第六十五話 友達になりたくて。
「今確認できてるだけでも、二人……」
それは、わたしが把握している調停者の人数。学園に現れ、クレインと共謀したあいつと、おじいちゃんや支部長に助言をした奴。少なく見積もっても、この二人は確実。後者に直接会ったことがないから分からないけど、特徴だけを聞く限り、この二人が身につけている白い仮面は同じものだろう。
偶然同じものだった、というのは考えづらい。色んな人から話を聞いたけど、この世界に存在する郷土品のようなものではないことは分かっている。もしかすると、誰も知らないような田舎の特産品かもしれないけど……可能性は薄いだろう。
だとすれば、二人の調停者は同じ組織に属する人間……或いは、共通する誰かからあの仮面を与えられた、ということになる。
(ここにきて謎が深まったなぁ……そもそも、二人目の調停者は、なんでわたしたちがここに来るって分かったんだ……?)
おじいちゃんの時もそうだった。わたしがノーブリスに到着する少し前に、調停者はおじいちゃんのもとを訪ねていた。今回もだ。これも偶然とは思えない。
どこかから監視している……それか、案外、身近な誰かが調停者の正体だったりして。
「……? どうしたの、アニュエ?」
「……いや、なんでもない」
まさか、ね。ノーブリスの時はともかく、今回はここに来るまでずっと一緒だったんだから、一ヶ月前にここに来ることは不可能か。
「はあ……分かんないことだらけだなぁ。あいつらがなんなのかも分かんないし、なんでわたしを狙うのかも分かんないし……」
「考えても仕方ないよ。今は、奴らと戦えるように、強くなることだけ考えないと」
「……そだね。分からないことばかり考えてても仕方ない、か」
お姉ちゃんの言う通りだ。奴らの正体は、わたしたちがどれだけ考えたところで分からない。だったら、考えるだけ無駄だろう。わたしを狙ってるあいつが、【オルタスフィア】の人間だって分かっただけ収穫だ。
今はそれよりも……目の前のことを片付けよう。
「あ……アニュエ、あそこ」
お姉ちゃんが声をあげ、指を差す。その先には、長い水色の髪……アシュレイがいた。ギルドのテーブルで一人、昼食を食べているけど……あのテーブルの周りだけ、不自然に人がいないんだよな。
(……なるほどね。母親だったら、これは心配にもなるか)
あの時、ギルドマスターに持ちかけられた『頼み』。それは他でもない、アシュレイのことだった。
「……友達に?」
ギルドマスターが、小っ恥ずかしそうに頷く。
アシュレイの友達になってはくれないか。ギルドマスターの頼みというのは、そんな些細なことだった。わたしたちが思わず聞き返してしまったのは、頼みというのが、そんなに簡単なものだったからだ。
「あの子の両親は私の友人でな。あの子が生まれてすぐに、流行病で死んでしまった。それからずっと、私が引き取って本当の娘のように育てているんだが……」
「だが?」
ぽりぽりと、ギルドマスターが頭を掻いた。
「両親の血を継いでか、あの子は昔から、人並外れて優秀でな。口数が少ないこともあってか、友人と呼べるようなものは一人としておらん。今ではギルドでも孤立している」
「孤立って……そんな致命的なほどに?」
「ああ。アシュレイもアシュレイで、他人に歩み寄ってくれればいいんだが……」
ああ……まあ、口数少なそうではあったな。この世界で知り合った人の中では一番。
「あの子は十六歳だが、そこらの大人よりも腕が立つ。それをよく思わない奴らも多くてな。私の権限でどうにかなる連中は絞めてやったが、ただアシュレイを避けているだけのような奴らはどうにも、な」
なるほど。試験にきていた連中の反応を見る限り、アシュレイは『雪鬼』という名で呼ばれ、あまり良い印象を持たれてはいない。それに、十六歳の女の子よりも弱い、なんて話が出たら面子も丸潰れだろう。そういう意味で、『良く思われていない』のか。
