第五十五話 クレイン・ダートフォート
怒りだけで振り下ろした剣は、いとも容易く防がれてしまった。男の持つ筒のような武器で。
……馬鹿な。こっちは両手、向こうは片手なのに。そんなに簡単に防がれるほど、わたしの剣は軽かったか?
今度は右の脇腹を狙って斬りかかる。男はそれを、後ろに飛ぶことで回避した。
「流石は英雄の娘だ。戦闘力は母親譲りか。ただ……」
男はゆっくりと、わたしの後ろを指差す。そこには、胸に穴を空けて倒れたお母さんがいる。
「放っておいて、いいのか?」
「くそったれ……!」
いいわけがない。まだ息はあるようだけど、見れば分かる。あれは確実に致命傷だ。早く治療しないと手遅れになってしまう。
だけど、治療するにはこいつが邪魔だ。治癒の魔法は他の魔法と比べても、高い集中力が必要になるし、直接相手に触れなくちゃ発動できない。こいつの相手をしながらは無理だ。
「お姉ちゃんっ! お母さんに治癒魔法を!」
「う、うんっ!」
なら、わたしがこいつを抑える。なにが目的かは知らないけど、お母さんが回復するまでの時間は稼がないと。
落ち着け。冷静になれ。怒りに身を任せて剣を鈍らせたら、相手の思う壺だ。刃を、感覚を、研ぎ澄ませるんだ。
息を吸い、吐き、また吸って整える。大丈夫だ。やれる。怒りに身を任せてはダメだ。怒りは、刃を鋭くするのに使うものだ。
「お前は……絶対に殺す」
「そうか。ならやってみるといい」
挑発的なその態度に、剣を構えた。
アーティス、頼む……あいつを、あの男を斬りたいんだ。手伝ってくれ。
そして、駆けた。下段から斬り、振り下ろし、薙ぎ払い。けれど、それら全ての攻撃が奴の持つ妙な筒に防がれた。
「くそっ……瞬——連斬っ!」
「ほう」
七回斬りにまで成長した瞬連斬を浴びせるが、これも悉くが防がれてしまう。奴の武器には、傷一つ付いていなかった
なら、これはどうだ。
「はぁっ!」
砕連撃、三連。まずはその邪魔な武器を、内側からぶっ壊してやる。
技は確実に命中した。頑丈な鎧でさえ無力化し、内臓系にダメージを与える最大威力の攻撃は……やはり、筒状の武器に傷を付けることはできなかった。
「なんだ、それっ……!?」
「ほら、どうした。殺すのではなかったか?」
「黙れっ!」
剣を振り下ろす。奴はその一撃を防ぐと、そのまま瞬間的に力を込めて押し返してきた。
上級騎士というだけはある。わたしの小さな体はいとも容易く弾き飛ばされ、受け身をとって構えた時には、奴は既に次の行動に移っていた。
あの妙に頑丈な筒状の武器の先端を、こちらに向けていたのだ。次の瞬間、その先端から何か高密度なものが発射された。
「っ、魔法……!?」
三発続けで放たれたそれを、ぎりぎりなんとか、剣で弾き飛ばす。あの筒の先端から放たれたのは、高密度な風の砲弾……物理的なものではない。明らかに魔法だ。つまるところ、あれは筒状の武器などではなく、『杖』だったというわけか。
それも、かなりの威力。生身で食らえばひとたまりもない。
(そうか、さっきお母さんを攻撃したのは……でも、どういうこと……!?)
どういうこと、だろう。
この世界の魔法は、詠唱とやらがトリガーになって発動する。その詠唱を省略したり、詠唱を無しに魔法を発動することも可能だろうが、それでいてあの高出力。それだけ上級騎士が優れているということなのか、それとも。
「動きが鈍っているぞ、娘」
またも砲弾が放たれる。やはり、詠唱をしている様子はない。あれじゃまるで、詠唱無しに事象を書き換えて発動する、【オルタスフィア】式の魔法みたいじゃないか。
(……まさか、またか?)
ふと、思い当たる節があった。今回の件にもあいつが……調停者が関わっていることは間違いない。あいつは魔法陣のことも知っていたから、わたしと同じように、オルタスフィアから来た人間の可能性がある。
あいつ……この騎士にも入れ知恵をしたな? あの妙な形の杖、あれは……わたしのこの『マジックリング』と同等の役割をしているのかもしれない。
「くそっ……やっぱお前も調停者絡みか……!」
砲弾がお姉ちゃんたちに着弾しないよう、全て無力化しながら、思わずそうぼやいた。
すると、雨のように放たれ続けていた風の砲弾が、すんと、収まってしまった。
「……今、なんと言った?」
騎士の男が、そう問いかけてきた。
「調停者。知ってんじゃない?」
「ああ、知っている。ならば……いや、そういうことか。お前が……」
騎士がなにやらぶつぶつと呟いている。調停者絡みなのは確実だな。
それに、この隙を逃すわけにもいかない。わたしは風の魔法で加速し、離された距離を瞬時に詰めた。バリーの作ってくれた補助具があれば、単純計算でわたしの戦闘力は数倍に跳ね上がる。微調整が難しいところだが、こんな相手だ。調整も手加減も必要ない!
