第六十二話 迷宮都市フランジール
「お姉ちゃん、そっち行ったよ!」
「了解っ!」
倒し損ねた敵——ゴブリンと呼ばれる人型の魔物が一匹、距離を取って戦っていたお姉ちゃんのもとへと向かう。お姉ちゃんは担当していたゴブリンを斬り伏せると、そのまま剣を横に振りかぶり、回転しながら向かってきたゴブリンを両断した。
それぞれ、担当していた分の魔物を倒したところで、合流する。わたしはまだ大丈夫だけど、お姉ちゃんは少し息切れ気味だ。ここまで戦闘続きで、狭い遺跡の中だから、最も得意な炎の魔法が使えない。お姉ちゃんからすれば、非常に戦いづらい環境だろう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「まだまだ……って言いたいところだけど、ちょっと疲れちゃったかな……」
迷宮に潜ってどれだけ時間が経ったかは分からない。倒した魔物の数は……今で二十八。お姉ちゃんも同じくらいの相手と戦っているはずだ。ここまで休み無しできたけど、こういう場に不慣れなお姉ちゃんは、むしろよくここまで休憩せずに来られたな、という感じ。
「あはは。まあ、ここまで休み無しできたからね。どこかで一休みしよっか」
「賛成……」
休めそうな小部屋を探して、もう一踏ん張り、わたしたちは歩みを再開した。
——迷宮都市、フランジール
自然発生した二つの大迷宮と、四つの迷宮。それらを中心として発展した都市であり、大陸中から多くの強者たちが集う。ただし、迷宮に挑戦するためには、都市が定めた基準を上回っている必要がある。
「無闇矢鱈と迷宮に挑んで死なれても困るから、だね」
「そ。昔は色々と苦情も出たんだって。基準を設けろだとか、試験を用意しろだとかね」
さすが、物知りケルティ。フランジールのことにも詳しいな。
迷宮都市フランジールはもう目と鼻の先。しかし、ここにきて一つの懸念点が生まれた。
……わたしたち、その基準とやらに合格できるんだろうか?
迷宮の探索に年齢制限があったら終わりだな。わたしはもちろんそうだし、お姉ちゃんだってまだ十四歳。成人年齢は十六歳だから、そこを突かれると弱い。
それを聞くと、ケルティは、
「まあ、年齢制限もないことにはないけど、重視されるのは実力だからね。二人の腕なら問題ないと思うよ」
と言った。ケルティがそう言うのなら信じよう。
そうして……わたしたちの目の前に、大きな壁が現れる。都市全体を囲うように設置された防壁。この高さ……空でも飛ばない限り越えるのは難しいだろう。
「壁、おっきいねぇ……」
お姉ちゃんが、口をぽかんと開け、呟いた。
ノーブリスでも、これほどの高さの建造物はお目にかかれない。それがぐるっと町を取り囲んでいるんだから驚きだ。
「これくらい大きくないと、いざというときに魔物を抑えられないからね」
「魔物が襲ってくるの?」
お姉ちゃんは、ケルティにそう問いかけた。
この壁の大きさ……似たようなものが【オルタスフィア】にもあったな、確か。ただ、その役割は外敵の侵入を防ぐためではなかった。
「いや、たぶん……外からの侵攻を防ぐというよりは、迷宮になにかが起きて魔物が溢れかえったときに、壁の内側に抑え込むためだと思うよ」
わたしがそう答えると、御者席のケルティが驚いたような表情で、わたしの方を向いた。
「アニュエちゃん、鋭いねぇ……」
「ただの勘だけどね」
どうやら、この考えで正しいらしい。ここに来るまでに魔物の襲撃なんてものは一度もなかったし、ただの獣相手にしては、この防壁はいささか強固すぎる。考えられるとすれば、他勢力からの侵略に備えてのものか、それとも、全く逆の意味でのものか。
他勢力……たとえば、他の国からの侵略に備えてこの防壁を築いたのであれば、首都であるノーブリスにも同じようなものが建設されているはずだ。それがなかった時点で、この案はない。特に魔物が頻出する地域というわけでもなさそうだし、残った案が正解だろう、というただの予想、消去法だ。
「アニュエって……本当に十一歳なのか、怪しい時あるよね」
「な、なに言ってんのお姉ちゃん……生まれてからずっと一緒だったじゃん……ね?」
「それはそうなんだけど……」
じろりと、お姉ちゃんの鋭い眼光がわたしを捉えた。あんまり迂闊な発言はしないようにしよう。中身が実質二十六歳の女だと知られたらなにを言われるか、分かったもんじゃない。
いや、十五歳で一度リセットされてるし、実質十五歳のままか……? まあ、なんでもいいや。
