第五十二話 見張り
「おはよう、受付さん」
「お、おはよう……」
朝早く、大きな袋を担いでギルドに行くと、昨日話を聞いてもらった受付さんがギルド内の掃除をしていた。目を大きく開いてきょとんとしているのは……たぶん、わたしが担いでいる袋が、およそ年頃の少女が担ぐには大きすぎるからだと思う。
中身はここまでの道中で狩った獲物たちの素材だ。肉は食料として消化したから、主に皮や爪、牙や骨。肉ほど嵩張るものでもないけど、長旅になったおかげでそれなりの量になってしまった。
「えっと……それは?」
「素材。買い取ってもらおうと思って」
「あ、ああ……買取ならあそこでやってるわ。おいで」
唖然としたままの受付さんは、何故か目と鼻の先にある買取カウンターまで案内してくれた。動揺しすぎじゃない?
「シャーニエちゃん、ちょっと」
買取カウンターの受付の女の人は、何か手元で作業をするのに気を取られているらしく、わたしたちが来たことに気付いていなかった。
案内してくれた受付さんが、そう名前を呼んで机を軽く指で叩くと、シャーニエ、と呼ばれた女の人の体が驚きで跳ね上がった。
「ひゃいっ! ……す、すみません、シャーロットさん。計算に気を取られてて……」
「いいのよ。それより、買取希望の子よ。対応してあげて」
「あっ、はいっ!」
この人、シャーロットっていうのか。なるほど覚えた。
シャーロットは案内が済んだ後も、その場を立ち去ろうとしない。掃除が途中だったと思うんだけど。まさか、袋の中身が気になって戻るに戻れないとか? まっさかぁ。いくら暇な時間帯とはいえ、流石にないでしょ。
「それでは、お預かりします」
「はい」
袋を持ち上げ、カウンターの上に置く。『ドンッ』と重々しい音が響き、カウンターが少し揺れた。
「……どん?」
「あ、ちょっと量が多いの。ごめんね」
「ちょっと……?」
ちょっとだ。異論は認めない。
恐る恐るといった様子で、シャーニエが袋の中を覗く。そして、またすぐに袋の口を閉じた。
「……あの、これ全部、買取希望なんですよね?」
「うん」
「全部……ですよね?」
「そうだよ」
あっさりと答えると、シャーニエの顔が一瞬で曇ってしまう。
そして、袋を運ぼうとでも思ったのか、立ち上がって口を持ち、持ち上げようとするシャーニエ。しかし、彼女一人ではどこかへ運べるほど、袋は浮き上がらなかった。
仕方なく、もう一度カウンターに袋を置く。何が起きているのか分からない……そんな様子だった。
「あの……これ、どうやって持ってきたんですか?」
「普通に」
「普通」
「ちょっと重いんだよ、ごめんね。狩った獲物の素材全部詰め込んでたら、そんなことになっちゃってさ」
いくら肉が無いって言ったって、装備の加工に使えそうな骨や牙、皮もそのまま入れてあるんだ。獲物の数を考えれば、それ相応の重さにはなってる。
ただ、そうか……わたしは普段から剣を振り回したり鍛えたりしてるから普通に持ててるけど、ギルドの受付さんとかになると持てないのか。特にこの人、新人っぽいしな。しまった。
「わたしが運ぶよ。どこに置けばいい?」
「えっ、いや、奥に鑑定班がいるのでそこまで……」
「りょーかい。案内してよ」
仕方ないから、運んでやるとしよう。わざわざ人を呼ぶのも面倒だしね。
そんなこんなで、鑑定班に素材を渡して数十分。興味津々で付いてきたシャーロットさんも、机の上に広げられた素材の山を見て、頬を引き攣らせていた。
後は鑑定と査定が終わるのを待って、代金を受け取れば終わりなんだけど……鑑定班の人、時間が時間だからか、三人しかいなかったな。下手したら今日はお金貰えないかも。
「あの、アニュエさん……ちょっと」
その予感は的中。シャーニエに呼ばれて受付へ向かうと、小さな袋を渡された。中にはルグ硬貨が入っている。素材全部の代金としては、いささか少なすぎるような気がしないでもない。
「すみません……実は、他にも大口の査定がありまして……ひとまず、終わった分の代金だけはお支払いできるんですけど……」
「ああ、そういうこと。人、いなかったもんね」
三人しかいなかったのは、時間のせいじゃなくて、他に大きな査定依頼があったからか。なるほどね。
「何とか、明日までには終わらせるので……」
「いいよいいよ。まだ暫くは町にいるつもりだし。負担にならない程度にゆっくりで」
終わった分の代金だけでも、この町に滞在しているくらいの額はある。近日中に終わらせてくれるっていうなら、別にそこまで急ぎはしない。
「ありがとうございます、アニュエさん。本当もう、もう一つの査定も、中々手こずってまして……」
「それはお気の毒に……」
手こずってるって言うなら、そうだな。明日急いで来るのも申し訳ないし、明後日、また来るとしよう。
「それじゃあ、明後日また来るよ。その時終わってる分を貰うから」
「分かりました、鑑定班にもそう伝えておきます」
袋を受け取り、懐に仕舞い込むと、わたしはシャーニエと、それから掃除をしていたシャーロットに手を振って別れを告げ、ギルドを後にした。
……アニュエが立ち去った後、シャーニエは何やらため息をこぼしていた。肉体的な疲れ、というよりは、常識ではあり得ないような何かを前にした時の、精神的な疲れが原因だ。
そんなシャーニエを心配してか、ホウキを片手に、シャーロットが受付にやってきた。彼女はホウキを杖にして楽な姿勢を取ると、アニュエが立ち去った後の入り口を眺めた。
