第六十四話 ギルドマスターからの呼び出し
「アニュエ……何したの?」
「わたしに聞かないでよ……」
道中、お姉ちゃんがそんなことを聞いてきた。と言われても、わたし、なにかした覚えもないし、怒られるようなこともしてないはずなんだけどな。アシュレイ共々呼び出されるってことは、なにかあったんだろう。
ただ、お姉ちゃんまで呼び出されるってのは……分からないな。アシュレイとわたし、二人だけならまだしも、お姉ちゃんは他の試験官と戦ってたはずだし。
「お姉ちゃん、試験はどうだったの?」
「あはは……良いところまではいったんだけどね。やっぱり大人の人って強いや」
「まあ、実戦経験が違うからね。仕方ないよ」
負けたか。仕方ないな。お姉ちゃんだって、学園の中じゃ上位を狙えるくらいの腕だし、あの黒いスライム相手に善戦するくらいには強いはずだけど……まだ、経験が少ないからね。ずっと戦って経験を積んできた大人とじゃ、その差で負けてしまうのかも。
ただ、それは裏を返せば、経験を積めば『化ける』ということ。お姉ちゃんはまだまだ強くなれそうだな。今後に期待だ。
「アニュエは……凄かったね。あの人も」
「うん。あのままやってたら、どっちか怪我してたんじゃないかな」
寸止めする気ではいたけど、向こうも本気。あの人が止めなかったら、軽い怪我じゃ済まなかった気がするな。
件のアシュレイは、なにも話さず、ただ黙々と歩き続けていた。わたしたちとは話したくないのか、それともただ口数が少ないだけなのか。
「……ここ。あまり変なことを言わないでね」
そんなアシュレイが、口を開き、大きな扉の前で立ち止まった。ここがギルドマスター室らしい。
……あの人間離れした巨体のギルドマスターが待ってるのか。ちょっと、入るの躊躇うな。
アシュレイが扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。扉の先には、巨体に見合うだけの巨大な椅子と、そこに鎮座する支部長。
「……来たか」
ぎろりと、その鋭い眼光がわたしたちを捉えた。わたしとお姉ちゃんは、その圧力に思わず後ずさってしまった。
……この見た目といい眼光といい、この女、実力はともかく圧力だけは凄まじいな。
アシュレイはそんな圧をものともせず、部屋へ踏み入れる。呼ばれた理由も分からず、困惑したまま、わたしたちもその後を追った。
「アシュレイ、下がっていいぞ。私が用があるのは、そこの二人だ」
「はい」
「はいっ!?」
なんだって? アシュレイは単なる案内役? もういなくなるって? やめてくれ、あんなゴツいのがいる部屋に取り残さないでくれ。
そんなわたしたちの思いは、無惨にも切り捨てられた。アシュレイは言われたように部屋から出ると、一礼して、そのまま行ってしまった。
(……嘘でしょ?)
