第七十七話 カストフの大迷宮
「忘れ物はない?」
「うん、ばっちり」
金色に輝く一級探索者用のバッジを胸元に着け、わたしたちはカストフの大迷宮、その入り口に立っていた。
今回は長時間潜ったままになるということで、ケルティも見送りに来てくれた。それに、その他にも興味本位で集まった野次馬探索者たちが、そこいらに大勢いる。
「……最年少で一級探索者になった少女……って、噂になってるらしいよ」
「まあ……そんなことだろうとは思ってたけどさ」
そう、ケルティが耳打ちしてくれる。ただ大迷宮に潜るってだけなんだから、そこまで集まらなくてもいいのに。集まったところで、面白いものなんてなにもないのにさ。
「ケルティ、なにか変なことされたら、帰ってきたときに教えてね。締めるから」
「ナハハ、その時はお願いしちゃおうかな」
まあ、大丈夫だとは思うけど。そこら辺は弁えてるでしょ、さすがに。
お姉ちゃんとアシュレイも準備が整ったようで、視線で合図を送ってくる。そいじゃまあ、これ以上人が集まる前に、行きますか。
「じゃあ、行ってくるね」
「なるべくすぐ帰ってくるね、ケルティさん」
「ん……また美味しいご飯が食べられるの、楽しみにしてる」
「うん。三人とも、頑張ってね」
アシュレイも、すっかり打ち解けたみたいだな。よきかなよきかな。やっぱり仲良しが一番良いことだ。
三人で頷いて、一緒に、一歩目を踏み出す。ゆっくりと、確実に、その深淵に向けて足を進めた。
階段を降り切った先の、大迷宮第一層。目の前に広がるのは、まるでお城や宮殿といった風な雰囲気の、華やかな通路。
「これが……カストフの大迷宮?」
「そう。カストフの大迷宮の上層は、ずっとこんな景色が続く。お城みたいでしょ?」
「はい……なんだか、迷宮って感じがしませんね……」
ずっと潜っていた遺跡の迷宮が、まさしく『迷宮』といった見た目だったから、なおさらそう感じる。こんなところに危険な魔物がいっぱいいるとか……わけがわからないな。
「二大迷宮は、四迷宮と違って内部の空間がチグハグで、地図が当てにならない。だから、毎回手探りで進む必要がある」
「厄介だね……先へ進む手掛かりとかないの?」
「ない」
即答か。今までは地図を見ながら進んできたけど、ここはそうもいかないってことだな。
なるほど。実力『だけ』じゃどうにもならない場所、か。ギルドマスターの言ってた意味がよくわかったよ。
「その代わり、ボスエリアには地上への転移装置がある。一方通行だけど、帰る時は一瞬」
……なに? 転移装置? 転移ってことは、ボスエリアから地上まで瞬間的に移動できる装置ってことか?
なんだそれ、どういう理屈?
「転移装置……? なにそれ、どういう仕組みで動いてるわけ?」
「さあ? どういう理屈かは誰も知らない」
アシュレイは特に気にする様子もなく、そう答えた。
なるほど……まあ、今まで普通に作動してたなら、危険視する必要もないか。それを使わないとなると、また一層一層、チグハグな空間を探索して地上へ戻らないといけないわけだし、使わない手はない。
「それから」
そう言って、アシュレイがバックパックから取り出したのは、手のひらサイズの金色の輪っかの中に、菱形の白い水晶のようなものがくっついた、謎の道具。
「それは?」
「一日おきに音が鳴る魔法の道具。リングベルっていうの。定期的に魔力を注いであげなくちゃダメだけど」
「へえ、便利な道具もあるもんだね。ちょっと見せて」
リングベルという名の道具をアシュレイに借りると、後ろから、お姉ちゃんがひょこっと頭を出す。気になるらしい。
うーん、見せてもらったのはいいものの、理屈はわたしにもよくわからないな。たぶん、注がれた魔力やマナがこの水晶に蓄積されて、あとはこのリングと共鳴することで音を出してるんだろうけど。そういう分野はわからん。
「ん、ありがと。よくわからないことがよくわかったよ」
