第五十七話 後半戦
まるで、嵐のようだった。
クレインが抜いた、暴風剣ヴァローナとやら。振るうたびに突風が吹き、時に竜巻をも生み出してしまう。その上、あのリーチだ。剣本体を避けたと思っても、突風で吹き飛ばされる。わたしの小さい体なんて、特に。
近付こうにも近付けない。剣士にとってはやりづらい相手だ。
「うっとうしい……!」
事象書き換え、炎の槍——五連。
虚空に五本の炎の槍を生成して、放つ。わたしは魔法剣士だ。剣が使えないなら魔法を使うまで。
「荒れ狂う暴風よ、我が身を守れ」
飛来した炎の槍に向け、クレインが左手を向ける。詠唱を終えると、肉眼でもはっきり捉えられるくらい……わたしが使ったのと同じような風の防御壁が現れ、槍を掻き消してしまった。
くそ、そうか。こいつも魔法剣士だった。遠距離からちまちま削っていこうかと思ったけど、魔法で防がれちゃ意味がないか。
「恐ろしいな。詠唱せずにこの威力とは」
「簡単に防いどいて嫌味か?」
近付くのは難しくて、遠距離からの攻撃は魔法で防がれる。攻撃力もかなりのもので、あんな大きな剣で斬られたら一撃でおねんねだ。
どうする。なにか突破口を見つけないと長引くだけだぞ。
「戦闘中に悠長に考え事か?」
「んがっ……!?」
声が聞こえた時にはもう、クレインは眼前にいた。風纏う剣を振りかぶり、渾身の一撃をわたしに叩き込もうとしていた。
しくじった。考え事をしながら戦えるような相手じゃなかったか。剣士なんだから斬りかかってくるのは当然だろうに。
振り下ろされた剣を、全力で保護したアーティスで受け止める。剣の衝撃に続き、追い討ちのように襲ってくる風の奔流が、刃のようにわたしの皮膚を切り裂いていく。
「くっ、そっ……!」
剣を逸らして受け流し、思い切り後方へ跳んだ。そんなわたしに追撃するためか、クレインも同じく跳んで、剣を振りかぶっている。
「遅い」
刃が目の前まで迫っていた。これは、防がないと死ぬ。
(ま、間に合えっ……!)
剣で防ごうにも、手を動かすだけでは間に合わない。なんとか直撃だけは避けようと、剣と剣がぶつかり合うように体をよじった。
金属の音……というよりは、鈍器で殴られた鈍い音だった。攻撃を受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が襲いかかってきて、わたしは大きく吹き飛んでしまった。
「がっ、こっ、ぁがっ……!」
受け身が間に合わず、地面に叩きつけられ、転がる。追撃はない。だけど、全身至る所に激痛が走っていた。
暫く転がり、ようやく止まったかと思うと、今度は痛みで上手く立ち上がれない。
(くそっ、どこもかしこも折れてんな、これ……)
肋骨は逝ってる。たぶん、右腕と右足……も、折れてると思う。下手をすれば砕けてるかな。
口の中に鉄の味が広がる。急いで体内のマナを書き換え、治癒魔法を展開していく。
ただ、前世より得意になったとはいえ……これだけの傷だ。治癒魔法だけで完治は難しい。傷は後回しだ。とにかく折れた骨の修復を急げ。骨さえ元通りになれば動くことはできる。
「ふっ……満身創痍だな」
憎たらしい笑い声と共に、足音が聞こえる。奴が来た。急げ。動けるようになればそれでいい。
「母親よりも才能に溢れているかと思ったが……私の見込み違いか?」
「節穴かよっ……誰が満身創痍だって……?」
いや、満身創痍だ。これはただの強がり。学園での黒スライム戦では腕がぼろぼろになったけど、これほど重傷ではなかった。前世からで数えれば、全身骨折で動けなくなる、なんてのは久しぶりのことじゃないだろうか。
剣を杖代わりにして立ち上がると、治癒魔法で強引に修復した骨が悲鳴をあげる。やっぱり完治はしなかったか。
「無理をするな。できれば、生きたままのお前が欲しいんだ」
「誰がっ……死んでも手なんて貸してやるかよ……」
こいつの目的は分からないが、ろくなことじゃないだろう。協力はしない。絶対に。
それのどこが面白かったのか、くすりと、奴は笑った。
「なにが……おかしいっ……」
「いいや……まあ、死体でも良い。戦闘力は下がるがな」
……一体、なにを言ってる? 死体でも良いってどういうことだ?
