第五話 まほうの本
おはようございます。すっかり朝でございます、寝過ぎた。
ぱっちりと目が覚めたので、早速昨日の続きといきましょう。問題の魔法の本だ。違う種類の教本が四冊もあるもんだから読むのも大変だろうな、これ。気が遠くなってきた。そういえば前世も苦労したよなぁ。
……よし、やるか。
一冊目、魔法理論基礎。『魔法理論』の『基礎』の本。要は魔法が『どういうものか』っていう話。前もあったわこんなの。基礎とかいう割に一番ややこしい。タイトル考えたやつ死ねばいいのに。
ここで読む前に、前世での魔法理論を少し。
【オルタスフィア】の大気中には常に『エーテル』が流れてる。人にはそれを取り込んで蓄える機能が備わっていて、蓄えられたエーテルは『マナ』と呼ばれていた。これは別に人に限った話じゃなくて、動物や植物も、このエーテルを取り込むことができる。
魔法というのは、この蓄えたマナによって、大気中のエーテルの『情報』を書き換える行為のことだ。
大気中のエーテルは、その状態のままだと『プレーン』と呼ばれていた。何にも侵されていない、素のままのエーテルって意味。
たとえば、目の前にあるプレーンエーテルの情報を、わたし自身のマナで書き換えるとする。指定したエーテルを『発火』という情報で上書きすれば、エーテルは発火し、炎が現れる。『凍結』という情報で上書きすれば、氷が現れて凍結する。
まあ、本当はもっと小難しい話なんだけど、大体そんな感じ。情報を付け加えられたエーテルは『アルターエーテル』って呼ばれて、効果が終了するとまた『プレーンエーテル』に戻ってしまう。
事象の上書き。それが魔法というものだった。魔法の上手い下手っていうのは、この事象、エーテルの書き換えをスムーズに、効率良く行えるかの差だった。それを補助する道具もあったし。
ペン。ペンは剣よりも強しって言うじゃん。そのペン。
まあ、【オルタスフィア】ではそんな感じだったけど。【ネヴェルカナン】ではどうなっているんでしょーか。
はい、どん。二ページ目。『魔法とは精霊の力を借りて奇跡を成す技のことである』。は?
は?
「は?」
は?
……まーた知らない単語が出てきたよ、もう。
精霊? 何だそれ? いや精霊ってもの自体は分かるよ? でも魔法に関係あるのそいつ?
なになに。この世界には目には見えない『精霊』と呼ばれる者たちが無数に存在しており、言霊を通して精霊たちに力を借り、神秘を成す技のことを魔法と呼ぶ……。
え、何。つまりエーテルみたいなものが漂ってて、それにお願いして魔法を使うの? 言霊? は? つまりどういうことだ?
理論基礎の本を読み進めていくと、何やらこの世界にはオルタスフィアで言うところのエーテルの代わりに『精霊』が大気中にいて、自らのうちに宿る『魔力』とかいうものをその精霊に与えてお願いすると、精霊が魔法を使ってくれるらしい。
え、それってつまりエーテルとマナの関係では? 違うのか?
しかも言霊って何……ここの人たちって魔法使うたびにそんな恥ずかしい台詞言ってんの?
言霊……『詠唱』の一例も載っていた。『炎よ我に従い……』とか『天より来たりて敵を貫け……』とかそんな小っ恥ずかしい台詞ばかり載ってる。
さてはこの世界の人間って馬鹿なんじゃなかろうか。
……いやいや。馬鹿にしちゃいけないね。うん。もしかしたらそうしないとその精霊とやらが怒るのかも。そうかもしれない。
で、何。魔力は使っても自然的に回復するものであり、その総量は人によって異なる。精霊に渡す魔力の量や質、詠唱の可否によって魔法の強さが決まる、と。
そんでもって、この世界のどこかには精霊たちを統べる『大精霊』なるものがおり、彼らは多大なる力を持っているとされている、と。因みに存在は未確認。未確認のもの教科書に書くなよ。
……ふーん。なんかおかしなことしてんだね、ここの人。
「おるたすふぃあみたいにつかえたら、らくなのになー……」
そうそう。オルタスフィアでは、自分の中にあるマナを使って、こう、指でエーテル事象を書き換えるだけで魔法が発動してぇぇええええええっっっ!? 発動した!? なんで!?
