第四十七話 不穏な未来
赤く焼けた空。天をも貫く巨大な炎。元は栄えていたであろう町並みや、立ち並ぶ家々はその悉くが崩壊し、その渦中には、赤いフードを身につけ、巨大な鎌を携える者がいた。
それと相対するのは、二人の少女。その髪色には見覚えがある。少女たちは剣を構え、彼の者と対峙している。
ノイズが走り、景色が変わった。町を包んでいた炎は消え失せ、少女の腕の中には、ボロボロになった誰かがいた。大粒の涙を流し、二人の少女は泣き叫んでいるようだった。
少女の一人が、新たに現れた『誰か』に切先を向けている。他の者たちと同様、顔にノイズはかかっているが、確かなことは一つ。その者は何か、『白い面』のようなもので顔を隠している。
再びノイズがかかり、今度は闇に包まれた世界が現れた。蠢く黒い物体に囲まれ、少女たちは疲弊していた。そしてやがて、黒い物体は少女たちを呑み込んでしまい————、
————そこで、未来は途切れてしまったらしい。
「はっ、はぁっ……すまないな、二人とも。力を借りても、これが限界のようだ……」
「リネル様っ」
途端に額から大粒の汗を流し、疲弊しきった様子でふらついた族長を、お姉ちゃんが支えた。わたしたちが思っている以上に、力の衰えというのは酷いらしい。
タイミングを見計らったのか否か。わたしたちがやってきた扉が開け放たれ、その奥から椅子を持った召使いの女が現れた。族長はふらつきながらも座り、切れていた息を整え始める。
「やはり、老いには勝てないな……この程度で動けなくなるとは……」
「……大丈夫? こっちから頼んでおいてなんだけど、そこまで無茶しなくても……」
「なに。これは契約なのだろう? 集落を守るためならば、文句も言えまい」
まあ……これの対価として、わたしたちはこの集落の危機には必ず助力する、って約束しちゃったわけだしね。この族長からすれば、今この段階での無茶よりも、いつか訪れる『強大な敵』とやらの方が恐ろしいんだろう。
それはともかくとして……色々と得られる情報はあったけど、まだ分からないことが多すぎるな。情報も所々曖昧だし。
まず、予知の通りだと、『家々が立ち並び、栄えている町』にお母さんは現れる。田舎村や田舎町でそんな言い回しはしないだろう。ある程度大きな町……それこそ、ノーブリスのような町であることが予想できる。
それから、『赤く焼けた空』。町が赤いのは炎のせいだ、ということで理解できる。ただ、空まで焼けて赤いということは……それはつまり、お母さんが現れるのは夕方。空が夕焼けで赤く染まった頃だ。
お母さんと対峙する二人の少女、ってのは、多分わたしとお姉ちゃんのことだろう。ケルティだという可能性も考えたけど、ケルティは少女って年齢じゃないし、族長は『見覚えのある髪色』って言ってた。族長はケルティに会ったことはないし、まずわたしたちで間違いないだろう。
問題は、そこまでと、それから。その町ってのがどこなのかって話と、そのあとに現れる『白い面』らしきものを付けた存在。
新たに現れる敵ってのは、大方予想がつく。蠢く黒い物体に、白い面で顔を隠した存在。そんなもの、『調停者』以外には考えられない。お母さんの件も、奴が裏で何か関与しているに違いない。
「調停者、あいつ……」
「アニュエ。調停者って、まさか……」
「うん。爆弾魔騒ぎの黒幕だよ」
黒幕の存在については、人質の命にも関わることだから、一部の人間にしか話していない。会長さんとモーガンさん、それからお姉ちゃんだ。実際にその姿を目撃しているのは、わたしと、それからおじいちゃんだけ。
だけど、そんな目立つ特徴の奴が他にいてたまるか。間違いなく奴だ。
わたしたちが戦わなければならないのは、お母さんと、調停者。あとは、実際にどの町に現れるかさえ分かれば、今すぐにでも向かうってのに。
「族長さん。何か、他に視えたものはないの? 特徴的な建物とか」
そう問いかけると、族長は困ったように顔を歪ませた。
「難しいな……そもそもが、それほど鮮明な予知でもなかったのでな。建物は崩れていたし、目印になるようなものとなると……」
そこまで言って、悩んだ挙句、族長はある手掛かりを提示してくれた。
「……旗、か?」
「旗?」
「ああ。何やら大きな建物のそばに、旗があった。燃え残ったのだろうな。確か、模様は……」
思い起こすように、族長が俯いた。そしてやがて、捻り出すように、答えを出した。
「……赤い十字架……が描かれていたはずだ」
「赤い……十字架……?」
何かが引っかかる。赤い十字架……確かわたし、そんな感じのものを、つい最近見たり聞いたりしたような気が……なんだっけな。
お姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんも同じく何か引っかかるものがあったのか、悩んでいるようだった。絶対にどこかで聞いたはずなんだけどな……ぜんっぜん思い出せない。
「お姉ちゃん……何か知ってる?」
「うん……知ってるはずなんだけど、なんだったかが思い出せないの……」
「わたしも……どっかで見た気がするんだけどなぁ……」
仕方ない……それは帰ってから、ケルティはバリーのおじさんにも聞いてみよう。ケルティは意外と物知りだし、何か知ってるかも。
「その大きな建物……普通の民家って感じ? それとも、何かの施設?」
「民家、という様子ではなかったな」
族長はもう体調も安定したのか、割と普通に受け答えをするようになった。まだ座ったままだけど。
「赤い十字架の旗と、多分それを掲げていた大きな施設、か……手掛かりになりそうだね」
「そうだね。一度帰って、相談した方がいいかも」
お姉ちゃんの提案に頷いた。わたしたちだけで考えていても埒があかない。ここは一度、ケルティたちのところへと帰るべきだろう。
「族長さん。わたしたち、一度仲間のところへ戻るよ。予知のことを話し合ってみる」
「それがいいだろう。恐らく、そう時間も残されてはおらん」
「え、なんで?」
族長の話では、予知で視た未来がどのタイミングで訪れるかは分からないはずだったんだけど。
「あくまで予想だ。予知に出てきた少女たちの身なりや髪の長さで、ある程度近い未来であることは予想できる」
「あー、なるほど」
正確な時間は分からない。けれど、そこに登場する人物たちの様子で、ある程度時間の予測が立てられるってことか。
今回で言えば、わたしたち。髪の長さや格好からして、そう遠くないって予測をしているらしい。
「急げよ、オッグフィールドの娘。予知が現実となれば、町一つが滅びることになる」
「うん。ありがとう、族長さん」
「それと」
念を押すように、族長が付け加える。
「ゆめゆめ、忘れるなよ。これはあくまでも取り引き。契約だ。集落の危機には必ず……」
「分かってるよ。その時は助けにくるから」
「よかろう。……アレを」
「アレ?」
族長が言うと、召使いの人が小さな何かを取り出した。紐で頭が縛られた、紅色の布袋だ。中に入ってるのは……小石か何かだろう。
何が入っているのかと紐を解こうとすると、族長にそれを止められる。どうやら、このまま持っていろ、ということらしい。
「肌身離さず持っていろ。それがあれば、この集落への入り口を開くことができる。約束の日には、それを通して連絡をしよう」
へえ……便利なもんだ。これで自由にこの集落に入れるのか。今まで存在を知られないようにしていた割には、随分な好待遇だけど、主な目的としては後者なんだろうな。
要は……約束は守れよ、ってことだ。
「なるほど。約束を反故にするなって念押ししてるのね」
「そう捉えてもらって構わん」
否定しないんだ。ってことは、約束破っちまったら何されるか分からないな。族長の言う通り、肌身離さず持ってる方がいいか。
「さあ、行け。手遅れになる前にな」
その言葉に頷き、わたしたちは出口へ向かって歩き出した。
そしてふと思い立ち、振り返る。
「この件が落ち着いたらもう一回来るよ。『洗礼』のこととか、お母さんがなんで追放されたのかとか……聞きたいことが、山ほどあるからね」
わたしにとって、この集落や族長たち魔女は、まだ信用に足る存在じゃない。予知の借りがあるとしても、それが嘘偽りないと確定したわけでもないし、何より、幼い頃のお母さんの一件があるからだ。契約のあるなしに関わらず、この件が終わればすぐにまた、来るつもりだった。
少々威嚇気味に言い放ったわたしを宥めるように、お姉ちゃんがどうどうと背中を押してくる。そんなに押さなくても、今は威嚇だけだってば。
「ありがとうございました、リネル様。失礼しますっ!」
そうして、わたしたちは族長の館を後にした。
館を出ると、入り口の辺りであっちへ行ったりこっちへ行ったり、なんだか落ち着かない人影があった。わたしたちが館から出てくるのを見つけるや否や、そいつはどこか申し訳なさそうな雰囲気で、こちらへ向かって歩いてきた。
「どったの、シャル」
それはシャルだった。わたしたちがあの白い部屋に入った後、館を追い出されたんだろう。別に待っておかなくてもよかったのに。
しかし……なんでこんなにしょんぼりしてるんだ? わたしたち、何かしたっけ?
