第七十話 新しい技
(お姉ちゃんの方も、もう終わりそうだな……)
ホブゴブリンの相手をしながら目をやると、お姉ちゃんがちょうど、見事な空中回避でゴブリンを一掃しているところだった。あと残っているのは一体。それも、負傷して戦えないゴブリンだ。やっぱり、この程度だと大した訓練にはならなかったか。
わたしもわたしで……何というか、期待外れといった感じ。
『ギェェエエッッ!!』
「うるさい」
振り下ろされたホブゴブリンの大剣を、軽く弾いた。クレインほど重い一撃でもなく、アシュレイほど速いわけでもない。この程度なら……戦士団のアランの方がまだ良い戦い方をする。難易度の低い四迷宮の最初のボスだから、あまり期待はしていなかったけど……それでも、この程度か。
いや、それとも、ここ最近強敵との戦いばかりで、感覚が麻痺しているのかもしれない。一般の人や、わたしくらいの年齢の子供からすると、このホブゴブリンだって悪夢に近いような化け物に感じるはずだ。
……うぅん。迷宮のボスと戦えば、調停者と戦った時に感じた、あの妙な力をもう一度感じられるかとも思ったんだけど。あの感覚、どこかで知ってるような気もするんだよなぁ。
「アニュエっ!」
「うん?」
ふと考え事をしながらホブゴブリンの攻撃をいなしていると、わたしの名を呼んだお姉ちゃんの声で、思わず手に力が込もりすぎてしまった。
ビシィッ、という大きな音と共に、わたしが弾いたホブゴブリンの大剣に大きなひびが入る。それはもう修繕不可能なレベルで。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をね」
「考え事って……ボスと戦ってるのに?」
「思ったより手応えがなくてさ。一体しかいないから、お姉ちゃんの方が大変だったかも」
雑魚との戦闘は終わったみたいだ。というか、お姉ちゃんの後ろに炎で形取られたような剣が二本、浮かんでいる。ここまで一緒に来たけど、初めて見た魔法だ。
「お姉ちゃん、それは?」
「ああ……敵が沢山いる時のために、新しい魔法を試したくて。ママの真似だけど」
「お母さんの?」
「うん。まだ、ママみたいに上手くはできないけど……」
お母さんの魔法、か。実のところ、お母さんがどんな魔法を使うかって、殆ど知らないんだよね。お姉ちゃんみたいに、学園でお母さんのことについて触れる機会もなかったし、お母さんが戦っているところだって……あの時は、調停者と戦うのに必死で、そこまで見ている余裕はなかったし。
「でも、お姉ちゃんなりに上手くできたんでしょ?」
「できた、のかなぁ……自分じゃよく分からないけど」
「無傷であのゴブリンたちを倒せたんだから、できてるってことだよ」
ホブゴブリン一体を相手にするならともかく、ゴブリン八体を相手にするなら、確実に死角からの攻撃も増えてくる。それを無傷で乗り越えたんだから、大したものだと思う。
まあ、それはそれとして……問題はこっちだな。
ただでさえ訓練相手にもならないというのに、その上、剣にもひびが入って使い物にもならなくなった。お姉ちゃんに戦ってもらうという手もありだけど、何かしら功績を残しておかないと、試験に不合格だとか言われたら困るんだよな。一応、後ろでアシュレイが見張ってるし。
(そうだなぁ……お姉ちゃんも新しい魔法を開発してることだし、わたしもそろそろ、新しい技でも作りたいところだけど)
この世界に来てから編み出して、あらゆる敵に有用な技といえば、瞬連斬と内砕きを融合させた砕連撃。でも、これだってそのままじゃ通用しなくなってくるだろう。調停者や、その影にいるかもしれない存在と戦うことを考えると、もっと強力な技を考えなくてはならない。
できることなら、神速剣に匹敵するような威力の技が欲しい。あの技は難易度が高い上に武器を選んでしまう。アーティスならよほど連発しない限りは大丈夫だろうけど、言い換えれば、連発するような事態があれば折れてしまう可能性がある。それほど、剣自身にも負担がかかる技なんだ。
それに、調停者やクレインクラスの相手と戦う時、魔法の操作をしくじって不発になる可能性も、無くはない話だ。それを踏まえて、難易度が低く、そして威力が高くて汎用性の高い技を編み出したい。
……今にして思うと、前世の剣聖ちゃんとしての強さを恨むよ。前世のわたしは強すぎて、新しい技の開発も怠っていたし、それ以上鍛錬することだってなかった。もう少し真面目に鍛えていれば、こっちの世界でこんなに苦労することもなかっただろうに。
(まあ、今更後悔したって遅い、かぁ……)
はてさて、どうしたものか。
「アニュエ、大丈夫っ?」
「大丈夫だよ。思ったより訓練っぽくならなくてさ。どうせなら、新しい技でも考えてやろうか、って思ってるんだけどね」
ホブゴブリンに動く気配はない。こちらを警戒しているのか、あるいは、新しいゴブリンたちが集まってくるのを待っているか。また雑魚が復活したら面倒だ。その前にケリをつけよう。
