第四十二話 集落への手掛かり
探索二日目。今日は早朝から、昨日調べていた近辺を探索することになった。昨日は時間も時間で、奥の方は調べられなかったからだ。
今日も今日とて、ケルティはお留守番。バリーの家の片付けがまだ終わっていないらしい。と言っても、そっちは今日で片付きそうなんだって。明日からはこちらに加わるもよし、家でご飯を作って待ってくれててもよし。それはケルティに任せようと思う。
「お姉ちゃん、そっちはどう?」
「何もないね……ただの森」
ただの森。いやそうなんだけど、改めて聞くとなんか面白いな、それ。
ふむ。村からで考えれば、ここはかなり森の深部に近い場所のはず。この方角だと、森を抜ければそのまま山だ。山が見えた段階で引き返すのが正解か? いや、山の中に洞窟でもある可能性が……それを言うなら、山を登る必要も? 火傷を負った小さな女の子に、山を降りる体力なんてあるか……?
「ひとまず、この辺りをくまなく探そう。なんらかの方法で集落が隠されてるのは、間違い無いし」
「分かった」
あまり離れすぎないよう、目の届く範囲内で分担しながら森を探索した。人の痕跡がないか。獣の痕跡以外で、何か怪しい痕跡がないか。
地面に異常は……なし。土の色が変わってる場所だとか、不自然に草が生えてないだとか、そういった場所はない。少なくとも、この辺りの地下にはない。
木も普通に生えてるし、不自然な生え方なんてしてないしなぁ……この辺りはハズレか……?
「お姉ちゃん、どう?」
「…………」
近くで探索をしていたお姉ちゃんを呼んだが、反応はない。何故だか動きを止め、ぼうっとしているようだった。
「……お姉ちゃん?」
「……えっ!? あっ、どうしたの!?」
近付き、背中から声をかける。そこでやっと、幽霊でも見たような目で驚きながら、返事をした。
……なんか、様子が変だ。さっきまで普通だったんだけど。
「どうしたの、はこっちのセリフだよ……どうかしたの? 具合でも悪い?」
「あ、ううん……何でもないと思う。……多分」
たぶんて……なんでもないようには見えない。明らかに何かがおかしい。なんだろう、ほんとにどこか具合でも悪いのかな。
「何かあったなら教えて、お姉ちゃん。具合が悪いなら帰るし」
「アニュエ……」
「集落を見つけるのは大事だけど、お姉ちゃんのことはもっと大事なんだから。しんどいならしんどいって言って?」
集落探しにタイムリミットなんてない。それを急いでお姉ちゃんが体を壊したら、元も子もない。そっちの方が重要案件だ。
だから、今はお姉ちゃんの方が大事。もし、ほんとに具合が悪いっていうなら、背負ってでもここから引き返すし、暫く探索はわたし一人でする。そのくらいの気持ちでいる。
俯いていたお姉ちゃんは、やがてゆっくりと顔を上げる。顔色は……特に悪くないな。
「……具合が悪い、とかじゃなくてね。さっきから、変な違和感があるというか……」
「違和感?」
問い返すと、お姉ちゃんは『うん』と頷いた。
「でも、気のせいかもしれなくて。それを言おうか言うまいか……迷ってたの」
「そうだったんだ。違和感、ね……」
お姉ちゃんの顔は至って真剣。嘘をついているようにも、ふざけているようにも見えない。なら、気のせいかどうかはさておき、違和感とやらを覚えているのはほんとのことなんだろう。
違和感……違和感か。言われてみれば、この辺りはなんだか、他よりも少し空気が重たい感じがする。妙な圧迫感というか、『圧』そのものを感じるというか。
でも、それは意識しなければ分からない程度。お姉ちゃんに言われなきゃ気付かなかった。
「私の気のせい、かな」
「ううん。気のせいではないと思う。確かに、なにかあるような感じがする」
違和感の正体は分からないけど、気のせいだと決め付けるには早い。この辺り、怪しいな。
わたしはお姉ちゃんの目を見つめた。お姉ちゃんも、見つめ返してくる。
「お姉ちゃん、その感覚を頼りにしよう。違和感が一番強いところまで案内して」
「いいの? 当てになるか分からないけど……」
「当てがあるだけマシだよ。闇雲に探しまわってもキリがないし」
今のところそれしか手掛かりがないんだから、それを頼りにする他ない。仮にそれが気のせいだったとしても、お姉ちゃんを責めるつもりなんて毛頭ないわけだし。
お姉ちゃんもそれは分かっていたのか、すぐに首を縦に振る。
「……分かった。任せて」
「警戒は任せてね。守り抜いてみせるから」
「うん。任せる」
それから、お姉ちゃんの感覚を頼りに探索を始めた。違和感とやらには波があって、村のほうに近付けば近付くほど、弱くなっていく。
反対に、山の方へ行きすぎても、弱くなる。ということは、違和感の正体は山にはない。この森の中にあるはずだ。
一つ疑問なのは、それを感じ取れるのが、何故お姉ちゃんなのか、ということ。謙遜を抜きに言えば、戦闘における技術においてわたしはお姉ちゃんより上のはず。そのわたしが微弱にしか感じ取れないものを、お姉ちゃんは敏感に察知している。
なんの差だ……? わたしとお姉ちゃんになんの違いが?