いや……まあ、ゴーレム叩き斬ったり、バカバカと連呼したり、色々やってるのはやってんだけど。
「話……終わった?」
「うん。今から帰るとこ」
「そ、そっか……」
なんだか、元気がないように見えた。ここに来た時はもっと、元気が有り余っていたと思うんだけど。なにか気になることでもあるのか?
「シャルちゃん、どうしたの? なんか元気ないけど……」
なんてことを考えていると、同じように感じていたのか、お姉ちゃんが先にそう話しかけた。
「その……あの……」
シャルは、言葉に詰まっているようだった。そして、何かを決心したように小さく頷くと、目を見開きながら言った。
「二人のこと、誤解しててごめんなさいっ!」
「……ん?」
なにを言っているのか、さっぱり分からん……思わずお姉ちゃんの顔を見てしまったが、お姉ちゃんも同じく、首を傾げていた。
「わ、私、二人は単なる好奇心でここに来た野次か何かだと思ってて……でもっ、二人はとても大事な用で来てたんだって分かって……」
……つまり、どういうことだ? さっき館でしてた話を聞いて、わたしたちを誤解してたってことを謝りたかったの? 真面目だなぁ。気にしないでいいのに。わたしもお姉ちゃんも、そんなくだらないことで怒ったりしないよ。
「なんだ……シャルちゃん、そんなこと、気にしなくていいのに」
「そうだよ。部外者なのは事実だし」
認識がどうであれ、事実として、わたしたちは部外者なんだ。シャルの対応は間違っちゃいないし、そこに関してどうこう言うつもりはない。
「アニュエ……ごめん。私、あんたのことただの礼儀知らずのバカだと思ってた」
「お? 聞き捨てならねえな」
前言撤回。怒り心頭。
……なんて冗談はさておき。まあまあ、シャルが謝りたいって言うなら、謝らせておけばいいんじゃないかな。わたしたちは気にしてないし、気が済むまで謝ってくれればいい。
「……二人は、もう帰るんだよね?」
「うん。取り敢えずはね。まだ色々聞きたいことはあるし、契約のこともあるから、片が付いたらまた来る予定だけど」
そう言うと、シャルは自分の胸を叩いた。大きな胸がたゆんたゆんと揺れる。羨ましい。
「それなら、その時は私が、集落を案内してあげるよ。楽しみにしてて」
「いいね。その時は楽しみにしてる」
と、シャルに手を差し出す。シャルはその手を取り、しっかりと握り返した。
お姉ちゃんもまた、私と同じように、シャルに手を差し出した。
「ゴーレム作り頑張ってね、シャルちゃん」
「うん! 二人が次来るまでに、アニュエをぶっ倒せるようなやつ、作ってみせるから」
「おうおう、それも楽しみにしてるよ。できるもんならね」
お姉ちゃんとも握手を交わし、威勢の良い台詞を吐いたあと、シャルは手を離して数歩下がった。
「じゃ、またね」
「うん、また」
笑顔で見送るシャルを背に、わたしたちはバッツァに戻るべく、集落の出口へ向かった。




