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剣聖ちゃんネクストステージ!  作者: クレイジーパンダ
第1部・4章『花と姫』
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第五十五話 クレイン・ダートフォート

 怒りだけで振り下ろした剣は、いとも容易く防がれてしまった。男の持つ筒のような武器で。


……馬鹿な。こっちは両手、向こうは片手なのに。そんなに簡単に防がれるほど、わたしの剣は軽かったか?


 今度は右の脇腹を狙って斬りかかる。男はそれを、後ろに飛ぶことで回避した。



「流石は英雄の娘だ。戦闘力は母親譲りか。ただ……」



 男はゆっくりと、わたしの後ろを指差す。そこには、胸に穴を空けて倒れたお母さんがいる。


「放っておいて、いいのか?」

「くそったれ……!」


 いいわけがない。まだ息はあるようだけど、見れば分かる。あれは確実に致命傷だ。早く治療しないと手遅れになってしまう。


 だけど、治療するにはこいつが邪魔だ。治癒の魔法は他の魔法と比べても、高い集中力が必要になるし、直接相手に触れなくちゃ発動できない。こいつの相手をしながらは無理だ。


「お姉ちゃんっ! お母さんに治癒魔法を!」

「う、うんっ!」


 なら、わたしがこいつを抑える。なにが目的かは知らないけど、お母さんが回復するまでの時間は稼がないと。


 落ち着け。冷静になれ。怒りに身を任せて剣を鈍らせたら、相手の思う壺だ。刃を、感覚を、研ぎ澄ませるんだ。


 息を吸い、吐き、また吸って整える。大丈夫だ。やれる。怒りに身を任せてはダメだ。怒りは、刃を鋭くするのに使うものだ。


「お前は……絶対に殺す」

「そうか。ならやってみるといい」


 挑発的なその態度に、剣を構えた。


 アーティス、頼む……あいつを、あの男を斬りたいんだ。手伝ってくれ。


 そして、駆けた。下段から斬り、振り下ろし、薙ぎ払い。けれど、それら全ての攻撃が奴の持つ妙な筒に防がれた。


「くそっ……瞬——連斬っ!」

「ほう」


 七回斬りにまで成長した瞬連斬を浴びせるが、これも悉くが防がれてしまう。奴の武器には、傷一つ付いていなかった


 なら、これはどうだ。


「はぁっ!」


 砕連撃、三連。まずはその邪魔な武器を、内側からぶっ壊してやる。


 技は確実に命中した。頑丈な鎧でさえ無力化し、内臓系にダメージを与える最大威力の攻撃は……やはり、筒状の武器に傷を付けることはできなかった。


「なんだ、それっ……!?」

「ほら、どうした。殺すのではなかったか?」

「黙れっ!」


 剣を振り下ろす。奴はその一撃を防ぐと、そのまま瞬間的に力を込めて押し返してきた。


 上級騎士というだけはある。わたしの小さな体はいとも容易く弾き飛ばされ、受け身をとって構えた時には、奴は既に次の行動に移っていた。


 あの妙に頑丈な筒状の武器の先端を、こちらに向けていたのだ。次の瞬間、その先端から何か高密度なものが発射された。



「っ、魔法……!?」



 三発続けで放たれたそれを、ぎりぎりなんとか、剣で弾き飛ばす。あの筒の先端から放たれたのは、高密度な風の砲弾……物理的なものではない。明らかに魔法だ。つまるところ、あれは筒状の武器などではなく、『杖』だったというわけか。


 それも、かなりの威力。生身で食らえばひとたまりもない。



(そうか、さっきお母さんを攻撃したのは……でも、どういうこと……!?)



 どういうこと、だろう。


 この世界の魔法は、詠唱とやらがトリガーになって発動する。その詠唱を省略したり、詠唱を無しに魔法を発動することも可能だろうが、それでいてあの高出力。それだけ上級騎士が優れているということなのか、それとも。


「動きが鈍っているぞ、娘」


 またも砲弾が放たれる。やはり、詠唱をしている様子はない。あれじゃまるで、詠唱無しに事象を書き換えて発動する、【オルタスフィア】式の魔法みたいじゃないか。



(……まさか、またか?)



 ふと、思い当たる節があった。今回の件にもあいつが……調停者が関わっていることは間違いない。あいつは魔法陣のことも知っていたから、わたしと同じように、オルタスフィアから来た人間の可能性がある。


 あいつ……この騎士にも入れ知恵をしたな? あの妙な形の杖、あれは……わたしのこの『マジックリング』と同等の役割をしているのかもしれない。


「くそっ……やっぱお前も調停者絡みか……!」


 砲弾がお姉ちゃんたちに着弾しないよう、全て無力化しながら、思わずそうぼやいた。


 すると、雨のように放たれ続けていた風の砲弾が、すんと、収まってしまった。



「……今、なんと言った?」



 騎士の男が、そう問いかけてきた。


「調停者。知ってんじゃない?」

「ああ、知っている。ならば……いや、そういうことか。お前が……」


 騎士がなにやらぶつぶつと呟いている。調停者絡みなのは確実だな。


 それに、この隙を逃すわけにもいかない。わたしは風の魔法で加速し、離された距離を瞬時に詰めた。バリーの作ってくれた補助具があれば、単純計算でわたしの戦闘力は数倍に跳ね上がる。微調整が難しいところだが、こんな相手だ。調整も手加減も必要ない!


