第五十一話 警戒
ノーブリスにあるギルドよりも、少し荒々しい。センタルタのギルドに入ってまず感じた印象は、そんなところだ。
どことなく、鉱山都市グローグの炭坑付近での雰囲気を思い出す。向こうは炭鉱夫、こっちは港町だから漁師。荒々しさはあるが、嫌な感じはしない。悪い人ってわけじゃないから。
時間が時間だから、買取やら斡旋された依頼の報告やらで、ギルドの中はそれなりに混雑していた。列の最後尾がどこだか分からない。
(情報を聞きたいだけなんだけどな……)
道中で狩った獲物たちの素材の買取は、また後日来るとして。情報を聞くだけなら、買取や依頼の報告の列には並ばなくてもいい。どっちかって言うと依頼する側の列に並ばないと。
幸い、そっちの列はそれほど混んでもいなかった。少し待てば、前に並んでいた人の対応が終わり、受付の女の人がわたしを呼んだ。
「どうも、こんばんは。お使いかな?」
「どっかで見た反応……や、お使いじゃなくて。ちょっと聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?」
きょとん、と受付の若い女の人が首を傾げた。ノーブリスのギルドでもお使い扱いされたな。そんなに子供に見えるか、わたし。いやそうだな、子供だわ。仮に逆の立場でもわたしだったら聞くわ、うん。仕方ない。
「人を探してるの。依頼を出すほどじゃなくて、少し話が聞きたい程度」
「目撃情報ね。どんな人?」
受付さんは、どこからともなくメモとペンを取り出した。
「赤いフードを身につけて、大きな鎌を持った人なんだけど。この町でそんな人がいたって話、聞いた?」
「赤いフードに大きな鎌……ふふっ、まるで『煉獄の花姫』様みたいね」
「……そうそう、そんな感じ」
メモを取りながら、受付さんが面白がるように笑う。流石、名の知れた英雄。赤いフードと大きな鎌で連想されるのか。
……そうか。ケルティと初めて会った時にも同じようなことを聞いたけど、あの時は『赤いフード』としか聞かなかったんだ。あの時同じように聞いていたら、ケルティも『煉獄の花姫』の名前を出したかもしれない。
赤いフードっていうのは、それほど珍しいものでもない。火の魔法を使う人が、周囲から分かりやすいように着ていることもあるし、単に赤が好きな人とか、『煉獄の花姫』が好きで同じようなフードを纏っている人とか。とにかく、ありふれたものだ。『赤いフード』と『大きな鎌』はセットで聞くべきだった。
受付さんは暫く考える素振りを見せ、やがて首を横に振った。
「そうね。赤いフード自体は、それほど珍しいものじゃないから……でも、赤いフードと大きな鎌、二つの特徴が一致するような人は見かけていないと思うわ。妙な噂も流れてない」
「そっか」
残念なような、ほっとしたような。すぐにお母さんと再会するようなことがあったら、心の準備とか、そういう諸々が間に合うか不安だったんだ。
尤も、お母さんがそのままの格好でうろついている保証もない。まだこの町にいないことを証明できたわけじゃないけど、『煉獄の花姫』として目立つ行動を取っていないことは確定した。
「依頼、出そうか? 探しているんでしょう?」
情報が無いことを申し訳なく思ったのか、受付さんがそう提案してくる。
「いや、いいよ。そこまでお金もないし、見てないなら見てないでいいから」
「そう? 君がそれでいいなら構わないんだけど」
どのみち、依頼を出そうが出すまいが、お母さんとはいずれ再会する運命にあるんだ。現段階で情報が無いなら、わざわざ依頼を出すほどでもない。
……うん。他に用があるわけでもないし、今日はこれで宿に戻ろう。のんびりしていると暗くなってしまう。
「受付さん、ありがとね。また近々、今度は別件で来るよ」
「え、ええ……気を付けてね」
受付さんに手を振って別れ、わたしはギルドを後にした。辺りは、わたしがギルドにいた少しの時間だけで随分と暗くなってしまったようだ。
「……早く帰ろ。お腹空いた」
