表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/136

第九話 わたし、7歳になりました。

 その日は朝早くから家を出ようと思っていたのに、なんということでしょう。普段はまだ起きていないお母さんに見つかってしまった。


「アニュエ……早いわね」

「あ、お母さん」


 あ、お母さん、じゃねーよ。朝早ければ見つからずに済むだろとか思ってた自分を殴りたい。見つかってるし。


 あー……こんな朝早くに出かけるって言ったら怪しまれるかな。でも時間的にもうすぐザックも来る頃だし……どうするか。誤魔化すしかないだろうけど。


「わたし、ちょっと出かけてくる」

「アニュエ」

「はい」


 即座に振り返り。何でしょうお母様。


 お母さんの顔はちょっと怖い。マジギレってわけでもないけどいつもの優しいお母さんじゃない。ちょっと怖い時のお母さんだ。


「いつも何してるの?」

「遊んでる」


 嘘だけど。


「誰と? 一人で?」

「最近はザックとよく遊んでるよ」


 嘘……じゃない。これ本当だ。


「そう……遊んでるだけ?」

「うん」


 嘘です。


 遊んでる時もあるけど『だけ』じゃない。ほぼほぼ訓練だし。何聞かれても殆ど嘘で答えるしかない。どうしろってんだ。


 お母さんはやがて諦めたのか、大きくため息をこぼした。そして突然、わたしに抱きついてきたんだ。


「あなたは……賢いから大丈夫だと思うけど。危ないことはしちゃダメよ、アニュエ」

「うん、大丈夫。危なくない範囲で遊ぶから」


……まあ、嘘だけども。


 でも、出来る限り嘘にしないように頑張るとしましょう。危なくない範囲で訓練、こうしよう。オーケーオーケー。



 ほいじゃま、ザックも待ってることだし、さっさと行くとしましょうか。




   * * *




 時は大きく進み、わたしは七歳になった。訓練を始めてもう四年になる。ここまでくると訓練の成果もかなり出て、訓練を始める時期が遅かった前世に比べても良いペースで強くなれてる感じがする。


 特にエーテルの吸収効率は既に前世を上回ってる。まだ貯蔵量が届いてないから一概に強くなったとは言えないけど、このままいけば十歳になる頃には魔法に関しては前世のわたしを追い抜くだろう。


 それで気付いたのが、やはりというか、この『アニュエ・バース』としての肉体は非常に魔法に向いた肉体だってこと。訓練をしてここまでスムーズに強くなれるなんて滅多にない。バースとしての血が魔法向きだって可能性もある。



 魔法がある程度整ってくると、今度は剣術にも集中し始めるようになる。四年前は少し大きく感じたあの木剣も丁度良いサイズになり、あと二年もすれば大きい方の木剣に切り替えても良いだろう。

 筋肉もほどよく付いてきて、簡単な技ならそこそこの練度で放てるようにもなった。『瞬連斬』辺りは簡単だし、四年前は二連が限界だったのが今は四連。あと一撃打てれば前世に追いつく。


 いやー、やっぱり訓練を始める時期って大事だね。前はもっと遅かったから……三歳から、魔法だけならもっと前から訓練をしているだけのことはある。



 あ、そうそう。今日は剣術の打ち合いの相手としてザック君にもお越し頂いております。ザック君、どうぞ。


「……なんだ、その紹介?」

「いや、気分が乗るかなって」

「乗らねーよ。というか誰に話しかけてんだよ」


 ザックはここ数年で少し口が悪くなった。ツンツン頭は相変わらずだ。わたしはそんな風に育てたつもりはないんだけど、最近ちょっと悪口が多い。お母さん悲しい。


 ザックが持ってるのはザックのお父さんのお下がりの木剣。耐久性はわたしのと遜色ない。打ち合うには丁度いい。


 リーチは向こうの方が少し上。だけど、練度はわたしの方が上だ。まあ負けることはないけども。向こうにも全力でやれって言ってるし。

 最近なんて割と本気でこれ殺しにきてんじゃないかというレベルの打ち込みをしてくるので油断ならない。女の子に暴力振るっちゃダメって教わらなかったか。教わってない? そうか、ならば剣の錆になれ。



