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剣聖ちゃんネクストステージ!  作者: クレイジーパンダ
第2部・1章『ダンジョン・ハント』
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第七十五話 戦の後で

『かんぱーーーいっっ!!!』



 ギルド内に併設されている酒場は、尋常ではないほどの盛り上がりを見せていた。理由は簡単。過去類を見ないほど軽微な被害で、迷宮膨張(スタンピード)を抑え込むことができたからだ。


 大勢の探索者たちが、お酒の入った大きなジョッキを手に、歌い、叫び、笑っている。怪我をした者は少なくはないが、命を落とした探索者はいなかった。


 今回の迷宮膨張では、市民に直接の被害が及ぶことはなかった。一部、戦闘の余波で住居などが破損した区域もあったようだけれど、幸いにも、非戦闘員である市民の怪我人はいない。


 探索者にも死者は無し。肉体の欠損や後遺症が残るほどの怪我をした者もおらず、みんなが、それなりに健康な状態で生還することができた。



 それもこれも、恐らくはギルドマスターの有能さ故だろう。ギルドマスターが素手で魔物を倒せるほどの実力者であり、率先して魔物を倒していたからこそ、これだけの被害で済んだ。結局、親玉格のサイクロプスも、一人で圧倒してしまったみたいだし。降りた時にはもうトドメを刺したところだったよ。


 あとは、まあ……迷宮膨張を起こしたのが、四迷宮のうちの一つだったということが幸いなんだろう。二大迷宮が迷宮膨張を起こしたのは、過去に一度だけらしいけど、その時は今回とは比べものにならないくらい強力な魔物も現れたらしいから。



……ま、そんなことはどうでもいいか。せっかくの宴なんだ。お酒は飲めないけど、存分に楽しませてもらおう。




「おーう、楽しんでるか、嬢ちゃん!!」

「うん?」


 酒臭い息を撒き散らしながら肩を組んできたのは……えっと、誰だっけ、この人。見たことあるな。確か……、


「ギズロ、だっけ?」

「おぉう、あんときゃ助かったぜ」


 背中をバンバンと叩かれる。痛い。痛いが、悪い気はしない。


 この人はあれだ。応援部隊で走らされてた時に助けた、槍使いの探索者。大盾使いの人が仲間にいたみたいだけど……いや、あそこにいる、腕相撲で盛り上がってるのがそうだな。


「体はどう? 大きな怪我はない?」

「お陰様でな。子供だなんて言って悪かったな」

「いいよ。言われ慣れてるし」


 まあ、実際問題、見た目は子供だしね。そう言われるのも仕方がないってことよ。



 ギズロが気軽に絡んできたこともあってか、彼の来訪を境に、次々とわたしのもとへやってくる探索者が現れた。みんな、応援部隊として助けた探索者たちだ。最初は褒められて悪い気がしなかったけど、段々と規模が大きくなり、しまいにはお酒を飲みながら、わたしを称える歌なんてものを歌い出すもんだから、こっそりと抜け出してきてしまった。



 探索者たちの目を盗むように、大きな酒樽の陰に隠れ、一息つく。まったく、落ち着いてご飯も食べられやしない。



「アニュエ」

「はひっ」



 見つからないという安心感からか、名前を呼ばれて変な声が出た。が、この声は……。



「な、なんだ、アシュレイか……」

「あっち、偉大なる戦士アニュエだなんだって歌ってるけど。行かなくていいの?」

「歌ってるから行かないんだよ……」


 あんなところに行ったら、今日一日、解放されないだろう。もしかしたら、なにかの間違いでお酒も飲まされるかも。まだ成人してないからお酒はダメだよ。


 アシュレイは男たちと違って、小さなグラスにちょっぴり入ったお酒を嗜んでいた。そうか、この世界もオルタスフィアと同じで、十六歳で成人だっけ。アシュレイもお酒は飲めるんだな。


「アニュエたちの活躍、皆が噂してる。一番の功労者だって」

「一番の功労者は、一人で親玉捻り潰してたギルドマスターでしょ。それに、アシュレイだって、一人で持ち場守り切ったんでしょ?」

「弱い魔物しかいなかったから」

「それでもすごいことだよ」


 アシュレイの噂ならわたしも聞いた。一人で戦いたかったのか、それとも他の探索者が逃げ出したのか。それは定かではないけど、持ち場を動かず、その場に現れた魔物を、一人で全て倒したって。


 一番の功労者だとか、正直、そんなものは決めるだけ無駄だと思う。強いて言うならギルドマスターだとは思うけど、みんなが頑張ったから、こうして、みんなでどんちゃん騒ぎができてるんだ。誰が一番とか、そんなものは決めるだけ野暮だと思う。


