第七十六話 女子会、再び
「……ごめん、アニュエ。もう一回言ってくれる?」
「アニュエちゃん、私も、ワンモア」
「うん。一級探索者への昇級が認められたって話」
「私が三日間同行する条件付きで、だけど」
その日の昼食は、アシュレイを誘って、宿で四人仲良く食卓を囲んでいた。メニューは肉尽くし。病み上がりのお姉ちゃんには厳しいんじゃないか、とも思うが、なんと、お姉ちゃんの希望である。昨日から今日にかけて、薬草のたっぷり入った苦いご飯ばかりで、肉肉しいものが食べたかったそうだ。
そこで、お姉ちゃんとケルティに、一級探索者に昇級できたことを打ち明けると、二人はお皿を取りこぼす勢いで、口をあんぐりと開け、驚いていた。無理もない。お姉ちゃんにもなにも相談してなかったからね。
「アニュエってば……また私が知らないところでとんでもないことを……」
「わたし、悪くないもん。アシュレイが推薦状をくれたからさ」
「嘘。最初からそのつもりだったくせして」
「バレたか」
まあ、その通りなんだけどね。
お姉ちゃんももちろん驚いていたけど、一番驚いていたのはケルティだ。前にこの町に来たことがあるって言ってたし、昇級の大変さを知っているのかもしれない。
「アニュエちゃん……この町に来て、まだ数日だよね?」
「そうだね?」
今日で五日目……かな? 当たり前のような返事をしたわたしに、ケルティは呆れ返っていた。
「一級探索者って、本来は何年も……才能が無い人なら、何十年もかけてなるものなんだよ……?」
「そうなの?」
アシュレイに聞くと、首を激しめに縦に振っていた。
というか、そもそもの話、四級探索者から三級探索者へ昇級するのだって、数ヶ月はかかるものらしい。わたしたちみたいに、飛び級試験で一気に二級探索者へ昇級した探索者は、アシュレイも過去に数人しか見たことがないそうだ。
ふむ。そういう話を聞くと、わたしがこの世界でどのくらいの強さに位置するのか、微妙にわからなくなってくるな。調停者はこの世界の人間じゃないだろうから別としても、クレインとはほぼ互角、ギルドマスターには勝てる気がしない。実際に戦えば良い勝負はできるのかもしれないけど、素手で魔物の頭部を粉砕するような人とは戦いたくない。
今回、一級探索者になれたことを踏まえると、この世界でも上位の強さに位置しているんだろうけど……ああ、でも、ここってネヴェルカナンの中で一番小さい大陸だしな。一番大きなグランバレー辺りに行けば、わたしより強い奴もゴロゴロいるかもしれない。
「それを、町に来て数日でって……アニュエちゃん、前々から強いとは思ってたけど、本当に十一歳?」
「え? えへへ、十一歳だよぉ?」
少し高めの声で、可愛げをふんだんに含んだ笑みを投げかけておいた。前世は十五歳まで生きたから、実質二十六歳だなんて、口が裂けても言えない。転生の影響で、ちょっとは幼児退行しちゃってるけどさ。
と、そこでケルティの発言に興味を持ったのか、アシュレイが爆弾発言をする。
「アニュエの武勇伝……少し、気になる」
「アシュレイさん??」
なに言ってるんだ、この子は。そんな、人前でする話じゃないだろ、武勇伝とか。そういうのは後世でひっそりと語られればいいんだよ。わざわざ話すもんじゃない。
「旅を始めてからの話ならできるけど。アシュレイちゃん、聞きたい?」
「私も、少しならできますよ」
「是非、聞かせてほしい」
「ちょっと? みんな?」
おい、なに悪ノリしてるんだよ。別にしなくていいよ。そもそも武勇伝とかないでしょ。普通に旅してきただけなんだから。
「えー、じゃあ、まずは私とアニュエちゃんとの出会いから話そうかな」
「すごい遡るじゃん。そこから話す必要ある?」
思ったより前の話から始めやがった。ちょっと、そういう過去の話は恥ずかしいからやめてほしいんだけど。わたしだって、人並みの羞恥心はあるんだよ?
「私がアニュエちゃんと出会ったのは、私が商売の関係で、鉱山都市グローグって町に向かう途中でね。そんな時、ノーブリスに向かうアニュエちゃんと出会って、旅を始めたの」
「その節はどうもありがとう……この話、まだ続く?」
「アニュエ、静かにして」
「あっ、はい……」
アシュレイに怒られ、そのまま着席する。意気揚々と話すケルティと、それを興味津々に聞くお姉ちゃんとアシュレイ。いや、お姉ちゃん。お姉ちゃんは今までに何度か聞いてるでしょ。
「まずなにが驚いたって、アニュエちゃん、『お肉好き?』って聞いてきたと思ったら、そのまま森の奥へ消えて、イノシシを狩ってきちゃったんだよ。それも、なんの変哲もない木剣で、イノシシの頭を砕いて!」
「イノシシの頭を木剣で……?」
「え、できるでしょ……え、普通だよね……? 普通のイノシシだよ……?」
まるで変人を見るかのような目でこちらを見てくるアシュレイ。相手は魔物でもなんでもない、ただのイノシシだ。木剣と魔法があれば、頭部を砕くくらい簡単だと思う。
いや、わたしがおかしいのか……?
