第七十九話 戦う執事
カストフの大迷宮、第二層。景色は第一層と全く変わらず、ちゃんと数えてなくちゃ、ここが第何層なのかすぐにわからなくなってしまいそうだった。
階段を降りたすぐの通路には、剣と盾を携えた鎧が六体。しかし、敵の気配はない。リビングアーマーかとも思ったが、ただの置物らしい。ややこしいな。
「さて……進もっか」
三人で足並みを揃え、迷宮を進んでいく。最初に降り立った通路には、扉が三つ。通路の果てに一つと、その少し手前に、左右に一つずつ。
ここが大迷宮じゃなければな……空間がまともに繋がっているのなら、三手に分かれて探索するんだけど。ここじゃ、分かれてしまったあとに合流できる可能性が、限りなくゼロに等しいので、安全面を考えると良い手とは言えない。下手すりゃ、次に合流できるのは五層のボス部屋だろうしね。
「三択か……」
ふぅむ。どれを選んだところで、結局は同じな気がするけど。
「アシュレイ、選んでよ」
「私?」
「うん。直感でいいからさ」
なんとなく、この中で一番直感が優れてそうなのは、アシュレイだと思った。だから、アシュレイに選んでもらう。
「じゃあ……その扉」
アシュレイが指差したのは、わたしたちから見て左にある扉。もう扉ごとの違いなんてわかんないし、そこにしよう。
「よし、ならそこにしよう」
「適当だね……」
「結局は運なんだから。階段が近ければラッキー、くらいに思っておかないと」
扉に手をかけ、押し開く。勢いよくいけば一人でも開けることがわかったので、一枚目の扉以降、ずっと一人で開いている。扉を開いた瞬間の不意打ちとか、一人の方が対処しやすいからね。
扉の先に広がっていたのは、またもや同じ通路。ずっと同じ景色だから、もう頭がこんがらがってくる。
違う点があるとするなら、そこに、見覚えのない魔物がいたことくらいか。魔物……というよりは、ほとんど人間に近い。この場には相応しくない執事服を着た、頭のない人間。
「うげっ……あれ、もしかして……」
「うん。バトラー」
「やっぱり……?」
あっさりと答えるアシュレイ。
グラスの乗った銀色のトレーを持ち、通路内を徘徊している三体の執事。あれが、さっきアシュレイが言っていた『バトラー』とかいう魔物か。
ほんとに、頭がないこと以外は人間そっくりだな。動きだって生きてる人間そのものだし。
頭、ないけど。
頭がない魔物と言われれば、パッと思い浮かぶのは、リビングアーマーの上位種である『デュラハン』。でもあっちは、リビングアーマーと同じで騎士の姿をしているし、執事の姿で頭のない魔物なんて、やっぱり初めてだ。
「あの見た目で肉弾戦仕掛けてくるのか……」
「気を付けて。他の魔物より、遥かに強いから」
「了解。ま、やってみるよ」
そう言って、剣を構える。まだ向こうはこちらに敵意を向けていない。今までと同じで、部屋の入り口から一定距離、中へ進むと、こちらに攻撃してくるんだろう。
「お姉ちゃん、何体欲しい?」
「二体……って言いたいところだけど、何とも言えないかな」
「じゃ、一体は魔法で拘束して、もう一体はわたしがもらうよ。どう?」
「それでいこう。じゃあ、合図で一斉に」
三人のうち、誰か一人でも奴らに気が付かれれば、戦闘が始まってしまう。極力、同じタイミングで動き出した方がいい。
視線を交わして、呼吸を合わせる。カウントダウンなんてしなくても、お姉ちゃんとならタイミングを合わせられる。伊達に姉妹やってないからね。
——すぅ
——はぁ
恐らく、次に息を吸うタイミング。お姉ちゃんの足に力が篭っているのがわかる。そして。
二人同時に、一気に駆け出した。
「牢獄となりて彼の者を捕らえよ、アイスプリズンッ!」
一番奥にいたバトラーの上空で氷の牢獄を構築し、落下させる。これで暫くの間、奴を閉じ込めておけるはずだ。
お姉ちゃんが向かったのとは別のバトラーに向かい、剣を振り下ろす。バトラーは手に持っていた銀色のトレーを投げ捨て、振り下ろされる刃に向かって拳を突き出した。いや、さすがにたかが拳に防がれるわけが……。
——ダァンッッッ
激しい音が響き、拳と打ち合ったはずの剣が……弾かれた。
「嘘でしょっ……!?」
なんの技も使ってないとはいえ、リビングアーマーを一太刀で斬り伏せられるわたしの一撃を、ただの拳で弾いたってのか!
続け様に放たれたバトラーの拳は、空気を切り裂きながら、わたしへと襲いかかった。不意をつかれたようなその攻撃に、少し、反応が遅れる。
チリっと、奴の拳が頬を掠めた。頬からたらりと、何かが垂れてくる感触がある。
……思っていたよりやるな。それとも、最近雑魚としか戦ってないから、わたしの腕が鈍ってるだけか?