「うん。そういう小難しいことは、作った人さえ知っていればいいと思う」
「確かにね」
武器や危険な薬品ならまだしも、一日おきに音が鳴る道具なんて、理屈がわからなくても使えればそれでいいんだ。そう、それでいい。
アシュレイはリングベルを再びバックパックに仕舞うと、腰からレイピアを抜いた。どうやら、先に進みたくてうずうずしているらしい。
「わたしたちより張り切っちゃって。普段から来てるんでしょ?」
「ん……でも、誰かと来るのは初めてだから」
それになんと返そうか迷いながら、わたしとお姉ちゃんも剣を抜いた。入り口付近、まだ魔物の姿は見えないけれど、ここは大迷宮だ。気を抜いてはいけない。常に警戒しておかないと。
「アニュエ、オリビア。危険そうなら教えるから、とりあえず二人の好きなように進んでみて」
「わかった」
「分かりました。お願いします、アシュレイさん」
まあ、アシュレイは元から一級探索者だから、ここも手慣れたもんだろうしね。わたしたちを大迷宮に慣れさせるためには、それが一番手っ取り早い。
それから、わたしたちはカストフの大迷宮内部を進み始めた。危険だからともたもたしていては、いつまで経っても先に進めないから、ある程度は早足で。だけど、遺跡の迷宮に挑んでいた時よりは、確実にペースが遅かった。
幸い、魔物が隠れられるほどの物陰は少ない。あるとすれば、この無駄に高い天井だけど……予想外の奇襲は、そこまで警戒しなくて良さそう。
「そういえば……上層にはどんな魔物が出るんですか?」
「出会ってからのお楽しみ。今の二人なら、問題なく倒せるよ」
二級探索者に上がってすぐに迷宮膨張があったせいで、わたしたちは大迷宮の情報を、ほとんどなにも、と言っていいほどに仕入れることができなかった。大迷宮では地図が当てにならないことももちろんそうだし、どんな魔物が出るか、ボスはどんなやつなのか……そう、なにも知らない。
だから、だろうか。このお城のような見た目も相まって、さっきからワクワクが止まらない。いったいどんな奴らが出てくるんだ?
「ふふっ……アニュエ、楽しそうだね」
「え、そう? そういうお姉ちゃんも、顔が笑ってるよ?」
「えっ、嘘っ!?」
「うそ」
『もぉ!』といって、背中を小突いてくるお姉ちゃん。図星だったか。こういうところ、やっぱり姉妹なんだな。血は争えないというか、なんというか。
そうこう言っているうちに、通路の端にたどり着いた。目の前には大きな扉がある。ここまではまだ、魔物とも遭遇していないけど……、
「扉の先に、また同じような通路が広がってる。あとは、下りの階段を見つけられることを祈るだけ」
「なるほど……この扉を境に、空間がチグハグにくっついてるってわけね」
「そういうこと」
通路内の空間がチグハグになっているんじゃなくて、いくつもある通路がチグハグにくっついている、ってことか。だから、前回と同じように通路を進んでも、同じ進み方では次の層にたどり着けない、と。
まあ、でも、どこかの扉は階段に続いてるってことだし。手当たり次第に行けば、そのうち先に進めるだろう。あとは運の問題だ。そればかりはどうにもならない。
お姉ちゃんと二人で大きな扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いていく。その先にはやはり、ここと同じような雰囲気の通路が広がっていた。
一つ違うのは……通路内に、ここでは見たことがなかった鎧の置物が増えている、ということくらいか。
……いや、この気配は……。
置物、じゃないな。そういうことか。確かに、この雰囲気の迷宮になら、よく似合いそうな奴だ。
「お姉ちゃん」
「うん、分かってる」
お姉ちゃんも、その鎧が放つ気配を感じ取っていたようで、既に臨戦態勢に入っていた。
いつ動き出すか。警戒しながら、扉の先に広がる通路へと、一歩、足を踏み入れた。
まだ、動かない。二歩目。まだまだ、動かない。