 向こうは剣を両手で持ち、真っ直ぐ構える。対するわたしは右手だけで持って剣先をだらりと垂らす。流派? ねーよ。敢えて言うなら『アニュエ流』。



「いつでもいいよ、ザック」

「言ったな? 今日こそ一撃入れるぜ?」


 そう言って、そこそこのスピードで迫ってくる。前に比べて早い……はや……



 いやぁ……遅いな。



「はいざんねーん」

「おぅべっ」


 振り下ろされた剣をいなしながらその顔面に左手で裏拳を放つ。見事命中。鼻を砕く勢いでいこうかと思ったけど流石に可哀想なので軽く吹き飛ぶ程度にとどめておいた。軽く吹き飛ぶ程度が『やりすぎ』か否かの判断は各々に任せる。


 いやぁ、確かに早いけど。この歳であの動きならもう革命もんだよ。そりゃあわたしが訓練してあげてるんだし。その早さが出るのも分かるけど。

 でももっと早いので目が慣れちゃってるからさ。あんたは早くてもわたしには遅く見えるんだよ。これが才能ってやつだ。褒めて。


 ザックは数メートル吹き飛んで、木にぶつかって止まった。やっべちょっとやりすぎたかもしれん。各々に任せてる場合じゃないわ、やりすぎたわ。わたし自身が強くなってるのを計算に入れてなかった。失敬失敬。


「あー……大丈夫?」

「……これ見て大丈夫に見えるか?」

「見えんけど」

「なら聞くなよ……」


 いや、一応ね? 一応聞いておかないとね?


 顔を押さえながら立ち上がったザックは、ふらふらとよろつきながらその場にしゃがみ込む。あー、そんなに痛かったか。すまんのう。最近手加減できなくて。


 そうそう。丁度良い機会だ、前世よりも『成長』した部分を見せてしんぜよう。


「ほらほら、鼻見せて。治すから」

「おう」


 ちょっと……いや割と赤くなってるザックの鼻に触れ、魔法を行使する。使うのは……なんとなんと、前世では上手く使えなかった治癒魔法だ。


 魔法が発動するや否や、赤かったザックの鼻はみるみるうちに元通りに。折れたりはしてなかったと思う。単なる打撲。あとは打った背中も治しておくか。ほらよ。


……ふう、これで良し。治癒魔法も上手くなったもんだなぁ、今なら骨折くらいなら治せちゃうし。流石に吹き飛んだ腕を元通りにするとかは無理だけど。出来て止血くらい。


 あ、因みにこの治癒魔法含め、一部の魔法は他の魔法とちょっと理屈が違う。エーテル書き換えで行う魔法の応用、『マナ』を書き換えて行う魔法の一つだ。わたしの中で書き換えた『治癒のマナ』を、ザックのマナに上書きしている。もう少し練習すれば、ザックのマナを直接書き換えることも可能だろう。

 エーテルもマナも、元はと言えば同じもの。だから勿論、マナを書き換えて魔法を発動することもできる。ただし生物の体内にある分、相手に拒否られたらそこまで。相手のマナを書き換えて体内で爆発を起こして四散させるとかいうことは出来ない。治癒魔法が使えるのは相手が拒否ってないからだ。



 痛みが引くとザックはすぐに立ち上がって、また剣を構えた。お、やる気か?


「負けてばっかりでムカつく。特にお前のそのドヤ顔が」

「ほうほう。それはつまり喧嘩売ってるね? いいよ、まだザックに負けるつもりはないし」


 流石に前世が剣聖ちゃんなので七歳児に負けるはずもない。ただまあ、やる気になってくれるのは良いことだ。この調子で練習相手くらいにはなってほしい。




   * * *




 訓練を終え、夕刻。ザックとはお隣さんなので家の前で分かれ、扉を開けると丁度お姉ちゃんがいた。


「あ、お姉ちゃん。ただいま」

「お帰り、アニュエ。今日も遊んでたの?」

「うん」


 三歳年上のお姉ちゃんは現在一〇歳。成長期というやつか、ぐんぐんと背が伸びて……あいや、あんまり伸びてない。お母さんもお父さんもそこまで背は高くないし遺伝だろうか。生まれた頃からチビであることを強いられている。まあ、前世もチビだったからいいけども。


 そんな最近のお姉ちゃんはと言うと、なんと勉強漬け。なんでもリットモールで一番大きな魔法の学校に行きたいらしくて、そのために座学と魔法の勉強をしているらしい。まあ、『リットモール』で一番大きな学校なので、規模はお察し。