そうこうしているうちに、馬車は入場待ちの列の最後尾に付いた。一応、簡単な入場審査みたいなものがあるみたいだ。ノーブリスにも無かったってのに、色々と厳重な場所だな、ここ。そうでもしなかったら、勝手に迷宮に潜って死ぬ輩が多いんだろうか。
「こんにちは。見ない顔だね」
わたしたちの番。鎧を着た中年の男が、ケルティに話しかけた。
「こんにちは。観光と迷宮探索目的で来ました」
「迷宮に? ……失礼だけど、迷宮に挑むのは君かい?」
「いえ、後ろの二人です。私は料理番なので」
お姉ちゃんと二人、荷台から会釈をする。鎧の男はわたしたちの顔を見て、露骨に顔を歪めた。
嫌悪感だとか、怒っている感じではない。困惑、そう、困惑。『こいつなに言ってんだろう』って感じの表情。無理もない。
「……悪いことは言わない。興味本位で挑むつもりなら、やめておいた方がいい。迷宮は、子供にだって容赦ないんだから」
ため息混じりに、男はそう言った。ふむ。素直にそう言ってくる辺り、悪い人ではなさそうだ。わたしたちの身を案じて止めてくれてるんだろうな。
しかし、ここで引き下がるような女ではないのだ、ケルティは。本来は野菜売りをしているケルティは、職業柄というものなのか、口が達者だ。というより、肝が据わっている。たぶん、任せていたら大丈夫だろう。
「あ、大丈夫です。後ろの子、野生のイノシシを片手で捻り潰せるくらい強いので」
(盛りすぎでは?)
なにを言うかと思ったら、さすがにそれは盛りすぎではないか? 大きさにもよるけど、片手で捻り潰すのはさすがのわたしでも厳しいものがあるんだけど。
ほら、お姉ちゃんも笑ってるし。ツボに入ってんなこれ。
いや確かに……初めてケルティに会った時に、片手間でイノシシを狩ってきたことはあるけどさ。あれだってちゃんと剣を使って仕留めてるんだよ。木剣だったけど。
「い、イノシシを片手で……? それはちょっと冗談が……」
「なんなら、この子たちが道中で狩った獲物の素材、見ます? 沢山ありますよ」
信じられないといった表情で、ケルティが勧めるまま、男は荷台にある素材袋を確認しにきた。視線が痛い。
今回も長旅になったこともあって、素材袋はこれでもかというほどに中身が詰まっている。中には巨大な牙や骨、爪などが入っている。
それから、袋に入り切らなかった分の毛皮や頭骨などは荷台に直置きだ。どんどん、男の頬が引き攣っていく。袋とわたしたちの顔を交互に見つめる視線が痛い。
「……気を付けてね。無茶、しないようにね」
「どうもぉ」
結果、無事に町に入ることができた。そもそも、迷宮探索が目的だと言わなければ、こんなに熱い視線を送られることもなかったと思うんだけど……まあ、入れたんだからいいか。あの人も、『どうせ中で試験あるから通してしまえ』、って投げやりになってたと思う。そりゃ、こんな頭のおかしい連中とは関わりたくないよね。
「……ケルティ。さすがのわたしでも、イノシシを捻り潰すのは無理だよ」
「え? そうなの?」
「そうだよ! 片手では無理だから!」
お姉ちゃんが横で笑っている。そんなに面白かったかな。わたしにはよく分からない。
「はあ……なにはともあれ、町には着いたし、まずは宿探しだね」
「あ、それなんだけどね」
宿探しを提案すると、ケルティが声をあげ、振り返った。
「宿なら、私が知ってるところがあるから、そこを借りようと思ってるの。もし疲れてないなら、二人は先に試験を受けにいってもいいよ」
知ってるところ……つまり、ケルティはこの町に来たことがある、ってことか。道理で詳しいわけだ。
「ケルティ、この町に来たことあるんだ?」
「昔ね。商売の関係で来たことあるんだぁ」
のほほんとした声で言うケルティ。だったら話は早い。まだ日は高いし、その試験とやらがどれだけ時間がかかるものかは分からないけど、その概要だけでも先に聞いておきたい気持ちはある。今日は馬車に乗ってるだけで、それほど疲れてもないし。
「どうする、お姉ちゃん?」
「私はそこまで疲れてないし、アニュエが試験を受けるなら一緒に行くよ」
意見は一致。だったら、わたしたちは試験を受けにいこう。この町のギルドで受けられるって話だし、まずはギルドを目指さないとな。
「それじゃあ、わたしたちは試験にいこっか。ケルティ、その宿ってどこにあるの?」
「『ハーベリィ・ハウス』って名前の宿だよ。あそこの道を真っ直ぐ行ったところ。有名な宿だから、町の人に聞いても分かると思う」
ハーベリィ・ハウス、ね。覚えた。分からなかったら町の人に聞こう。
「分かった。遅くなりそうなら一度帰るよ」
