第四十一話 星の輝き
結論から言わせてもらおう……今日の収穫はゼロだ。日が暮れる前には切り上げたけど、なんの手掛かりもなし。人の痕跡も何もなし。あったとすれば、あの後も何度か獣に襲われたくらい。その度に死体処理するこっちの身にもなれや!
はあ……まあ、こうなることは予想してたけど、実際に手掛かりなしってなると割とへこむな。これ、どれだけ探せば見つかるんだろ。
隣を歩くお姉ちゃんは、そこまでへこたれてないみたい。なんでだ。
「お姉ちゃん……なんか、やる気に満ち溢れてない? なんで?」
「え? あ、あはは……そう見える?」
「めっちゃ見える」
普通の笑いが、だんだんと乾いた笑いに。そして、しまいには声がない、口角が吊り上がっただけの笑みに。
「……まあ、手掛かりがないのには慣れたから……」
「ああ、そういう……」
死んだような声と目で言うお姉ちゃん。そういえばこの人たち、何ヶ月も手掛かりがないまま、爆弾魔騒ぎの犯人追ってたんだっけ……そりゃメンタル鍛えられるよね。それに比べたら、お母さん絡みのことだし、まだ初日だし、全然楽って感じかなぁ。つよい。
「それに」
「それに?」
お姉ちゃんは嬉しそうに、続けた。
「可愛い妹と一緒に何かをするって、久しぶりで、なんだか楽しいなぁって」
「お、お姉ちゃん……」
めっちゃ楽しそうに話すところ、申し訳ないけど……。
「……あの、一応言っとくけど、危ないから油断しちゃダメだよ……?」
「分かってる分かってる。アニュエこそ、強いのは知ってるけど、油断しちゃダメだよ?」
「う、うん……」
一緒に何かをするとは言うけど、やってることは実質『狩り』だからね。しかも、剣使ったどろっどろの狩り。そんなに満面の笑みで話すようなことでもないと思うんだ、わたし。楽しそうで何よりだけど。
まあ、わたしも楽しいかと聞かれれば、楽しいんだけどね。お姉ちゃんと肩を並べて戦うって、なんだか新鮮で。冷静になってみれば、ここに来るまでの道のりでも、殆どわたしが一人で戦ってたし、お姉ちゃんと一緒に戦うのってこれが初めてなんだよね。こういうのって、いいな。これが、家族ってもんなのかなぁ……。
「ほら、アニュエ。村に戻ってきたよ」
「はえ? あ、ほんとだ」
気付けば、森を抜け、村に帰ってきてた。時間が時間だから、そこかしこから良い匂いが漂ってくる。
……うおぉ、お腹空いたな……。
それはお姉ちゃんも同じようで、隣から腹の虫の鳴く音が聞こえてきた。
「あ、あはは……お腹、空いたね」
「そうだね。早く帰ろっか。ケルティたち、ご飯作ってくれてると嬉しいんだけど」
「ケルティさんの料理、美味しいしねぇ」
「そうそう……って、そんなこと言ってたら余計にお腹空いてきた。早く帰ろっ!」
「うわぁあっ!?」
隣を歩くお姉ちゃんの手を引いて、走り出す。笑いながら走って走って、バリーの家が見えてきたところで、袋を担いでゴミ出し中のバリーと目が合った。そんなバリーに、大きく手を振る。
「バリー! ただいまー! ご飯できてるー!?」
「できてるぞー! はよ帰ってこい!」
「はーいっ!」
やったねお姉ちゃん。ご飯できてるってよ。ケルティのご飯は相変わらず美味しいし、楽しみだなぁ。
お姉ちゃんの手を引いて、バリー邸に駆け込む。帰ってくるなり、目を丸くしたケルティが、リビングの方から顔を出した。
「おかえりー……どしたの、そんな慌てて?」
「お腹空いた!」
「わ、私もお腹が空いちゃって……」
「ナハハ。姉妹だねぇ。今できたとこだよ。熱々のうちに食べよっか」
リビングの方から、盛大に良い匂いが漂ってくる。なんかスパイシーな香り。あと……肉の匂いだ。
部屋に飛び込むと、見違えるほど綺麗になったリビングと、大きなテーブル。そしてその上には、大量の大皿に乗った料理。
「わぁ、すごい豪華……」
「初日だからねぇ。張り切っちゃった」