「他にも、斬撃を飛ばして鳥を捕まえたり、色んな属性の魔法で料理を始めたり」
「斬撃を飛ばす……? 色んな属性の魔法……?」
「うん。水の魔法で水を出して、火の魔法で火を起こして、風の魔法で火加減を調整して……アニュエちゃん、属性による不得手がないの?」
「え、うん……わたしはお母さんの魔法があんまり遺伝しなかったみたいで、火に特化してない代わりに、色んな属性をそれなりに使えるというか……」
聞かれたから説明しているだけなのに、変な目で見られる。アシュレイはどうやら氷に特化しているみたいだし、お姉ちゃんは火に特化しているし。属性によって偏りがないわたしが羨ましいのか? そうは言われても、できるものはできるんだから仕方ない。わたしのせいではない。
「ほ、ほら……わたし、治癒魔法苦手だしさ……あと地属性魔法もちょっと苦手で……」
「苦手ってことは、使えるのは使えるってこと?」
「え、まあ、うん。少しなら……」
なんだか空気が重い。素直に答えているだけなのに、なんでこんなに重々しい空気に晒されなきゃならないのか。理不尽だ。
「アニュエのことで印象深い話っていうと、あれかな。アニュエ戦士団の皆」
「あー……アランたちね」
アニュエ戦士団。あのあとすぐに別れちゃったけど、今でも元気にしているんだろうか。
「それ、私知らないなぁ。誰のこと?」
「あれ……ああ、そっか。ケルティはあの時いなかったんだよね」
あれはケルティと別れてグローグを発ったあとの話だから、ケルティも知らない話だったのか。そういえば、話したこともなかったかな。
「ケルティさんと別れてノーブリスに向かう途中、一緒にいたジスっていう子が、盗賊に捕まったんです。その親玉がアランっていう人で」
「うんうん。盗賊ってのも誤解で、義賊だったんだけどね」
懐かしいなぁ。そんなに前の話でもないのに、もう何年も前のことのように思える。みんな、真っ当な道で生きてくれてるのかな。だとしたら嬉しいけど。
と、ここまでは普通の話だったのに。
「私も、現場を直接見たわけじゃないけど……アニュエ、アランさんで新しい技の練習したんでしょ?」
「うっっ……」
……お姉ちゃんの爆弾発言だ。余計なことを言わないでよ。ほら、ケルティもアシュレイも変な目で見てるじゃん。
「新しい技?」
「う、うん……砕連撃っていう……相手の内臓をぐちゃぐちゃにしちゃう三連続攻撃の練習を……」
「うわぁ……」
あからさまに引かれている。いや、あれはわたしも加減を間違えただけで、あそこまで瀕死の状態になるとは思ってなかったんだよ。というか、まさか一発目から成功するだなんて思ってなかったんだから。
「……その人、上手くあの世に逝けたの?」
「死んでないから! ちゃんと治したから!」
普段はあまり冗談を言わないアシュレイまで、悪ノリしてきた。誰も死んだなんて言ってないだろ。死んでたら大問題だよ。
「……とまあ、語るに語り切れないくらい、アニュエちゃんのおもしろエピソードはあるんだけどね」
「おもしろエピソードって言わないでよ」
別にわたしだっておもしろおかしくするためにやったんじゃないんだよ。結果的にとんでもないことになってるだけであって。
「だからまあ、今回のことも驚いたけど……アニュエちゃんならあり得るかな、って思っちゃったよ、ナハハ」
「確かに。アニュエなら何をしても不思議じゃないもんね」
「二人はわたしのこと、なんだと思ってんの……」
こっちの世界じゃ、まだか弱い十一歳の女の子だよ、わたし。そんな化け物みたいな扱いされちゃ困る。
二人がそんな風に笑っている隣で、アシュレイは少し寂しそうな顔をしていた。どうしたんだ?
「アシュレイ、どうかした?」
「少し……羨ましいと思って。皆みたいに旅ができたら、楽しいんだろうなって、思っただけ」
ふむ……そうか。アシュレイ、この町で友達と呼べる友達は誰もいないんだったな。そう思うのも無理はない、か。
……そうだなぁ。
「アシュレイも一緒に、来る?」
「……え?」
わたしがそう提案すると、アシュレイはぽかんと、口を開いて呆けていた。
「その……さ。いずれ時が来たら話すけど、実はわたしたちの旅の目的って、『復讐』のためなんだよね。だから、アシュレイが思っているほど、明るくて楽しい旅じゃないかもしれないけど」
わたしたちの旅の最終目標は、みんなの仇であるクレインを殺すこと。そして、クレインに手を貸していた調停者を殺すことだ。だから、旅が楽しいものになるという保証はどこにもない。
「それでも良ければ、アシュレイも一緒に来なよ」
ただ、こうして巡り会えたのもなにかの縁だ。いずれ復讐を果たす、その時まで。その時まで、旅仲間が増えるくらいは、いいだろう。
「……いいの? 私みたいなのが、一緒にいて」
「ダメならお昼に誘ったりしないし。もちろん、アシュレイがいいなら、だけどね」
「……考えて、おく……」
アシュレイは困ったように、照れたように、顔を少し赤くしながら目を逸らした。おっと、恥ずかしがっているな。うい奴め。
まあ、どう転ぶかはわからないけど……ひとまずは目の前の問題の解決を急がなきゃな。
カストフの大迷宮。
まずはそこで、わたしが手に入れなければならないものとやらを、探さなくちゃ。