「おっと」


 距離を詰められて焦ったのか、男が飛び退こうとする。杖の先端をわたしに向けながら。


 逃すか。こいつはここで殺してやる。



 剣を振りかぶり、斬りかかる。その刀身に、魔法で爆発をぶつける。爆発の衝撃で剣は瞬間的な加速を得て、およそ人の一撃とは思えないほどの速度に至る。



 かつて、人々はこう呼んだ。神の境地に至った速度、その剣。故に神速剣と。


「ぉぉおおおらぁああっ!」

「なにっ……」


 さすがの条件反射。男は致命傷を逃れようと、無駄に頑丈な杖を剣の軌道上に置いた。剣は杖にぶつかり、暫く拮抗して留まったが……やがて、杖はこれまで蓄積していたダメージが爆発したのか、その半ばほどで砕けて折れてしまった。


 当然、そこからは斬撃も再開して……剣は見事、男を斬り裂くことができた。薄皮数枚程度だったが。


(浅いっ……!)


 致命傷には至っていない。ほんのかすり傷だ。だが、あの杖を砕くことができた。



 男は今の攻撃で、わたしに対する警戒を強めたのか、少し距離を取ってこちらを睨みつけた。


「なるほど、アレの言っていた通り、恐ろしい存在だな」


 なんだか文句を言うように、男はそう言った。アレ、というのは……たぶん、調停者のことだ。


「なに、お前も調停者からなにか聞いた口? その杖も、なにか入れ知恵されたんでしょ」

「黙秘しておこう。そういう契約でな」

「あっそ。だったらそのまま死ね」


 切先を男に向ける。と、男は両手を挙げ、無抵抗のアピールを取った。その手には、砕けて使い物にならなくなった杖がある。


「流石に、武器がないのでは分が悪い。しばし休戦としよう」

「はっ、何を言い出すかと思えば……逃すと思ってんの? この状況で?」

「逃すさ。この状況ならな」


 にやりと、なにか含めたような笑いをする男。


 直後、どこからか足音が聞こえてきた。一つや二つではない。もっと大勢の足音が。


 これは……まさか、他の騎士か?


「今、私に手を出せば帝国が動くことになる。騒ぎを大きくするのは得策ではないと思うがな」

「お前っ……!」


 確かに、得策ではない。この男は帝国の人間だ。人知れず殺すことができるならまだしも、大勢の、それも帝国側の人間が見ている前で殺せば、わたしたちが帝国に追われることになる。


 いや。わたしはそれでも構わない。だけど、ここにはお姉ちゃんやお母さんもいる。最悪の場合、町に火が放たれる、なんで可能性も考えられる。シャーニエやシャーロット、この町で親しくなった人間だっている。



 これ以上は……手出し、できない。



 腹立たしい。けれど、仕方ない。今この場でこいつを殺すのは得策ではない。復讐するなら、なにか方法を考えなくてはならない。


 わたしはゆっくりと、切先を下ろした。満足のいく結果だったのか、男もあげていた両の手を下ろす。


「娘、名前は?」

「……お前なんかに名乗る名前はない」

「そうか。私はクレイン・ダートフォート。いずれまた会うだろう、覚えておくといい」


 男が名乗るのとほぼ同時に、その後ろから数名の騎士が走ってくる。わたしが剣を抜いているのを見ると、騎士たちもまた、剣を抜こうと柄に手をかけた。


 それを止めたのは、他ならぬクレインだ。ここでこれ以上争う気はないらしい。


「ただの酔っ払いだ、放っておけ」


 そう言って、最後に一度だけ目を合わせると、騎士たちと共に引き上げてしまった。




……殺せなかった。あれだけ攻め込んで、傷一つ付けるだけで終わってしまった。


 後悔と怒りが同時に募ったのも束の間。そんなことよりもお母さんの容体の方が心配だ。


「お母さんっ!」


 いまだ治癒を続ける二人のもとへと駆け寄る。ずっと魔法を行使し続けているからか、お姉ちゃんの顔からは大粒の汗が、滝のように流れ続けていた。


 そして、そのタイミングで治療が終わる。お姉ちゃんは息を切らしながら、袖で汗を拭う。


「お姉ちゃん、お母さんはっ!?」

「……傷は塞がった。息もしてる。だけど……」


 胸に空いた穴は綺麗に塞がっていた。だけど、お母さんは目を覚まさない。顔色も、あまり良くはない。峠は越えただろうが、まだ安心はできないだろう。


「宿に運ぼう。ここよりは安全だよ」

「そうだね。いつまでも地面に寝かせてるわけにもいかない、し……」


 壁を頼りに立ち上がったお姉ちゃんは、ずっと治癒の魔法を使い続けていたからかふらふらだった。治癒の魔法は他の魔法よりも高い集中力が必要になる。それに加えて、あの大怪我だ。無理もない。


「お母さんはわたしが背負うよ。お姉ちゃん、一人で歩ける?」

「大丈夫だよ。疲れちゃっただけ。アニュエこそ、戦ったばかりなのに大丈夫?」

「うん。攻撃は殆ど受けてないし……」


 どの攻撃もぎりぎりのところで回避していたから、目立った怪我はない。お姉ちゃんよりかは元気だろう。


 わたしはぐったりとしたお母さんの体を背負いあげた。お母さんが小柄で助かったな。


 鎌は杖代わりにもなるからと、お姉ちゃんが持ってくれた。そうしてわたしたちは、目覚めないお母さんと共に、宿に戻るのであった。

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