 勿論お母さんとお父さんの許可も出ていて、ここ数年は部屋に籠っていることが多くなった。

 だからって引きこもりで陰湿な性格になっちゃったとかそういう話でもなくて、あの明るさは変わってない。推しの堕落だけはファン一号のわたしが阻止しなくては。



 多分、晩御飯のためにリビングに行くんだろう。その手には分厚い教本があった。


「お姉ちゃん、勉強大変?」

「んーん、大変だけど楽しいよ。辛いだけならとっくにやめてるし」


 知ってる。お姉ちゃん、何かしら楽しみがないとすぐやめちゃう人だから。


「ふぅん……合格したら、家出ちゃうんだよね?」

「そうだね。あそこは全寮制だから。でもそんなに遠くないし、たまには帰ってこれるよ」


 そう言って、頭を撫でられた。


 そっか……やっぱり出て行っちゃうんだ。入学試験は二年後……お姉ちゃんが十二歳になった時。あ、ギリギリ十一歳か。どっちでもいいや。

 そこから在学は四年間。帰ってくるのは十六歳になった時かぁ。帰ってくるかは知らないけど。


 やっぱり寂しいなぁ。今のうちに甘えちゃったほうがいいかな。そのほうがいいよね。きっと。



「ねえ、お姉ちゃん」

「どうしたの?」

「今日から一緒に寝ていい?」


 わたしがそう言うので、お姉ちゃんはきょとんと目を丸くした。こんなこと言うの初めてだからね、仕方ないね。


「どうしたの、急に」

「寂しくなるので! 今のうちに甘えちゃおっかなって!」


 おっと失礼。心の声が丸々出ちゃった。


「まだ受かるって決まったわけじゃないんだから……でも、いいよ。一緒に寝よ、アニュエ」

「やった!」


 また頭を撫でられる。やったやった、お姉ちゃんと一緒に寝るっ、お姉ちゃんと一緒っ。


……おかしいな、わたし、精神的には年上のはずなんだけども。


 ま、いっか。取り敢えずご飯いきましょ。



 リビングでは丁度お母さんが晩御飯を配膳しているところだった。とたとたと走ってお姉ちゃんと二人でそれを手伝って、席に着く。今日の晩ご飯は唐揚げです。


「いただきまーす」

「いただきます」


 ぱくり。あふん、美味しい。唐揚げ最高か。疲れた体に染み渡るぅっ。


 お父さんもわたしと同じ感じ。日中は畑仕事してるからね。晩ご飯で沢山食べないとね。



 我が家の食卓は毎度のことであるが、基本的にわいわいと盛り上がっている。今日はどんなことをしただとか、誰々からこんな面白い話を聞いただとか、お隣のザックが馬鹿をやらかしただとか。あ、最後のわたしのせいか?


「アニュエ、最近ザック君と仲良いの?」

「え、うん。よく遊ぶよ」


 お母さんに聞かれた。遊ぶ(訓練)(一方的)であることは誰も知らない。


 話の内容をぼかしながら、最近仲が良くて二人で遊ぶことが多い……だなんて説明したら、お母さん、両手を頬に当てて体をくねらせている。違う、多分お母さんが想像しているようなことはない。一切。


「そう。これはもう将来確定かしらね」



……おっと、爆弾を投下しやがった。


 反応したのは一人……『ブフォッ』って感じで盛大に唐揚げを吹き出した。


 勿論、お父さん。


「おいおい、まだ七歳だぞ? そういう話は早いだろ」

「そうですか? 最近の子はませてるって聞きますよ」


 お母さんにその情報吹き込んだのどこのどいつだ。まーた面倒な話になるだろうが。別にませてねーし。普通だし。


 隣で唐揚げを頬張るお姉ちゃんは、恐らく、話の内容がよく分かってない。良かった。お姉ちゃんがませてなくて。そのまま純粋無垢なままでいてほしい。


「ませてるって言ったって、アニュエに限ってそんな……なぁ?」

「そうだよ。別にザックに恋愛感情無いし。あれだよあれ……犬みたいな感じ」

「おいアニュエ、それはそれでどうかと思うが?」


 え、ダメ? 誘っても誘わなくても勝手に付いてくるし、最近はちょくちょく師匠みたいな扱いしてくれるし、犬みたいなもんだよ。別にそっち方面の意味じゃなくて。


 というか子供の前でそういう話すんな。まだ一〇歳の子もいるんだぞ。


……あ、わたし七歳だったわ。まあいっか。


 にしても、ザックか。……ザックかぁ。無いな、うん、無い。九九パーセント無い。残りの一パーセントはあるかもしれないけどその時は天変地異でも起こると思う。



 はぐはぐ。からあげおいしい。恋愛とかそういうのはまだ早いですしおすし。というか大人になったらこの村出ていくつもりだし。その時に考えればいいや。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