「オリビアは?」

「先に宿に戻って休んでる。お姉ちゃん、こういう集団戦にはあまり慣れてないからね」


 お姉ちゃんは魔力と体力の消耗が激しく、宿で休んでいる。ケルティが診てくれているから大丈夫だとは思う。わたし一人で宴に出るのもなんだと思って、わたしも宿にいると言ったら、『私の代わりに楽しんできて』なんて言い出すもんだから。それを無視するのもなんだかなぁ、と思って、わたし一人でここにきたってわけだ。


「怪我はしてないから、休めば治るはずだよ。今はケルティが、栄養のある料理を作ってくれてるはず」

「そう。それなら良かった」


 アシュレイはわたしに倣って酒樽の裏に座ると、グラスに残ったお酒を飲み干した。お酒には強い方なんだろうか。あんまり、顔も赤くなってないように見える。


「ねえ、アニュエ」

「なに?」


 アシュレイがわたしの方を向きながら、名前を呼んだ。



「前線で戦ったのは、本当に町の人を守るため……ただ、それだけの理由?」



 ぎくり、と、ポーカーフェイスを気取っていたつもりだったけれど、僅かに頬がひくついてしまった。


「……なんのことかなぁ」


 誤魔化せない、かな?



 そりゃあもちろん、町を、町の人を守りたいって理由に嘘はない。ケルティだっているし、お世話になった人だってたくさんいるんだし。それは嘘じゃない、けど。



 でも……アシュレイの言うように、それだけが理由でもなかった。わざわざ後方支援ではなく『最前線』に出たのには、他にも理由がある。


 強くなるため、その訓練。それもある。けど、一番の理由は……。



「それだけが理由だったのなら、別にそれで構わない。けど……これは無駄になるかも」



 アシュレイは懐から、一枚の便箋のようなものを取り出した。それがなんなのかはわからない。


「そ、それは?」

「ギルドマスターへの推薦状。アニュエとオリビアを、特例で、一級探索者へ昇格してもらうように書いてある」

「うっっ……!!」



 喉から変な声が出た。それはまさしく、わたしが欲しがっていたもの。


 わざわざ最前線に出た一番の理由。それは、二級探索者から一級探索者への昇級を、ギルドマスターへ交渉するためだった。


 ここで大勢の人を助け、大きな功績を残せば、それだけ交渉が進めやすくなる。一級探索者への昇級試験の内容は知らないけれど、きっと、時間がかかるものだと思う。わたしたちは一刻も早く、大迷宮の深部へと潜りたかったんだ。


 それに、あの時調停者が言っていたこと。カストフの大迷宮に、わたしが望むものがある。二級探索者でも大迷宮の上層部へは挑めるけど、深部へ挑むためには、やはり一級探索者への昇級が必要だ。



 アシュレイが、ひらひらと、その手に持つ便箋を揺らし始めた。途端に、それが光り輝いて見える。アシュレイに後光が刺して見えるほどだった。



「ほ……」

「ほ?」

「ほじい……でずぅ……!!」



 額を地面に擦り付けるほど、頭を深々と下げる。その姿を見て、アシュレイは耐えきれず、吹き出して笑っていた。



……アシュレイがこんなに大笑いしてるところ、初めて見たかも。



(アシュレイ……笑ったら、こんな顔になるんだ)


 それは、年相応の少女の笑顔。『雪鬼』だなんだと言われて嫌われているみたいだけど、なんてことはない。ただの女の子じゃない。



「……うん。きっと、アニュエならそこまで考えてると思ってた。賢い人だから」

「うぅっ……」

「はい。ギルドマスターも、アニュエたちの功績は分かっているから、無碍にはしないはず。すぐには無理でも、昇級は楽になると思う」

「ア゛シ゛ュ゛レ゛ィ゛ィ゛……!」

「うわっ、な、なにっ……?」


 思わず抱きついてしまった。くっそ、こんなに可愛くて優しい人に排他的だなんて、ここのギルドの人間、全員討ち滅ぼしてやろうか……!?




 それから、少しだけ表情が柔らかくなったアシュレイと笑い合って、話し合って。そして、長かった一日が幕を下ろした。






   * * *






「で」

「はひっ」



……わたしは今、一人で、あのギルドマスターと対峙していた。お姉ちゃんはまだ具合が悪いらしく、宿で寝込んでいる。


 翌朝、わたしはギルドマスターを尋ねていた。用件はもちろん、一級探索者への昇級の交渉だ。アシュレイにもらった推薦状も持って、意気揚々とギルドマスターのもとへやってきた。



……は、いいものの。



「これは、アシュレイを脅して書かせたものではないのだろうな……?」

「ちちち、違いますぅっっ……! 断じてそのようなものではっ……!!!」



 なぜか、ギルドマスターの圧がいつも以上にすごい。すんごい。漏らしちゃいそうなくらい怖い。だってこの人、魔物の頭を素手で握り潰して、サイクロプスに膂力で勝っちゃうような人だよ? 今のわたしじゃまず勝てないだろ。



「はぁ……」



 ギルドマスターが推薦状を机に置き、ため息をこぼした。もはや交渉どころではない。即刻土下座してここを去らねばならない勢いだ。


「アニュエ」

「はひっっっ」

「この推薦状、中身は読んだか?」

「いい、いえっ、推薦状だし、読まない方がいいと思ってっっ……!!」



 中身を改ざんされる恐れもあるだろうから、もらったその状態からなにも触っていない。もちろん、内容を読むことさえ。


 アシュレイ、まさかわたしを騙したのか……? 一体どんな罵詈雑言をあの手紙に込めたんだ……?




