第七十八話 漂う魂
「あれは……」
リビングアーマーとの戦闘を終え、順調に……かはわからないが、先へと進むわたしたち。扉を開け、新たな通路へ出ると、再び魔物の気配を感じた。
リビングアーマーではない。また別の魔物だ。少し紫がかった白いものが、宙をふわふわと漂っている。
あれは……なんだろう。ほんとに魔物、か?
「あれは『フロートソウル』。少し厄介な魔物」
「フロートソウル?」
聞いたことがない魔物だ。こちらの世界限定の魔物か? それとも、名前と見た目が少し違うだけで、わたしも知ってる魔物なのか。
部屋へ入り、近付くと、フロートソウルもこちらに気が付いたようで、紫がかっていたその姿が、真っ赤に染まっていく。
そして、そのままわたしたちに向かってくる……のではなく、なぜか、通路に飾ってあった銅像へと突っ込んでいってしまった。
「……?」
銅像へ突っ込んだフロートソウルは、そのまま、銅像に吸い込まれるかのような形で、姿を消してしまう。
かと思えば、今度はその銅像が赤く発光し始め、宙に浮き始めた。
おいおいおい……似たような魔物なら知ってるぞ……名前も見た目も違うけど、こんな風に、『非生命体』に取り憑いて、自由自在に操ってしまう魔物なら知ってる。
オルタスフィアでは、それは『ポルターガイスト』と呼ばれていた。一部の地域では、長年、『死者の呪い』だと信じ続けられていた魔物だ。
だとすると、銅像に取り憑いて宙に浮かせた後にやってくることは……、
「避けてっ!」
お姉ちゃんに飛びかかり、そのまま地面に押し倒す。次の瞬間、さっきまでわたしたちが立っていたところへ、あの銅像が高速で飛来した。不意を突かれたあの状態で、まともに受ければ即死だ。
「ってて……」
急に押し倒したもんだから、防御に魔法を使う暇もなかっただろう。お姉ちゃんは手と足を少し擦りむいているようだった。
「ごめん、お姉ちゃん。こうするしかなくて」
「私なら大丈夫。それより、あれは……?」
お姉ちゃんに治癒魔法を使いながら、一緒に立ち上がる。銅像はふよふよと、また宙に浮かんだままで、攻撃してくる素振りを見せない。
「『非生命体』に取り憑いて、自由自在に操っちゃう魔物。ちょっと厄介な相手だね。それに……」
奥の方から、三体、新たにフロートソウルが現れる。それぞれ、壁に飾ってあった槍や、重そうな花瓶、銅像に取り憑くと、一体目と同じように、宙に浮かんで待機していた。
なんで攻撃してこないんだ? ポルターガイストと同種の魔物なら、攻撃性は高いはず。隙があれば攻撃してきたっておかしくはない。
ああ、いや……だから、むしろこっちの反撃を恐れてるのか。リビングアーマーは知性が低くて、考え無しに突撃してくるけど、こいつらはある程度の知性を有してるみたいだ。わたしたちが一撃目を避けた時点で、こちらの動きを警戒しているように見える。
ちょうどいい。そのおかげで、お姉ちゃんの治療も終わったところだ。反撃開始といこう。
「フロートソウルには、物理攻撃は効かない。二人とも、魔法で応戦して」
「おっけー!」
「はいっ!」
アシュレイからの簡潔なアドバイス。それもあっちの世界の奴と同じか。だとすると、倒し方も同じか?
奴らは、非生命体に取り憑いてはいるけど、それが本体になるというわけではない。いくら外側のものを壊したところで、本体が違うものに取り憑けば、それまでの行為は無駄になる。
昔はどうやって倒せばいいんだなんだと、色々と議論もあったみたいだけど……最終的に人々が行き着いた倒し方は、これだ。
ほんとは部屋が暑くなるからしたくなかったけど……仕方ない。場合によりけり、だ。
「燃やし尽くせ、フレイム!」
取り憑かれた銅像を包み込むように、巨大な炎を発生させる。それと同時に、別の魔法も発動させる。
「槍となりて貫け、フレイムランスッ!」
発生した炎の槍が、銅像へ飛来し、破壊する。粉々に粉砕された銅像から、赤いフロートソウルが弾き出され、そして……事前に銅像を包んでいたフレイムの魔法で、その身を焼かれる。
これが、最新のポルターガイスト討伐法だ。本来は二人で行うものだけど、それを省略したいがために、今回は一人で進めた。
まずは一人、魔法使いがポルターガイスト……この世界でいうフロートソウルが宿った物体を、魔法で覆い尽くす。
次に、もう一人がフロートソウルが宿っている物体自体を、物理攻撃や魔法で破壊する。
するとどうなるか。フロートソウルは常に物体に宿っているため、本体を捉えることは難しい。だけど、その物体を壊せば。そこに宿っていたフロートソウルは、一度、外へ放り出されてしまう。
そして、外に放り出されたフロートソウルの本体は、事前にそれを包み込んでいた範囲魔法にさらされ、自滅に近い形で消滅する。