わたしは駆け足気味に、宿への道を辿った。
「作戦会議の時間だっー!」
「うわっびっくりしたぁってぁぁっ!?」
魔法で三人一緒に湯浴みをして、部屋に戻ってくるや否や、まだ髪も乾かしていないのに、ケルティが突然大きな声を出した。あまりにも突然のことすぎて、扉の角に肘をぶつけた。痛すぎる。お姉ちゃんはお姉ちゃんで、前を行く私が大声で悶絶し出したもんだから、そっちにびっくりしていた。
「いったいなぁ……で、作戦会議ってなに?」
「作戦会議は作戦会議だよ。ここから先はそれぞれがどう動くかを決めておかなきゃ」
……うん。言ってることは、正しいんだけどさ。
取り敢えず、このままだと風邪引いちゃうから……温風出して、髪、乾かしちゃうか。
「あ、私も私も」
ベッドに座り、ケルティが催促する。お姉ちゃんは火と風の魔法に適性があるから、さっさと自分の髪を乾かし始めていた。
魔法で温風を作り、わたしとケルティの髪を吹かせる。あまり強くしすぎると、ぼさぼさの状態で乾いてしまうから、程々に。
「ほら。予知の通りになると、この町、崩壊しちゃうんでしょ? 未来が変えられるのかは分からないけど、なんとかして変えないと」
「まあ……それはそうだね。結構悲惨なことになってたらしいし、この町」
予知だと、町は炎に包まれて崩壊していた。このまま何もせずにお母さんを放っておけば、間違いなく予知と同じ状況になるだろう。
気になるのは、予知に出てきたわたしたちが、『予知を知っているわたしたち』なのか、それとも『予知を知らないわたしたち』なのかというところ。予知を知っているなら、それでもなお未来を変えられなかった、ということになる。
今のところ、町に異常はない。予知の時期に先回りすることができた。頼むから、この町であってくれ。
「でも、大体町のどこに現れるかは予測できるよね」
「え、そうなの?」
ケルティが、素っ頓狂な声をあげる。
「リネル様の予知通りだと、多分、帝国の使節館が見える範囲に現れると思う」
「あ、そっか。使節館そのものが見えてたんだもんね」
その通り。予知では崩壊した使節館が見えた。それはつまり、お母さんが現れるのは、使節館が見える範囲のどこか……だと思う。
別の場所に現れて町を破壊した後、わたしたちと戦いながらそこまで移動した……とか、そんな説も考えた。だけど、この件に使節館が……いや、帝国が絡んでいることは間違いない。
「……それか、使節館そのものが目的なのかも」
「……どういうこと?」
今度はお姉ちゃんが、不思議そうにわたしを見た。そう言えば、また二人には話していなかったと思う。
「二人には言ってなかったと思うけど、わたし、村が滅んだあの日に……ちょっと変わったものを見ちゃってさ」
「変わったもの?」
お姉ちゃんのその問いに、わたしは頷いた。
「お姉ちゃん。ヴェガ村には定期的に行商人が来てたよね?」
「う、うん。色んなものを売りに来てたけど……」
お姉ちゃんも、学園に入学するまでは、ずっと村で暮らしていた。行商人の存在は知っている。
それ自体は特別、珍しいことじゃない。ケルティも、そこまでの流れに疑問はないようだ。
「あの日、ちょうどそのタイミングだったんだよ。それで、その行商人の中に、帝国の上級騎士っぽい奴が混じってた」
「……帝国の、騎士?」
二人の表情に、翳りが差した。やはり二人とも、ただの行商人の列に帝国の騎士が混じっていたあの状況には、違和感を覚えるみたいだ。
「アニュエちゃん……それ、本当?」
「うん。おじいちゃ……ノーブリスにいるゴルゴス、っていう人が言ってた。正面に赤い十字架、背中に渦を巻いた竜の絵が描かれた服は、帝国の上級騎士の正装だって」
「確かに、帝国の紋章だね。でも、なんでヴェガ村に……?」
「分からない。だけど、そのことといい、今回の件といい、お母さんと帝国は無関係じゃないと思うの」