あ、ちょ、ストップ。スタッフさん風ストップ。飛ぶ。飛びまくる。
落ち着け?
「や、おちつくのはわたしか……」
はい、深呼吸。ひっひっふー。ひっひっふー。はい落ち着いた。
これは……大問題な気がする。
何って、ぶっちゃけこれ『エーテル』じゃない? この精霊ってやつの正体、実はエーテルだったりしない? 理論基礎に思いっきり間違ったこと書いてない?
だってわたし。詠唱なんてしてないし。前と同じ感じで魔法使っただけだし。エーテルの書き換え。それで発動するって、つまりそれエーテルじゃん。精霊とか言霊ってなんだよ。
えー……そんなことある? 冷静にどういうことか考えてみよ?
まず。魔法理論基礎によると、魔法を使うためには言霊……つまり詠唱をして魔力を使い、精霊に魔法を使ってもらうという手順を踏む必要がある。仮にこれをエーテル、マナと同質のものだと考えると、わたしたちが指やらペンやらを使って事象の書き換えを行なっていた部分を、『言葉』という形で書き換えているとすると辻褄が合う。
この世界の人はエーテルのことを精霊と呼び、マナのことを魔力と呼ぶ。そして書き換えを『言葉での詠唱』で行い、魔法を発動している。
つまり、本質は同じということ。こういうことか?
そっか……まあ言葉で書き換えを行うのもありっちゃありだけど恥ずかしいな……今まで通り発動できるならそれでいっか。
そう考えると……オルタスフィアやネヴェルカナンに限らず、もしかして『言語』とか『魔法原理』は色んな世界で共通だったり? 他にも世界があるのかは知らん。
いや、となると。魔法基礎の本いらんな。回復魔法の理論だけ勉強しとくか。ラッキーだな。
* * *
そのあともずっと一人で本を読んでいると、いつの間にか寝てしまっていた。起きた時にはお母さんの腕の中で揺られ、目の前に推しの顔があった。
あ、お母さんもだけど、お姉ちゃんの方。最推しの方。
「あ、アニュエおきた」
「あら?」
起きたよ。おはようお姉ちゃん。良い朝だね。朝かは知らんけど。
んーんー……本読んでたら眠くなるのどうにかならんかなぁ。完全に寝落ちじゃん。赤ちゃんだから仕方ないか。
「アニュエったら……本の上で盛大に寝てるんだもの。風邪引くわよ?」
「だいじょーぶ。もんだいない」
こんな装備でも大丈夫。あそこそんなに寒くないし。
にしても、お母さんはまだしも、お姉ちゃんは何してんの?
聞けば、お姉ちゃんもさっきまで隣でお昼寝してたみたい。それでちょっと前に起きたんだって。姉妹揃って似た者同士だね。
あ、そうだ。お母さんって魔法使えるのかな? お父さんは使えないって言ってたけど。
「ねー、おかあさん」
「なーに?」
「おかあさんってまほうつかえる?」
「魔法? 簡単なものなら使えるけど……私はセンス無かったから」
そう言ってお母さんは詠唱し、人差し指の先に小さな水の球を浮かせた。
おー。やっぱり魔法使う時にあの恥ずかしい詠唱するんだ。まーじか。
ってことは暫くこっそり練習しよっと。詠唱も無しに魔法なんて使ってるところ見られたら、最悪人体実験でもされかねない。恐ろしい。そういうの見せびらかしちゃダメ、絶対。