すぐそばまでやってきたクレインが、切先をわたしに向ける。トドメを刺すつもりだろう。
「もう一度言おう。私と手を組まないか?」
「断る……お前は、今この場で殺すっ!」
事象を即座に書き換え、柄から手を離す。そして、両の手を激しく打ち鳴らした。
直後、静かだった草原に、生理的に嫌悪感を抱くような、不快な音が鳴り響く。わたしは事前に、頭部を魔法で保護している。
が、なんの前触れもなくそんな音が響いたもんだから、クレインは思わず両手で耳を押さえ、僅かに後退した。
「ぐっ、うっ……!?」
「はぁっ!」
剣を手に、クレインの首を狙う。体はかなり動くようになった。今がチャンスだ。
「なめ、るなぁっ!」
しかし、この男の精神力は、わたしが想像していた以上に強靭だった。子供はおろか、大人でさえ暫くは動けなくなるこの音を前に、耳から手を離し、大剣でわたしの一撃を防いでみせたのだ。
ちっ……予想外だけど仕方ない。ここはもう、奴の『弱点』を突いて一気に畳みかけるしかない。動揺している今がチャンスだ。
まずは、奴の視界を奪う。光か煙。光は咄嗟に腕で覆われると都合が悪い。事象を書き換え、辺り一面に霧を出現させる。
もちろん、こんなものでは、一瞬奴の視界を奪うことしかできない。奴は風の魔法剣士だ。霧なんてものは、風で簡単に吹き飛ばされてしまう。
けど、一瞬でいい。一瞬だけ奴に隙を作れればそれで。
「無駄なことをっ……!」
わたしの思惑通り、クレインは剣を振りかぶって風を発生させ、霧を吹き飛ばした。そして、周囲にわたしがいないことを確認しただろう。
「なっ……どこへっ……!?」
どこにもわたしがいない。満身創痍で動きの鈍っていたわたしが、この一瞬で消えてしまった。
そして、気付く。足下に広がる影が大きくなっていることに。
「上かっ!」
はっとなって天を仰ぎ見れば、あった。そこには、大きな氷の塊が。
動けるようにはなったが、今のわたしには、全力で奴と戦うだけの力も、元気も残されていない。またさっきと同じような攻撃を食らえば、今度は死ぬだろう。
だから、音で動揺し、少しだけ平静を取り乱した奴をここで一気に叩く。
「この、くらいでっ!」
魔法で砕くか、剣で斬るか。いや、詠唱が必要な魔法では間に合わない可能性もある。身に纏っている風では到底破壊できないような氷塊を、奴は恐らく剣で斬るだろう。
そうだ。奴の弱点は……いや、この世界に住む人間に共通する弱点は、魔法の発動に『詠唱』が必要なこと。簡単な魔法ならば詠唱を省略して発動することもできるが、巨大な氷塊を砕くならば、それ相応の詠唱が必要になるだろう。
それ故……連続で強力な魔法を発動することができない。それとは違い、わたしたちオルタスフィアの人間は、補助具によって簡略化され、最適化された動きで魔法を発動できる。
単純な話、強力な魔法をぶつけ合い続けた場合、最終的に勝つのはオルタスフィアの人間だ。こちらの人間では、最速で放たれた魔法を相殺し続けることはできない。
仮に、奴があの杖を持ったままなら、この戦法は取れない。あれは恐らく調停者が入れ知恵したもので、詠唱無しに魔法を発動できる。だけど、あいつはそれを自ら捨てた。二本とも。
詠唱をせずに魔法で氷塊を破壊できたなら、次の一手に剣で対処することもできるし、そのまま続けて魔法で対処することもできる。しかし、詠唱という『タイムロス』のせいで、剣で氷塊を破壊せざるを得ない。
そして……その氷塊の真上にわたしがいたとしたら、それをどうやって対処するのか。