「あの、シャーロットさん……」
「なあに?」
シャーニエはどこか遠い目で、同じように入り口を眺めていた。
「あの人、本当に子供、ですよね……?」
「さあ?」
「『さあ』って……あの量、あの歳で担げるってだけでもあり得ないですよ。私、持ち上げるだけで精一杯でしたもん」
アニュエが持ち込んだあの素材袋は、とてもではないが、か弱い女子供に持てるような重さではなかった。それを軽々と運ぶアニュエが、ただの子供だとは思えなかった。
「軽々と、か。本当、何者なんだろうね」
二人はまだ知らなかった。この時出会った少女が、やがてこの町を……そして、この世界を救うことになる少女だったとは。
* * *
さて。多少の生活費は稼げたことだし、これで安心して見張りができるな。お姉ちゃんとケルティが町を見回ってくれてるはずだし、わたしは帝国の使節館とやらの周辺を見張ろう。
「しっかし……さすが港町。磯の香りがすごいな」
すぐそこは海。町のどこにいても、磯の香りがする。漁師なのか何なのか、屈強な肉体の人も多い。鉱山都市であるグローグも、似たような人たちでいっぱいだった。海と鉱山、漁師と鉱夫。なんか対比を見ているようで面白いな。
こんなところが、炎の海に沈むのか。港町が炎の海に沈む、なんて、なんの皮肉だ。笑えない冗談だ。
町の景色を眺めながら歩くと、すぐに大きな施設が見えてきた。赤い十字架の旗が掲げられた、とても民家には見えないような建物。あれが……ケルティの言ってた、帝国が他国の視察のために建てたっていう使節館か。
「……思ってたよりおっきいなぁ」
帝国の建物、といっても、リットモールなんていう小さな大陸に置いてあるくらいだから、そこまで大きくもないだろ……なんて思っていたら、想像の倍くらいには大きい。
入り口には、騎士のような鎧を身に纏った男が二人、見張りとして立っていた。わたしがヴェガ村で見た、赤い十字架と竜の絵が描かれた姿ではない。
おじいちゃん、あの格好は『上級騎士の正装』だって言ってたな。普通の騎士はあんな格好しないのか。目立つもんな。
(ありゃあ……忍び込んだりはできなさそうだな)
四六時中ああして立っているなら、正面から忍び込むのは難しそう。わたし、外見は十一歳の女の子だし、変装して忍び込むのも無理がある。可能性があるとしたらケルティか。ただ、そんな危険な真似はさせられない。正面からの侵入は諦めよう。
試しに、他の入り口がないか、建物の周りをぐるりと歩いてみた。が、それらしきものは見当たらない。ただ、窓はあるな。ここからなら忍び込めるか?
……いや、人通りが多すぎるな。深夜か早朝でもないと、誰かに見られておしまいか。
「ま……今回は侵入しなくても何とかなるだろうし、そこまで深く考えなくていいか」
目的はあくまでお母さんを止めることだ。使節館への侵入じゃない。できないならできないで、なんとかなるだろう。
取り敢えず……見張るなら入り口付近か? 変なやつが出入りしてても分かるだろうし。
となると、後はどこから見張るか、だな。
「……お」
キョロキョロと周囲の様子を窺うわたしが一番の不審者ではあるが、おかげで良さそうな場所を見つけた。使節館の斜め向かいにある平たい屋根の建物。何かの店だな。屋上があるみたいだが、下からだと見えない。無断で使わせてもらうのもあれだけど、見張るには丁度良い。
早速、建物の裏に回った。建物と建物の間、路地を通り人目を掻い潜ると、風の魔法で足場を作って屋上近くの壁に貼り付いた。まだ、誰にも見られていない。
その状態で、こっそりと、屋上を覗き込んだ。階下へ繋がる扉のようなものはあったが、長らく使われていないご様子。うん、良さげだな。
何度も言うが、わたしとて無断で使わせてもらうのは気が引ける。だが状況が状況だ。バレたらごめんなさいしよう。
「ただ、このままだと上からは丸見えだな……」
問題があるとすれば、高さ。下からだとわたしの姿は確認できないが、高さで言えば使節館の方が上。高い位置にある窓から覗かれると、一発でバレる。何もしていなければ問題ないが、何日も何日も同じようにしていると怪しまれるだろう。
屋上の縁にある壁、しゃがむと隠れられそうだな。そんなに背は低くないけど、わたし自身チビだから隠れるには問題なさそうだ。人生で一番、チビで良かったと思う。
ふむ。原始的ではあるけど、木を隠すなら森の中戦法で行くか。植木鉢やら何やら、隠れられそうなものを勝手に配置させてもらおう。その状態で壁に少しだけ穴を開け、わたし自身もカモフラージュして隠れれば、一見、不自然さはない。
そうと決まれば、カモフラージュ用の花壇の設営に入ろう。住人にバレないよう、極力音を立てずに。
……そんなこんなで、二時間ほどでカモフラージュは完成した。あまり不自然にならないように多めに設置したせいで、少し手間取ってしまった。余計なお金もかかっちまったし。
後は魔法でチョチョイと覗き穴を開けて……完成。見張り台だ。
「どれどれ……」
穴から覗き込むと、使節館の入り口がよく見える。ベストポジションだなここ。無断だけど。この花壇は置いていくから許してくれないかな。ダメか。
まあいい。町を守るためだ、致し方無し。このまま怪しいやつがいないか、見張りを始めよう。夕方になったらお姉ちゃんたちと合流だ。