一旦距離を取って下がると、背中になにかがぶつかった。見ると、それは同じように距離を取ったお姉ちゃんの背中だった。
「中々やるね、この魔物」
今までの魔物と同じだと思って油断した。確かに、こりゃ強敵だわ。ようやく大迷宮が本気を出してきた、って感じがする。
「まさか苦戦してるの、アニュエ?」
「まっさかぁ。お姉ちゃんこそ、一人じゃきついんじゃない?」
「まだまだ。あの黒いスライムに比べたら全然!」
軽口が叩けてるってことは、まだ余裕もありそうだな。まあ、ここからが本番ってやつで。
二人同時に、再びバトラーに接近する。奴らが厄介な理由は、武器がその『拳』であること。わたしたち剣士が苦手とする距離には、魔法や弓といった遠距離戦闘の他に、こういうゼロ距離での戦闘を仕掛けてくる、超近距離タイプも含まれる。
剣士が扱う武器は、当然ながら剣である。が、この剣が威力を最大限発揮するのは、剣を振り始めて速度がついてからである。こういう超近距離タイプに接近されると、速度がつく前の、出だしのタイミングでの対応を求められるから、どうしても自分のペースに持っていくことが難しいんだ。
だけど、まあ、それは普通の剣士の話。こちとら、普通の剣士じゃないもんでね。
バトラーの拳が伸びきった瞬間。その一瞬の隙に、奴の腹部に左手を添える。そして、手のひらで魔法を構築した。
「弾けろ、フレアボム」
単純な爆発魔法。だけど、相手を弾き飛ばすには有効な魔法だ。
手のひらが爆発し、バトラーが大きく後方へ吹き飛ばされる。奴が姿勢を整えるよりも前に、わたしは動き出していた。
「はぁっ!」
奴の後方まで駆け抜けながら、その体を両断する。いくら奴の拳が強くても、打たせなければどうということはない。動けない時間を一秒でも二秒でも作り出せたなら、こっちのもんだ。
バトラーの体がお腹の辺りでズレ、そして、上半身が『ずしゃり』と生々しい音を立てて地面に落ちる。うえっ、頭はないのに、こういう音は妙に気持ち悪いんだな。
「レッドレギオンッ!」
お姉ちゃんの方から声がする。見れば、ボスエリアで見せてくれたあの魔法……の規模を縮小した魔法を使って、ちょうど、バトラーを倒しているところだった。
背後に浮かぶ剣は一本だけ。だけど、なるほど。その分手数が増えるし、あの剣は腕の動きに関係なく動き回ってるから、向こうからしても動きが読みづらい。やるね。
振り返ったお姉ちゃんと、ばちりと目が合う。うん、まだ終わってない。あと一体、残ってるからね。
その時だった。閉じ込められていたバトラーが、堅牢な氷の檻を打ち砕いたのは。
すぐさま標的を切り替え、奴に接近する。左方向からはわたしが、右方向からはお姉ちゃんが向かっている。お互いに剣を構え、交差するように、バトラーの体を切り裂いた。
安堵のため息をこぼしたのは、三体目のバトラーが完全に消滅してからのことだ。
「やったね、お姉ちゃん」
「うん!」
思わず、ハイタッチ。フランジールに来てから色んな敵と戦ったけど、最も強敵らしい強敵だった。喜びたくなるのも無理はない。
ぱち、ぱち、ぱち
ゆっくりと拍手をしながら、アシュレイがやってくる。ここでも一切手を出さなかったのは、わたしたちが勝つことを確信していたからか。
「流石、アニュエにオリビア。初めてでバトラーを倒せるなんて」
そう褒められる。が、その言い方になんだか引っかかりを覚えた。
おいおい。その言い方だと、まるで普通なら『初めてでは』倒せないみたいじゃないか。
「え、なに、普通は倒せないの?」
「うん。大体の探索者が、このバトラー相手に一度は躓くの」
おい、と思わずツッコミを入れそうになった。さっき、わたしたちなら倒せるよ、みたいな言い方してたじゃん。あの魔物、結構強かったってこと?
「……私たちなら問題ない、って言ってませんでした?」
「問題なかったでしょ?」
「確かに問題はなかったけどもね……!」
なかったけど。問題はなかったけど。心構えってもんがあるじゃん。リビングアーマーとかフロートソウルとかシャドウマンとか、あの感じでいくとバトラーだってもっと弱いと思うじゃん。
「大丈夫。上層にあれより強い魔物はいないから」
「今度はほんとだろうね?」
「別に、さっきも嘘はついてない」
にこりと、気持ちいいくらいの笑顔を浮かべるアシュレイ。
こいつ……さては結構Sっ気が入ってやがるな?