「……あの子はな」

「……はい?」

「昔から、私に何か頼み事をするということがなかったんだ。勿論、ギルドマスターとしての私に要請をすることはあっても、母としての私に、何かを頼むということはなかった」

「はぁ……」



 容易に想像できる。アシュレイの性格なら、一人で抱え込んで解決しちゃいそうだもんな。


 ギルドマスターが、一度は机に置いたはずの推薦状を再び手に取り、その冒頭を読み上げた。



「そんなアシュレイが、『母さん、頼みがあります』、だとさ。私の弱みを、的確に握っているようで恐ろしいよ」

「そ、それはつまり……?」

「お前たちがアシュレイを脅して書かせたのでなければ、これは……アシュレイが、お前たちに心を開いた、ということだ」



……アシュレイが、そんなことを?


 確かに、この町に来てからは、極力アシュレイを気にかけるようにしていた。わたしたちはアシュレイのことを友達だと思っていたし、アシュレイも、ある程度はわたしたちに心を許してくれているんだと思っていた。


 でもまさか、そこまでしてくれるほど、わたしたちに心を開いてくれていたのか? 出会って間もない、わたしたちに?



「アニュエ・バース」

「はいぃっっ!」



 突然ギルドマスターが名前を呼び、立ち上がったもんだから、思わずわたしまで飛び上がってしまった。


 そんなわたしを気にすることもなく、ギルドマスターは、深々と頭を下げた。



「ありがとう。アシュレイの友達でいてくれて」

「そ、そんな、わたしたちは……」

「あの子が心を開いたのは、お前たちが初めてだ。それだけ、お前たちには『人を魅了する何か』があるということなのだろう」



 そう言われると、悪い気はしない。アシュレイ、実を言うとすごく可愛いし。可愛い子が友達に増えるのは、わたしとしても喜ばしいところだ。



 そして、この調子で昇級も……、



「だが、それとこれとは話が別だ」

「ですよねぇ……」



 そう上手くは転ばなかった。ギルドマスターは一転して表情を切り替えると、椅子に座り直し、顎に手をやった。なにか考えている様子だ。



「とは言え、今回の迷宮膨張……お前たちの活躍がなければ、被害はもっと広まっていたかも知れん。その功績は認めねばならないし、それに、お前たちには確かな実力がある。アシュレイと並ぶほどのな」


 それから暫く考え込むような仕草を見せ、そして、両手を合わせて叩き鳴らした。ぱぁんという乾いた音が、部屋の中に響き渡る。




「……良かろう。アニュエ・バース、オリビア・バース両名の一級探索者への昇級を、特例で認めることとする」

「えっ!?」

「ただし。一つ条件がある」


 条件、と聞いて、ごくりと生唾を飲んだ。ギルドマスターとの一対一の模擬試合とか言わないよな? 死人が出るぞ?


「大迷宮に挑む最初の三日間、これにアシュレイを同伴させろ。その上で、大迷宮の深部へと進んでもらう」

「アシュレイの同伴……ですか?」

「そうだ。お前たちに実力があるとは言っても、大迷宮は実力だけ(・・)では生き残れない場所だ。その点、アシュレイならば大迷宮の特性もよく理解している。お前たちが大迷宮に慣れるまでのトレーナーだと思えばいい」


 そんなことなら、いくらでも同行してほしい。というか、それを抜きにしても一緒に来てほしい。元々、昇級できたらパーティーに誘うつもりだったし。


「それが了承できるなら、お前たちの昇級を認める。どうだ?」

「……わかりました。お願いします、ギルドマスター」

「……よし。ならば、迷宮に挑むのは少し待て。一級探索者用のバッジを用意せねばならんのでな」



 なんだか嬉しそうに、ニヤリと笑うギルドマスター。バッジは昼頃には用意できるというので、それまではどこかで時間を潰していよう。アシュレイも誘って、宿でお昼ご飯を食べてもいいかもな。








——その頃、部屋の前では、一人の少女が、二人の会話を盗み聞いていた。


「……良かったね、アニュエ」


 水色の髪をふわふわと揺らしながら、レイピアを携えた少女は、勘付かれる前にその場を離脱した。

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