二人が反対するような様子はない。ヴェガ村は大陸の果て、帝国から見ればリットモールの端にある。わざわざそんな村に、帝国の騎士がやってくるなんて……少なくとも、わたしが知っている限りではあの一度だけだ。
それに加え、今回は帝国の施設がある場所が狙われている。これを偶然として片付けるのは難しい。
わたしの発言が原因で、さらに謎が深まってしまった。ここまで手掛かりがない事件ってのも珍しい。
「……アニュエちゃんの言うことが事実なら、使節館そのものが目的だっていう可能性も、現実味を帯びてくるね」
「でしょ?」
何の恨みがあるのかは分からないが、何かしら因縁のようなものはありそうだ。
「オリビアちゃん、地図は?」
「ここに」
と、ケルティが突然そう言って、お姉ちゃんが地図を手渡した。ひょいと横から覗き込むと、それはセンタルタの地図だった。
わたしが用意していたのは世界地図。町の地図なんてまだ持ってないはずだけど。
「地図?」
「さっき、宿の人に借りたんだよ。観光のために道を覚えたい、ってね」
「なるほどね。準備いいじゃん」
ケルティはベッドの上にその地図を広げた。地図の西側には青く描かれた海。東側には町の入り口。わたしたちがいるのは……町の入り口からほど近い、この辺りか。
で、帝国の使節館は町の中心から海の方にやや寄った……これか。十字架のマークが描いてある。
「ここが見える範囲内ってなると……この辺りか」
指でぐるっと、使節館を中心に円を描く。見張るとしたらこの円の範囲内だな。
「どうしよっか。三手に分かれて見張る?」
「夕方はね。それまではわたし一人でいいよ」
予測時間は夕方頃だし、三人で本格的に使節館周辺を見張るのはそのくらいの時間からでいいだろう。わたし一人でもある程度の範囲ならカバーできるし、それまでは一人で問題ない。
「でも、手は多い方がいいんじゃない?」
「うん。だから、二人には普通に町の観光をしてもらおうかなって。観光しながら、町中で怪しい人がいたら警戒しといてほしいの」
かと言って、一人で全部やるのも疲れるので。是非とも二人には協力してもらおうと思う。
やることは観光。折角センタルタに来たんだから、二人には普通に観光してもらう。
その最中に、お母さんや調停者……その他、怪しい人物や動きがあれば、逐一報告してもらう。要は、自由時間多めの見回りだ。
「なるほど。見張りじゃなくて見回りってことね?」
「そ。特に気にしといてほしいのは、お母さんと、それから『調停者』。お姉ちゃんは知ってるよね?」
「うん。何となくは」
お姉ちゃんには、例の爆弾魔騒ぎの黒幕として、わたしから少し話をしている。だけど、ケルティは何のことだか分からないといった様子で、首を傾げていた。
「調停者?」
「あー、話すと長くなるから、外見だけ言っておくけど、おでこに口が描かれただけの白い仮面を付けた奴なの。どうやら、そいつもこの件に絡んでるみたいでね」
「へえ、白い仮面かぁ……分かった。その二人を探しながら観光してればいいんだね?」
「まあ、いないだろうけどね。少しでも気になることとか違和感とかがあれば、その時に報告してくれれば」
ぶっちゃけると、お母さんや調停者本人がこの見回りで見つかる確率なんて、限りなく無に等しいと思っている。ただ、そうでなくとも時間に関わる怪しい動きや、帝国側の不審な動きがあれば報告してもらう。何が手掛かりになるかさっぱり分からないからね。情報はあればあるほどいい。無駄にはならないしね。
「あ、でも、無茶はしないようにね。危ないと思ったら、すぐに逃げてわたしのところへ来ること」
「大丈夫だよ。お姉さん、引き際は弁えてるから」
「アニュエこそ、何か危ないことに巻き込まれたら逃げなよ?」
「だいじょぶだいじょぶ。お母さんと調停者以外なら何とかなるよ。たぶん」
たぶん。
だが、ひとまず、大まかな動きは決まったな。後は細かい作戦を詰めていくだけだ。何とかして、お母さんがこの町を崩壊させる前に止めないと。
もう少しだ。もう少しだよ、お母さん。