結局、その日は違和感の正体を探れず、『違和感がある』という成果だけを村に持ち帰る結果となった。その話を聞いたケルティとバリーも、わたしと同じように首を傾げていた。
「違和感、ねぇ……たとえばほら、普段はそこにいないはずの獣がいたりすると、空気が重かったりするじゃない? そういうのとは違うの?」
サラダをつつきながらケルティがそう問うと、同じくサラダをつついていたお姉ちゃんが首を横に振る。
「そういうのとは違うと思う……もっとこう、なんて言えばいいのかな……」
返答に困るお姉ちゃん。
お姉ちゃんの言いたいことは分かる……あれは、なんて言い表したらいいのかが難しい。
「お前は分からなかったのか、アニュエ」
「ちょっとは分かったんだけどね。お姉ちゃんほどは」
「聞いた話だと、お前、中々腕が良いらしいじゃねぇか。それでも分からないくらいのもんだったのか」
頷くと、バリーが小さなため息をこぼす。
「俺たちも当然、あの辺りの森に入ることはあるが……違和感なんてもん、感じたことねぇな」
ということは、そもそも違和感を覚えないことが『デフォルト』なのか。まあそりゃあそうなんだけども。何か違いがあるとするのなら、わたしやバリーたちじゃなく、お姉ちゃん。
「やっぱり、私の気のせい?」
「いいや。というより、お前だけ『何か』が違うんだろう」
「何かって何さ」
「それが分かったら苦労しねぇだろ」
ど正論やめろや。確かにそうなんだけども。
ふむ、お姉ちゃんにあって、わたしにはないもの、か……なんだろうな。
「じゃあ、引き続き違和感の正体を探るところから始めよっか」
「うん。この辺りが怪しいってことは分かったしね」
翌朝。再び、昨日探索した中で最も違和感が強かった辺りへと二人でやってきた。ケルティは自宅待機。村の人のお手伝いでもしておく、だってさ。
取り敢えず、村と山の中間よりも、山の側へ進んだ辺りの探索から始めることにした。この辺りだと、わたしでも少し違和感を覚える程度には『何か』がある気配がする。お姉ちゃんはもっとだろうな。お姉ちゃんとわたしとの違いは、夜中にも考えたけど分からなかったし、まあきっと何かが違うんだろう。そんなこたぁどうでもいい。
現段階で問題があるとすれば、違和感があるにはあるけど、だからどうすればいいかが分からない、ってことだ。何か異物が紛れ込んでいるのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
わたしの見立てでは、何か『魔法的な力』が働いているんだと思うんだけど……いかんせん、わたしとお姉ちゃん二人の力だけだとその魔法的な力を看破できない。流石に、相手が集落規模の人間で魔法を行使してるなら、二人分の力でどうこうはできないからね。前世のわたしならともかく。
「まずは何からしよう。お姉ちゃんの感覚に頼ってばかりでも限界があるよね」
「そうだね。何か、この状況を変えられる何かがあればいいんだけど……」
二人して悩んで。ウンウンと唸りながら考えていた——、
——その時だった。
「っ、お姉ちゃんっ!」
「はぇっ!?」
お姉ちゃんに抱き付き、押し倒す。状況を理解できていないお姉ちゃんはそのまま倒れ込み、そして、さっきまでお姉ちゃんの胴体があった辺りの場所を、何かが凄まじい速度で通過していった。
その何かはそのまま直線上にあった木に突っ込み、爆音を上げて数本の木を粉砕したあと、漸く止まった。
「あれは……岩?」
お姉ちゃんがその何かを見て、そう声をあげた。
落ちていたのは、岩。わたしたちの頭くらいの大きさもある岩だった。でも、ただの岩にしては形が奇妙だ。まるで、握り拳みたいな。
「……違う。ただの岩じゃない」
気付いた。その岩が飛んできた先に、『そいつ』がいたからだ。
岩石で構成された体。赤く光る一つ目と、成人男性よりも大きなその体躯。