要は、フロートソウルが次の物体に宿る前に、範囲型魔法で滅してしまおう、という方法だ。
このやり方は、この世界でも有効なようだった。銅像が破壊されたことで、そこに宿っていたフロートソウルが外に放り出され、銅像を覆っていた炎に焼かれて、消滅する。奴らも耐久性はそこまで高くないらしく、こんな簡単な魔法であっさりと倒せてしまった。
「お姉ちゃん、浮いてる奴ら全部を覆えるくらい、おっきな魔法を!」
「わかった!」
残るフロートソウルは三体。お姉ちゃんもいるんだ。ここは役割を分担しよう。
「舞い踊る花……集いて渦巻く炎となれ! ファイアトーネードッ!」
お姉ちゃんの放った巨大な炎の渦が、宙に浮かぶフロートソウルの憑依した物を覆い尽くす。これだけでもかなりの威力。放っておいても、いずれ倒せるだろうけど……、
「槍となりて貫け……フレイムランスッ」
三本の炎の槍を構築し、それぞれ、フロートソウルに向けて放つ。既にお姉ちゃんの魔法で壊れかけだった憑依物が、その一撃で完全に崩壊した。
それと同時に、外に弾き出されたフロートソウルの本体たちが、炎の渦で焼き尽くされる。悲鳴にも似たような音をあげながら。
あとに残ったのは、リビングアーマーのと似たような、紫色の結晶。討伐証明部位が小さいと、あまり嵩張らなくていいね。
「どう、アシュレイ?」
「お見事。まさか、初めてでそんなに効率的な戦い方ができるなんて」
まあ……わたしは、初めてじゃないからな。そんな無粋なことは言わないけど。
「アニュエ……今の、どういう理屈?」
「ん? えっとね、それは……」
言われるがままに戦ったお姉ちゃんは、なにがなんだかわかっていないようだった。後学のためにも、解説をしながら、わたしたちは足を進めた。
「どっこいしょー!」
慣れた手つきで扉を開く。大迷宮に潜ってから、それなりに時間が経ってしまったような感覚があるけど、わたしたちはいまだ第一層にいる。アシュレイ曰く、ここまで次の階層への階段が見つからないのは『運が悪い』そうだ。
そろそろ、第二層へ進みたい。そんな風に思いながら開いた扉の先には……豪華なシャンデリアと、それから、下へ続く赤いカーペット。
「あ……やっと見つけた」
「うん。結構時間かかっちゃったね」
第二層への階段だ。ここまで長かった。この調子で進むと、深部へたどり着けるのは一体いつになるのか。今回は運が悪すぎただけだ、って思いたいところだけど。どうなんだろうな。
「アシュレイ、第二層の注意点は?」
「第一層とそう大きくは変わらない。ただ、第一層で遭遇しなかった魔物がいるから、第二層では戦うことになるかもしれない」
「わたしたちが戦ったのって、リビングアーマーとフロートソウルと、それからシャドウマンでしょ? まだ戦ってない奴がいるわけ?」
シャドウマンというのは、その名の通り、影のような見た目をした魔物である。影に潜むことができて、潜んでいる間はどんな攻撃も受け付けないけれど、耐久性が低いので、攻撃してくる一瞬を狙えば、簡単に倒すことができる。
「バトラーっていう魔物。カストフの大迷宮の上層に出る魔物では、一番戦闘力が高い」
バトラー、か。そいつは知らないな。名前的に……執事、か?
「バトラー……執事、ですか?」
「みたいな見た目をしてる。執事服を着てるから、見れば分かる」
名前のまんまらしいな。こっちはこっちで、独自に存在してる魔物もいるのか。
てっきり、戦闘力でいえば、フロートソウルが一番厄介だと思ったんだけどな。魔法使いがいないパーティーだと倒せないし、二種類の魔法を同時に扱える魔法使いでもない限りは、二人以上必要になるわけだし。まあ、二級探索者になれるくらいなんだから、そこそこの実力はあるだろうけど。
「へえ……強いの?」
そう聞くと、アシュレイは首を縦に振った。
「知性が高くて、執事のくせに肉弾戦闘をしてくる。フロートソウル対策で、魔法使いばかりがいるパーティーだと、このバトラー相手に全滅することもある」
「ああ、なるほど……魔法剣士って珍しいもんね」
わたしもお姉ちゃんも、そして驚くことにアシュレイも魔法剣士ではあるけど、本来は稀有な存在である。魔法の腕が魔法使いに劣らず、なおかつ剣まで覚えようとする奴はそうそういない。やる気が無ければ器用貧乏になって、結局役に立たない場合も多いからな。
そう。このパーティー、なぜか全員魔法剣士だけど、普通はあり得ないんだよな。実力のある魔法剣士が三人も集まることって。普通はな。
「まあ、なんとかなるでしょ。わたしは接近戦の方が得意だし」
「うん。私も、二人なら問題ないと思う」
アシュレイがそう言うなら問題無し。オーケー、行こう。
第二層への階段を下り始めた。次は早いうちに階段が見つかるといいな。