「おっと」
距離を詰められて焦ったのか、男が飛び退こうとする。杖の先端をわたしに向けながら。
逃すか。こいつはここで殺してやる。
剣を振りかぶり、斬りかかる。その刀身に、魔法で爆発をぶつける。爆発の衝撃で剣は瞬間的な加速を得て、およそ人の一撃とは思えないほどの速度に至る。
かつて、人々はこう呼んだ。神の境地に至った速度、その剣。故に神速剣と。
「ぉぉおおおらぁああっ!」
「なにっ……」
さすがの条件反射。男は致命傷を逃れようと、無駄に頑丈な杖を剣の軌道上に置いた。剣は杖にぶつかり、暫く拮抗して留まったが……やがて、杖はこれまで蓄積していたダメージが爆発したのか、その半ばほどで砕けて折れてしまった。
当然、そこからは斬撃も再開して……剣は見事、男を斬り裂くことができた。薄皮数枚程度だったが。
(浅いっ……!)
致命傷には至っていない。ほんのかすり傷だ。だが、あの杖を砕くことができた。
男は今の攻撃で、わたしに対する警戒を強めたのか、少し距離を取ってこちらを睨みつけた。
「なるほど、アレの言っていた通り、恐ろしい存在だな」
なんだか文句を言うように、男はそう言った。アレ、というのは……たぶん、調停者のことだ。
「なに、お前も調停者からなにか聞いた口? その杖も、なにか入れ知恵されたんでしょ」
「黙秘しておこう。そういう契約でな」
「あっそ。だったらそのまま死ね」
切先を男に向ける。と、男は両手を挙げ、無抵抗のアピールを取った。その手には、砕けて使い物にならなくなった杖がある。
「流石に、武器がないのでは分が悪い。しばし休戦としよう」
「はっ、何を言い出すかと思えば……逃すと思ってんの? この状況で?」
「逃すさ。この状況ならな」
にやりと、なにか含めたような笑いをする男。
直後、どこからか足音が聞こえてきた。一つや二つではない。もっと大勢の足音が。
これは……まさか、他の騎士か?
「今、私に手を出せば帝国が動くことになる。騒ぎを大きくするのは得策ではないと思うがな」
「お前っ……!」
確かに、得策ではない。この男は帝国の人間だ。人知れず殺すことができるならまだしも、大勢の、それも帝国側の人間が見ている前で殺せば、わたしたちが帝国に追われることになる。
いや。わたしはそれでも構わない。だけど、ここにはお姉ちゃんやお母さんもいる。最悪の場合、町に火が放たれる、なんで可能性も考えられる。シャーニエやシャーロット、この町で親しくなった人間だっている。
これ以上は……手出し、できない。
腹立たしい。けれど、仕方ない。今この場でこいつを殺すのは得策ではない。復讐するなら、なにか方法を考えなくてはならない。
わたしはゆっくりと、切先を下ろした。満足のいく結果だったのか、男もあげていた両の手を下ろす。
「娘、名前は?」
「……お前なんかに名乗る名前はない」
「そうか。私はクレイン・ダートフォート。いずれまた会うだろう、覚えておくといい」
男が名乗るのとほぼ同時に、その後ろから数名の騎士が走ってくる。わたしが剣を抜いているのを見ると、騎士たちもまた、剣を抜こうと柄に手をかけた。
それを止めたのは、他ならぬクレインだ。ここでこれ以上争う気はないらしい。
「ただの酔っ払いだ、放っておけ」
そう言って、最後に一度だけ目を合わせると、騎士たちと共に引き上げてしまった。
……殺せなかった。あれだけ攻め込んで、傷一つ付けるだけで終わってしまった。
後悔と怒りが同時に募ったのも束の間。そんなことよりもお母さんの容体の方が心配だ。
「お母さんっ!」
いまだ治癒を続ける二人のもとへと駆け寄る。ずっと魔法を行使し続けているからか、お姉ちゃんの顔からは大粒の汗が、滝のように流れ続けていた。
そして、そのタイミングで治療が終わる。お姉ちゃんは息を切らしながら、袖で汗を拭う。
「お姉ちゃん、お母さんはっ!?」
「……傷は塞がった。息もしてる。だけど……」
胸に空いた穴は綺麗に塞がっていた。だけど、お母さんは目を覚まさない。顔色も、あまり良くはない。峠は越えただろうが、まだ安心はできないだろう。
「宿に運ぼう。ここよりは安全だよ」
「そうだね。いつまでも地面に寝かせてるわけにもいかない、し……」
壁を頼りに立ち上がったお姉ちゃんは、ずっと治癒の魔法を使い続けていたからかふらふらだった。治癒の魔法は他の魔法よりも高い集中力が必要になる。それに加えて、あの大怪我だ。無理もない。
「お母さんはわたしが背負うよ。お姉ちゃん、一人で歩ける?」
「大丈夫だよ。疲れちゃっただけ。アニュエこそ、戦ったばかりなのに大丈夫?」
「うん。攻撃は殆ど受けてないし……」
どの攻撃もぎりぎりのところで回避していたから、目立った怪我はない。お姉ちゃんよりかは元気だろう。
わたしはぐったりとしたお母さんの体を背負いあげた。お母さんが小柄で助かったな。
鎌は杖代わりにもなるからと、お姉ちゃんが持ってくれた。そうしてわたしたちは、目覚めないお母さんと共に、宿に戻るのであった。