こっちの世界に来てからは初めて見たな……【オルタスフィア】ではちょこちょこ見てたけど、こっちでは中々お目にかかれなかったからな。
見れば、そいつには右手がない。先ほど飛ばしたのは右手を握りしめた拳だったんだろう。そんな風に考えていると、大地が右手の部分に集まっていき、新たな拳ができていた。便利だな、再生機能付きか。
「あ、あれは……」
「お姉ちゃんも知ってる? 中々難易度の高い魔法生物だよ、あれ」
作るのも、使役するのにも、それなりの技術が必要な高等魔法生物。だからこそ、【ネヴェルカナン】では初見の相手なんだ。
赤く光り輝く一つ目が、ギロリとわたしたちを睨んだ気がした。状況から考えて、明らかにわたしたちに敵対する存在だ。
「……『ゴーレム』、ね。ますますこの辺りが怪しくなってきたな」
「え、呑気に言ってて大丈夫なの……?」
うーん。まあ、普通の人なら大丈夫ではないだろうけど……。
『アーティス』……おじいちゃんに打ってもらったこの剣、試し斬りの段階で岩を斬り裂いてるしな。なんか、全然危機感がない。余裕で勝てそうな雰囲気ある。
当然、ただの岩でできたゴーレムじゃない。魔法でコーティングくらいはされてあるだろうけど、アーティスだって刃を保護するくらいのマナで試し斬りしてたしなぁ……なんだろう。既に最強の剣を手にしてしまってる感じのあるこれ。
「取り敢えず……倒しとく?」
「え……ゴーレムって、そんな『取り敢えず』で倒せるような相手なの……?」
「鋼のゴーレムとかならまだしも、岩石ゴーレムなら余裕でしょ」
試しに距離を詰めて切ると、簡単に腕を切り落とせた。やっぱり余裕だな、これ。なんか『やっちまった』感が強い。
ま、放っておいたら再生しちゃうし……早いとこ核を壊しちゃいますか。
【ネヴェルカナン】でもゴーレムの格……心臓部の位置は大体同じ。胸の中心。人間みたいに左に寄ってはいない。ちょうど、中心辺り。
再生を始め、殴りかかろうとしてきていたゴーレムの腕を再度切り落とし、肉薄する。そして、その巨体目掛けて剣を振るう。
胴体が大きいから……そうだな、この技だ。
「……三日月。なんちゃって」
広範囲に攻撃するために編み出した剣技、三日月。烏落としが『飛ぶ斬撃』ならば、こちらは『巨大な斬撃』。横に振れば一気に大量の敵を薙ぎ払えるし、縦に振れば巨大な敵を一刀両断できる。一昨日のオオカミ戦では位置が悪くて使わなかったけどね。
頭から股下まで一刀両断。巨大な斬撃を受けたゴーレムは、核ごと、体が真っ二つになって倒れた。そんでもって、倒れたあとは、核が破壊されたおかげでただの岩に逆戻り。
「終わり終わり……って、お姉ちゃんどうしたの?」
振り返ってお姉ちゃんの顔を見ると、手を顔にやって、何やら呆れた様子だった。
「いや、もう、私の妹って色々規格外だなぁと……」
「え、そうかな……」
強い自覚はあるけど、この程度なら、訓練すれば誰でも到達できるとは思うけどなぁ……良い師匠の下につけば。
そして……ゴーレムだった残骸を見つめながら、剣を鞘に納めると、突如、その場に聞き覚えのない声が響いた。
『……うっそ』
「?」
最初は聞き間違いかと思った。でも、お姉ちゃんを見てそうじゃないと分かった。
「今の声は……」
「お姉ちゃんも聞こえた?」
「うん、聞こえた」
聞き間違いでも幻聴でもないな。確かに、『女の子』の声が聞こえた。
こっちから呼びかけても、返事してくれるのかなこれ。
「おーい。あんた、このゴーレムをけしかけた子?」
『へっ!? ……ぉっほん。いかにも。私がそのゴーレムを遣わせた者である』
「嘘くさ」
こんなバカ下手くそな演技ある? 微塵も信じる気起きないんだけど。
『嘘じゃないもん! 私がやったんだもん!』
「あーはいはい。それで、あんたは集落の子供?」
『そうだけど……あっ』
……ビンゴ。バカで助かった。漸く、集落の手掛かりに辿り着いた。




