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第八話 ばかやろうに見つかった

 訓練を始めて約一年。何ともう四歳である。この一年は早いもので、主に訓練ばかりして終わってしまった。しかも裏山にこもるための言い訳も苦しくなってきて、しまいには『夢を探しに』とか言っちゃう始末。夢を探しにってなんだよ、リストラされたおっさんか。


 一年が経ったと言っても、まだ一年。実力の方が劇的に変わったかと言われればそうでもない。一年やそこらで強くなれれば誰も苦労しないのだ。


……と、言いたいところだけど、変わったところもある。


 まず、筋肉はちょっとついた。下地が完成したって感じ。同年代の子たちに比べたらちょっとスリム。他の子達はまんまるだし。

 後、マナ関連も少しマシになった。貯蔵量が少ない分回復も早く、なので回転率が早い。同年代の中では負けないと思う。そもそも周りに魔法使える同年代居ないけど。


 剣技に関してはイマイチ。やっぱり体格が以前と違いすぎるのと、体の出来とかが違うせいで、こっちはあんまり進展がない。今は素振りで腕の筋肉をつける程度に留まっている。



 さて。訓練の成果はこんな感じ。ただ、それとは別で困ったことがある。




「……じー」



 木の陰からこっそりとこちらを覗く奴。お隣に住んでるザックだ。ツンツン頭のお馬鹿さんで、わたしと同い年。


 何だか最近……ここ数週間、気付けばザックに見られている気がする。家の陰とか木の陰とか色々。気配を隠してるつもりなんだろうけど思いっきり見えてるからな、馬鹿だから分からないだろうけど。


 こちらとしては別に見られて困るようなことはしてな……あっしてるわ。裏山には行くなって言われてるし、何ならこの世界の法則無視して魔法使ってるし。やっべお母さんにチクられたら終わる。帰れお前。


 今日も今日とて、家から出て暫くウロウロしているわたしをちょこまかと追い回して、ザックはじろじろと見てくる。いい加減気持ち悪いな、ストーカーかよ。



「……ザック、見えてる」

「……まじ?」


 木の陰にいるザックにそう言うと、ザックは驚いたような顔で陰からひょこりと頭を出した。いやお前、思いっきり尻見えてるし。顔だけ隠してどうすんだ馬鹿。


 ザックは頭をかきながら、わたしの方へとやってくる。いや何『遂に気付かれたかー』みたいな顔してんだ。最初っから気付いとったわハゲ。


「ここ最近ずっと見てるけど、なんか用?」

「うぇっ、前から気付いてたのかよ」

「隠れんの下手すぎ。見えてるし」


 主に尻が。お前の尻なんざ誰も興味ねーよ。


 一つ小さな咳払いをして……いや四歳児が咳払いなんてすんな、おっさんかよ。


……んほん。


 一つ小さな咳払いをして、ザックは言った。いや、投下した。爆弾を。



「お前、裏山いってるだろ」

「……何のこと?」


……嘘だろ。見られてる間はずっと撒いてから裏山に行ってたのに。何で知ってやがる。入るところまでは見られてないはずだ。



「去年ごろに見た。裏山入っていくところ。だから最近、見てたんだ」

「……ちょっと何言ってるのか分からないですね」

「何で丁寧なんだよ」


 去年かー。そらわたし知らんわ。訓練したての頃に見られてたってことかな。何で今更ストーカーすんの? 諦めろよ。


「裏山は入っちゃダメなんだぞ。母さんが言ってた」

「いや、わたし裏山とか行ってないし。ダメって言われてるから」

「嘘だ、入っていくとこ見たぞ」


 こいつ……馬鹿なのにしつこい。一番タチ悪いぞ。馬鹿なんだから潔く諦めろ。お前一足す一を百とか答えちゃうような脳みそだぞ。きっとお前の勘違いだそれは。


 しかししかし。ザックは諦める様子もなく、更に言及してくる。


「しかも、最近ずっと見失うし。裏山いってるんだろ」

「行ってない行ってない。それあれだよ、神隠しってやつ」


 神隠しって何だよわたし失踪してるじゃん。言い訳が見苦しいぞアニュエ・バース。ザックと同類かもしれん。


 はー……どうやって切り抜けるか。訓練をしてること自体はまあ良しとして、危ないから入るなって言われてる裏山に一人で行ってることを知られたら、最悪外出禁止令が出る可能性もある。いや冷静に考えたら魔法の訓練もダメだな、危なすぎる。

 お姉ちゃんに知られるならまだ口封じもできるけど……ザックかぁ。口軽そうだしなぁ。髪の毛とんがってるし。


 何としてでも行ったという事実を否定するか、或いは面倒なことになる前に教えて口封じしておくか……またまた或いは物理的に口封じしてしまうか。最後のは却下、物騒すぎる。四歳児で抹殺案件はよろしくない。