「ぉおおおっ!!!」
クレインは剣を振り抜いた姿勢のまま。落下の速度をさらに風で加速させながら落ちてくるわたしを、詠唱が必要な魔法ではどうすることもできない。回避も、もう間に合わない。
「ぐっ、がぁあああっ!!」
「はぁああああっっ!」
その膂力に物言わせ、クレインは剣で迎え撃とうとしてきた。だがしかし、遅い。ここまで加速したわたしを止められる奴はもういない。わたしでさえも。
——斬ッ
風の刃を突破し、クレインの体を斬り裂いた。……いや、わたしは落下していただけで、斬った、なんていうのもあれだな。
肉を斬った感覚はあった。手応えもあった。だけど、斬る直前に見たんだ。奴がなんとか致命傷を逃れようと、剣を捨て飛びのこうおしていたところを。
あれだけの速度で落下したんだ。わたしとて無事ではない。クレインを斬ったことで速度が和らいだのがせめてもの救いか。地面に叩き付けられはしたが、動けないほどではない。剣を握っていた右腕はまた骨が折れたのか、ぷらぷらと動かすことはできないが。
……どうなった? 土煙で奴の姿が確認できない。今の作戦は、音の魔法で奴が動揺していたからこそ通用したようなものだ。普通にあれが通用するなら、わたしだって最初からそうしている。
「……はっ……かっ……」
土煙の中から、咳き込むような声と、地面に液体をぶちまけるような音が聞こえた。姿は見えないが、どうやら重傷のようだ。
魔法で風を発生させ、土煙を吹き飛ばす。その中から現れたのは、右肩から左の腰までを斬られ、全身血まみれになりながら吐血する、クレインの姿だった。
内臓が飛び出そうになっているのか、剣を握っていたはずの右手は、腹部を押さえている。そういえば、回避する時に邪魔だったのか、剣を捨てていたな。
「い、癒しの、精霊よっ……天の恵みにて、我が傷を、癒しっ……たまえっ……」
奴が治癒魔法を使っている。追撃を加えたいが、動き出そうとした瞬間に全身に激痛が走った。動けないほどではない? 違うな、動けない。
くそ、思った以上にダメージがでかい。体を保護する余裕がなかった。自身への治癒の魔法はマナの消費が激しい。書き換える分のマナと、書き換えられる分のマナが必要だからだ。そのせいか、マナの枯渇がいつもより激しい。
ただ……奴もそれほど余裕がないのか、必死に唱えた治癒の魔法でも、せいぜい腹の傷が塞がる程度にしか回復しなかった。
そうか。内臓が飛び出したら治癒は難しい。胸の傷よりも腹の傷を優先するのは正しい選択だ。
二人とも、実に満身創痍だ。ほんの少し攻撃してやれば倒せるのに、そのほんの少しができやしない。
「今の、はっ……死を、覚悟したぞ……」
「そのまま、死んでくれれば良かったのに……こっちだって、もう限界なんだぞ……」
もう少しだってのに。もう少しであいつを殺せるのに、体が動かない。取り敢えず……右腕だけは、治癒魔法をかけておいた。剣は、握れる。握れるだけだ。
痛みを堪え、ぼろぼろになった体に鞭打って一歩踏み出す。少し、あと少し。こいつは、村のみんなの仇かもしれかいんだ。ここで逃して、たまるか。
「殺す……殺して、やるっ……」
「くっ……」
負けじと、クレインも一歩を踏み出した。奴だって満身創痍のはずなのに。動くな、動くなよ。じっとしていてくれ。
奴が、剣の間合いに入る。奴も奴で、短い魔法の詠唱を終え、手に風を纏っていた。
「これで……」
「終わりだっ……!」
剣を振りかぶり、拳を構えた。そして。
そんな二人の間に割って入るように、突如として闇が現れた。




