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sideバリー

 馬に揺られ、何日も何日も、慣れない長旅を強いられる。最後に村の外に出たのはいつだったか。最近は商品だって、村の人間についでに(・・・・)運んでもらっているから、この足で村の外へ出るなど、本当に、久し振りだった。


 一週間ほど前に、アニュエたちから届いた手紙。そこには、事の顛末……ラタニア・バースの死について記されていた。


 予知通りの未来を変えることはできた。だが、結果は変わらなかった。運命には抗えない、抗っても無駄なのかと思う。アニュエたちはあんなに必死になっていたというのに、残酷なものだ。


 手紙には他に、近況報告と、事情があって今は会えないこと、この手紙が届く頃には、遺体の埋葬も終わっているだろうということ、遺体はヴェガ村に埋葬するつもりだということ。その頃には、アニュエたちはもう村を離れていること。そして、兄者にもこの手紙を送っていること。これらが記されていた。


 兄者なら、手紙が届いてすぐに町を発つだろう。村を出ていってこっち、顔も合わせていない。もしかすると、ヴェガ村で出会うことになるかもしれない。





「……ここか」



 長い長い旅の終わり。森の木々の間から現れたのは、炭と化した家々と、枯れ果てた大地。そして、無数に立ち並ぶ墓標群だった。



……これは。



 思わず、言葉を失った。話では、この村で生き残ったのはアニュエともう一人、その幼馴染だけ。この墓標群も、二人が全て建てたものだという。


 まだ善悪の判断も付かぬような子供が、こんな地獄を前にして……何故、あれほど強くいられたのか。


 馬を降りて、手綱を引く。時折、遺族だろうか。涙を流す者ともすれ違うが、その中に兄者の姿はない。


 村が滅んだ当時、村人たちは顔の判別も付かないほどに焼け焦げて死んでいた。故に、判別が付くものだけは、墓標に名を刻まれているという。



 ラタニアの名は……村の中心部からやや外れた場所にあった。一際大きな墓標が二つ。墓前には、祈りを捧げる男の姿があった。


 後ろ姿で分かる。昔から変わっていない。



「……残酷な運命だな」

「ああ。あまりにも……」



 用意していた花を墓前に添え、兄者の隣に並んで手を合わせる。目を瞑ると、風の音に乗って、どこからか鼻を啜るような音が聞こえてきた。



「……あの子は……何も変わっとらんかった」

「そうだな」



 ラタニアは病を患っていた。死期を悟っていた、とアニュエは書いてある。あの子は最後に、敵の攻撃からアニュエを庇って致命傷を受けた。そして、患っていたその特殊な病に命を奪われるよりも前に、アニュエ自身に命を奪わせた。


 この村を滅ぼした理由もその病にある。あの子はやはり、理由もなく故郷を滅ぼすような悪人ではなかった。俺や兄者が知っている、優しい心の持ち主のままだった。



……だからこそ、運命を変えられなかったことが、これ以上ないくらいに辛い。


 初めて会った時……俺はあの、アニュエという子に、言葉では表せない『強さ』を感じた。今年で十一歳になるばかりだというが、とても信じがたい。あの子からは、いくつもの戦場を切り抜けた歴戦の猛者のような、そんな信頼感を覚えていた。


 だからこそ……信頼していた。いや、こう言うとあの子に責任をなすりつけているようになって悪い。思い込んでいたんだ。あの子なら、きっとラタニアを助けられると。



(……アニュエのせいじゃない。ラタニアが死んだのは、俺たちがあまりに……無力だったからだ)



 滅びたヴェガ村の話を聞いて、俺は必死になってラタニアの情報を集めるようなことをしたか。アニュエのように、いくつもの町をまわってみたか。どれもしていない。俺は結局、アニュエから話を聞いた後も、他人を演じていた。


「運命だ何だと……俺たちにそんなことを言う資格はないのかもしれんな」


 兄者は話を聞いているのか、聞いていないのか。手を合わせて座り込んだまま、ぴくりとも動かない。



……そういえば、アニュエの持つあの剣。あれは確か、兄者が打ったものだと言っていた。一度見せてもらったが、腕は衰えていないようだった。


「兄者……飯でも食わないか。朝から何も食べてなくてな」

「ああ……そうじゃな。わしも少し、腹が減った」


 このまま放っておけば、兄者は倒れるまでこのままここにいるだろう。故人の前でそれを見過ごすのも気分が悪い。一度、ここを離れさせた方が良さそうだ。




 飯の支度が整う頃には、兄者も調子を取り戻したようだ。温かいスープをよそいながら、二人で鍋を囲う。ケルティに料理を教わってからは、ちゃんとした料理もするようになったが……人に食べてもらうのは、これが初めてだ。