 なので、穏便に済ませる一か二。ザックの性格からして、教えなかったら逆に面倒になりそうだし……そういう性格なのだ、こいつ。

 それにいつまでも付きまとわれるのも面倒くさい。毎回追い払ってから裏山に行かなくちゃならないし、裏山で見張られたら終わりだ。他に訓練ができそうで人目がないところを探さないと。



……仕方ない。こいつは巻き込んでしまうか。断るようなら抹殺案件だ。


 もちろん冗談だよ。



「……分かった。ほんとのこと言うよ。こっち来て」

「ん、分かった」


 人目のない木の陰に隠れて、わたしはザックに耳打ちした。


 内容は少しぼかしつつ。わたしがこっそり裏山に行っていること、家族の誰もこのことを知らないこと、お母さんに知られたら物理的に死ぬかもしれないこと。お母さんは我が家で絶対の存在なのである。


 あ、初耳? 実はそう。我が家で一番怖いのはお父さんじゃなくてお母さんだよ。


 取り敢えず、訓練のことは言わないことにした。理由を聞かれたら訓練のことは伏せつつそれらしい理由を並べればいい。筋トレとか。あそこが落ち着くとか。


 話を聞きながら、ザックは分かっているのか分かっていないのか、ウンウンと曖昧に頷きつつ……あっこいつ分かってねーな。



「だから……裏山には行ってるけど、誰にも内緒なの。ザックも誰にも言わないで、絶対」

「なんで?」

「お母さんに殺される」


 前にも一度……一度だけ言いつけを破って……あぁっ、思い出すだけで鳥肌っ。


「お前んとこの母さん、怖いよな。たまに」

「うん、たまに。悪魔かなって時ある」

「うんうん」


 お隣さんなので話す機会もあるんだろう。たまに鬼か悪魔のような形相をする時があるのでそれを知ってるんだと思う。


 想像できる? あんな物腰柔らかい優しい母さんが、悪魔みたいな顔になるところ。わたしは出来ん。出来んが実際に知ってるので云々かんぬん。


「で、なんで裏山にいってたんだ?」

「えーと……ほら、あそこって落ち着くじゃん。木に囲まれて」

「あー、なるほど。お前、そういうとこが好きなんだな」

「そうそう! 家にいるより落ち着いて本とか読めるし」


 馬鹿で良かった。一生そのままでいてほしい。


 一通り説明して納得したのか、ザックは一度、大きく頷いた。威勢の良い掛け声と共に。


「分かった、秘密にする。お前の母さんほんと怖い」

「ありがと……そうして」


 ある意味こいつで助かったかもしれない。お母さんの裏の顔知ってるし。ほら今も……おいその同情するみたいな顔やめろ。


 しかし、ほんとに黙っててくれるのかな……知られたら本気で抹殺案件なんだけど。裏山禁止令が出なくなるまでは知られちゃダメだ。あと十年くらいか? その間、こいつを仲間にし続けなきゃならない。




……あ、そうだ。閃いた。



「……ザック、ちょっと一緒にきてよ」





   * * *




 ぶっちゃけた話、こいつを共犯者にしてしまえばいい。ザックを裏山に連れていけば中々誰かに言いふらしたりは出来なくなるだろう。


「……なあ、裏山って危ないんだろ?」

「いや、多分道がちょっと悪いとか、そういう危ないだよ。別に獣が出たりするわけでもなし」


 もう何度もここには来ているけれど、危険な生物に会ったこともなければ、危険な目に遭ったこともない。多分、道が悪いからだとか坂道が多いからだとか、そういう理由で危ないって言ってるだけ。なので基本的に問題なし。うさぎとかはちょこちょこ見かけるけどね。


 なので足を踏み外さないように気を付ければ子供だけでも問題ない。


 後ろからついてくるザックは、わたしの進んだ通りの道をそのままなぞっている。まあ、そうしろって言ったからね。転んだら危ないし。


「ザック、ちゃんと付いてきてる?」

「しんどい、つらい」

「しんどいかぁ」


 そんなに語彙力が無くなるほどしんどいかぁ。あ、四歳児だから元々語彙力皆無か。確かに四歳児にこの荒れ道はきついかもしれない。わたしは三歳で歩けてたから感覚がおかしくなってるのかも。


 とは言え、文句を言いつつ付いてくるあたりやっぱり馬鹿なのかもしれない。いいぞその調子だ。その調子でもうちょっと奥まで行って共犯者になろう!



 それから数十分。いつもより遅いペースで、わたしはいつもの訓練場から少し離れた場所に来た。あそこは訓練の影響でちょっと荒れてるからね、仕方ないね。


 着くなり、ザックはその場に倒れ込んだ。息が荒い。そんなに疲れる? ほんと?


「はい、お疲れ様。よく付いてこれたね」

「もう来たくない……」

「そんなに? 体力無いなぁ、もうちょっと運動した方がいいよ」

「無理……」


 あちゃあ。これは暫く休憩しないとダメそうだな。


 まあいい。どのみち今日は訓練出来ないと思ってたし。こいつを共犯者に仕立て上げるために頑張ろう。取り敢えず今は、このまま寝かせとくか。

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