sideケルティ
「二人とも、大丈夫かなぁ……」
アニュエちゃんとオリビアちゃん、二人と離れてから、私はそんなことばかり考えていた。
二人のお母さん……『煉獄の花姫』が亡くなって、早一ヶ月。二人と町を出発して、別れてからだともう半月。無事に、故郷に辿り着けただろうか。あの二人のことだから、道中のことは心配いらないだろうけど……家族を失って、精神的にはかなり参っているはずだ。
『ケルティ……ごめん。ここで、お別れになる』
『えっ……どうして……?』
『お母さんは、病気で死んだの。その病気は人から人にうつって、わたしたちも感染してるかもしれない。だから、安全が確認できるまでは……』
そう、アニュエちゃんは言った。看病をするオリビアちゃんは、私に、お母さんに触れないようにと忠告をしていた。それも、恐らくは病気に感染することを避けるためだろう。
『ケルティさん。ここまで本当に……ありがとう。ケルティさんがいてくれたから、私たち、ここまで来られたんだよ』
『そんなっ……私は何もしてないよ。何もできなかったんだよ……お礼を言われる筋合いなんか……』
ここに来るまでに、何度も何度も感謝された。けど、私にはそんな資格はないと思っている。馬車で二人を運んで、料理を作って……私にできたのは、その程度のことだ。二人の力になれた、なんて、そんな自惚れたことは言えない。
『ううん。村が滅んで落ち込んでたわたしを支えてくれたのはケルティだし、それからずっと……わたしたちと一緒にいてくれた。センタルタにだって、ケルティがいなければ来れなかった』
アニュエちゃんは必死に首を横に振り、私の言葉を否定した。私があの時アニュエちゃんと出会ったのは、単なる偶然で、その後も一緒にいたのは、二人を支えたいと思ったからで。
でも、それは私だからできたことじゃない。きっと、あんな場面に遭遇すれば、誰だって同じようなことをする。私じゃなくても、良かったはずだ。
ただ偶々、私がその立ち位置に居ただけ。本当に、感謝されるようなことは……していないと、思っていた。
『ほんとに感謝してる。あの時、わたしと出会ってくれたのが、ケルティで良かった』
アニュエちゃんは私に、出会えたのが、『私で良かった』と……そう言ってくれた。
……この子は、本当に。人並外れた力を持ってて、妙に大人びてて、かと思ったら子供っぽかったり……本当に、良い子だ。人に優しくできて、大切な誰かのためなら、傷だらけになることも厭わない。私からすれば、少し危なっかしいところもあるけれど。
……もっと、この子たちの支えになってあげたい。傷だらけになったこの子たちを、少しでも癒してあげたい。今更さようならなんて、できるはずもない。
『それで……ごめん。ほんとはティノーグまで一緒に行きたかったんだけど、ケルティが病気になったら嫌だから……』
『……お墓参りが終わったら、また前みたいに、接してくれるんだよね?』
私がそう聞くと、アニュエちゃんがこくりと頷いた。
『そうだね……一ヶ月も経ってなんの異変もなければ、大丈夫だと思う』
『ヴェガ村へはどうやって行くつもり?』
『ギルドで馬車を借りられたら良いかなって。今はお金にも余裕あるしさ』
大きな町のギルドなら、確かに、運が良ければ小さな馬車を借りることもできる。返却は同じく馬車の貸し出しをしている規模のギルドなら、どの町でも可能だから、ヴェガ村まで行く分にはそれで問題ないだろう。
『じゃあ、その後は……』
ヴェガ村まで行って、お墓参りをして、安全が確認できたら、その後は……私に、何かできることはないのかな。
『……その後は、料理が得意なお姉さん、欲しくない?』
私がそう言うと、二人は驚きながら顔を見合わせた。
『……私たち、強くなりたいの。今は、【フランジール】って町で、迷宮に潜るのも良いかも、って話をしてる』
『うん。だから……たぶん、これまで以上にお腹を空かして帰ってくると思う』
フランジール。別名、迷宮都市。二つの大迷宮と、四つの迷宮を中心に発展した、迷宮探索者が数多く暮らす町。
そうか。二人は、あの町に行こうとしてるのか……。
計六つある迷宮は、それぞれ内部の状況が全く異なる。環境、魔物、罠……それら全てがバラバラだ。その上、迷宮は現在も成長を続けていて、未到達の部屋なら、何か有用な装備が手に入る可能性もある。強くなるにはうってつけの場所だ。
二人はきっと、お母さんが死ぬ原因となった男を倒すために、強くなろうとしているんだ。だったら、二人が修行に専念できるよう、私がサポートしてあげなくては。
『大丈夫だよ。二人がお腹いっぱい食べられるように、沢山作って待ってるから』
『ケルティ……』
今更私だけ追い返すなんて、アニュエちゃんたちはそんなことをするような子じゃない。私だって、もう無関係ではいられないんだ。二人のお母さんの一件が解決するまでは一緒にいよう、と決めていたけど、まだ、解決はしていないんだから。
『……でもさ、ケルティ。一つ、素朴な疑問なんだけど』
『どうしたの?』
アニュエちゃんが、苦い顔をして言う。
『あの……さすがに、ティノーグに戻らなくて大丈夫なの? もう長いこと帰ってないはずだけど……』