けど……それはわたしたちが関わったところで、どうにかなる問題なのか? アシュレイ自身が他人と関わらないようにしているんなら、わたしたちが構ったところで逆効果だと思うんだけど。
「それで……わたしたちに?」
「お前たち、今年でいくつになる?」
「え? 十一歳……ですけど……」
「私は十四歳、です……」
歳を聞かれたわたしたちは、素直にそう答えた。ギルドマスターは歳を聞いても驚くことなく、話を続ける。
「アシュレイと同じように、若くして才覚あるお前たちなら、あの子と友達になれるやもしれん……と、思ってな」
……無茶振りだな。確かに、わたしたちは平均的な同世代の子供たちより腕は立つかもしれないけど、友達がいないわけじゃない。同じ悩みを持っているわけじゃないから、力になれるかどうかは分からない。
断ろう、ということではない。わたし自身、アシュレイとは話がしたいと思っている。試験を途中で止められたせいで、決着も付かないままだったから。
ただ、わたしたちから話しかけて、友達になれるかどうか……それはまた別の話だ。
「……迷惑な話なのは分かっている。だが、アニュエ……お前との戦い、アシュレイはいつになく楽しそうだった。オリビア、お前も、実力者を相手によく立ち回っていた。二人なら……」
『頼む』
そう言って、ギルドマスターが頭を下げた。この人、見かけはこんなだけど、そうか。この人も『お母さん』なのか。血は繋がっていないけど、娘を心配してるんだ。
ぱちくりと目を開くお姉ちゃんと、視線が交差した。お姉ちゃんも、断るつもりはなさそうだ。そもそも、断る理由もないからね。
「お断りします」
「……っ」
「あ、お断りしますって言っても、友達にならないとか、そういうのではなく」
しまった、言葉を間違えた。弁明が遅かったら死んでたぞ、これ。
「頼まれて友達になる、ってなんか嫌なので。元々、アシュレイには声をかけるつもりでしたし」
「はい。私たち、強くなるためにこの町に来たんです。何とかして、アシュレイさんに稽古をつけてもらえたらなぁ、なんて……」
「お前たち……」
ギルドマスターが顔を上げ、わたしたちの顔を見つめた。そんなに見つめても出せるものなどなにもないが、不満を抱いているような表情ではない。さっきのこたえでまちがってはいなかったのだろう。
そんなこんなで、わたしたちはアシュレイを探していた。そして見つけたのが、明らかに周囲から距離を取られているアシュレイだったので、頭を抱えたというわけだ。ギルドで孤立しているとは聞いたが、まさかこれほどとは。
「やっほぉ、アシュレイ」
近付いて声をかけると、アシュレイはスプーンを止め、顔をこちらに向けた。
「隣、いい?」
「……構わないけど……」
許可が出た。わたしたちはアシュレイと同じ丸テーブルに着き、店員を呼んでそれぞれ料理を頼んだ。ここのギルドには食堂もあるから、ギルドに寄ったついでにご飯も食べられて便利だな。わたしも、さっきの戦いで腹が減って仕方がない。
突然現れたわたしたちを、アシュレイは不思議そうに見つめていた。さっき戦ったわたしはともかく、お姉ちゃんは初対面だからな。
「あ、こっちはお姉ちゃん。試験では別の人と戦ってたんだよ」
「姉のオリビア・バースです。アシュレイさん、ですよね?」
「……」
アシュレイは黙って、答えようとしない。これは……警戒されてるな。まあ、顔見知りとは言え、わたしだって知り合って一時間も経っていないわけだし……それもそうか。
「……ギルドマスターとは、何を話したの?」
アシュレイが、そう切り出した。
「褒められたよ。その歳であの動きは素晴らしい、ってね」
嘘は言っていない。その歳で大したものだ、みたいなニュアンスのことは言われたし、完全な嘘だというわけじゃない。
ギルドマスターとの話を全て、彼女に打ち明けるのはやめておいた方がいい。友達になるように頼まれた、なんて話をしたら、きっと面倒なことになる。言わなくてもいいことだ。
