦う方が気楽だけどさ……。
「オリビアはもっと、自分に自信を持っていい。あの攻撃力と範囲の広さ……それに、手数の多さは絶対に誇れるものだから」
「そ、そこまで言うなら……分かりました。私、頑張ります!」
お姉ちゃんが、両手を拳にして自信を鼓舞する。まあ、デュラハンが出てくると決まったわけじゃない。まだわからないけどね。
それから、デュラハンの動きを踏まえた立ち回りを話し合って、ケルベロス戦での注意事項も話して。十分に休息も取れたし、準備は万全。そろそろ、ボスに挑戦しようか、という雰囲気が流れ始めていた。
「さて……」
わたしから切り出す。あまりのんびりしてても時間がもったいない。二人も、表情から疲れの色が取れたようだし、これ以上だらだらしていると、かえって身体が鈍ってしまう。
「それじゃあ、そろそろ行こうか」
「そうだね」
わたしが立ち上がると、お姉ちゃんとアシュレイも続いて立ち上がる。そして、お姉ちゃんが手の甲を上にして、前に出した。
「?」
「あれ……こういうの、しない?」
アシュレイが首を傾げる。ああ、なるほど。気合を入れるために、みんなでよくやるアレか。
わたしもお姉ちゃんに倣って、手の甲を上に、お姉ちゃんの手に自分の手を重ねた。
「ほら、アシュレイも」
「えぇ……?」
よくわかっていない様子で、アシュレイがわたしの手に手を重ねる。三人の手が重なったのを見て、わたしとお姉ちゃんは目を合わせ、頷いた。
「ボスエリア、攻略するぞー!」
「おーーー!!!」
お姉ちゃんが掛け声を上げ、一番下から手を振り上げる。アシュレイは手を弾かれたように、片腕だけがバンザイの姿勢を取っていた。
見たこともやったこともないことだったのか、アシュレイはただひたすらに、きょとんと呆けている。可愛い。
「自分たちを鼓舞するための儀式みたいなもんだよ。今度は、アシュレイが掛け声ね」
「う、うん、分かった……」
照れたように返すアシュレイ。よし。なら、次のボスエリアは、アシュレイが一番下だな。楽しみにしておこう。
そして、ボスエリアの巨大な扉に手をかける。さすがにこれを一人で開くのは疲れるから、反対側の扉には、お姉ちゃんとアシュレイがいた。
「せーのっっ!!」
合図で、一斉に力を込め、扉を開く。その先には、やはり広間があった。しかし、遺跡の迷宮のボスエリアと違って、その様相はカストフの大迷宮特有の、あのお城のようなものに近かった。
その中央で、じっと佇む、大きな鎧。漆黒の鎧を身に纏った巨大な鎧は、赤く光る怪しい剣を地面に突き立て、ただこちらを見つめているようだった。
……いや。頭がないんだから、見つめているっていうのはおかしいか。
「……デュラハン……」
最初のボスエリアに現れるボスのうち、最も強く、最も難しい相手。わたしたちが部屋に入り、扉がひとりでに閉まるのと同時に、奴はゆっくりと動き出した。