「うん。素材も後でジョセフと一緒に売りにいくから、置いといていいよ」
「ありがとう、ケルティさん。行ってくるね」
「おうともよ。頑張ってね、二人とも」
宿へ向かうケルティと別れ、わたしたちはギルドを目指した。
フランジールのギルドは、やはり栄えている都市だけあってか、かなり大きかった。建物の大きさで言えば、ノーブリスのギルドよりも大きい。迷宮探索者が多いから、その分、ギルドも規模が必要になるんだろう。
中に入ると、ここはどのギルドも共通で、騒がしい。静かなギルドなんてもんは見たことがない。朝一番くらいなもんだろう。昼から酒を飲んでいる輩もいた。
さてと。試験とやらはどこで受ければいいのか……分かんないから適当に聞くか。
「あの」
近くにいたギルドの事務員らしき女の人に声をかけた。女の人はにこりと微笑むと、屈んでわたしと目線を合わせた。
「どうしたの? お使い?」
「いや、迷宮に潜りたくて。試験みたいなのがあるって聞いたんだけど」
……どのギルドでも聞かれるな、これ。わたし、そんなにお使いをしにきてる子供に見えるのか。
わたしの言葉を聞いた事務員さんは、少しの間ぽかんと呆け、返事をしなかった。やがて冷静に戻った彼女は、少々引き攣った笑みを浮かべながら、わたしたちに微笑みかけた。
「え、えっと……迷宮に、挑みたいの?」
「うん。わたしたち、見た目はあれだけど、それなりに戦えるから、試験で判断してほしいんだけどさ」
「あ、あはは……どうしようかな……流石にこんなに小さい子が来たのは初めてで……」
小さくて悪かったな。遺伝だ。
事務員さんはどうすればいいのか分からないのか、あたふたとその場で動き回っている。それを見かねたのかどうなのか、遠くの方から少し歳を取った男の人が走ってきた。
「おいおい、どうした?」
「アダムさん……いや、この子たちなんですけど……」
アダム、と呼ばれた男が、事務員さんと入れ替わりで屈む。
「どうしたんだい、君たち」
「迷宮に挑みたいから試験を受けさせてほしいって言ったら、こうなったんだけど……」
「迷宮に? ええっと……迷宮って、あの迷宮?」
「たぶん、その迷宮」
そう言うと、アダムは立ち上がって、顎に手をやり、悩む素振りを見せた。
……うーん。ここまで悩まれるとは思ってなかったな。試験を受けるだけなら、もう少しすんなりいくかと思ったけど。そもそも、ふるいにかけるための試験なんだから、受けるだけ受けさせてくれたっていいのに。
「……大丈夫なのかな」
「分かんない。受けさせてくれないなら、なにか他の方法を考えないと」
お姉ちゃんも心配そうにしている。これでもしダメなら、外で強そうな獲物でも狩ってきて、それを証拠として出すしかない。
……あ、しまったな。馬車に乗ってる素材、やっぱりわたしたちで持ってくればよかった。もう少し話が進んだかも。
事務員さんとアダムは暫く二人で話し込んでいた。そして、なにか話がまとまったのか、アダムがわたしの前で屈んだ。
「えっと……試験を受けることは構わないけど、子供だからって特別扱いはできないよ? それでもいいかい?」
「大丈夫大丈夫。大人と同じ基準でいいよ」
良かった。試験自体は問題なく受けられそうだ。ここで躓いたらどうしようかと思ったよ。
「じゃあ、試験場に向かおうか。少し並んでるから時間がかかるけど、いいかい?」
「うん、いいよ」
わたしたちはアダムに連れられ、ギルドの奥にある扉の先へ通された。広がっていたのは、円形の闘技場のような場所。試験場……というよりは、ほんとに闘技場みたいな感じ。
「ここでは年に一度、闘技大会も開かれるんだ。そのために、大きな闘技場が併設されてるんだよ」
「へぇ……」
みたい、ではなく、まんま闘技場だったようだ。闘技大会の日以外は、こうして試験場として使われてるのか。他にも色々と使われてそうだな。祭りごととか。
フィールドでは、六人三組の男女たちが戦闘を繰り広げていた。あれが試験か。見たところ、試験官との一対一での模擬戦闘……となると、あの試験官たちはそれなりに腕の立つ戦士だってことか。
「ほら、そこに列があるだろう? あの最後尾で待っててくれるかい?」
「ん、分かった。ありがと」
「ありがとうございます」
アダムの案内で列の後ろに付いたわたしたち。じろじろと、色んなところから視線が集まってくる。
……あまり、歓迎はされてないな。
誰も、なにも口にはしないが、恐らく、『子供がお遊びで来やがって』とか、そんなところだろう。相手の実力も測れないのなら、そのうち死ぬな。気にすることもないだろう。