……痛いところを、突いてくるね。
『……まずい、かな?』
『流石に……』
オリビアちゃんも、この意見には賛同した。そうか。流石に、一度は帰った方がいいかな……手紙でしか連絡してないし……。
お父さんはこんなことで怒るような人ではないけれど、心配しているかもしれない。どのみち一ヶ月程度は別行動をしなくちゃいけないんだし、良い機会だから村に帰った方がいいかもしれない。
『……分かった。私はヴェガ村には同行しない。そこまでするのも野暮だからね。二人がお墓参りをしている間は、私もティノーグに帰るよ』
『うん、それがいいよ。ケルティにだって、家族はいるんだし』
家族を失った小さな子供にそんなことを心配されるなんて……大人失格だな、私は。
『それじゃあ……私も、一ヶ月後に村を出るよ。集合はどこにする?』
『えっと……実は、フランジールに行く前に、ノーブリスに寄りたいの』
と、オリビアちゃん。フランジールは大陸の南。ヴェガ村からだと、わざわざノーブリスを経由する必要はないし、それほど遠回りになるってわけでもないけど……馬車を返すため、だろうか。
『うん、それは構わないけど……馬車を返すため?』
『それもあるし、ノーブリスにいるわたしたちのおじいちゃんに、お母さんの遺品を預けたいの。行きしなに渡すのは怖いしね』
なるほど、そういうことか。センタルタからヴェガ村へ行くなら、ノーブリスを経由することも可能だけど、その場合病気をうつすリスクがある。安全を取って後に回したいということだろう。
『ああ、そういうこと。いいよ。じゃあ、集合もノーブリスにしよっか』
『ごめんね、ケルティさん。わざわざ遠回りさせちゃって』
『方角的に大きくズレてるわけでもないし、大丈夫だよ。遺品を預ける方が優先だって』
話は固まった。どちらが先にノーブリスに到着するかは分からないから、毎朝ギルドで待機。それほど大きく日数がズレることもないだろうから、到着してから二、三日の間には合流できるだろう。
そうして、私たちはセンタルタを出立。途中までは同じ道を離れて進み、分岐路まで来ると、それぞれヴェガ村とティノーグに向けて、馬車を走らせた。
それから一ヶ月。アニュエちゃんたちもそろそろ村を出た頃だろう。私も、ノーブリスに向けて出発しよう。
「ケルティ……もう行くのか」
荷台に食料品を積み込んでいると、後ろから父さんが声を掛けてきた。久し振りに帰ってきた娘を、特に叱るでもなく迎え入れてくれた父さんは、けれどその日の夕食に、嫌がらせのように私の嫌いな食材を大量投入してくれた。
大体の事情は、手紙にも書いている。遊び呆けてたわけではない。だから、叱らなかったんだろう。
「うん。また暫く、帰ってこないかも」
「そうか……父さんはまた、一人で寂しく飯を食わなきゃならんのか……」
「ご、ごめんってば……」
帰ってきてから半月。父さんは何かと、こういう冗談を言ったりする。申し訳ないと思っているのは本心だ。
「……ごめんなさい、父さん。でも、あの子たちを放っておけないの」
「……分かってる。人助けをしてる娘を、引き止めはしないさ」
父さんは昔から、私をよく理解してくれている。私がどういう人間なのか……多分、私の次に詳しいのは父さんだろう。
だから、言っても無駄なことだって理解している。何か決意を固めた私には、何を言っても無駄なのだと、父さんは知っていた。
父さんは何も言わず、残っている荷物の積み込みを手伝ってくれた。腰を痛めるよって忠告してるのに、重たい荷物を率先して持ち上げてくれる。
そして、全ての荷物を積み込み終えた後に、真面目な顔をして言うのだ。
「……剣は、いらないのか?」
父さんの目線の先には、錆びた剣があった。父さんが若い頃に護身用に持っていた剣。それを、私が練習用に貰ったものだ。
そして、それとは別にもう一本。まだ比較的新しい剣が、その隣に並べられていた。
……あの剣を見ると、嫌な思い出が蘇ってくる。できれば捨ててしまいたかった。だけど、自分への戒めとして……捨てることができなかった剣だ。
「お前の気持ちも分かる。だが、身の安全を考えれば……」
「父さん」
父さんの言葉を遮り、私は続けた。
「今の私には包丁の方が似合ってるよ。私の料理を褒めてくれる人がいっぱいいるからね」
「ケルティ……」
「それに、護身用に短剣は持ってる。だから大丈夫だよ」
女の一人旅は怖い。盗賊だけでなく、他の旅人に喧嘩を売られることもある。だから一応、短剣は持ち歩いている。これがあるとないのではかなり違うから。
さて、後は出発するだけ、なんだけど……変な空気になっちゃったね。
「あー……私、そろそろ行くね」
「ああ……気を付けてな、ケルティ」
「うん。父さんも、健康には気を付けて」
野菜中心の生活を送っているから、よほどのことがない限りは大丈夫だと思うけど……何があるか分からないからね。
ジョセフの方も準備は万端。村にいる間は美味しいご飯をあげてたから、英気も養えただろう。また暫く走ってもらうことになるけど、頑張ってもらおう。
「それじゃ、行ってきます」
父さんに別れを告げ、私はティノーグを発った。目指すはノーブリス。二人との合流だ。




