第1部 エピローグ
目の前には、二つの墓標があった。
一つは、お父さん。イング・バース。
もう一つは、お母さん。ラタニア・バース。
故郷であるこの村で、漸く、二人揃って弔うことができた。きっと、もう離れ離れになることはないだろう。空の上で、二人仲良くやっているはずだ。
寂しくない……と言えば嘘になる。血の繋がった家族は四人だけ。なのに、お父さんもお母さんも死んでしまった。正直に言えば、かなりキテいる。
だけど……ノーブリスにはおじいちゃんがいるし、バッツァにはバリーもいる。あの二人だって、わたしたちからすれば家族だ。わたしたちは、自分たちで思っていたよりも孤独ではなかった。
「お父さん、お母さん。どうか、見守っててください。わたしたち、頑張って生きていくから」
両手を合わせ、目を瞑る。二人はきっと、わたしたちのことを見守ってくれるだろう。そう信じて、前に進むしかないんだ。いつまでもくよくよしてちゃ、お母さんたちも化けて出てきてしまう。
「アニュエー! そろそろ出発するよー!」
「あ、うん。今行くよ!」
遠くでわたしを呼ぶのは、支度を終えたお姉ちゃんだ。一足先にお参りをして、さっさと支度を済ませたらしい。
あの一件から、早一ヶ月。
最初の数日は塞ぎ込んでいたお姉ちゃんも、今では以前のような明るさを取り戻している。
『塞ぎ込んでいる暇があるのなら、少しでも強くなりたい』
お姉ちゃんは、そう言っていた。あの黒いスライムへの間違った対処法を教えたのはわたしだというのに、それについては一切責められなかった。それどころか、あれだけの敵を相手によく生きててくれたと、褒められたくらいだ。
あの時は、もう一生心を閉ざしたままかもしれない、なんて不安にもなったけど……やっぱり、お姉ちゃんはわたしが思っているよりもずっと、強かったらしい。
あの日——お母さんを殺した、あの日。調停者と黒いスライムはもちろんのこと、それと同じくしてクレインも姿を消した。センタルタの町には戻ってきていないようで、もしかすると、調停者の力で本国へと帰還したのかもしれない。
奴を追うかどうか、判断には困った。騎士たちからまともな情報は得られず、確定した居場所の情報がない。追いかけようにも追いかけられる状況ではなかった。
奴を野放しにするわけにはいかない。わたしたちと同じ境遇の子を、これ以上増やしてはいけない。負の連鎖は、わたしたちで断ち切るべきだ。
だが同時に、追いかけたところで勝ち目がないという現実も突きつけられた。わたしたちは二人とも重傷で、完治するまでには暫くかかる。クレインのもとにまだ調停者がいるのなら、完治したところでまた同じことになるだけだ。
クレインの目的は分からないが……奴のことだ。またわたしを狙ってくる。こちらから追わなくても、向こうからやってくるだろう。
調停者に関しては、私を殺すという目的で一貫している。誰かの悪意に手を貸し、わたしが関わったところで牙を剥く。追いかけるのは逆効果かもしれない。
だから……わたしたちは、今はまだ、奴らを追わないことにした。追いたい気持ちはあるが……もっと強くなってからでないと。お母さんが命を賭けて守ってくれたんだ。この命、無駄にはできない。
馬車へ向かうと、お姉ちゃんは御者席にいて、わたしを待っていた。今回、ケルティは同行していない。ケルティ自身が『野暮だから』と言って遠慮したこともあるし、何より、わたしたちがまだ『安全だ』と証明しきれないからだ。
わたしたち姉妹は、お母さんの最後を看取っている。その時に、少なからず体液の付着はあっただろう。病に感染し、発症すると長くても一時間程度で死に至る。
しかし、わたしたちはこうして、一ヶ月もの間元気に過ごしている。感染しなかった、もしくは……わたしたちは、お母さんと同じように、体内に抵抗を持っているか。
お母さんの体内には、クレインが凶悪化させる前の病に対する抵抗があった。今回はクレインのせいでそれも効かなかったわけだけど、もしそれが、わたしたちの体に受け継がれて、何らかの形で進化を遂げていたのなら……わたしたちは、そのおかげで感染しなかった。
これが、わたしとお姉ちゃんの出した結論である。まあ、真実は今のところ分かってはいない。だから極力、わたしたちは人との接触を避けるようにしていた。一ヶ月経って体調に変化もないし、捕まえた獲物に血を飲ませたりもしてみたけれど、特に影響があったわけでもない。たぶん、感染はしていない……と、思う。
そんなこともあって、おじいちゃんやバリー、バッツァのみんなには手紙での連絡とした。ほんとは直接会って話したかったけど、暫く時間を空けてからでないと不安だったから。
「それじゃ、出発するよ」
「うん」
荷台に荷物を放り込み、お姉ちゃんの隣に座る。たまには、こういうのもいいだろう。
お姉ちゃんが、馬車をゆっくりと走らせ始める。振り返ると、村がどんどん遠ざかっていく。わたしとザックがお墓を建てた時のまま、崩壊した村が小さくなっていく。
走り始めて少しして、お姉ちゃんがふと、こんな問いを投げかけてきた。
「お別れ、できた?」
答えには、少し悩んだ。
寂しくないわけではないんだ。生きていくと決めたけど、できれば、そこにはお父さんも、お母さんもいてほしかった。おじいちゃんやバリーと知り合うこともできたんだ。きっと、二人が生きていたら、これからもっと楽しい人生になっただろう。
だから……お別れなんて、したくなかった。しなきゃいけないことは分かってる。分かってるんだけど。
答えられず、誤魔化すように、わたしは同じ質問をお姉ちゃんにした。
「お姉ちゃんは?」
「うぅん……あんまり」
悲しそうに微笑みながら、そう答えるお姉ちゃん。泣き叫ばない辺り、精神的にはまだ安定している方だろう。
「でも、頑張って生きていかなくちゃね。新しい目標もできたわけだし?」
左手でガッツポーズをしながら、お姉ちゃんがそう意気込んだ。
「……そうだね。そのためにも、今は強くならないと」
わたしたち姉妹で交わした、新しい目標。 まずは何としてでも強くなる。どんな敵にも負けないくらい、みんなを守れるくらいに。
そんでもって、新たな装備を手に入れる。現状、わたしの装備はアーティスとマジックリングのみ。お姉ちゃんに至っては、学園の装備は目立つからと、店で買った装備品だ。お母さんの持つエレメリアルドライバという特殊な武具は、わたしたちにはない。
敗北を道具のせいにはしたくない。だけど、道具があれば敗北を勝利に変えることだってできる。
そのためには……そうだな。この世界にも、どうやらお宝の眠る『迷宮』とやらがあるらしい。そこへ挑戦するのもいいだろう。
わたし自身、今回の戦いで痛いほどに思い知った。今のわたしは、技術面で言えば前世を上回っているが、全体的な戦闘性能は遥かに劣ってしまう。それが肉体のスペック的な問題なのか、別のところに問題があるのかは分からないが、とにかく弱くなっていることは確かだ。
あの時感じた、あの爆発的な力……あれを常に発揮できるようになれば、調停者にも対抗できるかもしれない。
わたしたちは、強くならないといけない。強くなって、そして。
「今度こそ……あいつらを殺す」
わたしたちから大事な家族を奪ったあいつらを、殺してやる。わたしたちの復讐劇は、まだ終わらせてはいけないんだ。