「……見られてる、ね」
「見られてるねぇ。そんなにじろじろ見なくてもいいのに」
「やっぱり目立つかな、私たち」
「まあ、この列、わたしたちのところだけ極端に凹んでるからね。目立つね、すごく」
多少の波はあれど、ここに来ているのはそれなりに腕の立つ成人。一方、わたしたちは子供で、しかも、家族揃って背が小さい。余計に目立つ。だって、最後尾の二人だけ異常に背が低いんだもん。そら目立つわ。
まあ、気にしたら負けってやつだ。絡まれたらその時は対処すればいいだけの話だしね。
それより、今は試験のことが気になるな。単なる模擬戦闘なのか、特別な技術を要求されるのか。前者なら合格間違いなしだけど、後者ならちょっと厄介だ。
場内で戦う六人のうち、三人は動きが良い。試験官の方だ。ギルドが雇った腕の立つ戦士、かな。
特に、一人……あの中央で戦ってる女の人。あれは強いな。クレインほどの強さはないが、速さだけで言えば奴よりも上だろう。使用武器はレイピア。一撃一撃は軽いが、一度向こうのペースに呑まれると、抜け出すのは至難の業だ。
他の二人の試験官と比べても段違いの実力。合格ラインがあれに勝つことなら、お姉ちゃんはちょっと厳しいかもしれない。
「くぁぁっっ!?」
……とかなんとか考えてたら、その相手をしていた若い男が吹き飛んだ。あーあ。レイピアだけを警戒してるから、蹴りに反応できなかったんだな、可哀想に。
「……あの人、強いね」
「強いね。ここにいる誰よりも強いんじゃないかな」
「アニュエよりも?」
「あれが全力だとも思えないしなぁ。やってみないと分かんないね」
あれが全力……ってな感じでもなさそうだしな。実際のところ、戦ってみないとなんとも言えない。勝てるかもしれないし、勝てないかもしれない。ただ、速さが同じなら、一撃が重いわたしの方に分がある。
それから暫く待ち続け、いよいよわたしたちの番。結局、あの女の人を打ち破る受験者は現れず、みんなが項垂れて帰る中での出番となった。
わたしたちの後ろにも、まだ列はある。試験官は三人。先頭はわたしで、わたしから試験官を選ぶ権利があるはずだったんだけど……、
「お……俺は向こうに行こうかなっと」
後ろに並んでいたおっさんが、真っ先にあの女の人を避けて、違う試験官のところへ行ってしまった。くそ、なんだあいつ。わたしたちだって楽ができるならしたかったのによ。
残るは、あの女ともう一人。わたしとお姉ちゃん、どちらかはあいつの相手をしなくちゃならない。
「……はあ」
もうこの際、どっちが戦っても一緒だな。楽して合格できないってんなら、強くなるためにも、ちょっとでも経験を積んでおく方がいいか。
「お姉ちゃん、わたしがあの女とやっていい?」
「え? いいけど……むしろ、いいの?」
「これも経験。お姉ちゃんこそ、あっちが相手でいいの?」
お姉ちゃんの目的も強くなることのはず。もしもお姉ちゃんが、あの女とやりたいって言うなら、わたしも譲ろうかと思うけど。
が、お姉ちゃんは笑いながら、首を横に振った。
「あはは……私だと、実力差がありすぎて、訓練にもならない気がするから……」
「そっか。なら、わたしがやるよ」
お姉ちゃんの言ってることも間違ってはいない。人は、弱くなる時は一気に弱くなるくせに、強くなる時は段階を経るしかない。実力差がありすぎる相手と戦っても、正直なところ、あまり良い訓練になるとは言えない。
だったら遠慮なく。わたしがあいつとやらせてもらおうじゃん。
『おい、あの子供……雪鬼とやるつもりだぞ……』
『死ぬぞあのガキ……』
『誰だよ、あんな子供をここに入れたやつ……』
今まで聞こえてこなかった悪口が、一斉に聞こえてくる。へえ、『雪鬼』か。二つ名持ちってことね。どうやらここらじゃ有名な奴らしい。
場内に踏み込み、雪鬼の前に立つ。彼女は冷ややかな眼差しで、わたしを見つめていた。
「……子供? いや、この気配は……」
「子供だと思わない方がいいよ。大体みんな後悔してるから」
みんな、所定の位置についた。後は、笛の音が鳴ったら試験開始だ。剣は……抜いてていいのか。
アーティスを、だらりと構える。先手必勝。笛の音と同時に仕掛ける。
「わたしはアニュエ・バース。先に名乗っておくよ」
「そう……私はアシュレイ。アシュレイ・ラングウェー。よろしく」
お互い挨拶が終わったところで——試験開始の笛が鳴る。わたしたちは二人とも、同じ考えだったのか。次の瞬間には、目の前にアシュレイがいた。