三歩目——、
——ガシャンッ
それまで置物のように、そこにあっただけの複数の鎧が、突然、意志を持ったかのように動き出す。頭部鎧にある、本来は視界を確保するための穴の奥で、ぎらりと、怪しい紫色の光が輝いた。
「リビングアーマー……そうか、お城だもんね。警備の騎士くらいいて当然か」
生きた鎧、という名を冠した魔物だ。その名の通り、鎧だけが意思を持って動き出した魔物のことを指す。【オルタスフィア】では派生系や上位種も多く、厄介とされるジャンルの魔物であった。
ここにいるリビングアーマーは全部で十二体。通路の左右にそれぞれ六体ずつだ。持っている武器も、剣と盾、槍、ハンマーなど様々。
「アシュレイは見学?」
「今は。二人がどこまでやれるか、もう一度見ておきたい」
「だってさ、お姉ちゃん」
「了解っ!」
お姉ちゃんと同時に地面を蹴り、リビングアーマーたちに接近する。最前衛にいる四体は、剣と盾を持った一般的なタイプだ。こいつらは、残しておくと盾を使って攻撃に割り込んできて厄介だ。できれば、早いうちに盾だけでも弾き飛ばしておきたい。
お姉ちゃんは右側、わたしは左側のリビングアーマーへ接近し、ほぼ同時に、まずは先頭にいた二体を斬り払う。振り下ろされた二体目のリビングアーマーの斬撃を、体を斜めにして躱し、左手で魔法を展開。手のひらに圧縮された炎の槍を構築して、その土手っ腹にぶちかます。
バリー特製のマジックリングで、高速かつ効率的に構築された炎の槍は、そのままリビングアーマーの腹部を貫通。その後ろにいたハンマーを持ったリビングアーマーの腹部を破壊したところで消滅した。
そんなにマナは込めてないのに、上層の魔物ならこれで二体同時に倒せるのか。さすが、バリーの作ったマジックリングだ。
残るは三体。ハンマーを持った奴がもう一体と、槍使いの奴が二体。ハンマーの奴は後回しでいいか。先に、リーチの長い槍使いを仕留めよう。
頭上高くから、空気を切る音をあげながら、巨大なハンマーが振り下ろされる。通路を砕き、地面にめり込んだそれを踏み台にして、わたしはハンマー使いの頭上を飛んだ。
「槍となりて貫けっ……!」
二本の炎の槍を構築し、それを、ハンマー使いの後方で構えていた、槍使いの二体に向けて放つ。それは、ものの見事に槍使いたちの頭部を砕くと、そのまま地面に突き刺さって消滅した。
「よっ……ほっ!」
ハンマー使いの背後に着地し、振り返りながらその腰から肩にかけて、振り上げた剣で切り裂いた。両断されたリビングアーマーの肉体……いや、鎧は、騒がしい音を立てながら地面に落ちると、小さな結晶を残して消滅してしまう。
これで、六体。さて、お姉ちゃんの方は、っと……。
「はぁっっ!」
お姉ちゃんはいつもの魔法で剣に炎を纏い、巨大な剣と化したそれで、三体のリビングアーマーをまとめて横薙ぎにしていた。わぉ、豪快。最近お姉ちゃんの戦い方がバーサーカーじみてるな。
「ふう……お疲れ様、アニュエ」
「おつかれ、お姉ちゃん」
二人とも炎の魔法を使ったせいか、少しだけ暑い。別に疲れてはいないけど、じんわりと汗が浮かんでいる。密閉された場所で二人同時に戦うなら、わたしは炎以外の属性を使った方が良さそうだな。
「アシュレイ、暑いから冷やしてぇ……」
「自分で使えるでしょ、氷属性の魔法」
「いや、使えるけどさ……そうじゃないじゃん……」
ブーブーと文句を言うと、渋々といった感じで、アシュレイが氷の塊を召喚してくれる。一気に涼しくなった。
「ありがとう! アシュレイ大好きっ!」
「もうっ、暑いんだからくっつかないで……」
抱きつくと、顔を赤くしながら引っ剥がされた。くそっ、これを機にもっと仲良くなろうと思ったのに。失敗か?
「ほらっ、まだまだ先は長いんだから。進むよ、二人とも」
「はぁい……」
呆れ気味に言うアシュレイ。そうだな、言う通りだ。あまりのんびりしている時間もない。先を急ごう。