取り残されたわたしとお姉ちゃん、それからギルドマスター。気まずい。初対面なのに、対応をしてくれそうな奴がいなくなってしまった。これは酷い。
部屋の中が、一気に静かになる。しんとしたその空気を破ったのはギルドマスターだ。
「……すまないな。わざわざ足を運んでもらって」
「い、いや……それは構わない、ですけど……?」
ちょっと、これを相手に舐めた態度を取ろうとは思えない。捻って殺される恐れがある。さすがのわたしでも、相手を見て態度を変えるくらいのことはできるのだ。
お姉ちゃんが、驚いた表情でこちらを見ている。わたしが敬語を使ってることがそんなに不思議か。そうか。
「まあ、立ち話もなんだ。座れ、茶でも淹れよう」
「は、はあ……」
「お、お邪魔しまぁす……」
言われるがまま、わたしたちは並んで、大きな赤いソファに座った。ギルドマスターは奥の小さな扉からどこかへ消える。お茶を淹れてくれているらしい。断ったら捻り潰されそうだから、素直に飲ませてもらおう。
「あっ、アニュエっ……また何かしたのっ……!?」
「だからしてないって……というか『また』ってなに?」
わたし、そんなに行く先々で問題起こしてないでしょ。またなにかしたのか、なんてちょっと心外なんだけど。
そうこうしているうちに、ギルドマスターが戻ってくる。大きな手に、小さなトレー。その上には湯気の立つカップが二つ、載っていた。
「温かいものでよかったかな」
「大丈夫ですっ!」
『よくないです』とか言った暁には『じゃあお前の血を代わりに注いでやろう』とか言われかねない。飲むしかない。命を賭けて。
わたしたちの目の前に置かれたカップを手に取り、お辞儀をしてから一口含む。味は普通。普通のお茶だ。肉食動物の血の味がするとか、そういうものではない。
なんだ、普通にお茶を淹れてくれてただけか。わたしはてっきり、このお茶になにか仕掛けてるもんだと思ってたけど。
案外、見た目があれなだけで、そんなに悪い人じゃないのかも……。
(……めっちゃ見てるなぁ……)
ギルドマスターが、じっと、わたしの顔を見つめていた。顔になにか付いてるかな。いや付いてないな。現実逃避はやめよう。わたし、自覚はしてないだけで、なにかやったのかもしれない。
お姉ちゃんはさっきから小刻みに震えている。カップがカタカタと、露骨に音を立てていた。
「……すまない。そんなに怯えられると、私とて反応に困る」
「あっはい、すみませんっ、はいっ……」
こちらとて困るわ。そんなガン見されたら困るんだわ。怯えるなって言われても無理があるんだわ。
というか、そろそろ本題に入ってほしい。このままだと、わたしはともかく、お姉ちゃんのメンタルが崩壊してしまう。
「それで……あの、なんでわたしたちを……?」
「ああ。その前に、お互い自己紹介といこう。長い付き合いになりそうだからな」
要約すると、絶対に逃さねえぞお前らってことか。
「私はフランジールギルドのギルドマスター、ネルガ・ラングウェーだ。ネルガでもギルドマスターでも、好きに呼んでくれ」
「あっ、はい……わたしはアニュエ・バース。こっちは姉の……」
「オ 、オリビア・バースと、も、申します……」
ガチガチに固まりながら、わたしとお姉ちゃんは名乗った。名乗ってから、ギルドマスターの名前に、少しの違和感を覚えた。
……ラングウェー? それって、確か……。
「あの……失礼ですけど、もしかしてアシュレイのご家族の方で……?」
「ああ……アシュレイは私の娘だ」
「むすっ……」
嘘でしょ? てっきり遠い親戚か何かだと思ってたけど、まさか直系の娘?
だって、アシュレイは髪も水色で、華奢で、レイピアを巧みに扱うスピードタイプだよ? それに比べ、ギルドマスターは逆立った赤毛で、そこら辺に生えてる木を引っこ抜いて戦ってそうな巨躯。どうやったらこれからあれが生まれてくるんだ?
「ふっ……考えていることは大体分かる。直接の血の繋がりはないんだ。似ていなくて当然さ」
「あっ、なるほど……」
怒ることもなく、ギルドマスターは困ったように笑って、そう言った。
失礼なことを考えてしまったが、どうやら血の繋がりはないらしい。義理の娘、ってことか。夫の連れ子だったとか、引き取った孤児だとか……もしくは、お母さんみたいなパターンか。見透かされたってことは、初見の人は同じような疑問を抱くんだろうな。
「その、ギルドマスターはわたしたちにどんな用が?」
「ああ。もしかすると、お前たちに関係のないことかもしれないが……構わないか?」
「……? それは別にいいですけど……」
お姉ちゃんと二人、顔を見合わせる。どうやら、わたしたちがなにかやらかしたわけではなく、なにか、複雑な事情があるみたいだ。時間にも余裕はあるし、大人しく話を聞いてもいいだろう。
「まず、事の発端だが……一ヶ月ほど前のことだ。ある男が……あるいは女が、私のもとへやってきた」
一ヶ月前っていうと……ノーブリスを出発してからヴェガ村を発つまでの間、あの辺りの期間か。
ある男、あるいは女……性別不詳……どこかで聞いたような話だ。まさか。
「額に大きな口が描かれた、白い仮面を付けた奴だ。名乗っていかなかったから、名前は分からないが」
「……調停者っ……」
奴だ。なにが目的かは分からないけど、奴がここに来たんだ。
「やはり知っていたか。お前たちで間違いなかったようだな」
「あいつ、ここでなにかしていったんですか? 誰かを殺したとかっ?」
食い気味にそう聞くと、ギルドマスターは顔色も変えずに、首を横に振った。
「いいや、何もしていかなかったさ。ただ、訳の分からぬことを言っていた」
「訳の分からないこと?」
「ああ。『影を追い、予言の少女を助けよ』……ってね。それだけ言って消えちまったよ」
それは……おじいちゃんの時と、同じ?