考えよう。威力の高い技? それとも、速い技? いや、ただ単に強い、速いってだけじゃ調停者たちには通用しない。神速剣なんて、アシュレイに目で見て避けられてたしね。こっちの人間の強さってどうなってるんだ、ほんとに。
強くて速い技、なら可能性はある。たとえば、砕連撃と同じ容量で、瞬連斬と神速剣を組み合わせることができれば、通用するかもしれない。ただ、神速件自体を他の技に組み込むことは、その仕組み上難しい。さすがのわたしでも、そこまで複雑すぎる魔法の行使はできないだろう。試したことはないけれど。
だったら、どうするか。単純に強い、速いだけでは効かない相手がいる。まずは、相手に攻撃し、ダメージを与えることを優先しなくちゃならない。
……ふと、後ろでわたしたちのことを見ている、アシュレイのことを思い出した。
(……そうだ。フリーズライド、だっけ。あれは速いだけじゃなくて、複雑な動きで敵に防がせないようにしてるんだ)
何も、強い技ってのは威力が高いだとか、速いだとか、そういうものだけではないんだ。相手に避けさせない、防ぐ隙も与えない。今後は、そういった立ち回りも必要になってくるか。
……よし。物は試しだ。なんでもかんでも試してみて、ダメならその時考えればいい。
相手が避けられないような攻撃。動きで翻弄するとか、不意打ちをするとか、色んなやり方があるだろう。アシュレイのフリーズライドという魔法は、複雑な動きで相手を混乱させると同時に、そこから相手の死角に潜り込み、不意打ちを仕掛けるといった器用な真似のできる技だ。
正直な話、あれを丸々真似してしまえばいい話なんだけど、アシュレイが見ている前でそれはちょっと気が引けるし。それに、あれはアシュレイが最適化して扱いやすくした魔法だ。わたしが真似したところで、同じ結果は得られないだろう。
あそこまで複雑な動きは必要ない。わたしはただ、相手の一瞬の隙をついて……たとえばそれは、瞬きだったり、ほんの一瞬の気の緩みだったり。そういう無意識下の隙をついて、相手の死角に潜り込んでしまえばいい。
わたしはゆっくりとボブゴブリンへと歩み寄り、剣を構えた。奴は警戒しながらもひびの入った大剣を正面に携え、まるで『近づいてくるな』とて言いたげに、醜い悲鳴をあげていた。
一歩、また一歩と足を進め、ホブゴブリンの呼吸や心臓の動き、筋肉の動きまでをも脳に叩き込んでいく。これを相手にして失敗するようなら、この技はわたしには向いていない。逆に、初めてで成功するなら、鍛えるだけの価値がある技だってことだ。
無意識下の隙をつき、超高速で移動して相手の死角に移動する。今まで『剣技』や『魔法』を開発したことはあるけれど、これはそのどちらとも違う。『戦法』……いや、『歩法』か。
「……あっ!?」
後ろで、お姉ちゃんの驚く声が聞こえた。ホブゴブリンが瞬きをしたその一瞬を逃さず、わたしは神速剣の風の爆発を応用して、超高速で奴の背後に回り込んだ。奴の目には、高速で動いたわたしの残像だけが焼き付いていただろう。
そして……奴の背中から、その胸を剣で貫いた。
心臓を一突き、にしたのだろう。ホブゴブリンはすぐに、糸の切れた人形のように動かなくなり、その場に倒れ込んでしまった。
「……いける。まだ改良はしなくちゃいけないけど……使える」
確かな感触が残った手を、握ったり、開いたり。
やっていることは、神速剣とあまり変わらない。変わるのは、高速で移動するのが剣ではなくわたしであること。そして、その後の一撃が『ある程度』死角からのものだということ。
アシュレイは試験の時、わたしの神速剣を目で見て避けてみせた。他の人より、はるかに目が優れているんだろう。高速で動く剣を目で見て捉え、防いでみせた。
しかし、動くのがわたし本人なら話は変わってくる。仮に動きの初動が目で追えたとしても、その後の一撃は死角からのもの。神速剣を防ぐのが『目で見て』『防御する』の二つの工程に分かれるのに対し、この歩法への対処は『目で見て』『わたしの位置を把握し』『防御する』の三工程に分かれる。わたしたちクラスの戦いになってくると、この『一つの工程』が増えるだけで、対処がかなり困難になってくる。
もちろん、これだってまだ開発途中の技だ。今は風の魔法で高速移動をしているだけに過ぎないし……何より、神速剣と同じで、今度はわたしの肉体へのダメージが大きい。同じく、連発はできないだろう。その辺りも何か対策を考えないと。それに、いずれ、なにかしらの原理を使った魔法で、実際に幻影などを生み出せたら……さらに対処が困難になるだろう。
「幻影、か……いいね、気に入った」
この歩法の名前は……仮に、『ミラージュステップ』としておこう。きっと、これから先、わたしの役に立ってくれるはずだ。
「ありがとね。おかげで、少しだけ前に進めたよ」
まだそこに残っているままのホブゴブリンの亡骸に、そう弔いの言葉を投げた。訓練にならないと思っていたけど、思わぬ収穫だ。
……まあでも、何はともあれ。
「お姉ちゃん」
「うん」
二人して手を高く掲げ、そして、ハイタッチをする。
『ボスエリア、攻略っ!』