「で、聞いたよ。……アシュレイ、この町でも上位に入るくらいの強さなんでしょ?」
「だったら……何?」
きっとした目付きで睨まれる。強さに関しての話には敏感なのだろう。
変に取り繕うことなく、わたしは素直に頭を下げた。
「……お願い。わたしたちに、力を貸してほしいの」
「……?」
思っていたような言葉とは違って驚いたのか、アシュレイは目を丸くさせ、ぱちくりと瞼を動かしていた。
「私たち、事情があって、強くならなくちゃいけないんです。それで、妹だけじゃなくて、色んな人に稽古をつけてもらいたくて……」
「アシュレイだったら迷宮のことにも詳しいと思って……だめかな?」
彼女なら、この町にある六つの迷宮のことにも詳しいだろう。試験の時に見せたあの強さ……あれなら、クレインとだってやり合える。もしアシュレイがわたしたちに協力してくれるなら、これ以上ない人材だと言っていい。
もちろん、クレインとやり合えるくらいの実力があるからって、実際に奴の前に立たせるわけじゃない。これはわたしたちの問題だ。いずれみんなにも関係のある話にはなるだろうが、今はまだ、わたしたち姉妹で対処しなければならない問題。だから、協力といっても、この町に滞在している間の訓練の相手になってもらえればいいと思っている。それ以上を求めることはしない。
「……今日初めて会った人間に、頼むような内容?」
「……そう言われると、微妙かな」
もう少し仲良くなってから頼むべき話、だったか。まあ、こういうところも含めてわたしだから、そこは理解してもらうしかない。
「二人は……私のこと、嫌わないんだね」
少し暗い表情で、アシュレイがそう言った。
支部長の言っていた……周りの人間が彼女のことを避けてる、って話か。確かに、これだけ食堂に人がいて、アシュレイの周りだけ不自然に人が少ない。というか、いない。意図的に避けているとしか思えない。
ベテランの探索者とか、アシュレイよりも先に迷宮に潜り始めた奴とか……そんな奴らが、アシュレイの才能に嫉妬して、避けているんだろう。そんな奴らばかりではないと思うけど、いかんせん、アシュレイ自身が人を避けるように立ち振る舞っているせいで、親しい友人の一人もいないと聞いた。
だから、迷わずにここにきたわたしたちが不思議だったのか。わたしたちはそんなの気にしないから。アシュレイよりもっと強い奴なんていくらでもいるからね、この世界にゃ。
「私は……身近に、同じようなのがいますし……」
「うんうん……ん、もしかしてわたしの話?」
お姉ちゃんがわたしのことを見つめながら言った。わたしのことか? わたしは別に、周りから避けられたりしていないと思うけど。あれ、もしかしてわたしが気付いていないだけで、わたしってばみんなから避けられてるのか? 嫌われてるのか? だとしたら悲しすぎるぞ。
「ま、まあ……強いから疎まれる、ってのはよく分かるよ。でも、世界は広いってことだね。そんな人間ばかりじゃないって」
そもそも、こんな暴力に満ちた世界で、強い奴の才能に嫉妬してどうするんだよ。いざ敵が攻め込んできただの、他国から侵攻されただの、そんな時に最前線に立って戦うのはお前らが嫉妬してる奴なんだぞ、ってね。文句を言うくらいなら、そういう時は誰よりも前に立って戦ってみろよ、って話だ。そいつらの言いたいことも分からんでもないけどね。
まあ、それはそれとして。まだちょっと、距離を感じるな。どうしたもんか。できれば、こんなに視線を感じる場所じゃなく、落ち着いた場所で迷宮のことも聞いておきたいんだけど……そうだ、もうそろそろ、ケルティも宿を取り終えた頃だろう。
「……とりあえず、このあと予定ある? もし時間が余ってるなら、女子会でもしようよ」
「……女子会?」
そう。レッツ女子会。ベッドに座って、あるいは地べたに座って。女の子たちできゃっきゃうふふとしながら、話すのは甘い雰囲気には似つかわしくない殺伐とした内容。それが、女子会ってやつだ。