「アニュエ……調停者って、アニュエを狙ってるんじゃ……?」
「うん。そのはず、なんだけど……」
妙だ。調停者はわたしの命を狙っているはず。それに、奴は自分自身のことをこう呼んでいた。
『予言の少女を殺す者』
となると、こいつの言う『予言の少女』というやつは、十中八九、わたしのことだろう。それなのに、おじいちゃんやこの支部長には少女を助けろと言い、自分は殺そうとしている……。
(……どういうことだ? 殺そうとしたり助けようとしたり……)
ほんとにわたしを殺したいのなら、わざわざそんな助言をする必要もない。それなのに、わたしを助けるようにみんなを動かしてるってことは……、
「……もしかして」
脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
「何か分かったの?」
「うん。まだ、仮定にしか過ぎないけど……」
クレインに手を貸し、わたしを殺そうとした調停者と、おじいちゃんやギルドマスターに助言し、わたしを助けようとしている調停者。一見、相反するその二つの行動は不可解に思えるけど……こう仮定すれば、その矛盾も無くなる。
「……調停者は、一人だけじゃない」
「……っ!」
こう考えれば自然だろう。わたしを殺そうとしているあの調停者の他に、わたしを助けようとしている調停者がいる。そいつは恐らく、わたしたちの前に姿を現してはいない。なにか理由があるのかもしれないけど、それだと説明が付くんだ。
(でも、なんのために……いや、そもそも『調停者』ってなんだ……? なにかの組織……なんで直接会いにこないんだ……?)
今まで、調停者はあの一人だけだと思っていた。前世のわたしに恨みを抱いていた誰かが、なんらかの方法でこの世界に渡り、わたしを殺そうとしているのだと思っていた。
だけど、それが複数人いるのだとすれば、話も変わってくる。あんな奇抜な仮面が、偶然二人揃ったという言い訳も見苦しい。
「……苦労しているみたいだな」
悩み込んでいると、ギルドマスターが、優しく声をかけてきた。
「まあ……色々あって」
「そうか。あの仮面の言っていたことは分からないが、予言の少女ってやつはお前たちのことなんだろう。その歳であれだけ動けるなら大したもんだ」
てっきり、暴れ過ぎたのを怒られるかと思ったけど……広い心をお持ちなようで。
ギルドマスターは続けて、こう言った。
「それだけの腕を持ってるなら、迷宮に挑んでも問題はないだろう。仮面の言っていたことは抜きにしても、お前たちにはその資格がある」
「じゃあ!」
「ああ。フランジールでの迷宮探索の許可を与えよう。もちろん、きちんとした段階は踏んでもらうがな」
お姉ちゃんと目が合う。ギルドマスター直々の許可が下りたんだ。これで誰にも文句は言われないだろう。
「ありがとうございます、ギルドマスター!」
「いや、贔屓目無しにしても、二人の実力には目を見張るものがある。これで許可を出せないなら、今の有資格者たちから資格を剥奪しなければな」
そこまで言って、『ただし』と、ギルドマスターは付け加えた。
「一つ、条件が……いや、『頼み』と言った方がいいか。お前たちに、協力してほしいことがあるんだ」
「……?」
改まって告げられたその言葉に、わたしたちは、少しだけ身を強張らせた。一体、どんな頼みをされるのか、想像も付かなかったからだ。