お姉ちゃんもぽかんとしていた。美味しい料理を期待していたけど、期待以上だ。こんなに食べれるかな。
というか、もう待ちきれない。こんなご馳走を前に我慢しろというほうが無茶だ。
「ケルティ!」
「はいはい。食べていいよ」
「いただきますっ!」
スパイスの効いたトリ肉。なんの肉かは分からないけど美味しい肉団子。それから……いつかの旅で飲んだ、ケルティ特製のトマリスープ。美味しいんだよなぁ、これ。
同じようにお腹の空いていたお姉ちゃんも、わたしほどじゃないけどがっついていて、ケルティはそれをニコニコ眺めながら、そんでもって、いつの間にか合流してたバリーは感心したように、それぞれが食事を楽しんでいた。
「ほう……大した腕だな」
「褒めても何も出ないよぉ?」
「これで十分だ。久々に美味い飯食ったぜ」
嬉しそうにしてる辺り、ケルティも満更ではないみたいだ。
「アニュエちゃんとオリビアちゃんも、どう?」
「ほひひーひょ」
「『美味しいよ』だと思います」
「ナハハ。だろうねぇ」
頬張りすぎて喋れん。それだけ美味しいってこと。いやほんと、ケルティの料理は犯罪級だよ。旅先で限られた設備と食材だけでも美味しいもん作れるのに、それがちゃんとしたキッチンで本気出したらどうなるかなんて、分かるじゃん。イコール最強だよ。
わたしなんて、基本、煮る、焼く、蒸すくらいしか選択肢ないしね。ケルティと出会ってからはちょこちょこ教えてもらってるけど、精々下ごしらえをするようになったくらい。料理工程はあんまり変わらず、だ。
それに比べて、ケルティときたら……あ、お姉ちゃんもそこそこ料理できるんだよね。納得いかんな。ずっと学食食べてたはずなのに。何故ここまで差が。
おかしいなぁ……わたし、精神的には結構生きてるはずなんだけど……もがっっ!?
「むーっ!?」
「ちょっ、アニュエっ!?」
く、くるしっ……肉団子が喉に詰まっ……!
「み、水! オリビアちゃん、水!」
「アニュエっ!」
「むがーっ!?」
お姉ちゃんに無理やりコップを押し付けられ、大量の水が流れ込んでくる。それを思い切って腹に流し込むと、詰まっていた肉団子が丸々、ごとんと胃に落ちた。
ぜ……は……し、死ぬかと思った……。
「あ、ありがと、お姉ちゃん……」
「まったく、もう……そんなに急いで食べるからだよ」
「まったくだ。料理が美味いのは分かるが、もちっと落ち着いて食え」
「なくなっても、まだ作れるからね。ゆっくりゆっくり」
みんなに窘められ、涙目で頷く。
——ふと、そんなやり取りに、懐かしさを感じた。
あれは……いつのことだったか。こんな出来事が、前にもあったような気がする。
『むぐーっ!!』
『アニュエ、水! 水っ!』
あの時も確か、お姉ちゃんがこうやって、コップで無理やり水を流し込んでくれて。
それで、なんとか飲み込んで息を切らしていたわたしに、お母さんたちが言ったんだ。
『まったく……母さんの料理が美味しいのは分かるが、もう少し落ち着け』
『そうそう。なくなっても、また作ってあげるから』
机の向こう側で、ニコリと微笑むお父さんとお母さん。それから、その隣にはまだ幼いお姉ちゃん。
色のない光景だ。白と黒だけの、鮮やかさのカケラもない世界。それは、過去の光景だから。過ぎ去ってしまったものだから。
いつか、そんなことが……あったんだ。確かにあった。そんな幸せで、平和で、平凡な日々が、確かにあったんだ。
「……ニュエ? アニュエ?」
「……ぁっ」
お姉ちゃんに名前を呼ばれていたのに気付いたのは、暫くしてからだった。なんだか、少し放心気味だったような気がする。
前を向けば、そこにいたのは白と黒だけのお母さんたちじゃなくて、ちゃんと、色のついたケルティたち。
……らしく、なかったかな。こういうのはもう無しにしようって、思ってたんだけどな。