 兄者はまだ湯気の立つスープを掬い、それを口に放り込んだ。頬が、少しだけ緩んだ気がした。



「……美味いな。バリー、料理なんぞできたのか」

「アニュエの連れの嬢ちゃんに教わってな。最近は毎日、美味い飯を食うのが楽しみになってんだ」


 兄者のお墨付きということは、俺の腕も中々のものだということだ。兄者の奥さん……俺の義理の姉にあたるトルネラさんも、料理は上手かったから。


 墓前にも備えてはみたが……ラタニアは、美味いと喜んでくれているだろうか。そうだとしたら、作った甲斐もあるんだが。


「アニュエたちは、元気じゃったか?」

「ああ。有り余るくらいにな」

「そうか……」


 兄者の表情が、どこか、嬉しそうに見えた。兄者からすれば、アニュエとオリビアは孫のような存在。そりゃあ、孫が元気なら嬉しいか、爺は。


「兄者こそ、最近はどうなんだ? 村には帰ってこないのか?」

「元気じゃよ。まさかこの目で、孫の顔が見られるとは思ってなかったからの」

「兄者も会うのは初めてだったのか? てっきり、何度も会ってるもんかと思ってたが」


 意外だ。俺はともかく、兄者はアニュエたちから見ても祖父のようなものなのだから、とっくに何度も会っているものかと思っていた。


「あの子の……ラタニアの『外』での影響力は凄まじいからの。中には、子供を狙って良からぬことを企てる輩もおるじゃろう。あの子は、それを危惧しておったのではないか」

「ああ……まあ確かに、アニュエたちは……特にオリビアは、昔のラタニアにそっくりだからな。見る人が見れば、一発で分かっちまうか」


 ヴェガ村のような、辺境の田舎村ならば、あるいは誰にも知られずに平和に暮らせるかもしれない。だが、大きな町に出れば、ラタニアは一瞬で素性が割れてしまうだろう。オリビアも同じ。アニュエだってその可能性はある。


 だったら、小さな町ならともかく、兄者の暮らすノーブリスのような大都会に出ることは得策ではないだろう。子供が誘拐される可能性だってある。



……だけど、オリビアはノーブリスの学園に通ってるって話もしてた。その考えはおかしいんじゃないか?



「それにしても、子供ができたって報告くらいはしてやっても良かったのにな」

「……まあ、喧嘩別れをしたから、会いづらかったのかもしれんの」



 ぽつりと、兄者がそう呟いた。



「喧嘩別れ?」



 初耳だ。兄者がラタニアたちと暫く連絡を取り合っていないことは知っていたが、そうなった原因までは知らない。



「赤の集落の……いや、その話はよそう。墓の前でする話でもなかろ」

「まあ……そうだな」



 兄者は何か言いかけて、やめた。『赤の集落』という言葉が聞こえたが、恐らく聞き間違いではない。兄者とラタニアが喧嘩別れをした原因はそこにあるとみていい。


 またか。アニュエたちと出会ってから、やけにその言葉を聞く機会が増えた。赤の集落とやらが、色んな厄介ごとの原因になっている気がしないでもない。



 それからも、食事が止まることはなかった。だが、少し明るくなったはずの空気は、またも重々しいものに変わってしまった。






「……できることなら」




 再び、兄者が呟いた。




「なんだ?」

「できることなら、ラタニアとイング君、それにアニュエやオリビア、バリー……全員で、こうして食卓を囲んでみたかったと思っての」


 兄者の言葉に、頭の中に言葉通りの光景が浮かんだ。ラタニアの旦那と面識はないが、あの子が選んだんだ。きっと、良い人なんだろう。


 ラタニアは皆の分の料理を取り分け……きっと、オリビアはそれを手伝っているだろう。兄者も手伝おうとするが、年長者は座って寛いでろと言われて。アニュエは美味い料理に食らいついて、喉を詰まらせ、皆にとやかく言われるのだ。



……そんなことが実現すれば、どんなに良かったか。もう、叶わなくなってしまった願いだ。



「……兄者。一つ、頼みたいことがある」

「どうした、急に」



 実は、少し前から考えていたことがある。アニュエからの手紙を受け取り、ラタニアの死を知って……俺がアニュエに協力できることといえば何か。


 俺にできるとことと言えば、小物や装飾品、それから、防具の製作くらいだ。一族代々武具職人の家系で、親父もそうだったから、防具職人としての腕はある、と思ってる。精霊石の取り扱いにも知識はあるし、複雑な構造の……アニュエに頼まれた『マジックリング』のようなものだって、理屈さえ知ってしまえば組み上げることはできる。



 だが、更にアニュエの力となるためには、俺一人の力では限界なんだ。進む道は違えど、知識の共有ができるような人間が必要だった。



「兄者の家に住まわせてくれ。アニュエに、もっと役に立つものを作ってやりたいんだ」



 ノーブリスなら、村にいるよりも良い素材が手に入る。兄者と知識の共有もできる。きっと、何か役に立つものだって作れるはずだ。


 面を食らったように驚いた兄者は、しかし、迷う素振りも見せず、ゆっくりと微笑んで答えた。



「……部屋は空いとる。いつでも構わんぞ、バリー」

「ふん……兄者ならそう言うと思ってな。荷物はもう持ってきてんだ」


 元々、物の多い暮らしをしてこなかったせいか、必要な荷物も最小限で済んだ。日用品はまた町で買い直せばいい。仕事用の道具さえ持っていれば、後はどうにでもなる。


「せっかちな奴め……昔から変わらんの」

「俺よか兄者の方がせっかちだったはずだが? もう歳なんじゃないか?」

「まだ心配されるほど老いとらんわい」


 そんな冗談を交わしながら、ノーブリス移住計画は進んだ。今後は、二人でアニュエたちを支援していくことになるだろう。




(ラタニア……お前を助けられなかった罪滅ぼしと言うわけじゃないが……お前の意思は、俺たちが継いでいく。アニュエたちの力になれるよう、後悔の残らないよう生きていく。だから……)




 だから、どうか。今は安心して、眠っていてくれ。

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