「アニュエちゃん、大丈夫? ちゃんと息、できてる?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと、ぼうっとしてただけ……」
「それなら、いいけど……」
その後は、また、何事もなかったかのように食事が再開された。さっきみたいにがっつくことはもうやめた。お腹もいっぱいになってきたからね。
その間、食事が終わるまでずっと、お姉ちゃんが何か気にしたような暗い表情をしていたことに、わたしは気が付かなかった。
その日の夜。
食事の時によぎった光景がなんだか忘れられなくて、眠れないわたしは、こっそり部屋を抜け出して、村をぶらぶらと散歩していた。深夜ともなると、もう人通りもなくて、村はひっそりとしていた。
別に、寂しくなったとか、辛くなったとか、そういうんじゃない。ただ、気持ちの整理がしたいだけだ。こうも動揺したままだと、眠気もやってこない。ちょっと一息入れて落ち着かないことには、ね。
「……なんだかなぁ」
寝っ転がって星を眺める。今日も星が綺麗だ。もう見飽きた景色だけど。
お母さん……今、どこにいるのかな。まだ生きてるとは思う。でも、どこにいるんだろう。どこでなにをしてるんだろう。
お母さんも、こんな風に、わたしたちのことを考えてくれてたり……するのかな。
考えてくれてたら……嬉しいな。わたしは。
「…………」
一度こうなってしまうと、早いこと抜け出してしまわないことには、ずぶずぶと深くまでハマってしまう。学園であの絵を見た時が良い例だ。切り替えが大事。それは分かってる。
……仕方ない。どうせ眠れないし、やっぱり気持ち切り替えるには『アレ』でしょ。
わたしは腰の剣を引き抜いた。そして、真っ直ぐに構える。気持ちが曖昧になってるなら、取り敢えず剣を振る。迷いなんてもんは、汗と一緒に流してしまえ、ってね。
「……ふっ、ふっ」
敵はいない。いたらもう滅多斬りだろう。オーバーキルもいいところだ。いないからこそ好きにやれる。
剣を振っていると、取り敢えずはそっちに意識が集中してくれる。余計なことを考えなくていい。だから好きなんだよね、剣って。前世でも……何度助けられたことか。
『光剣レムエル』。家族も友達もいなかったわたしにとっては、あの剣が唯一信頼できる相棒だった。
当然、そんな相棒も、こっちの世界にはいない。いたら今頃、とっくに世界最強になっちゃってるんだけどね。
……あ、そうだ。この剣……まだ、名前ないじゃん。
え? ただの剣に名前をつけるのかって? そりゃあ、おもちゃの木剣ならともかく、真剣には名前くらいつけるよ。だって、『命を預ける相棒』なんだよ? 戦場でまず真っ先に頼るのは、仲間じゃなくて自分の剣なんだ。その剣に名前の一つもつけてあげないで、その信頼に応えてくれると思う?
そうだなぁ。少し遅くなっちゃったけど、良い機会だ。今ここで名前をつけてあげよう。これから先も、長い付き合いになるだろうしね。
「お前の名前は……」
……うーん。そういえばわたしって、ネーミングセンスなかったな。光剣レムエルは元からあった名前だけど、それがなければ素っ頓狂な名前をつけるところだったし。
うーん……うーん……?
良い名前が思い浮かばなくて、再び寝転がった。目の前には満点の星空。どこまでも広がる光の空。
「……アーティス」
稲妻が走ったように、頭の中に浮かんだ言葉があった。レムエルはオルタスフィアの古い言葉で『大いなる光』。アーティスは『星の輝き』を意味する言葉だ。
パッと思い浮かんだだけなんだけど、それ以上に良い名前が思い浮かばない。刀身を空にかざすと、星と同じくらい、キラキラと銀色に輝いていた。
「決めた……お前は今日から『アーティス』だ」
気のせいかもしれないけれど、剣が返事をしてくれたような気がした。
気が付けば……さっきまでの自分は、どこか遠くへ消え去ってしまっていた。




